【今日は何の日】大和、特攻。坊の岬沖海戦【4月7日】


 

 

無謀とも言われる作戦だが一縷の希望に賭け、米軍の沖縄侵攻を阻止するため水上特攻が敢行された。
天一号作戦、大和轟沈。沖縄を見捨てぬため、一億総特攻の魁とならんがために。

出撃した艦艇は以下。
大和以下、軽巡矢矧、駆逐艦冬月、涼月、磯風、浜風、雪風、朝霜、初霜、霞。
日本海軍による最後の大型水上艦による攻撃となった。

すでに訓練を満足に行えるほどの重油はなく、浮き砲台とされた艦以外、
持てる艦艇のほぼ全てであった。

それでも大和には、戻ってこれるだけの重油が補給されたという。
(片道とする説は誤り。)
ただし、還って来れたのは、極僅か。

実は、この海上特攻のみがクローズアップされるが、菊水作戦と相互支援関係にある。
菊水作戦第一号(4月6日~11日)以降、第十号までの大規模航空特攻を伴う反攻作戦である。

海軍機は940機、陸軍機は887機が特攻を実施。
海軍2,045名、陸軍1,022名が特攻により戦死。

 

米国がシリアに向け、50発以上のミサイルを発射。
議会の承認を伴わず実施しており、これは対CHINA・対ロシアへの牽制の側面もあるだろう。
その件を分析しようかと思ったが、今日は大和と特攻の話をする。

 

先祖を誇ることは重要なことだ。
その名誉を汚すことを許さぬ、というスタンスである。

ならば、今を生きる私たちはどうか。
それを問いたい。

 

戦争も後半ともなれば、機体の性能にも開きがある。
整備や補給も満足に受けられない。
訓練だって完全とは言えず、硫黄島に至っては「ほぼ市民と変わらない練度」だった兵士も多く含まれていた。

かつて我が国では、我が国の未来を守らんがために、
一つしかない命を捧げてまで「産まれ来る子らのため」に身体を張った大人たちがいた。

彼らが命懸けで守った「未来」とは、まさに今を生きる私たちに他ならない。
先祖が偉いかどうかではなく、私たちはできるのか。
それを真剣に考えたい。

大和の画像、及び特攻の映像を紹介する。
実際に見て、それぞれ考えて欲しい。

 

 

 

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(OGP画像)

 

 

 

 

坊ノ岬沖海戦・参加戦力
第2艦隊からなる第1遊撃部隊が編成され、水上特攻を担当する部隊となった。出撃した部隊は以下の編制であった。参加兵力は計4,329名。平均年齢は27歳であったという。

 

第1航空戦隊
戦艦大和
(艦長:有賀幸作大佐、副長:能村次郎大佐、砲術長:黒田吉郎中佐):沈没。
被雷8本以上、直撃弾10発以上。戦死2,740、戦傷117名。

 

第2水雷戦隊(司令官:古村啓蔵少将)
軽巡洋艦矢矧(艦長:原為一大佐):沈没。
被雷7本、直撃弾12発。戦死446、戦傷133名。

※矢矧に座乗していた第2水雷戦隊司令官古村啓蔵少将、矢矧艦長原為一大佐は、ともに生還。

 

第41駆逐隊(司令:吉田正義大佐)
冬月(艦長:山名寛雄中佐):帰還。
中破。直撃弾2発(不発)。戦死12、戦傷12名。

涼月(艦長:平山敏夫中佐):帰還。
大破、艦首部に直撃弾を受け大破。
後進で佐世保に帰還。戦死57、戦傷34名。

 

第17駆逐隊(司令:新谷喜一大佐)
磯風(艦長:前田実穂中佐):至近弾により機関室浸水。航行不能になり処分。
戦死20、戦傷54名。

浜風(艦長:前川万衛中佐):沈没。
被雷1本、直撃弾1発。被弾で航行不能になった後、被雷し轟沈。戦死100、戦傷45名。

雪風(艦長:寺内正道中佐):帰還。
至近弾のみ。損傷無し。
戦死3、戦傷15名。ロケット弾が直撃したものの不発に終わった(帰還後判明)とする説もあるが元乗員らの記録では別の戦闘での損傷とある。

 

第21駆逐隊(司令:小滝久雄大佐)
朝霜(艦長:杉原与四郎中佐):機関故障を起こし艦隊より落伍、正午過ぎに敵機と交戦中との無電を発信後連絡が途絶えた。撃沈されたものと推定。隊司令及び艦長以下326名全員が戦死した。

初霜(艦長:酒匂雅三少佐):帰還。
至近弾のみ。損傷無し。戦傷2名のみ。

(艦長:松本正平少佐):直撃弾2発。
うち1発が機関室を直撃、破壊。航行不能により処分した。
戦死17、戦傷47名。

 

対潜掃討隊(第31戦隊 花月、第43駆逐隊 榧、槇)は瀬戸内海離脱後、命令により反転帰還。

 

 

アメリカ海軍
第58機動部隊(司令官:マーク・ミッチャー中将)
空母7隻
TG58.1-ホーネット(CV-12)、ベニントン、TG58.3-エセックス、バンカーヒル、ハンコック、TG 58.4-イントレピッド、ヨークタウン(CV-10)

軽空母4隻
TG58.1-ベローウッド、サンジャシント、TG58.3-バターン、TG 58.4-ラングレー

戦艦6隻
マサチューセッツ、インディアナ、ニュージャージー、サウスダコタ、ウィスコンシン、ミズーリ

その他の支援艦艇
大型巡洋艦アラスカ、グアムと多数の駆逐艦

空母艦載機 386機(367機)

 

 

 

 

 

坊ノ岬沖海戦・時系列
本日、4月7日、下記の戦闘が行われた。
沖縄を救うため、水上特攻がなされた日である。

 

4月5日
13:59 第1遊撃部隊に出撃準備下令。

4月6日
15:20 第1遊撃部隊が徳山沖を出撃。
19:45 第1警戒航行序列(対潜序列)。
20:20 磯風が敵潜水艦らしきものを発見、第二艦隊、米潜に発見される。

4月7日
06:00 第3警戒航行序列(対空序列)を取る。
06:30 大和が唯一搭載していた零式水上偵察機、本土に帰還。
06:57 朝霜(第21駆逐隊司令座乗)が機関故障のため随伴不能となり艦隊より離脱。
06:30頃-10:00頃 第5航空艦隊所属の零戦部隊による艦隊上空直衛が交代で実施される。
08:15頃 矢矧、水上偵察機を発進、本土に帰還。第1遊撃部隊、アメリカ軍の飛行艇2機に発見される。その後、艦隊は、アメリカ高速空母機動部隊から攻撃隊に先駆けて出撃したF6F戦闘機、F4U戦闘機計10数機の接触を受けながら、偽装航路を中止し、沖縄に向けて南下する。
10:00-10:30 奄美群島近海に展開していたアメリカ海軍第58機動部隊から、作戦機約400機からなる攻撃隊が、第1次攻撃隊と第2次攻撃隊とに分かれて、相次いで出撃する。
11:35頃 大和に搭載された対空電探が、約100キロの距離にいるアメリカ軍艦上機の大編隊の接近を探知する。
12:10 落伍した朝霜より、「ワレ敵機ト交戦中」との無電が入る。
12:15 大和以下の各艦が総員対空戦闘配置を完了する。第二艦隊、大島輸送隊とすれ違う。
12:21 朝霜より「九十度方向ヨリ敵機三十数機ヲ探知ス」との無電連絡が入る。この後、連絡途絶。この直後に沈没した。
12:32 敵攻撃隊の大編隊が雲間から降下し、第1遊撃部隊上空へ殺到し始める。第一次空襲が始まる。
12:34 大和以下の各艦が対空戦闘開始。
12:41 大和の後部に中型爆弾2発命中。電探室および主計課壊滅。
12:45 大和の左舷前部に魚雷1発命中。
12:47 浜風、轟沈。矢矧、航行不能。
13:00 第一次空襲終了。
13:08 涼月、前部砲塔付近に爆弾命中、大破。
13:22 敵機群第二波約50機来襲。
13:25 霞、爆弾2発命中、航行不能。
大和、初霜に通信代行を依頼。
13:33 第二次空襲始まる。
大和の左舷に魚雷3本が命中。大和の副舵が取舵のまま故障。
大和、涼月と衝突しかける[220]。13:45、舵中央で固定。
13:56 磯風、矢矧の救援中に被弾・航行不能。
14:05 矢矧、沈没。
14:20 大和、左舷に傾斜20度、総員最上甲板が命ぜられる。
伊藤長官が長官室に向かう。
14:23 大和、沈没(左舷側へ大傾斜、転覆ののち、前後主砲の弾火薬庫の誘爆による大爆発を起こして爆沈)。
14:23 伊藤中将の戦死により第1遊撃部隊指揮権を先任指揮官の古村少将が承継(この時点で漂流中)。
14:40 アメリカ軍の攻撃が終了。
16:39 作戦中止が下命される。
16:57 霞、沈没(砲雷撃により処分)。
17:42 初霜が古村少将(第2水雷戦隊司令官)を救助。
22:40 磯風、雪風の砲雷撃により処分。

4月8日
冬月、雪風、初霜及び涼月が佐世保軍港に帰投。

 

 

 

実写をベースに、一部をCGで再現した動画。

 

 

 

菊水作戦
米軍の沖縄進攻を阻止する目的で実施された日本軍の特攻作戦。
作戦名の「菊水」は楠木正成の旗印に由来する。

大和を含む水上特攻と相互関係にあり、作戦は第一号(1945年4月6日-11日)から第十号(6月21日-22日)まで実施され、その後も終戦までの間、断続的に特攻が続けられた。

特攻作戦と連動し、艦上攻撃機・天山、陸上爆撃機・銀河、艦爆・彗星などによる夜間雷撃や夜間爆撃も実施された。

 

少し長いため、折り畳もうかとも思ったが、できなかった。
「沖縄の為に」戦ったのだ。

知覧飛行場から出撃する特攻機と、見送る女学生たち。1945年4月12日

(画像諸元)クリックして下さい!
Hayakawa (早川) – http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_036.htm, originally:「毎日グラフ」1965年11月25日臨時増刊号〜続日本の戦歴 米軍が押収した戦場写真集/8月5日の連合艦隊
中島キ43一式戦闘機「隼」三型甲、第二十振武隊穴澤利夫少尉搭乗機、知覧飛行場、昭和二十年四月十二日

日本を法域とするこの写真画像は、(1)1956年(昭和31年)12月31日までに公表(発行)された。または、(2)1946年(昭和21年)以前に撮影(製作)され且つ起算日から10年以内に公表されなかったものである。これらの二つのいずれかであるため、日本の旧著作権法第23条及び著作権法附則第2条の規定により著作権の保護期間が満了しています。
アップロードする方へ: 画像の出典明記をお願いします。
(根拠: 法文) 旧著作権法 [1] (明治32年3月4日法律第39号、最終改正昭和44年法律第82号)

1899年(明治32年)7月15日施行、1971年(昭和46年)1月1日廃止
第二十三条【保護期間-写真著作物】
写真著作権ハ十年間継続ス
前項ノ期間ハ其ノ著作物ヲ始メテ発行シタル年ノ翌年ヨリ起算ス若シ発行セサルトキハ種版ヲ製作シタル年ノ翌年ヨリ起算ス
写真術ニ依リ適法ニ美術上ノ著作物ヲ複製シタル者ハ原著作物ノ著作権ト同一ノ期間内本法ノ保護ヲ享有ス但シ当事者間ニ契約アルトキハ其ノ契約ノ制限ニ従フ
第五十二条
3. 第二十三条第一項中十年トアルハ当分ノ間十三年トス

 

菊水一号作戦
「菊水一号作戦」・「第一次航空総攻撃」(4月6日 – 11日)

4月6日正午、海軍の作戦機は391機、陸軍は133機が九州と台湾の航空基地を飛び立った。うち特攻機は海軍215機、陸軍82機。

海軍第一制空隊30機が囮となり、さらに陸軍の司偵が東シナ海上にチャフを散布してアメリカ軍の防空網の目をひきつけ、沖縄本島上空に隙を作った。これを衝いて、特攻機がアメリカ艦隊へ突入した。特攻機の未帰還機は海軍162機、陸軍50機に及び、341名が特攻により戦死した。

6日15時、航空作戦と呼応して、大和以下の第2艦隊(司令長官:伊藤整一中将)第1遊撃部隊が徳山沖を出撃。7日、撃沈。

 

菊水二号作戦
「菊水二号作戦」・「第二次航空総攻撃」(4月12日 – 15日)

9日に「菊水二号作戦」と「第二次航空総攻撃」を発令したが、天候悪化により決行は先延ばしとなっていた。12日、作戦の決行が下令され、海軍の作戦機354機、陸軍の作戦機124機、うち特攻機として海軍103機、陸軍72機が出撃した。

12日の出撃には「桜花」8機が参加していた。うち1機は駆逐艦マナート・L・エーブルを撃沈、これは結局、桜花による唯一の軍艦撃沈事例となった。他にも特攻によりアイダホ」と戦艦「テネシーの2戦艦に損傷を与えた。特攻機の未帰還は海軍69機、陸軍49機であった。

 

ザ・コクピット 音速雷撃隊 MAD 「或る夏の一日」
桜花を描いた作品。(ショートバージョン)

 

 

菊水三号作戦
「菊水三号作戦」・「第三次航空総攻撃」(4月16日 – 17日)

16日、「菊水三号作戦」と「第三次航空総攻撃」が発令され、海軍は最大規模の出撃を敢行した。この日海軍は作戦機415機、陸軍は92機を投入。うち特攻機は海軍176機、陸軍52機であった。特攻機の未帰還は海軍106機、陸軍51機。この頃には既に陸軍の特攻機は実用機が不足し、旧式の九七戦や練習機を投入し始めていた。

空母イントレピッド、戦艦ミズーリなどが損傷した。さしものアメリカ軍も執拗な攻撃に悩まされ、サイパンにあったB-29を動員し、21日と22日に南九州の日本軍飛行場を爆撃した。

 

菊水四号作戦
「菊水四号作戦」・「第四次・第五次航空総攻撃」(4月21日 – 29日)

20日から22日にかけ、海軍は作戦機258機、うち特攻機26機を投入。特攻機の未帰還は3機であった。陸軍も作戦機11機を投入した。23日から26日の攻撃は低調に終わったが、27日から30日にかけて海軍は再び全力を動員し、作戦機587機、うち特攻機100機を投入、特攻機59機が未帰還となった。

 

菊水五号作戦
「菊水五号作戦」・「第六次航空総攻撃」(5月3日 – 9日)

5月3日、沖縄本島の第32軍は総攻撃を開始した。大本営がこれを支援する方策は特攻作戦しかなかった。同日、「菊水五号作戦」と「第六次航空総攻撃」が発令された。海軍は1日から4日にかけて、作戦機449機、うち特攻機160機を投入、特攻機の未帰還は65機であった。戦果は大きく、3日に駆逐艦リトルを撃沈、4日の攻撃は大規模なものとなり、リュース、モリソンの2駆逐艦が撃沈され、護衛空母サンガモンが損傷した。また、イギリス海軍の空母フォーミダブルとインドミタブルも損傷した。

 

米軍艦に突っ込む特攻機

 

 

菊水六号作戦
「菊水六号作戦」・「第七次航空総攻撃」(5月11日 – 14日)

11日、「菊水六号作戦」と「第七次航空総攻撃」が発令され、海軍は8日から11日にかけて作戦機345機、うち特攻機86機を投入、12日から15日にかけても作戦機237機、うち特攻機47機を投入した。特攻機の未帰還はあわせて95機であった。陸軍も作戦機80機、うち特攻機35機を投入した。
この最後の力を振り絞ったかのような攻撃によって、11日、第58機動部隊の旗艦である空母「バンカーヒル」に特攻機2機が命中、同艦は大破して戦死402名、戦傷264名という損害を受けた。

ミッチャー中将は旗艦を空母エンタープライズへ移したが、さらにそのエンタープライズも14日に特攻を受けて損傷し、この殊勲艦も終戦まで戦線から離脱させられた。ミッチャー中将はさらに旗艦を空母「ランドルフ」へ移さざるを得なくなった。アメリカ軍は再び南九州の特攻基地へのB-29による爆撃を強化した。

5月11日、空母バンカーヒル大破

 

写真諸元・ライセンス(クリックして下さい!)
English: The U.S. Navy aircraft carrier USS Bunker Hill (CV-17) afire after being hit by two “Kamikaze” suicide planes off Okinawa, 11 May 1945. Photographed from USS Bataan (CVL-29).

 

5月14日、空母エンタープライズ大破

 

写真諸元・ライセンス(クリックして下さい!)
The U.S. Navy aircraft carrier USS Enterprise (CV-6) being hit by a Japanese bomb-laden kamikaze on 21 May 1945. The ship’s forward elevator was blown approximately 400 feet into the air from the force of the explosion six decks below.

U.S. Navy, photograped from USS Bataan (CVL-29). – Official U.S. Navy photo 80-G-323565 from the U.S. Navy Naval History and Heritage Command

 

菊水七号作戦
「菊水七号作戦」・「第八次航空総攻撃」(5月24日 – 25日)

24日、「菊水七号作戦」と「第八次航空総攻撃」が発令された。この頃になると海軍でも実用機が払底し、練習機「白菊」を特攻機として投入する末期的状況を呈していた。

23日から25日にかけて、海軍は作戦機387機、うち特攻機107機を投入。特攻機の未帰還機は32機であった。陸軍は作戦機174機、うち特攻機61機を投入した。

 

菊水八号作戦
「菊水八号作戦」・「第九次航空総攻撃」(5月28日 – 29日)

28日、「菊水八号作戦」と「第九次航空総攻撃」が発令される。26日から28日にかけて、海軍は作戦機217機、うち特攻機51機を投入し、特攻機の未帰還機は26機。陸軍は作戦機71機、うち特攻機57機を投入した。

 

菊水九号作戦
「菊水九号作戦」・「第十次航空総攻撃」(6月3日 – 7日)

6月、沖縄本島では既に第32軍が首里を放棄し、地上戦は最終段階に至っていた。3日、「菊水九号作戦」と「第十次航空総攻撃」が発令されたが、もはや航空戦力も尽きかけていた。1日から7日にかけて、海軍は作戦機367機、うち特攻機23機を投入し、特攻機の未帰還機は5機。陸軍は作戦機71機、うち特攻機31機を投入した。

 

菊水十号作戦
「菊水十号作戦」・「第十一次航空総攻撃」(6月21日 – 22日)

23日、第32軍司令官牛島満中将が自決し、沖縄本島での日本軍の組織的抵抗は終わった。大規模な特攻作戦も、21日に発令された「菊水十号作戦」と「第十一次航空総攻撃」が最後となった。16日から22日にかけて、海軍は作戦機271機、うち特攻機67機を投入し、28機の特攻機が未帰還となった。

沖縄が、陥落。
これをもって、組織的な大規模特攻は沈静化していく。

 

 

 

特攻の、結果と影響
ここも意外に知られていない真実である。
wikipediaのままで申し訳ないが、お読み頂きたい。

 

沖縄諸島周辺での特攻作戦において、海軍機は940機、陸軍機は887機が特攻を実施し、海軍では2,045名、陸軍では1,022名が特攻により戦死した。そのうち133機が命中、122機が至近弾となり、アメリカ軍の艦艇36隻を撃沈し、主力艦艇の多数を損傷させた。

菊水作戦によるアメリカ軍とイギリス軍の戦死者は4,907名、負傷者は4,824名に上った。第二次世界大戦におけるアメリカ海軍の艦艇の喪失の7分の1は沖縄諸島周辺海域におけるものであり、その8割は特攻による戦果である。

 

 

>第二次世界大戦におけるアメリカ海軍の艦艇の喪失の7分の1は沖縄諸島周辺海域におけるものであり、その8割は特攻による戦果である。

特攻が無駄だったという説を、左翼もメディアも主張するが、果たしてそうだったのか。

 

音楽と歌詞が入っているが、
実際の特攻隊員の映像、及び特攻の映像が使用されている。

この歌詞も嫌いじゃないな。

 

 

 

祖先の名誉を誇れる生き様
先祖を誇ることは重要なことだ。
その名誉を汚すことを許さぬ、というスタンスである。

ならば、今を生きる私たちはどうか。
それを問いたい。

 

戦争も後半ともなれば、機体の性能にも開きがある。
整備や補給も満足に受けられない。
訓練だって完全とは言えず、硫黄島に至っては「ほぼ市民と変わらない練度」だった兵士も多く含まれていた。

かつて我が国では、我が国の未来を守らんがために、
一つしかない命を捧げてまで「産まれ来る子らのため」に身体を張った大人たちがいた。

彼らが命懸けで守った「未来」とは、まさに今を生きる私たちに他ならない。
先祖が偉いかどうかではなく、私たちはできるのか。
それを真剣に考えたい。

大和の画像、及び特攻の映像を紹介した。
実際に見て、それぞれ考えて欲しい。

 

神風特攻隊員たちの遺書

 

 

 

 

いま我が国は国難を迎え、

 

有事に直面する危機が現実味を帯びてきた。

 

本日、4月7日、戦艦大和を含む、大型艦艇による最後の作戦が決行された。

 

水上特攻、天一号作戦。

 

大和、轟沈。

 

作戦に参加した者の平均年齢は27歳であったという。

 

彼らが守ろうとした、我が国の未来には、

 

まだ産まれこぬ子らが含まれていた。

 

いまを生きる、私たちのために戦った。

 

その願いと祈りを託された者として、

 

私たちの生き様は、

 

英霊の血を引く者として、

 

正しい振舞いなのかと振り返る。

 

有事は、起きるかも知れない。

 

貴方も、家族も、死ぬかも知れない。

 

だけどオロオロするばかりで、

 

誰かのせいにしても始まらない。

 

せめて腹は括りたい。

 

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<シリーズ 今日は何の日>
このシリーズは、かなり堅苦しいです。

【今日は何の日?】グアム島守備隊玉砕の日【8月11日】
【今日は何の日?】葛根廟事件【8月14日】
【今日は何の日?】終戦の日・ポツダム宣言受諾【8月15日】
【今日は何の日?】神風特攻隊 敷島隊、突入に成功。連合艦隊、壊滅。【10月25日】
【今日は何の日?】ベルリンの壁、崩壊。共産主義者らの敗北した日【11月10日】
【今日は何の日】真珠湾攻撃・大東亜戦争開戦記念日【12月8日】
【今日は何の日】10年目の竹島の日【2月22日】
【今日は何の日】二・二六事件~国を愛したのは誰か?【2月26日】
【今日は何の日】憲法記念日、各党の談話の紹介と読み解き
【今日は何の日】節分の由来と意味(なんと4回あった!)
【今日は何の日】竹島の日。李承晩ラインが気に入らない。【2月22日】

 



 

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カテゴリー: 国政報告 パーマリンク

【今日は何の日】大和、特攻。坊の岬沖海戦【4月7日】 への15件のフィードバック

  1. medakanoon のコメント:

    【今日は何の日】大和、特攻。坊の岬沖海戦【4月7日】 無謀とも言われる作戦だが一縷の希望に賭け、米軍の沖縄侵攻を阻止するため水上特攻が敢行された。 天一号作戦、大和轟沈。沖縄を見捨てぬため、一億総特攻の

  2. 波那 のコメント:

    国を守る為に、後に続く世代に国の未来を託して勇敢に戦われ散華された若い命、尊い御霊に哀悼と深い感謝の思いを捧げます。余りにも壮絶です。言葉が出ません。

  3. 草莽の団塊 のコメント:

    小坪先生、大和、特攻、坊の岬沖海戦についての情報ありがとうございます

    >第二次世界大戦におけるアメリカ海軍の艦艇の喪失の7分の1は沖縄諸島周辺海域におけるものであり、その8割は特攻による戦果である。
    >「天一号作戦、菊水作戦で命を落とされた英霊に黙祷!」

    日本の未来を命懸けで守って下さった英霊の方々に哀悼と心からの感謝の思いをささげます。黙祷!

  4. 金子貴世 のコメント:

    シェアさせて頂きますm(_ _)m

  5. すみそ のコメント:

    小坪様、掲載有難うございます。
    今日の私の平穏な暮らしは、ひとえに銃前、銃後の方々の命がけの頑張りによるもの、と再認識した次第です。
    読み応えのある内容に毎度感心しております。
    頑張りましょう。

  6. 櫻盛居士 のコメント:

    **********************************************************************
    暫く、小生のコメントには下記のフレーズを、継続的にTOPに書き込ませて頂きます。

    皆様に於かれましても、下記のフレーズを拡散されては如何でしょうか。
    何分、実績であり事実ですから、異存は無いでしょう。

     ・『テロを利用する共産党』
     ・『テロリストの味方である共産党』
     ・『テロに屈する共産党』

    **********************************************************************
     
     
    本日のエントリーは、非常に重たい。

    日頃、パヨクの口から発せられる人道と言う言葉の軽さに、いい加減辟易する。
    戦争とは何たるかを知らぬパヨクの戦争批評は、聞くに値しない程、塵のように軽い言葉ばかりだ。
    野球のルールを知らぬ者が、野球選手を批評しているが如き間抜けな様に、ほとほと嫌気がさす。
     
     
    大東亜戦争末期に、日本軍が何故上空からの特攻を行わなければならなかったのかを、皆様は御存知でしょうか?

    戦争は始めるのも、終わらせるのも、政治家の仕事であって、軍の任務ではありません。
    当時の政治家は現在の民進党や共産党の様にやるべき事を成さず、必死で軍が時間稼ぎをしている間、外交を空転させ続けてしまったからです。
    尤も、当時の内閣はそのシステムに問題があった事も大きな要因なのですが。
    戦前の内閣は全て大臣が横並びの権限しか有して居なかった為、責任の所在が不明確で指揮命令系統が皆無に等しかったのです。
    現在ではこの点に関して改善されており、内閣総理大臣の権限を大幅に増やす事で、責任の所在を明確にし指揮命令系統を構築しています。

    パヨク政党に議席を与えると、いざという時にダラダラと議論が進まず何も決める事が出来無くなり、闇雲に犠牲者だけが増えると言う事は、戦前戦中(戦前戦中の方が議員の質は格段マシだった)、阪神淡路大震災、東日本大震災と通して、実は嫌というほど経験して来ているのです。
     
     
    政治の側面からの戦争はこれ位にして、メカニズムの側面でも見て見ようと思います。

    海戦に於いて敵の戦力を効率的に削ぐには、敵艦を撃沈させるのが一番です。
    上モノだけを破壊しても数週間から数ヶ月後には、再び復帰して削いだ戦力が元に戻ってしまうからです。
    従って、軍は必然的に敵艦を撃沈させる事を模索します。
    貧乏な軍であればある程、必然的に効率的な敵艦撃沈を目指します。

    ここでのポイントは艦船と言うものは、絶妙なバランスを保って建造されており、このバランスを崩す事が、敵艦撃沈を実現させる一番の有効な手段であると言う事です。
    本文中に挙げられている動画「戦艦大和の最期」にも、大和の左舷ばかりを攻撃している事が解説されていますが、この攻撃手法は当にバランスを崩す事に注力したものであった事が御理解頂けるでしょう。
    つまり、海戦では魚雷こそが一番効果的な兵器である訳です。
    実際、真珠湾攻撃では改良型魚雷を活用して、作戦を成功させています。

    それにも関わらず、効果の低い上空からの特攻にシフトしたのでしょうか?

    これは重たい魚雷を積んでの飛行は旋回能力の低下を招き、敵艦隊に近付く事が困難であった事、戦艦同士の砲撃戦に持込む為の接近も困難であった事など、様々な要因がありますが、何よりも敵艦の上モノだけでも削いで時間稼ぎしている間に、沖縄に住む民間人を疎開させる事を最大の任務としていたからです。

    その為、大和には大量の食料や女性用の生理用品が積み込まれていました。

    通常、予測される戦闘の規模によって、戦闘開始予想時刻以前に、余剰物資は海に投棄して艦を身軽にするものなのですが、大和は救出すべき沖縄県民の為にこれらの物資を死守しようとしました。

    因みに、沖縄県民の疎開が遅れ大和を沖縄県民救出作戦に投入しなければならなくなった原因は、あー言えばこう言う、こう言えばあー言う、口ばかり達者で綺麗事ばかり吐く、まるで現沖縄県知事の翁長や民進党議員の様な者が当時の沖縄県知事だったからで、早期の疎開案を妨害してダラダラと時間を潰し、結果として沖縄県民に大きな被害を出しました。
    オマケに、この知事はテメェだけさっさと沖縄を脱出し逃げ帰ってます。

    つまり、当時の日本軍は身を盾にして時間稼ぎし、逃がせる者は可能な限り逃し、一縷の望みを後世に託して戦ったのです。
    その望みは昭和天皇が一身に引き受け、本来政治に口を挟む事の無い陛下が御聖断を下し、散華した戦士の望みを繋いだのです。
     
     
    扨て、ここまでは効果の低い上空からの攻撃と記して来ましたが、それは飽くまで物理的破壊効率の話であって、即ち戦果ではありません。
    一次的な戦果とは敵を戦闘不能にする事ですので、極端な話、敵兵が攻撃出来無い状況を作れば、それが戦闘を伴わずともそれが戦果です。
    とは言え、一旦はアメリカ側から見た特攻機の戦果を物理的に見てみます。

    比島作戦:戦果26.08%
    沖縄戦:戦果14.7%
    10ヶ月の特攻期間にアメリカ海軍損傷艦の48.01%、全戦争期間44ヶ月の沈没艦の21.3%が特攻の戦果として算出されています。

    次に、精神面での戦果です。

    昭和28年4月29日の兵器主任の某米海軍大尉の言葉では、
    「この日の丸(掲揚された日本国旗)を見ると、僕はいつも身の毛のよだつほどぞっとするんだ」
    「この日の丸をつけた飛行機、カミカゼだ。あれがまっすぐに飛行甲板に向ってダイブしてきて、僕のいた処(ところ)から十米(メートル)ぐらい離れた甲板に突込んだんだ。驚いたね、まったく胆(きも)をつぶしたよ。その時、僕は破片で脚をやられた。それからというものは日の丸を見ると落ちてくるような気がして、ぞっとするんだ」
    っと語ったとの事。

    アメリカの従軍記者だったハンソン・W・ボールドウィンは「沖縄では死のうとする意志と生きようとする意志が真っ向から対決し、死のうとする意志が生きようとする意志を敗北させた。日本軍の場合は特攻機は技術以上のものを意味した」と書いています。

    更に「我々(米軍)の艦隊は敵の大規模攻撃を正確に予測することが出来た。時には攻撃の前夜に、乗員たちに戦闘準備の警報がラウドスピーカーで告げられた。しかし、これは止めねばならなかった。待つ間の緊張、予期する恐怖、それが過去の経験によっていっそう生々しく心に迫り、そのためヒステリー状態に陥り、発狂し、あるいは精神耕弱状態におちいったものが何人かあったからである。」とも。

    止めはこれです。
    米海軍は戦後、二十ミリ機関砲と大部分の四十ミリ砲をとり外し、代りに、カミカゼ特攻隊の攻撃がきっかけとなって開発された高速・自動三インチ砲を装備するようになった。
    小口径砲弾は決死の覚悟で突入してくる特攻機を阻止するに十分な爆発力がないのである。
     
     
    如何でしょうか。
    これらはパヨクが必死になって矮小化しようとしている、特攻作戦の戦果の実態、しかも極一部です。
    米軍は戦後になってからも、対特攻作戦対策に装備まで開発して変更しているのです。

    散華された戦士が残したものは、果てし無く大きく重い事がこれで御理解頂けるのではないでしょうか。
     
     
    最後に、もっと特攻隊の成果を知りたい方は、コチラをどうぞ。

    神風特攻隊戦果一覧表
    http://kamikaze.wiki.fc2.com/

  7. 通りすがりの名無し のコメント:

    私自身は改正すべきだと思ってはいますが、日本国憲法前文にある「我らと我らの子孫のために」の一節だけは変えて欲しくないです。

    最近知覧に行ってきましたが、悲惨だ。もう二度とこんなことはしませんと。そんな事ばかりが書いてありました。
    しかし、あの時代背景、東南アジアは植民地だらけで極東の不沈艦日本列島は西側諸国からすれば喉から手が出る程欲しく、しかしあの国は開国80年でロシアをやっつけたとかもう気味悪いし。ABCD包囲網をかけられたあの悲惨な状況で送り出す両親の気持ちは「愚かな事だか仕方がなかった」だけでしょうか。そんなに簡単に棄てられる訳無いのでは?

    我ら「と我らの子孫」のために。
    それを平文で憲法前文に掲げ、全く綺麗事ではない常識として定着している事こそが、日本の誇りだと私は思います。

    本題と全く違う事をダラダラとごめんなさい。
    でもこれが私の特攻隊に対する敬意なんです。
    哀しみはありません。感謝のみです。
    ちなみに彼らの両親と同じ立場になったときに同じことが出来るか?というと。。。。
    うん。無理だろなぁ。

  8. 鳥海山たろう のコメント:

    悲劇の中から生まれた英雄ですね。永遠に語り継がれるべき崇高な行為です。

    特攻隊員の遺書は冷静なものが多く、その静寂に驚嘆し感銘します。
    「米軍の攻撃を一日でも押しとどめて、日本人の寿命を少しでも延ばしてやりたい」という崇高な思いが伝わってきます。

    戦史上の作戦としてどうなのか、実際の戦果はあったのか、また米軍の報復的復讐心を刺激しただけか、それとも震え上がらせて度肝を抜かせたのか、いろいろな解釈は成り立ち、議論も延々と続くでしょう。

    私は、個人的に忘れてならないのは、「これら勇敢な若者たちを特攻隊に向かわせたものの一つが、まさしく朝日新聞など鬼畜マスコミであった」というのは、どうしても忘れてはならない、また同時に、それを指摘したとて特攻隊員をおとしめたことにはならないだろうと考えます。

    絶叫して特攻精神を日本人に植えつけたもの、それこそ異様な日本のマスコミでした。

    朝日新聞は、戦中は天声人語の欄を「神風賦(しんぷうふ)」とわざわざ変えて、日本人の特攻精神を煽ってました。

    日本が劣勢になった後は、「一億で敵を打て。一億火の玉。特攻精神だ」と内地で戦況を見守る日本人に徹底的に吹き込みました。

    もともと軍部にあまり協力的でないということで新聞売り上げが落ちていたのを、戦争を煽るようになり売上が回復してきたので、日本人に媚びるため、さらに安易な精神主義的風潮に傾斜していったのです。
    (戦後は「軍隊廃止すれば絶対的な平和が到来する」という、また正反対の精神主義に突進していきます)

    それで日本が負けると、「一億火の玉」と前日まで唱えていたのを、掌を返したように、すぐにコラムの名前を「神風賦」から「天声人語」にコロッと何ごともなかったように戻します。

    それだけではない。天声人語に戻した一回目では「日本人は反省せよ」とえらそうに説教をし始めます。
    なんの反省をすればよいのか、わざとぼかしたような、あまりにもふざけた文章でした。

    国民は新聞にだまされていたことを知りました。
    本来は、国民による新聞への猛攻撃が、不買運動などが、はじまるところです。ところが、ちょうど都合がよいことに、連合軍による言論統制が始まりました。
    なにもかもウヤムヤになりました。

    さて、なにもかもウヤムヤになった後は、銃後で戦争を煽っていたのに、戦争が終わったらさっさと共産主義者に転向した大勢の左翼が、新聞を利用することを思いつき、「軍部や天皇を攻撃したら、過去の悪行に目をつぶってやる」と巧妙に洗脳して、多くのクソマスコミを味方につけることに成功しました。

    その後は、連合軍でさえ、敬意を払っていた特攻隊や勇敢な軍人を、「日本の狂信的な精神主義の象徴」としてスケープゴートに仕立てあげて、いっせいに嘲笑したり糾弾しました。左翼の宣伝塔として勝ち誇ったように、毎年毎年延々と罵倒し、呪いました。

    そして、神風特別攻撃隊が最初に飛び立ったフィリピンのマバラカットで私費を投じ記念碑を建立したダニエル・ディソン氏などのことは一切伝えない一方で、捏造記者を次から次へと養成して、アジアのあちこちに日本兵を罵倒する仲間を見つけだすため(伝書鳩を放すように)無数の記者を解き放って悪意のある記事を書かせました。

    ファナテック(狂信者)という言葉がありますが、特攻隊員はファナテックではありませんでした。当時のエリートでした。

    従軍慰安婦騒動のころの朝日新聞なんかこそが、ずっと観察していましたが、それこそファナテックそのものでした。

    こんな感じで、戦前も戦中も煽っていたんだろうなと痛感します。
    そして、いざ戦争に負けたら、その責任をすべて「天皇制」とか「軍部」や「右翼知識人」などに責任をなすりつけて、「また、これから高みに立って日本人に説教をできる」と高笑いをしてました。

    あれだけいっせいに、うす汚れた新聞紙を全土にばらまかれたら、どんな国でも、論調とか空気などは即座に一色に染められてしまうはずです。

  9. taigen のコメント:

    トゥール ムハメット‏
    @etman09
    中華人民共和国”新潟自治区”の完結!
    今年2月14日、新潟県役所、新潟市役所の強力なバックアップの下で、中国新潟総領事館は大々的中国の伝統祭”春節”を祝うイベントを行った。
    人民日報日本版が第一面にその”成功”を讃え、新潟制覇を宣言!
    https://twitter.com/etman09/status/573768141928427520

    ※新潟県の緊張感の無さには驚きました。

  10. 月光仮面 のコメント:

    皆さん 日本は再び立ち上がる時が来た それだけ チャイナ 朝鮮は
    日本にしてきたと思います 日本に頭を下げ助けてもらい 今 日本を
    攻めようとしています これは だれが悪い 日本は悪くないバカだっただけ
    そして その バカの日本人は一つ前の世代の日本人である 今の
    日本人はそれ以上に大馬鹿になる か ならないか 今からでも遅くない
    ただ 日本の世論がどこまで現実を見ているかだけかもしれませんね

    親父は生前 今度戦争がおきたら穴を掘れと言っていました
    そして この戦争は負けた方が ある意味良かったかもしれないとも
    言っていました 勝手いたら 世界中に日本は兵隊を出さないといけないと
    それが 今のアメリカの姿かも知れませんね 戦争から足が洗えない
    そして 最後に 国内では絶対に戦ってはいけないと言っていました
    今の ままでは 内戦になりかねない そこまで日本は今を見れた居ない
    のだと思います。何もしていないそんな事を思います。

    • 月光仮面 のコメント:

      今の自衛隊の規模と装備並びに専守防衛の考え方は 自衛隊に
      勝ち目は無いと思っています 全滅させる政策だと思います
      言い換えれば いまだに 大和の特攻をさせているのではと
      思うくらいです 一つに 内戦を止めるのは 外敵を完璧に
      破壊できることだと思います それと 島を取りかこんだ
      漁船を航行不能にする手段を考える事 そして 核をいかに
      封じるかだと思います 最後に武器の開発を嫌がる大学の
      先生方 ダイナマイトはどれほどの人を助けたか そして
      巡航ミサイルがどれほどの人を助けたか あなた方に
      理解も出来ないし そうそう チャイナには喜んで研究する
      でしょうか そのように 受け止めています 戦後
      アメリカが作り上げた思想ロボットだからですもんね
      かなしいですね

  11. 波那 のコメント:

    海外「資源も何もない国が…」旧日本海軍の強大さが一目で分かる地図に驚愕の声
    http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-2214.html

    沈められた旧日本海軍の艦船、軍艦が651隻、徴用船を含む商船の数2934隻で合計3500隻以上
    。この地図はアジア周辺のみで沈められた艦船の位置と艦船名のGoogleアースマップです。

    大日本帝国海軍の規模は降伏した時にも世界第三位だったとコメント欄に有りましたが本当でしょうか?

  12. スレチキジコピ@失礼します のコメント:

    いつもためになる記事をありがとうございます、日本の為に犠牲になってくれた人達を思うのは大切だと感じます。

    それに比べて、テレビにて、教育勅語に関して
    「親や兄弟大切に、友達を大切に、とかは教育勅語以外の教材でも学べる!」
    とか言ってる人達が結構いました。しかし、その素晴らしい教材が何なのかを言わないのです。
    なので本当にあるのか疑問です。

    【産経新聞】教育勅語を全否定する野党と一部メディアの大騒ぎ それこそ言論統制 思想良心の自由や、言論の自由を踏みにじっている
    ttp://blog.m.livedoor.jp/honmo_takeshi/article/51026982
    勅語は今でいう天皇陛下のお言葉だよ。
    みことのりのように強制力ないし。
    天皇のお言葉が素晴らしいから教育に取り入れようとしただけで。
    むしろ戦中において日本兵を踏みとどまらせ蛮行に至らなかったのは
    教育勅語を学んでいたからだろう。
    名もなき正義

    テレ朝のコメンテーターの吉永ってババアの教育勅語批判が異常だったなぁ
    「夫婦仲良くなんて家庭の問題で国から強制される事じゃない」だって
    その物を否定出来ないから家庭だの強制だのとすり替えての批判
    こんなアホが批判してるんだよな
    名もなき正義

    戦前回帰がいけないなら、同様にマルクス主義も無条件で禁止すべきだな。

    特にマルクス主義は、教育勅語のように社会に和をもたらす取り組みではなく、資本主義体制を強制的に転覆させることを目指す「争いと不和の権化」だからしてな。
    その過程で必ず国民が苦しみにのたうち回ることになる。
    世のマルクス主義者を見ていて分かるとおり、連中の教条主義的性格は原理主義でもあって、教義から逸れた事柄を一切認めない。

    そして連中が作った国家といえば、暴君を頂き恐怖と抑圧の社会で民が苦しむ社会ばかり。
    ベルリンの壁崩壊の写真に映った、あの晴れ晴れしい民衆の顔が全ての応えだよ。
    さあ禁止しようマルクスを。
    名もなき正義

    使えはだめ。使うなもだめ。法律の範囲内なら問題ない。この当たり前が理解できない野党。政府による言論統制しろと要求しているのが野党
    名もなき正義

    ただ、教育勅語に過剰反応して否定してる人達ほど攻撃的に見えるので、その人達の考えてる教材では、その精神を全く学べていないどころか逆効果な上、それに自分でも気づかないんだなぁと恐ろしく思いました。
    なんか、コイツと被りました。

    【ガチクズ】冨田真由さん刺傷事件の犯人、反省の色も無く胸糞発言を連発! 「冨田さんツイッター更新してないの?ファンのこと考えてないですよね」
    ttp://blog.m.livedoor.jp/jin115/article/52172301

    そして国はいい加減補助金に関して、敵国を利する事は一切行わないと統一させるべきです

    【朝鮮学校補助金】千葉市職員が交付“支援” ポスター配布などで積極的に関与 千葉市、「住民への周知不足」という問題クリアと判断
    ttp://blog.m.livedoor.jp/honmo_takeshi/article/51015027

    以下は余談で、私はハチに関してもっと理解が進んで、蜜蜂のような温和なハチまで殺さないで欲しいな…と思っています

    昆虫とあなどることなかれ!感情があり、道具をも使いこなす高度な知能を持つマルハナバチ(英研究)

    ニホンミツバチも可愛いですが、攻撃的な危険種と違い温和なコは可愛いものです。

  13. 一郎 のコメント:

    日本の神神に感謝します。

  14. 猫めでる婆 のコメント:

    十数年前の話ですが数年にわたって、四月七日に必ずかかってくる妙な電話がありました。
    その老婦人曰く、「○○さんの御命日ですから、お電話いたしました。私は○○さんの従妹です」
    私「もしや○○さんというのは、夫の叔父様でしょうか。戦艦大和に乗っていた方ですね」
    などとお話しするうちに、老婦人の人生の最後に大和の戦死者に感謝を述べたいと切に望むお気持ちに触れ、なんとも言いようのない気持ちになりました。
    戦艦大和は、様々な伝説になるべくして特攻をかけた戦艦です。
    日本人として誇らしい思いとともに、やるせない気分であります。

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