【今日は何の日】節分の由来と意味(なんと4回あった!)


 

 

今日は何の日シリーズになります。
日付け的には一日早いですが、由来を調べてみました。
節分と言えば豆まきですが、不思議に思ったことはありませんか?

実は知らないことも出てきて、少しびっくり。
トリビア的な話になるかも知れませんが、驚いたので今日は節分を調べてみました。

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(OGP画像)
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節分は年に4回あった!
一番驚いたのが、この事実です。
節分は、年に一回ではなく4回ありました。

 

<漢字は大事>
漢字を読めば「なるほど」と思い至ります。
どこかの国は漢字を廃止したようで、日本でいう平仮名のみ(もしくは片仮名のみ)になっております。
漢字を併用した日本語の美しさ、素晴らしさを実感できる機会かもしれません。
(私はそうでした。)

 

<季節を分ける>
節分とは、季「節」を「分」けるわけですから、
四季がある以上、四回あるのは当たり前ですね。
言われてみれば納得ですし、読んで字の如く、まさにそのままでございますが
個人的に一番、驚いた部分でございます。

 

 

 

節分とは何か
wikipediaソースで申し訳ありませんが、以下のようになっているそうです。

節分(せつぶん/せちぶん)は、雑節の一つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。節分とは「季節を分ける」ことをも意味している。江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。この場合、節切月日の大晦日にあたる。

wikipedia:節分より。)

 

<クリスマスイブ的なもの>
という表現は、政治家としてどうかと思うが、、、
実は「その日」を指すのではなく、「前日」を指すものです。
これも新たな驚きでした。

 

<他の節分はいつか>
「立春・立夏・立秋・立冬」の前日でありますから、以下の前日になります。

立春:2月4日ごろ。
(立春(りっしゅん)は、二十四節気の第1。)
立夏:5月5日ごろ。
(立夏(りっか)は、二十四節気の第7。)
立秋:8月7日ごろ。
(立秋(りっしゅう)は、二十四節気の第13。)
立冬:11月7日ごろ。
(立冬(りっとう)は、二十四節気の第19。)

この前日となります。
「ごろ」と書いているのは、これまたwikipediaで申し訳ありませんが、
「現在広まっている定気法では太陽黄経が315度のとき」という前提がつくためのようで、
「暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。」とし、
また別の方法である「恒気法では冬至から1/8年(約45.66日)後で2月5日ごろ。」と一日ずれます。
(※冬至の場合)

 

 

 

二十四節気
四季と言うぐらいですから、季節は四。

<二十四節気とは何か?>
以下の区分で二十四に分けているそうです。
昼夜の長短を基準にした季節区分(各季節の中間点) – 春分・夏至・秋分・冬至
昼夜の長短を基準にした季節区分(各季節の始期) – 立春・立夏・立秋・立冬
気温 – 小暑・大暑・処暑・小寒・大寒
気象 – 雨水・白露・寒露・霜降・小雪・大雪
物候 – 啓蟄・清明・小満
農事 – 穀雨・芒種

 

(それぞれの日付)

季節 節月 節(せつ) 中(ちゅう)
一月 立春(315度、2月4日 雨水(330度、2月19日
二月 啓蟄(345度、3月6日 春分(0度、3月21日
三月 清明(15度、4月5日 穀雨(30度、4月20日
四月 立夏(45度、5月6日 小満(60度、5月21日
五月 芒種(75度、6月6日 夏至(90度、6月22日
六月 小暑(105度、7月7日 大暑(120度、7月23日
七月 立秋(135度、8月8日 処暑(150度、8月23日
八月 白露(165度、9月8日 秋分(180度、9月23日
九月 寒露(195度、10月8日 霜降(210度、10月24日
十月 立冬(225度、11月8日 小雪(240度、11月23日
十一月 大雪(255度、12月7日 冬至(270度、12月22日
十二月 小寒(285度、1月6日 大寒(300度、1月20日

 

こちらも参考になりました。
文章量的に記事は紹介しませんが、読むと面白いかと思います。
意外と知らない「二十四節気」のいろは

 

 

 

なぜ豆をまくのか?
そもそもなぜ豆をまくのでしょう?
京都の和菓子屋さんでしょうか、甘春堂さんにて非常に興味深い記事があったため前段を紹介します。全文は以下のリンク先にて。
あくまで紹介であり、このような由来には諸説あるものですから、「これが絶対に正」として主張する立場にはありません。
トリビア的に楽しんで頂ければ幸いです。

節分の由来
 2月3日は「節分(せつぶん)」ですね。節分とは本来、「季節を分ける」つまり季節が移り変わる節日を指し、立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日に、1年に4回あったものでした。ところが、日本では立春は1年のはじまりとして、とくに尊ばれたため、次第に節分といえば春の節分のみを指すようになっていったようです。

 立春を1年のはじまりである新年と考えれば、節分は大晦日(おおみそか)にあたります。平安時代の宮中では、大晦日に陰陽師らによって旧年の厄や災難を祓い清める「追儺(ついな)」の行事が行われていました。室町時代以降は豆をまいて悪鬼を追い出す行事へと発展し、民間にも定着していきました。

 京都ではこの時期、表鬼門にあたる「吉田神社」と裏鬼門にあたる「壬生寺(みぶでら)」の節分祭がことに有名で、厄除節分会の期間中は大勢の人でごったがえします。

豆まきの由来 
 節分には豆をまきますが、これは中国の習俗が伝わったものとされています。豆は「魔滅(まめ)」に通じ、無病息災を祈る意味があります。昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけたところ、鬼を退治できたという話が残っており、「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるということです。

 豆まきは一般的に、一家の主人あるいは「年男」(その年の干支生まれの人)が豆をまくものとされていますが、家庭によっては家族全員で、というところも多いようです。家族は自分の数え年の数だけ豆を食べると病気にならず健康でいられると言われています。

 ただ、豆まきに使う豆は炒った豆でなくてはなりません。なぜなら、生の豆を使うと拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いからです。「炒る」は「射る」にも通じ、また、鬼や大豆は陰陽五行説(「木」「火」「土」「金」「水」の五行)の「金」にあたり、この「金」の作用を滅するといわれる「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込めるという意味があります。そして最後は、豆を人間が食べてしまうことにより、鬼を退治した、ということになるわけです。
節分と豆まきの由来より。全文はリンク先にて。)

 

<豆は「魔滅(まめ)」で魔を滅する。>
ゴロ合わせのようなものとは言え、由来は非常に力強いものだったのですね。。。
節分にかけて政治的な話をしようかと思いましたが、
4回あったことに結構驚いてしまって、そちらに文章を割いてしまいました。

漢字の重要性や、言葉のもつ意味、この素晴らしさ。
そして由来を辿れる喜び、これこそが保守として守るべき伝統であり
先人たちからの何よりの贈り物だと思います。

 

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恵方巻も、別には否定はしませんが、
バレンタインやクリスマス、最近で言えばハロウィンと同系統の話に思います。
それはそれ、楽しまれる方は楽しんでください。

 

ただ、節分という今日の日に、その由来を調べてみたり
二十四節季について学んでみることも、個人的にはお勧めしたいな、と思います。

なぜなら、それが日本を知ることにつながり、
誇りを持って生きて行くことだと考えるからです。
次の世代に、伝統を繋いでいくことになると信じるからです。

 

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本エントリは、昨年の記事を微修正したものになります。
【今日は何の日】節分の由来と意味(なんと4回あった!)

 

 

 

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関連
【今日は何の日】天皇陛下の誕生日、天長節・皇尊弥栄【12月23日】

 

<シリーズ 今日は何の日>
このシリーズは、かなり堅苦しいです。

【今日は何の日?】グアム島守備隊玉砕の日【8月11日】
【今日は何の日?】葛根廟事件【8月14日】
【今日は何の日?】終戦の日・ポツダム宣言受諾【8月15日】
【今日は何の日?】神風特攻隊 敷島隊、突入に成功。連合艦隊、壊滅。【10月25日】
【今日は何の日?】ベルリンの壁、崩壊。共産主義者らの敗北した日【11月10日】
【今日は何の日】真珠湾攻撃・大東亜戦争開戦記念日【12月8日】
【今日は何の日】10年目の竹島の日【2月22日】
【今日は何の日】二・二六事件?国を愛したのは誰か?【2月26日】
【今日は何の日】憲法記念日、各党の談話の紹介と読み解き

 



 


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12 Responses to 【今日は何の日】節分の由来と意味(なんと4回あった!)

  1. medakanoon のコメント:

    【今日は何の日】節分の由来と意味(なんと4回あった!) 今日は何の日シリーズになります。 日付け的には一日早いですが、由来を調べてみました。 節分と言えば豆まきですが、不思議に思ったことはありませんか?

  2. 日本国益放送 のコメント:

    小坪先生、いつもありがとうございます。

    竹田若宮殿下の「古事記完全講義」というDVD-BOXにあるお話で、
    ・節分でまく豆は、神社で祈祷してもらった豆でないと意味がない。
    ・祈祷では、イザナギノカミをお守りになったオオカムヅミノミコトの霊力を宿す。
    というものがあります。

    穢れた世界、黄泉の国に赴いたイザナギノカミが
    黄泉の軍勢に追われながら逃げ帰る際、
    出口付近(黄泉比良坂)に生えていた桃の実を投げると、
    黄泉の軍勢は総崩れとなって、
    無事に逃げ帰ることが出来ました。
    イザナギノカミは大層お喜びになり、
    桃の木に「オオカムズミノミコト」という神としてのお名前を賜り、
    「私を守ってくれたように、地上の人間たちのことも守ってくれ」
    とお命じになりました。

    節分になると神社でご祈祷が行われ、
    オオカムズミノミコトの霊力を豆に宿します。
    その霊力を宿した豆を撒くことで、
    邪気を祓うのです。

    祈祷もしていない豆をスーパーで買ってきても意味がありませんし、
    恵方巻に邪気を祓う霊力など宿っていません。
    コンビニに恵方巻を買いに行く暇があったら、
    ちゃんと神社で豆をもらいましょう。

    桃の実を投げてもよさそうですが、
    お掃除が大変ですからねw

  3. 東京都55歳 のコメント:

    豆知識?
    うーむ・・・

    実は、
    東京都55歳が56歳になる日。
    それが節分でございます。w

    明日以降は、
    東京都56歳になるべきではありますが・・・
    まあ、
    55歳という響きには、
    GOGO、
    という勢いもありますので、
    今後とも、
    東京都55歳で、
    よろしくお願いいたします。

    もう春なんですねえ・・・
    しみじみ・・・

  4. てつ のコメント:

    ニュースで毎年『立春の今日は春とは名ばかりの寒い1日なりました』って言いますが、ムチャクチャです笑
    だって前日は『節分』=一年で最も寒い日なんです!『立春』とはこれから春に向かい始める日=最も寒い日の翌日ですので当然寒いんです。
    今年も立春のニュースのお天気コーナーできっと言うんだろうな。。以上保守の豆知識でした

  5. 櫻盛居士 のコメント:

    日本ではすっかり正月気分も抜けきったこの時期ですが、旧暦の正月はちょうどこの時期に重なりますね。
    旧正月は年によって異なりますが、概ね1月下旬から2月中旬の間で巡って来ます。
    中華圏では今でも旧正月を祝う事は、結構有名ですね。

    日本では明治以降太陽暦を使っていましたので、随分長い間旧正月とは無縁でしたが、近年は中華圏の人が日本へ観光に来る時期と言う事で、業種によっては繁忙期なのだそうです。
    まぁ、いつまで続かは不明ですが。

    この旧正月、ちょうど立春の前後に位置しています。
    お正月には「新春」「迎春」などの言葉が用いられますが、嘗ては本当に春を迎える事でもあったのですね。
    太陽暦の正月ですと、実際は寒さが厳しくなって行く時期で、全然春を感じる事はありませんが、旧正月の風習がスライドして使われているので可笑しげな状態になったのですね。

    扨て、人類の歴史を見てみれば食うにも困る状況の方が長かった訳で、地球上の人口も戦前までは今と比べ増加は緩やかだったと言えるでしょう。
    小生の祖父は支那事変に出征した年代でしたが、「死ぬ前に一度、銀シャリを腹いっぱい食って見たいと思ってた」と言っておりましたから、それだけ人間にとって食料が如何に大切であったかが伺えます。

    節分には大豆を撒く訳ですが、人間にとって非常に大切な食料を撒いている事になります。

    この豆撒き、追儺式と言う宮中行事であった事は本文で触れておりますが、鬼を撃退するのであれば、豆なんかより柊鰯の方がよっぽどそれらしい気もします。
    更に言えば、鬼を祓うのであれば棒を振り回したり、薪を投げつけた方が鬼にとってはダメージが大きい訳で、何故にもっと攻撃的な行事にならなかったのかが不思議とも思えます。

    豆を撒く様になったのは毘沙門天のお告げである事も本文で触れてありますが、毘沙門天なら尚更豆なんかじゃ無く、刀とか槍をブン回す漢(おとこ)の行事として定着しそうなものですが、そこはやはり武士が台頭する前の公家文化の時代だけに、攻撃的にならなかったのかも知れませんね。

    だとしても、撒くのは貴重な食料である大豆であり、木片や小石ではありません。
    昔の家屋は土間が広くとってあり、当然後から拾って食べる事が出来無くなる豆も大量に発生する筈です。
    小生は嘗て何故にこの様な勿体無い行事が定着したのか、不思議でなりませんでした。

    その謎を解いて下さったのは、とある神社の神主様のお話です。
    大切な食料を撒くと言う仕草は、広く世に食料を行き渡らせ、皆が豊かに幸せに暮らせる様になる事に通じてると言う説があるとの事です。
    なるほど、これなら日本らしい。
    米粒一つ残しても怒っていた日本人が、大豆を撒く事を許容するのなら、こちらの方が腑に落ちます。

    先程小生は人口が急激に増加したのが戦後である事を述べましたが、これは非常に収穫率が高く病気に強い小麦が世界に広がった事が一因です。
    この小麦、その名を農林10号と言う日本で開発されたもので、戦時中には既に完成しており、満州などで栽培しておりました。
    敗戦を契機に、この農林10号をGHQが日本国外に持出した事に始まり、これが世界に広まったのです。
    つまり、現在世界中で栽培される小麦の主力は、日本生まれの農林10号を先祖に持つ品種なのです。

    小生が神主様より教わった豆撒きの説と農林10号の普及、何となく因果性を感じようと思えば感じるものがあります。

  6. 一灯 のコメント:

    節分の豆まきは昔は桃の種だったようですね。
    桃の種は日本国益放送さんが書かれているイザナギが由来っぽいです。

    この豆まきが効くのかということですが、これは節分の日だけ鬼に効く設定になってます。それは何故かというと「呪詛」だからです。

    長年にわたり慣習として行事として念を掛けてきており、それが時期と発動の「トリガーポイント」になっているわけですね。

    日本の行事は季節の移り変わりにあることが多く、その時その時の気をコントロールするようになっています。節分は家の邪気を祓い心身の邪気を祓い立春を迎える行事です。こういう行事は心身を保つ一つの伝統的手法で、次世代に必ず引き継ぎたいものです。

  7. 生野区民 2 のコメント:

    節分が4回あったとは、知らなかったが
    漢字を見ると季節と関係してるんだと納得してしまった。

  8. Takako のコメント:

    小坪先生こんばんは
    いつも、楽しく、ブログを拝見しています。頑張っていらっしゃって、時々風邪で大変みたいですが、無理されませんように。

    節分の4回ですが、私がブログ記事の参考にしているサイトでは、http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B5A8C0E12FBBA8C0E1A4C8A4CFA1A9.html
    江戸時代の暦に、既に、立春の前日しか残ってい無いそうです。
    いろいろあるのでしょうけどね。

  9. sinobu hattori のコメント:

    豆まきの由来…の様な、豆知識は、
    多分、小坪先生・コメント欄の方々の方が、
    お詳しいと思うので、

    自分の体験談などを 少々…。
    ????????????????

    豆まきは、
    まいた豆を「年齢の数、食べる」のが、

    「作法」で「ならわし」で「言い伝え」

    …な、訳ですが、

    我が家や、当時の親友宅などは、
    大変「貧乏」でして、

    貧乏な家の子供ほど、
    正に「餓鬼(ガキ)」と言う名に相応しい
    ????????????

    卑しい、食いしん坊

    ????????????
    …だったりするンですよ、これが。(笑

    勿論、
    「他者」や「他の家」の物を
    「勝手」に食べたりする訳では、有りませんが、

    貧乏ちびっ子の「我ら」は、
    いつも、お腹をグーグー空かしていました。(笑

    ????????????
    年の数だけ豆食える
    ????????????
    ちびっ子の我らだと、数も大した事ない訳です。

    他の友人宅に
    「豆まき」の参加したりした時、

    「年の数、食べていきなさい。」
    …と、食べさせてくれたりします。

    もの凄く、
    嬉しかったりしたのですが、

    お行儀良くしていても、
    餓鬼っ子の「腹の虫」は、
    納得などは、してはくれません。

    これは、別物なのですね。(笑

    そんな「餓鬼っ子」の我らが、ある時、
    空っぽのお腹と頭で「悪知恵」を働かせて、
    「お腹を膨らませる方法」を思いついたのですよ!

    他の友人宅、近所のおばさん・おじさん宅、
    …そして、神社、

    近郊にある、
    顔見知りという顔見知りのお宅全てに、
    ?????????????

    「豆を食べ歩く行脚」

    ?????????????
    これをすれば、腹一杯になる、
    おぉー、凄ぇー、天才じゃねぇーか!
    やろう、やろう、これしよう!

    …と、友人数人で、
    こういう結論になりました。(笑
    ?????????????????
    解ってるか?
    「お行儀の良い振り」
    これが、頂く為には大事だぞ!
    ?????????????????
    皆ンなで、こう言い聞かせ、
    いざ、近所宅へ「行脚」。

    小学校低学年の、
    大変お行儀の良い可愛いちびっ子(中身は餓鬼っ子)が、
    大きな声で、
    ??????????????????????????

    餓「鬼わぁー外!福わぁー内!」

    近「お…元気イイね、お豆食べていきなさい」

    餓「おじさん、ありがとぉー!!」

    ??????????????????????????
    …これで、
    「数個」しか、お腹に入れられなかった豆が、
    倍に、倍に、倍に、倍になっていきました、
    大成功です。(笑

    夕食を食べなくてもイイ位、
    腹一杯になりました。
    良かった、良かった。

    …が、しかし、この後、大問題が起こりました。

    幼少の身体でお腹です。
    まだ、しっかりとしていない「胃腸」なのです。

    「豆」とは、オリゴ糖が入っている食品、
    オリゴ糖は「乳酸菌」のエサとなります。
    「食物繊維」も豊富です。

    …それが、まだ、整腸がしっかりしていない
    幼少の「胃腸」へ直撃な訳です。

    翌日、便通がトンデモない事になり、
    半日は「トイレから出られない」状態へとなり、
    表に出る事すら出来ない状態に。(笑

    翌々日後、学校へ登校も、
    オナラが止まらないブーブー状態に。(笑

    「行脚」をした友人も同様の状態で、
    オナラを我慢するのが辛く、
    結局、各々が、早退する事となりました。

    ??????????????????????

    豆まきの
    「作法」で「ならわし」で「言い伝え」

    …私、この時に、その「意味」を
    「納得」する事が出来たンですね。(笑

    これが「正しい」のかは、知りませんが、
    ????????????????????????

    行事は、キチンと作法に従って行うのが大事

    ????????????????????????
    …という、
    実体験の例を 記載してみました。

    実は、その後、
    我ら「餓鬼っ子軍団」に、
    「アダ名」…が付けられましたが、

    その名前は、書きません、書きたく有りません、
    察して下さいませ。(笑

  10. enoyan のコメント:

    節分。邪気を払うという意味においても、しっかり行事として向かい合いたいものです。
    巻きずしの丸かぶりなど、大阪の商人がやってたローカルな風習にすぎません。商売人の縁起担ぎなどどうでもよろしい。神社で身を清める方が余程日本人らしいでしょう。

  11. 湖青 のコメント:

    小坪先生

    いつも貴重な情報をありがとうございます。
    また今回は季節の話題に心が和みました。

    昔の人の春待つ心に沿うことができる「節分」・「立春」・・
    大切にしたい季節の節目の一つですね。恵方巻も由来を知ってからは
    まさに、バレンタインと同列に商業化されたものであると納得しました。
    鰆東風(さわらごち)という言葉もあるようです。はるか昔から,
    人々が光や風に季節を感じたそんな感性をこそ大切にしたいと感じます。

    先生も春に向けて、ますますご活躍ください。

  12. 茄子紫 のコメント:

    二十四節気、うちでは四半世紀前から歴代の冷蔵庫に貼ってあります。
    日本は季節とそれに伴うめぐみに感謝する意味でも節目節目を大切にしますね。

    さて。。。
    恵方巻きは、ある意味文化として存在していた事実はありますが、伝統でもなんでもありません。その初期から商戦に乗って拡散されようとしたもので一般家庭で行う意味は全くありません。しかも拡散してませんでした(1990まで大阪在住)。
    史実的な由来を拡散し、現状を阻止するべく努力したいと思います。
    どうかよろしくお願いします。
    由来を全く抜きにしても、そもそも、ものの食べ方として下品だ。

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