飯塚繁雄(家族会 前代表)の訃報。一発の銃弾すら撃てなかった、日本の政治に○意を覚えてくれていい。


 

 

会えない、会わせてあげられないんだ。
私たちは、抱き合う二人の姿を見ることはできなくなった。

田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんが亡くなりました。
私は、「ご冥福をお祈りいたします」とか「安らかにお眠りください」などとは、私は言えない。なんと空虚な台詞か。安らかになるようなことを、日本の政治は、日本国民は、できたというのか?
怒りしか、ない。悲しみ。やるせない思い。

田口八重子さんは当時22歳、子供もおりました。家族会の事務局長を務める飯塚耕一郎さんです。母の記憶はない、だからお母さんということができないと言っていた姿が印象的でした。

政治って、何なのだろうか。
一発の銃弾すら、我が国は撃ってあげられなかった。立法権の末端である地方議員とは言え、公職としての発言としては不穏当と言われるのかもしれないが、私は日本の政治家として「せめて一発の銃弾でいい、我が国は撃つべきだった」と明確に言いたい。

大きなスローガン的なことを掲げることは、私は好きではありません。
出来もしないこと、自らが解法を導けぬ政策を公言することは慎むべきです。自分自身には戒めてきました。

田口八重子さんが、何か悪いことをしたのだろうか?
突然に引き裂かれただけだ。
飯塚繁雄さんが、何か悪いことをしたのか?産まれたばかりの飯塚耕一郎さんが何か悪いことをしたのか?

拉致被害者も、その家族も、税を納めている、日本国に、だ。
我が国は、行政サービスとして、彼らを奪還し、普通の生活を送らせてあげる「義務」がある。それが主権だ。
これは明確に主権侵害であり、我が国は撃つべき覚悟が求められていた。どのように言いつくろっても、撃つべき覚悟は求められていたんだ。

私には、職権がない。直接的な奪還に関する権限は、地方議員には付与されていない。
だからこそ、許された権限において最大限の広報・啓発に特化した。これは我が国の政府に圧力をかける目的もある。間接的な奪還ならば、地方議員の職権でも可能だと考えたからだ。自分なりには、一生懸命にやったさ、成果もあがったのだろう、それが何だと言うか。ただ虚しい。

私は、政治家としては持ってはならない思いが、心に芽生えてしまった。消せない思い。
我が国の政治機構に対する○意だ。私自身を含む、政治機構に対する○意だ。
お悔やみの言葉なんて、吐く資格は私にはない。

会えない、会わせてあげられないんだ。
私たちは、抱き合う二人の姿を見ることはできなくなった。

 

 

 

 

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(OGP画像)

 

 

 

 

報道の紹介
悔しい、そして虚しい。

 

拉致被害者家族会前代表、飯塚繁雄さん死去 83歳 田口八重子さんの兄

 

北朝鮮による拉致被害者、田口八重子さん(66)=拉致当時(22)=の兄で拉致被害者家族会の前代表、飯塚繁雄さんが死去したことが18日、分かった。83歳。

東京都出身。平成19年11月、家族会の初代代表で、横田めぐみさん(57)=同(13)=の父、滋さん(令和2年、87歳で死去)に代わり、代表に就いた。17歳離れた末の妹である八重子さんら被害者の救出を求め、同年から約14年間、救出運動を牽引(けんいん)した。

近年は肺炎など体調の悪化から入退院を繰り返し、関連行事を途中退席することも増えていた。今年12月には、代表の職をめぐみさんの弟、拓也さん(53)に託した。その後も、八重子さんの長男で、養子として引き取った飯塚耕一郎さん(44)らに支えられながら、最期まで再会を待ち続けた。

 

 

「非情な結果となった」 飯塚繁雄さん死去 飯塚耕一郎さんがコメント

 

北朝鮮による拉致被害者、田口八重子さん(66)=拉致当時(22)=の兄で、拉致被害者家族会の前代表、飯塚繁雄さんが18日に死去したことを受け、八重子さんの長男で、同会の事務局長を務める飯塚耕一郎さん(44)が同日、コメントを発表した。全文は以下の通り。

父および前家族会代表の飯塚繁雄は、去る12月18日午前2時ごろ、(埼玉県)上尾市内の病院にて死去しました。享年83歳でした。

本来でしたら、生前お世話になりました皆さまに丁重にご連絡すべきところ、このような形でのお知らせとなり誠に申し訳ございません。深くおわび申し上げます。

別途、改めて記者会見や皆さまへのご挨拶の機会としてお別れの会などを設ける予定です。

葬儀については家族葬を予定しており、父をしめやかに送りたいと考えております。その点、ご了承頂きたく存じます。

生前、父が本当に全国の多くの方々にお世話になり大変感謝しております。

改めて息子である私からも御礼申し上げます。

ただ、田口八重子さんとの再会がかなわなかったことが無念であり、非情な結果となってしまった形です。

2002年に父、飯塚繁雄が妹を救う活動を公の場で開始して以降の長い年月が過ぎてしまいました。もう少しなにかできなかったものかと悔悟し、今後、私個人として、この悲しみ、怒りをどうすべきかとも考えております。

北朝鮮による拉致被害者家族連絡会事務局長 飯塚耕一郎

 

 

 

「高齢化の現実、突き付けられた」 飯塚さん死去

 

北朝鮮による拉致被害者家族会の前代表である飯塚繁雄さんの死去を受け、平成14年に帰国した拉致被害者はコメントを寄せて追悼した。

北朝鮮から帰国した被害者の地村保志さん(66)と妻の富貴恵さん(66)は18日、自宅のある福井県小浜市を通じ、「心からお悔やみ申し上げます。飯塚繁雄さんは拉致被害者の救出のために大変なご尽力をされましたが、(妹の)田口八重子さんとの再会がかなわず、本当に残念でなりません。改めて拉致問題の解決には一刻の猶予もないと感じております」とのコメントを出した。

同じく帰国した被害者の曽我ひとみさん(62)も同日、新潟県佐渡市を通じ、コメントを発表。「大変驚いたとともに、妹の田口八重子さんに会えず逝かれたことをとても残念で悔しかっただろうとお察しします。ご家族の高齢化の現実をまたしても突き付けられ悲しい、悔しい気持ちでいっぱいです。一日でも早く解決できるよう見守っていてください」とつづった。

 

 

 

 

政治家の在り方
以下は、私の拉致問題への基本スタンスです。
そして「政治問題」ではないと考えています。

政治分野とは「議論を要する」ものであり、例えば外交などが含まれます。
政治分野以前の「ただの犯罪」であり、問答無用で、国家はこれを救うべき、それ以上でも以下でもありません。

 

拉致問題は、政治家の基本
ここにはイデオロギーも何も関係ありません。
イデオロギーだとか政治問題だとか言う者は、「北朝鮮を利するための者」か、我が国に法律が制定されていることを知らぬ無学な者かだと認識します。

私は、いまだ青いバッチを胸にし続けることが、実は本当に重たい。
あのバッチは重たいのです。。。

すべての政治家は、日本国民に対し責任があると考えています。
国会議員のみならず、国民を護るという意思・思いは、すべての政治家の責務です。

 

国家とは。
国家は、国の「家」と書きます。
国民とは家族のようなもので、我が国に鑑みれば、天皇陛下を家長となした家だと思います。
難しい、神学論争のような国家観ではなく、私の認識している感覚であります。

大事な家族が、誘拐されています。
主権国家である我が国は、この横暴、テロ行為に対し毅然と立ち向かわねばなりません。

 

想像してみてください。
貴方の家族が、どこかのならず者にさらわれました。
取り返そうとしませんか?
警察に通報するでしょう?

生きていることがわかっているのに
なのに、取り返せない。

想像してください。
娘が、息子が、誘拐されて何十年。
妻が、旦那が、誘拐されて何十年。
兄弟、姉妹が、誘拐されて何十年。

 

心中を思うに余りある。
元気でいるだろうか、つらい思いはしてないだろうか。
気が狂うほどの辛さを、感じている国民がおります。

国家という考えで論じれば
私たちの家族が、貴方の家族が、
大切な人を不当に誘拐され、苦しんでいる、何十年もです。

 

政治家として、恥ずかしい。
このような基本中の基本が、、、
いまだ解決されず、残ってしまっていること。

青いバッチを今日も胸につけること。
そして恐らくは明日もつけざるを得ないこと。

保守層においては、ブルーリボンバッチをされてるんですね!と賞賛の声すら聞こえる。
あれは、本当は誉められても嬉しくはないものなのだ。
早く外してしまうべき、拉致被害者を取り戻して。

あのバッチは、私たち政治家を縛るものである。
重たい、重たい、十字架である。

 

 

 

国家って何なんだろう、日本とは何なのだろう

「ご冥福をお祈りいたします」
「安らかにお眠りください」
なんて、言えるだろうか?
言っていいのだろうか?

私は、少なくとも政治家が吐いていい言葉だとは思えない。
これは立法職のみならず行政職にも言えることだ。

安らかにお眠り頂けることを、できていたか?
日本の政治家は、何ができたというのか。政治機構は何ができた?
我が国の行政は、行政機構は何ができたというのか?

 

ご冥福を「お祈り」するだけの資格が、私たちにはあるのか?

そんな資格、誰にもないと思う。
手厳しい言い方にはなるが、日本国民にもない。

 

持っていいよ、○意。
私は、どうしても○意を覚えてしまった、”自分を含む政治機構に対して”です。
そう、つまり政治家としての自分自身に対しての○意、それが消せない。

だから、国民は、政治家に対して○意を持っていい。
むしろ持ってくれ、私たちに○意を向けていいと思ってる。

 

言えよ、俺たちに。
「おまえら、○ねよ」って。

言われて構わない。

 

 

 

国民にも言いたいことはある。
「政治家が腑抜けだった」それは事実だ、私もそう思う。
ただ、日本国民が真剣だったかと言えば、私は客観的に見てもそうは思っていない。

各県の救う会も高齢化が進み、もともと短期決戦を念頭に作られた組織群であったため、地方組織は正直、ガタガタだと思っている。福岡は、初期に作られた救う会であり、それでもマシなほうだ。

署名を、寒い中、集めたことがある。
博多(福岡市)は行橋からは遠く、そう何度も足を運べたわけではないけれど、家族会とともに街頭署名に立ったことは何度もある。何度も、あるんだ。

 

拉致の啓発週間は、12月10日~16日。
「なんでこの時期に?」と思ったこともある、街頭に立てば分かる。

私が残酷というフレーズを使うと、何か言いたい人もいるだろうけれども、本当に残酷だなって思った。

 

クリスマス前なんだよ、街には綺麗なイルミネーション。

つらい、本当につらい。

だーれも、聴いてはくれない。
署名だって、誰もしない。一時間で何人が足を止めるっていうんだ。

その活動方法が効果的かどうかの議論もあるだろうけどね、救う会だけじゃなくて家族会も立ってるんだよ。

 

寒いんだ、とても。
署名をお願いするから、ペンを渡すからね、手袋とかはしてない。

誰も止まらぬ街頭を、はなやぐ街で、楽しそうに歩く人たちに、
「お願いします、お願いします」と頭を下げて、手は冷たくなって、誰も止まってくれなくて、

楽しそうな家族連れとか通るのですよ、カップルもいるよ、
友人同士だろうか、クリスマス前の街は、とても華やかで、楽しそうで。

 

その寒空の中を、家族会が街頭に立って、
本人は悪気はないのだろうけれど「いま、家族と一緒なんだよね?」と、諫められたとき、「すいません」と言った、その小さな言葉が脳裏から離れない。

まさか言った相手が、家族を拉致された日本人なんて、相手も知らないんだろうけれどさ、
もっと若いころだったら殴ってしまってたのかもしれない、どうしていいか分からなかった。

 

 

 

「ありがとね」の意味が分からなくて。

名前は伏せるが、ご家族を拉致された当事者とのエピソード。
非常に寒い日であったと思う。街頭署名において、家族会の方が一緒に立たれていた。
場所は、天神、大都会。往来は激しいものの、見向きもしない。
「お願いします、お願いします」と、何の罪もない、家族をさらわれた被害者が頭を下げる。
貴方は、この光景を思い浮かべるだけで、耐えられるか?

冷たくなった手、だった。
署名活動ののち、
「ありがとう、ありがとう。」と言いながら、握手を求められた。
「若い市議さんね、頑張ってくれて、ありがとうね。」
「ごめんね、ありがとうね。」
とても優しい声で、言われた。

 

政治家は、人前で泣くものではない。
また、自分のために泣くことも許されない。
涙は、誰かのために流すものであり、そして一人で泣くものだ。

明るい声が響く、クリスマスの前。
「この時期が一番、つらいのよね」という一言。
ジングルベルの音楽がながれ、底抜けに明るい街の空気の中、
他人に興味を失った日本人にまみれ、トイレの個室で泣き崩れた。

あの日、最後に手を振るときまで、
私は最後の最後の瞬間まで、ちゃんと笑えていただろうか。

政治家は、誰の手を握り返すべきか。
そして、私は誰の手を握るのか。
模範解答は、「有権者」と答えるべきなのだろう。私もそう思うが、少し異なる”握手”の話。

 

私は、あの日、とても冷たくなった手で、
ありがとう、ありがとうと頭を下げた、あの人たちを裏切ることはできない。

なにも、何一つできなかった、何も成果を出せていない、
政治家の端くれとして、感謝の言葉を述べられる資格などないし、
途中にあった「ごめんね」の意味がすっとずっとわからなくて、
土下座したい思いに駆られ、どんな顔をしていいかもわからず、
だけど、悲しい顔なんてしちゃいけないから「早く取り戻さないといけませんね」って、元気に言おうとして、言いたくて、だけど声がでなくて、

 

 

これが、私が拉致問題に取り組んだときの、小さな小さなエピソード。
「ありがとう」の意味が、今でも分からないから。「ごめんね」って何なのか、分からないから。

 

 

 

広報・啓発、国民世論

私はね、それしかできないから。
うん、奪還は、できないんだ。

 

意外に職権とかって大切に考えているから、その権限が欲しいならステージは変えるべき。武器を持ちかえればいいわけで、私はそれをしていないから、だから自分の武器で戦うよ。

地方議員は、外交・防衛の職権は付与されていない。
だから直接的な奪還には、加われない。

 

出来もしないことを大きな声で言うやつには、私はなりたくないんだ。
信じてしまう人もいるから、期待してしまう人もいるから。

だから高めのハードルを示したときであっても、私は何がしかの解法を考えてから発言しているし、だいたい言ったことはやったと思う。
無茶に思えても、それが(全体から見れば)小さくとも、確実に成果を出す。

 

かと言って、国会議員じゃなければ何もできないかと言えば、それは違う。

地方議員にも職権はあるんだ。
広報・啓発は、むしろ地方行政の得意分野であり、私たちにもやれることがある。

「国民世論」というと話が大きい気がするかもしれないけれど、そう大きなものでもないと思ってるよ、それぞれに分割して話せばさ。

 

ほんとはさ、「世論をもって、国を動かす」じゃないのよ、私の狙いって。
目的とか、全体的な計画みたいのもさ、あるよ。あるさ、それを考えるのが職責ですからね。

だから御大層なプランだって持ってる、成果だって出すだろうさ、
私は、行政機構を動かすという分野に関しては、地方議員にしては突出している自信もあるしね、そういう期待だってあるからさ、期待には応えるさ。

 

 

 

本当の思い

けどね、違うの。
本当は、ぜんぜん違うことも思ってたんだよ。

もう、寂しい思いを、家族会にさせたくなかったの。
ほんとは、それだけなの。それだけなんだ。

現場に在る一人として、もう、クリスマス前の街頭活動が辛すぎて、悲しすぎて、
だってあそこに立てば「あぁ、もう日本人は拉致なんてどうでもいいんだろうなぁ」って気づかされてしまうもの、残酷な現実と対峙しなきゃならないもの。

私だけだったらいいさ、百歩ゆずって救う会はいい。
けれども、家族会も立ってるんだよ、たまらんよ、本当に。

 

だから、俺は。
だから、だから、やったんだ。

本当はさ、ブルーリボンバッジだって、大臣が全部着用するとかさ、警視総監の着用も嬉しいけどさ、地方議員たちが立ち上がってくれたことの本質って、もう焦りなんだよ。日本人に対する焦りなんだ、我が国の国民に対する悲しみって言ってもいい。

国民世論のうねりで、自発的に誰しもがつけてくれれば、そりゃいいさ。
そうあって欲しいさ、そうであった欲しかったよ。

でも、そうじゃないんだよ。
ネットで、さもブルーリボンバッジが「リトマス試験紙の、保守判別バッジ」ぐらいに思っている人もいるけどさ、私は怒っているからね?

だったら、おまえも現場に立てよ。
寒空の中、クリスマスソングが流れる街中で、頭を下げ続ける家族会の傍に立ってみろよ、

 

「議員として、行政機構を動かす」という、ほぼ(政治手段としては)物理的な方策に打って出たのかなぜか、
そして、私がそんなことを本心からやりたかったのか、考えてくれよ、

 

つらいんだよ、救う会だって本当は辛い。
口が裂けても言えないことだけど、書く。
さしたる成果もないまま、家族会を目の前で支えるのはつらい。

だから「成果」を出そうと思ったんだ、ちょっとでいいから笑って欲しかった。
少しでいいから、前に進んでいるって手応えを感じて欲しかった。それだけだよ。
大掛かりな仕掛けさ、平気そうに振る舞ってはいるけど、地方議員が背負うには大きすぎる政策目標だった、自覚だってあった。

いろんなものを動かしたさ、市議にしては全力で政治力を、コネクションを総動員した。
本当に思っていたのは、ただそれだけ。たった一つの、小さな願いだった。
無論、奪還につながる道と信じた、けれど本質は「せめて心だけでも温かく」って思った、あの冷たい手を握ってしまったから。ごめんねの意味がいまでも分からなくて、ただそれだけだった。

 

俺は、道化か?
道化だろうな、情けない、馬鹿みたいだ。
愚か者だ。

 

私にだって、言いたくないことはあるんだよ、
言いたくなかったこともあるんだよ、分かるまい、分かるまいよ、あの寒空の中に立たねば分かるまい。

 

 

 

ご冥福を祈る資格すら持たぬと、私は自覚している。

 

国民は、私たちに○意を持っていいとすら思う。

 

私は、自分自身に向けてしまった。消せない。

 

そして、国民一人一人も、少し考えて欲しい。

 

寂しいんだよ、つらいんだよ、

 

寒空の中、はなやぐ街で、

 

お願いしますと頭を下げ続け、見向きもされずに通り過ぎられるのは。

 

「一緒にいるよ、支えるよ」って、そう言ってあげたかっただけなんだ。

 

だから、広報啓発に特化しただけ、私にとってはそれだけなんだ。

 

自分自身にムカついて仕方がない。

 

我が国は、ただ一発の銃弾すら撃ってあげることができなかった。

 

ただ恥ずかしい、情けない、申し訳ない。

 

それでも俺はやるよ、自らにも○意を向けながら。

 

恥知らずと自分自身を罵りながら。

 

「忘れない。支える」という人だけが、なんなら街頭に立ってもいいという人だけがシェアとか拡散とかしてください。

 

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9 Responses to 飯塚繁雄(家族会 前代表)の訃報。一発の銃弾すら撃てなかった、日本の政治に○意を覚えてくれていい。

  1. BLACK より:

    「自分(私)は甘いんだよ」と自分で思う。
    けれど、どうしても「いよいよ日本は動く」と思ってしまいます。

    人でなしな言い方だとも思いますが
    訃報を知った時にそう思いました。
    そうでなければあまりにやりきれません。
    横田滋氏・飯塚繁雄氏をはじめ、拉致被害者のご両親が
    国民・政府・政治家・お役人に見せたもの、突きつけたもの
    その現実は、絶対に国を動かす、絶対に事態を動かす
    そう思わずにはいられません。

    不謹慎な言い方になりますが
    長い間停滞していた拉致被害者奪還への
    大きな波が動き始めた気がしています。
    飯塚氏は、その波をもうひとつ大きな波にして下さった。
    そう思いたいのです。

    大きな絶望と悲嘆の中で
    私は希望を感じています。
    そうでなければ、国家とか、人生とか、世の中とか
    あまりにムチャクチャだと思うからです。

    やっぱり私は甘いのだろうと自分でも思いながら、ですが。
    私は今後の日本政府に期待しています。

    以上 文責 BLACK

  2. 維新は裸の王様 より:

    お悔やみの言葉の文字列、私は打てません。

    だから違う言葉で。

    岸田政権が本気で解決したいのなら、安倍元総理に拉致救出特命大臣になってもらって、あらゆる手段で政治アクションを起こして欲しいです。
    朝鮮総連に揺さぶりかけたり、北に繋がりが有りそうな議員達に対しても(アイツらです)、使える手段全てで。

    単なる願望ですが、私達は署名活動に協力する事しか出来ない。
    だからせめて、日本政府の本気度が国民の目に見えるアクションや月次年次報告をして頂きたく思ってます。

    駄文大変失礼しました。

    以上

  3. k より:

    9歳以下の子供が毎年1000人、行方不明です。

    拉致ではないのですか?

    横田めぐみさんを救えないから、舐められているのではないですか?

    だから拉致されるんですよ。

    許せない、許せないです。。。

    ブルーリボンを外せとか、どの口が言っているんですか? 引き裂いて欲しい?

    こんどは誠実な日本国民のターンですよ!

    1. ミカンの実 より:

      そうなのですよね。マスコミは全く報道しません。べ●ッセの個人情報が何千万件も漏れて大事件になったあと子供達の行方不明が一気に増えました。

      個人情報がもれると途端に犯罪が増えます。

      ペ●●イの個人情報漏れは5千万件だったと思いますが、その時も子どもたちの行方不明が増えました。少子化で人口が減っているにもかかわらず子どもたちの行方不明は増えています。
      ここ数年はコロナ禍で親がテレワークになったり、子供達の塾通いも動画対応などにシフトされて、被害が減っていると思いますが、コロナ禍はいつかはなくなりますし、親の世代がきちんと働き出せば、また行方不明が増えるかもしれません。

      外国人を日本国に入れてはいけません。もちろんきちんとした方々は入国していただいても良いと思いますが、犯罪をする為に入国するとんでもない外国人もいるのですよ。
      これは事実です。

      日本政府のお偉い方々、どうかどうか、日本人をお護りください。特に子どもたちをお護りください。麻薬など日本国にどんどん入ってきています。日本の法律の刑罰がとても甘いので、皆日本に集まってくるのです。

      法整備を急いでください。

      日本人が外国人に差別されないように、外国人の犯罪に巻き込まれないように、そして日本にいる子どもたちをお護りください。

      岸田首相は、良く頑張っておられると思います。

      自民党の方々、そして野党の方々も、まずは日本国のためにがむしゃらに頑張ってください。
      そうすれば、断る必要がでてくるくらいの名誉と富が皆様を目がけて飛んでくるはずです。

      小坪議員がその事を証明なさっておられます。

      怖いことないです。わたくしも勇気出して頑張っておりますよ。

      日本人を貶めていじめている方々は、どうかどうかものすごく幸せになってください。
      幸せであれば、虐めたり貶めたりする必要がなくなるのですから。

      もうすぐクリスマス🎄。それが過ぎればお正月🎌です。

      皆様、もっともっと幸せになれ!!!!!!!!

      世界中の国々が嫉妬で身悶えするくらい幸せで強い日本国となれ!

  4. 氷河期の隙間世代 より:

    http://www.sukuukai.jp/index.php?itemid=1126
    救う会全国協議会
    あなたにもできること

  5. 神無月 より:

    巨大なパチンコ産業が長い間繁栄し、日本人をギャンブル依存にさせて稼いだお金を北朝鮮へ送金していた事実を日本の政治家は黙認してきたと認識しています。

    多くの政治家が、拉致を認めた国に対して寛大な対応をしてきたわけです。
    小泉総理など、被害者を返せば一兆円を北朝鮮へODAで差し上げる約束をしたとか。

    小坪市議の悔しい言葉想いに感じることは有りますが、結局はお金で解決するとなれば、それはそれでも仕方が無いと思います。

    国民にそれを納得させる事も、政治家の手腕かと・・・
    .

  6. 氷河期の隙間世代 より:

    岸田首相の総裁選パンフレットには以下のように書かれています。

    「権威主義的体制が拡大する中で、台湾海峡の安定・香港の民主主義・ウィグルの人権問題などに毅然と対応。日米同盟を基軸に民主主義、法の支配、人権等の普遍的価値を守り抜き、国際秩序の安定に貢献していく。」

    選挙用のリップサービスでした。

    総裁選でなぜこんな人を担いだのか。

    日本の対中強硬姿勢を固定化するため?

    固定化できたか?

    なぜプライオリティを誤った?

    なぜ他国を選択した?

    結果?名誉?功を焦った?

    自分>家族>友人>地域>母国>他国

    拉致問題なら岸田さんを選択しなかったはずだ

    1. Frank より:

      仰る通りです。

      岸田内閣が誕生して以来、悶々とした日を過ごしております。
      小坪先生にもお立場があることは承知しておりますが、
      岸田内閣に対するご意見、お考えをお聞かせいただければ幸いです。

  7. 櫻盛居士 より:

    **********************************************************************
    共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
    ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。

     ・『テロを利用する共産党』
     ・『テロリストの味方である共産党』
     ・『テロに屈する共産党』

    **********************************************************************
     
     
    拉致問題の起りは1970年代に遡ります。
    丁度、小坪先生がお生まれになられた頃に発生した事件と言う事です。

    本来であれば、この頃に社会の一線に居た政治家や官僚、そして有権者が解決して然るべき事案だったのです。
    所がそもそも有権者の殆どがバブル景気に浮かれて居た時代で、拉致問題に気をかける者は殆ど居らず、その結果として大きな法改正も行われずに、実態としてこの問題は先送りを繰返して来ました。

    その意味から言えば、小坪先生は当時社会の一線にあった、大人達の残した負の遺産を清算しようとして居るに過ぎないと認識しても良いのではないでしょうか。

    当時の指導的立場にあった実力者は多々鬼籍に入りつつありますが、それでも当時社会の一端を担って居た大人達の多くは高齢ながらも存命です。
    このままツケも支払わずに、平々凡々と余生を過ごし、そもそもその責任を負うべきでは無い世代に負債を押し付けて、冥府に逃げようと言うのは随分と都合の良い話です。
    黄泉路に旅立前に、しっかりと取立てたいと考えて居ます。
    「テメェらが作ったツケを、他に押付ける様な奴に平和を語る資格は無ぇ」っと。

    とは言っても、我々も今や社会の一端を担う年齢と成り、全く責任の無いとは言え無い立場に至ってますので、本エントリーは実に耳の痛い内容です。

    第一にこの拉致は、我々自身が被害者になって居ても不思議では無かった事件です。
    いつ誰が拉致されても何ら不思議では無い状況を、放置し続けて居た訳ですから。
    ここに今コメント出来るのは、拉致されずに済んで居るからです。

    現状の我が国は1970年代から変わらず、拉致され国交の無い国に連出されると、救出も出来無ければ、報復も出来無いままで、拉致しようと企てる連中からすれば、ガバガバで美味しい状態のままです。
    何せその様な事件が発生しても、”官僚は何も実績を出さなくて良い”と言う前例を、コツコツと積重ねて来たのですから、犯罪抑止力が働かなくて当り前の状況なのです。
    つまり、本来改善すべき防犯体制が何ら改善されずのままと言う事です。

    この様な事件を二度と発生させない為にも、”官僚は必ず何らかの実績を出さなくてはならない”体制を確立する必要があります。

    この問題の解決は決して他人事では無く、未来の我々に向けた生活に密接したレベルでの、安全保障の一環との認識を定着させて行く必要があるでしょう。

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