【今日は何の日?】ベルリンの壁、崩壊。共産主義者らの敗北した日【11月10日】


「戦う保守議員」としては、はずせない日である。
保守として戦う!と心に誓った者は、忘れてはならぬ日である。

本日、11月10日。
ベルリンの壁、崩壊。

ベルリンの壁崩壊とは何か。
コミンテルンの野望が潰えた日、血まみれの共産主義者の策謀が敗北した日である。
日露戦争後であったか、「列強各国同士」を戦争させ国力を疲弊させようとした者共がいる。
第三インターナショナルこと、コミンテルン、のちのソヴィエトである。

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彼らが何をしたか。
日本の北進政策(対露政策)を変更させ、
資源の南進政策に転換させた。
なんと内閣に近い部分にまで、コミンテルンのスパイが潜り込んでいたのである。
しかも身分は「朝日新聞の記者」であり、国民を戦争に駆り立てる煽動者であった。
【赤旗問題】コミンテルンのスパイであった、共産主義者:尾崎秀美(朝日新聞記者)

アメリカにおいては、日本を追い込んだハルノート。
出したのは「ハルさん」の名ゆえ、ハルノートだが、日本が飲めないレベルにまでこれを厳しい内容に書き換えたのは「ハリーホワイト」なるコミンテルンのスパイであった。
なんとアメリカの政権中枢にまで、コミンテルンのスパイが入っていたのだ。
【背乗りの疑い】慰安婦問題を巻き起こした、吉田清治氏は死亡していたとの報道。
(文中にハリーホワイトについて記述あり。)

我が国は、大東亜のため、大東亜戦争を戦った。
八紘一宇、すべての世界(天下)を一つの家(一宇)に、を合言葉に。
【戦う政治家】特攻隊の隊員らを「犠牲者」なのか、という問いに対して。

しかし。
第二次世界大戦は、「世界革命論」に持つづき、共産主義革命を世界中で同時に起こすため、「仕組まれた物」でもあった。
様々な見方はあるが、事実、共産主義者らはそのように動いた。
そして実際に、共産主義国家が大量に誕生していく。
これはただの史実である。

世界中に夥(おびただ)しい血を流させた、共産主義者。
「最も悪辣な戦争主義者」である、共産主義者。
まさに戦争犯罪人の名にふさわしい。

「第二次世界大戦後」(ここは大東亜ではなく。)に、戦勝国であるアメリカはどう反応したか。
大日本帝国という、「赤化の盾」をボロボロにまで痛めつけた結果、どうなったか。
また日本の元首はどのように述べたか。

戦後、東條閣下は遺言の中で以下のように述べられている。
(遺言の中より一部抜粋)
現在の日本を事実上統治する米国人に一言する。どうか日本人の米国に対する心持を離れざるように願いたい。また、日本人が赤化しないように頼む。米国の指導者は大きな失敗を犯した。日本という赤化の防壁を破壊した。いまや満州は赤化の根拠地である。朝鮮を二分したことは東亜の禍根である。米英はこれを救済する責任を負っている。

トルーマン大統領は、まさに東條閣下の意思をくみ取った。
そしてニクソン大統領がそれを肯定。

朝鮮戦争とは、「韓国のための戦争」ではなく、
日本を赤化から守るための戦いであった。
韓国には認めがたい事実だろうが、これが歴史だ。
そもそもあの国は「元から関係ない。」のだ。

資料によるとニクソンは、当時の演説で、「ハリー・トルーマン前大統領が、韓国戦争への参戦の決定をするかしないか、どうするのかについて多くの議論があったとき、私は『共産主義者にとって、韓国戦争は韓国ではなく日本に関するものなので、米国は必ず参戦しなければならない』という世界共産主義運動専門家(ウィタッカーチェンバー)の分析が胸に届いた」としながら「(韓国戦争の性格は)本当にそういうものだった」と、それを肯定した。

そもそも論になる。
「中国という広大な面積」を赤化させてしまった原因は、それを抑えていた日本の軍事的プレゼンスを、まさに米国自身が喪失させてしまったからだ。
結果、朝鮮半島の半分が赤化。

世界中で共産主義国が誕生していく。
冷戦のスタートだ。
核の脅威に怯える、難しい世界が誕生してしまった。

第二次世界大戦後。
マッカーシズム(赤狩り)の風(wikipedia)がアメリカに吹き荒れる。
これがスタートだったのだろう。

アメリカは、そして資本主義国は。
これら共産主義者との戦いに奔走していくことになる。

マッカーサーが考えを改めたのは、1950年 朝鮮動乱である。
自衛隊の設立を認め、日本への政策を改めた。
彼自身も気づかされたのだろう、「戦う相手を間違えた」ことに。
そののちの歴史は、皆様もご存じの通りだ。

しかし、
共産主義者らにより夥しい出血を世界が強いられたこと。
上記の歴史は、なぜか日本ではあまり触れられない。
情報通であるはずのネット論客こそに強く語って頂きたい。

冒頭に述べた。
「戦う保守議員」としては、はずせない日である、と。
保守として戦う!と心に誓った者は、忘れてはならぬ日である、と。

なぜか。
終わっていない話があるのだ。

コミンテルン(第三インターナショナル)は、日本にも支部があった。
コミンテルン日本支部である。
いまの名は、「日本共産党」である。

冗談やこじつけではない。
彼ら自身すらも隠していない、ただの事実だ。
日本共産党は、コミンテルン日本支部であった。

(詳細を読むには以下をクリックしてください。)

日本共産党とコミンテルンテーゼ
日本共産党とコミンテルンテーゼ
1922年日本共産党が承認された(日本共産党はコミンテルン支部となる)。

1922年にコミンテルンのブハーリンが起草した「日本共産党綱領草案」。日本共産党では君主制廃止をめぐる内部意見の対立から正式な綱領(テーゼ)とはしなかったが、理論的に承認した(1923年)。
関東大震災で打撃を受けた日本共産党は1926年に再建し、1927年コミンテルンで採択された「日本問題に関する決議」が活動方針になった。
コミンテルンのゲオルギー・サファロフ(元ジノヴィエフ派、後に粛清)により執筆され、当面する日本革命を「ブルジョア民主主義的任務を広汎に抱擁するプロレタリア革命」とした。
コミンテルンと片山潜野坂参三山本懸蔵らの討議を経て、1932年に「日本の情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」が採択され、日本共産党の新たな活動方針になった。
1935年のコミンテルン第7回大会で採択された人民戦線に基づき、野坂参三・山本懸蔵が「日本の共産主義者への手紙」を執筆。だが日本共産党の党組織はすでに崩壊していたため影響力は無に等しかった。

wikipedia:日本共産党とコミンテルンテーゼ

また、昨今、安倍首相がはっきり答弁した「団体名」をここで再掲したい。
ネットの反応を見るに、どうも実態がよくわかっていない方も多いように感じた。
ゆえに「強く伝えておきたい」事実がある。
(この記事は、強く拡散をお願いしたい。)

例えば「革マル派」であるが、正式名称は私のブログのように長い。
正式には、日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(にほんかくめいてききょうさんしゅぎしゃどうめいかくめいてきマルクスしゅぎは)である。

これは革共同(wikipedia)系の一派なのだが、正式名称は「革命的共産主義者同盟」である。

同じく「中核派」の正式名称も、私のブログのように長い。
革命的共産主義者同盟全国委員会(かくめいてききょうさんしゅぎしゃどうめいぜんこくいいんかい)が正式名称である。
中核派とは、前述の革共同より1962年、黒田派が離脱、革マル派を結成、残った勢力である。
ようは「革共同‐革マル派=中核派」である。

なんのことはない、共産主義者の一分派に過ぎない。
難しく考えることはない、根は同じなのである。

日本共産党を含め、中核派、革マル派、共に根は同じ。
コミンテルンへとつながっていく。

ここまで言えばわかるだろう。
この戦いは、いまも続いている。

【赤旗問題】「テロ資金提供処罰法改正案」から見る反社会的勢力と金融制裁の仕組
【赤旗問題】第一次・赤旗撲滅作戦(作戦コード:王手飛車取り)

大東亜戦争を振り返る。
我が国が、無駄に血を流したとは言いたくない。
祖国を守るため、皆、必死に戦ってくださった。
【今日は何の日?】グアム島守備隊玉砕の日【8月11日】

国家と国家が、それぞれの大事な民を痛めてまで。。。
戦争という最悪の状況に突入していった、
どちらも退くに退けない状況にあった。

私は許せない。
自らの目的達成のため、これらを「策」として描いた者がいることを。
私は断固として許せない。

自らの政治的野望のため、戦争を推進させた彼らが何をしているか。
「敵対国の軍」を弱体化させることで「愛する祖国」の軍を強化しているのだ。
日教組などが北朝鮮の軍を見て「素晴らしい」と言うのは、そういうこと。
ある意味、非常に強い愛国心をもっているのだ、問題はその対象が「日本ではない」という一点に尽きる。

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その他の写真は以下を。
【応援したいと思ったらシェア】御嶽山における自衛隊の活動・左翼の自衛隊への横暴【許せないと思ったらシェア】

ゆえに。
私は共産主義者が大嫌いだ。
少々、きつい思いをしても、政党機関紙「しんぶん赤旗」の庁舎内での勧誘、配布、販売について叫び続ける理由である。

バラバラに記事を書いているように感じていたと思うが、実は一本のストーリーに沿って記述してきた。
それは私が政治家だからだ、政策実現のため「無駄弾などない」のだ。
私はプロだ、当然である。

 

 

 

さて、そろそろ。。。
話をベルリンの壁崩壊に戻そう。
長くて有名なブログであるが、まだ前段である。
やっと本論に入る。(ここで一服、休憩を進める。)

とは言え、どうもネットで語られる知識の背景と、リアル派(現場組)の認識は少し異なるように思うので、どうにも前段が長くなってしまうのだ。こう書かねば、恐らく伝わらない。
(古い保守議員、おじいちゃん議員には上記は常識である。)

1989年、25年前のことだ。
本日、11月10日。
ベルリンの壁が崩壊した。
(本ブログは基本的に元号表記だが、世界史の場合は西暦を用いる。)

ベルリンの壁崩壊とは何か。
コミンテルンの野望が潰えた日、血まみれの共産主義者の策謀が敗北した日である。

ベルリンの壁崩壊(ベルリンのかべほうかい)とは、ベルリンの壁が1989年11月10日に東西ベルリン市民によって破壊開始された事件である。略称として壁崩壊(ドイツ語: Mauerfall)という。東欧革命を象徴する事件として有名である。

1989年11月9日に東ドイツ政府が東ドイツ市民に対して、旅行許可書発行の大幅な規制緩和を「事実上の旅行自由化」と受け取れる表現で誤発表した事によって生じた。実際に壁の人為的・物理的破壊が始まったのは11月10日であるが、崩壊の日付は、その起源であるゲート開放(後述)が行われた11月9日とされる場合がある。
(wikipedia:ベルリンの壁崩壊

東ドイツは社会主義国の中では最も経済発展を遂げ「社会主義の優等生」と呼ばれていたが、内情はボロボロであった。何せ隣国は、西ドイツである。元々は同じ国、比較するが比較にならぬ。

共産主義を喪失すれば、「東ドイツとしての国家の形」(アイデンティティ)を失うことを危惧していた東ドイツは、強硬に民主化を恐れた。ペレストロイカを伝えるソ連の雑誌『スプートニク』まで発禁処分、これは知識人の不満を一気に高めることになる。

ゴルバチョフからの冷遇され、最も重視していた学生集団にも見放され・・・。
デモの武力鎮圧を画策するも天安門事件の直後で「駐独ソ連軍」は動かない。
ゴルバチョフは駐東独大使コチュマソフを通じて、東ドイツ市民のデモ隊の制圧に駐独ソ連軍を使わないよう、駐独ソ連軍の司令官スネトコフに指示していたからだ。

政権は、ズタボロになっていく。
ホーネッカーは、孤立を深める。

最後はあっけないものであった。
西ドイツと東ドイツの往来、これを自由化する、しない。
読み間違えに近い「誤報」によって大きな暴動が起きた。

会議は通ったが閣議を通過していない文案を、誤って読み上げてしまう。
狂喜する東ドイツ市民、そんなの聞いてないと答える国境警備隊。
溢れる市民、抑えきれぬ東ドイツ軍。
あまりの数に武力弾圧という手段は選択不可。

現場にいない上官は、「待て」と言うばかりで責任逃れに奔走。
共産主義の赤いエリートたちの正体ここにあり、だ。
(これは我が国においても同様ではないか?)

ついにはゲートは開けられた。
現場の独断もあり、ゲート解放。

そして。
「超えられない壁」「変えられない物」の象徴。
何より「冷戦の象徴」であったベルリンの壁。
多くの人が一斉に越えて行く。

西ベルリンに、東ベルリン市民がなだれ込む。
歓迎する西ベルリン市民、同朋を歓声と拍手で迎えた。
抱き合ったり一緒に踊ったり、ありあわせの紙吹雪をまき散らす。
中には一人一人に花束をプレゼントする者まで。

以下は、1989年11月10日のベルリンの壁。
ベルリンの壁に上る東西ベルリン市民の姿だ。

Thefalloftheberlinwall1989

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このライセンスのテンプレートは、GFDLのライセンス・アップデートによりこのファイルに追加されたものです。

その後、1:1で通貨交換してしまったため西ドイツが大損(当時の日本円にして約3兆5000億円が吹き飛んだ。)これで赤字転落してしまったり、やっと立て直しかけたらリーマンショックだったり、いまでも東ドイツと西ドイツの経済格差などの爪痕は残る。

この日、11月10日。
社会主義国の中では最も経済発展を遂げ「社会主義の優等生」と呼ばれていた東ドイツでさえも、民主化の波にはあらがえなかった日。
平和を望む市民が、共産主義の悪夢を潰えさせた日だ。

1989年、25年前になる。
私はいま35歳(11月16日で36歳になる。)
当時はまだ10歳。
いまでこそ市議会議員だが、私が小学生であった時のこと。

その2年後、1991年。
年末にソヴィエト連邦、崩壊。
ここにコミンテルンの野望は潰えるのだが、ベルリンの壁崩壊がもたらした影響は非常に大きい。

皆様には、今日の良き日を共に祝って頂きたい。
課題は解決すべき事案は多々ある。
しかし、まずもって喜ぶべき日であると思う。

そして。
戦争犯罪者である、共産主義勢力の危険性を胸に刻む日である。
戦争犯罪新聞社、朝日新聞の危険性を強く認識し、日本共産党(旧称:コミンテルン日本支部、実態としての共産党日本支部)との戦いを決意する日だ。

世界に流させた血は、同じく血であがなえ。
私は、修羅の国から来た普通の修羅だ。

 

これより掃討戦を開始する。
「外国人の扶養控除」であったり「国民健康保険の海外療養費・再入国手続き」ばかり書いているが、そちらばかり書いているということは「実際は違うことしてる」と認識して頂きたい。

政治家は嘘つきと皆は言う。
なるほど、そうかも知れない。
私も政治家だ。
ならば私も嘘つきなのだろう。

「こればっかりやってます!」と書いてるなら
「実際は違うことやってます!」と警戒して欲しいな。
赤旗関連、いろいろ武器を仕込んでます。
バカ正直に、本当のことを書くわけがない。
なぜなら私が政治家だからです。

今日のは総集編、中間まとめに近いものなので「特に強く拡散」をお願いします。
なぜなら、この記事が拡散されることこそが彼らのプレッシャーになるから。

<シリーズ 今日は何の日>
【今日は何の日?】グアム島守備隊玉砕の日【8月11日】
【今日は何の日?】葛根廟事件【8月14日】
【今日は何の日?】終戦の日・ポツダム宣言受諾【8月15日】
【今日は何の日?】神風特攻隊 敷島隊、突入に成功。連合艦隊、壊滅。【10月25日】

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【今日は何の日?】ベルリンの壁、崩壊。共産主義者らの敗北した日【11月10日】 への16件のフィードバック

  1. AG のコメント:

    確かに
    このことは象徴ですが、これが無ければ

    まだまだ共産主義の亡霊が世界各地、彷徨って

    悪弊を振りまいていたでしょう。

    何かの実例が目の前に出現するというのは説得力が強まることです。
    このたびの朝日、木村社長会見もしみったれた事しか言わないにも限らず一つの折り返し地点であることを明示しています。

    • 小坪しんや のコメント:

      AG 様

      ベルリンの壁、崩壊。
      この政治的な意味を、「今日は何の日」として伝えたく思いました。

      いまの日本が、そして我々が戦う物の縮図がそこにあるからです。
      「終わったこと」では、なかったのです。
      いま一度、その暗部にメスを入れる必要がございます。

  2. 左衛門府 のコメント:

    カクマルといえば
    民主(穢だの)を駆逐したいですね?

  3. Augusta のコメント:

    共産党の支持基盤と、外国人扶養控除や、海外医療費問題を「活用」している層は重なります。人権活動家(笑)やプロ市民がなぜあれほど自由に動けるかといえば、仕事をしなくても生活できるからです。

    日本より物価の安い中国・南北朝鮮のスパイ(これまた重なります)がこれだけ日本で活動できるのも、日本から貰うお金で賄っているからです。

  4. 落合道夫 のコメント:

    共産主義への警報ありがとうございます。
    失業で青年層に再び赤への関心が高まっています。

    そこで、小生は反共の立場で以下広報をしています。
    私はアパ歴史懸賞論文で今年を含め4回の入賞者です。

    1.小生のブログ:頑張れ産経新聞(毎日更新)
    2.チューブ歴史思想講座:索引語tkyokinken 30万アクセス突破中。
    3.アマゾン電子本:「共産主義からの解放」 小冊子ですが内容は濃い。

    以上

  5. はらっち のコメント:

    Yahooニュースで今見たのですが、
    消費税10%先送り是非を問う解散総選挙が行われる可能性が高いようです。以下。。。から。。。まで。

    。。。安倍首相は10日、消費税率の10%への引き上げを先送りする場合の衆院解散・総選挙の日程について、早ければ、一連の外交日程を終えて帰国する17日から数日以内に解散する方向で検討を始めた。

     18日前後に解散を表明し、19日ごろに解散する案が浮上している。衆院選は、「12月2日公示・14日投開票」を軸に調整している。「9日公示・21日投開票」とする案もある。与党は、早期解散を容認する構えだ。。。。

    小坪議員、重い弾がありましたら今のうちドンドン記事にしていって下さいね!

    ただ、今は沖縄の皆さんが心配です。チベットみたいになりそうで・・。
    南国の温和で純朴な地域性が、赤い基地外集団に踏みにじられるのは許せません。

  6. 通行者A のコメント:

    今日は。とても力のこもった記事ですね。感服しました。
    コミンテルンの謀略については、敗戦必至となった昭和20年2月、近衛元首相から昭和天皇に上奏された「近衛上奏文」も必読と思いますので引用させて下さい。

    ※近衛上奏文 近衛文麿と左翼の敗戦革命

    ※引用元(国民が知らない反日の実態、右翼左翼の歴史)
    http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/841.html#id_2ef27822
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~
    ◆参考2:近衛上奏文

    近衛上奏文(このえじょうそうぶん)とは、大東亜戦争末期の1945年(昭和20年)2月14日に、近衛文麿が昭和天皇に対して出した上奏文である。
    近衛は昭和天皇に対して、「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存候」で始まる「近衛上奏文」を奏上し、英米の世論は天皇制廃止にまでは至っていないとの情勢判断の下、いわゆる 「国体護持」には敗戦それ自体よりも敗戦の混乱に伴う共産革命を恐れるべきである との問題意識を示した。
    ①「大東亜戦争」(太平洋戦争)は日本の革新を目的とする軍の一味の計画によるものであること、
    ②一味の目的は共産革命とは断言できないが、共産革命を目的とした官僚や民間有志がこれを支援していること、
    ③「一億玉砕」はレーニンの「敗戦革命論」のための詞であること、
    ④米英撃滅の論が出てきている反面、一部の陸軍将校にはソ連軍や中国共産党と手を組むことを考えるものも出てきていること、
    以上から近衛は 陸軍内に共産主義者が存在し、敗戦を利用して共産革命を行おうとしている 、と結論づけている。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~

  7. emt のコメント:

    こんにちは、この間からしばしば拝見しています。
    「余命三年時事日記」共々、マスコミが正しく巨大な廃棄物と成り下がった今
    小坪さんたちのような情報発信や行動を起こしている方々にはとても勇気をもらっています。

    上の方ではらっちさんも仰っていますがどうもマスコミたちは年内解散論を私達民衆に蔓延させたいようですね。
    おそらくは先日衆院を通過した「テロ資産凍結法」を始めとした彼らの背後にいる組織に非常に都合が悪い展開になりつつあるからでしょうかww

    もう、遅いんですけどね。
    色々と遅すぎたんです、彼らは。
    根切りされるまでそう時間はないでしょう。

    このレスを書いている段階でヤフーニュースを見たら
    案の定、安倍さんは年内解散を否定してましたww

    頑張っていきましょう。

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