【今日は何の日】終戦の日、小坪談話も出してみました。【8月15日】


 

 

今日は、何の日でしょうか。皆様それぞれに考えて頂きたい。
私は、感謝の日であり、追悼の日である、ただそれのみの日であると考えています。

静謐の中、黙祷を捧げる日。
今の世を生きる私たちのため、ひとつしかない命を捧げてくださった英霊たちに、ひたすらの感謝をもって鎮魂を祈る。
静かな一日でありたいと思うのであります。

本日は、安倍談話ではない「紹介したい談話」がございます。
是非とも、今日この日にお読み頂きたい文章です。
ある若い女性が、ジュネーブ国連でスピーチした全文です。

また、小坪談話も出してみました。
誰が書いたっていいじゃないか、戦後70年の節目、皆様も書いてみるといいと思う。

※追記
コメント欄を解放しますので、是非、皆様の「70年の節目の談話」を書いてみてください。

 

 

 

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(OGP画像)
OGP(今日は何の日終戦の日)

 

 

 

 

 

ジュネーブ国連スピーチ全文

以下をお読みください。
スピーチ全文の転載になります、修正や付記は行いません。

今日、私は日本の若者を代表してここへ来ました。
私が伝えたいのは、日本は素晴らしい国だから、自虐史観に終止符を打ちたいこと、
そして皆さんと共に地球規模で幸せを実現するために力を合わせていきたいということを
伝えるために日本からやってきました。

今から日本の素晴らしさを皆さんに伝えます。

まずは、日本の国旗です。
このように一見、シンプルな白色の真ん中に赤い丸という国旗です。
この赤い丸は「太陽」だと言われており、日本の信仰の象徴でもあります。
それは、「太陽信仰」といって、天照大神という存在が国家の神として認められて、
日本全体がそれを承認し、今の日本にある皇室制度が成り立っています。
それは「百二十五代」続いています。
その間、途切れずに続いており、系図もはっきり遺っています。
そしてその史実は、少なくとも二千年近い歴史があることは、ほぼ確実です。
「統一王朝として、二千数百年存在する」ということを考えると、
これだけ連綿と続いた国家があるのはすごいことです。
「世界史のなかの奇跡」と言っている人もいます。私もそう思います。

もう一つは、日本の神話です。古事記や日本書紀など日本人が古くから
大切にしている伝統や書物があります。
そのなかに描かれている象徴的なものから「生き方」を学べます。
嘘をついてはいけない、勤勉に生きる、人に優しくするなどといったことが
今ではおじいちゃんやおばあちゃんの口から二千年も語り継がれているのです。
なので、東日本大震災などの大きな災害があっても、お互い譲り合って
一列に綺麗に並び、そして助け合い、復興に向けて努力することができるのです。

このように、日本には「統一王朝や日本の神話が二千数百年の長きに渡って
現在まで大切にされてきたこと」ということは、本当に素晴らしいことで、
これは「世界遺産に匹敵する」ことくらいすごいことだと私は思います。

そして最後に、アジアの植民地解放、アジアやアフリカ諸国の独立に貢献したということです。
第二次世界大戦の敗戦後、天皇陛下の一言で日本人は一斉に武器を捨てました。
そして、その後も日本に帰らず、戦いの現地に残ってその国の独立のために
武器の使い方を教え、共に戦った日本人が多くいます。

何故だと思いますか?

それは、他国を侵略したいと思ってないからです。
先ほども述べた日本人の考え方のなかに「困っている人がいたら助けたい」
という、思いがあるからです。それがよくわかる「インパール作戦」を例に挙げます。
日本ではインパール作戦というと、一番残酷で失敗の作戦だったと習います。
ですが、インドではこのように言われています。
インド国軍50周年記念で現地の方がこう言われたと、
実際その場所に行かれた日本の人に聞きました。
「インパール作戦であれほど日本軍が自分たちの犠牲を払って
戦ってくれたから今この日を迎えられます。そのことに感謝、尊敬しています」
当時の日本人は同じアジア民族としてある民族だけが、肌の色が違うだけで
虐待されるのが許せず、黙って見てられなかったのです。
それは、日本の上の人だけではなく、日本国民が皆そう思っていました。
そうした、神様が見られる視点・地球的正義感を日本人は持っていました。
そしてそのアジア独立に感化されたアフリカも独立への動きに変わっていきました。
そんな日本をインドも、アジア諸国の人も尊敬しています。
以前、マレーシアに行ったとき、現地の人に手を握られ、涙を流しながら
「アリガトウ、アリガトウ」と言われたことを今でも覚えています。
私はそれがすべてだと思います。私は日本に生まれたことを誇りに思います。

なので、日本という国はもっと自信を持ってもいいのです。
この国自体が「世界の誇り」であり、「世界遺産そのもの」そう思っていいはずであります。
これを知るだけでもこの素晴らしい日本に生まれた日本人が
「自虐史観」で、自分の国が嫌いという考え方を
変えなければならないということがはっきり分かってくるはずです。
他にも数えきれないくらい、日本の素晴らしいところがたくさんあります。

今、日本は誇りと自信を失いかけています。
なぜなら日本は悪い国だと他の国に言われ、
また学校の先生にそう教えられているからです。
私自身も、おばあちゃんから教えてもらっていた日本の歴史と
学校から教わった歴史があまりにも違っていたことから歴史の勉強をはじめました。
そして自信を無くした子供たちは、いじめや犯罪に走ります。
私自身も、学生時代いじめられた経験があります。
日本にはあまりにも自分のことが嫌いな子供が多すぎます。
しかし、日本には素晴らしい文化や思想、伝統がたくさんあります。
日本国内でその声を挙げても小さな声にしかなりません。
なので、皆さん一人ひとりが自分の国を愛するように日本のことも愛してください。
幸福を祈ってください。その思いが、日本の子供たちの命を救います。
日本の人々の勇気になります。力になります。誇りと自信に繋がります。
もう、日本の自分の国が嫌いという考え方「自虐史観」に
この戦後70周年の今、終止符を打ちたいのです。

日本が再び誇りと自信を取り戻すことはもちろん、
日本だけではなく世界各国がそれぞれの国で誇りと自信を持ち、
地球規模で幸福と平和と安らぎが実現する未来を私は本気で祈っています。
このスピーチが世界の幸福の一助になることを願います。

出典:スピーチを行った、水田安美さんのBlogよりジュネーブ国連スピーチ全文&裏話

 

 

 

小坪談話

さらっと書いてみます。
共産党の何か言ってますし、次世代の党も声明を出しています。
だったら別に私が書いてもいいじゃないか。

冗談で書くものではありませんが、国などの機関で発信されるものではありません。
あくまで一人の市議が述べる言葉です。

70回目の終戦の日を迎えました。
ここ数日は涼しいものの、猛烈な暑さ、外にいるだけで熱中症となりそうな暑さでありました。

南海の孤島にて、比較できぬ暑さの中、
まだ産まれてもいなかった私たちのため、それを日本の未来と信じ
たった一つしかない命を捧げてくださったことを、流れ出る汗と共に噛み締めます。
同じく極寒の中で、大陸の奥で、守るため戦ってくださった英霊に、深く感謝するものです。
守られた者として、ただひたすらの感謝を伝えたい。

戦後70年を経て、いまの我が国の姿には、違和感も覚えます。
村山談話や河野談話を経て、政治の連続性は理解できるものの手足を縛られた外交。
その中にあって、保守系政治家たちの忸怩たる思いが滲みます。

一重に国際発信を軽視してきた過去の政権、外務省の責任であると考えます。
一期も務め上げていない私には、多くを述べる権利はないのですが、一言、悔しい。

あれが悪い、これが悪いと責めてばかりではいけませんので「今後の改革」や「世論の声」の高まりに期待すると共に、それらの前線における指揮をとる覚悟をもって英霊への感謝に代えさせて頂きたいと思うものであります。

非常に嬉しかったのは、ジュネーブで若い女性がここまでのことを発信した事実であります。
日教組の歪んだ教育、テレビが如何に事実を捻じ曲げようとも、人は育ってきた。

ネットという新たな情報ツールに拠る部分が大きく期待はするものの
声としても勢力としても、まだまだ小さいのは事実です。
一縷の希望として、そこに示された一筋の光を共に守り育てたいと思うものであります。

英霊の皆様へ。
本来であれば、侵略戦争ではない、と断言したい。
欧米による植民地支配、そしてアジア圏における有色人種への差別。
我が国が戦い、皆様が命を賭した理想は、これでありました。

お休みの皆様は存じないかも知れませんが、また知らなくても結構なことでありますが
なんと命を賭して戦った鬼畜米英と、いま我が国は友好関係にあります。
国際法を無視した暴挙、無辜の民への残虐行為がありましたが、いま米国と日本は同盟関係にあります。

そして、当時の国力から言えば、ぺんぺん草レベルであったシナが、覇権主義を今更持ち出す謎の状況になっております。
驚くと共に、おい、今更かよと苦笑いされるのではないでしょうか。
大東亜の時代と同様、我が国のシーレーンを守るため、いま我が国は首相の指揮の元、しっかりと国を護るために働いていると私は感じています。

大東亜の時とは異なり、アジアにおいては孤軍奮闘ではありません。
皆様が礎となって独立に導いてくれたアジア諸国と共に。
東アジアの平和を守るため、独立を果たした各国と共に。
その友好は、一重に英霊の皆様の賜物であります。

手足を縛られた自衛隊、にわかには信じて頂けないような状況かと思いますが
国際法上の、いわゆる軍とは異なる謎の組織になっておりますが、
こちらも少しずつ法改正の運びなのです。
喜んでいいのか悲しんでいいのか、わかりませんけれども。

いまだ敗戦国としての立場を総括しきれておらぬ我が国。
そして当時、大事な国庫から多額の資金を投じた朝鮮半島でありますが
その地に新興した、国の形をしていない韓国なる勢力などは我が国の足をひっぱりまくり、皆様の名誉を棄損し続けております。

戦争を煽りまくった、コミンテルンのスパイが記者として在籍していた朝日新聞は、
いまでは逆に、過去などなかったかのように「平和平和」と喧伝し、我が国が自衛力を身に着けることすら妨害しております。

命を賭してまで皆様は守ってくださいました、
靖国で気持ちよく酒宴でも開いて頂きたい思いでありますから、
心配などして頂かなくて結構でございます。

バブルの酒に酔っぱらったままの世代もおりますが
やがて靖国ではない別の場所で静かになりますし
私たちがしっかりやっていきますので安心してください。

バトンを託された私たちには、愚痴を言う資格はありません。
皆様に守られた者として、皆様の名誉をしっかと守り、我が国の繁栄に寄与できる人材となりたいと思います。

困難な状況は多々ありますが、それでも一歩。
着実な歩みをもって、歩みを進めていきたい。

軍もなく、核も持たず。
我が国のシーレーンを守るにあたり、当時の欧米列強との外交関係も重要であります。
我が国が力を持たぬからです。
当時、コミンテルンの暗躍により衝突させられた国々でありますが、いまではむしろ強固な関係を築きつつあります。

自衛力を喪失した我が国は、
外交を裏打ちする政治発言力を経済のみに依存し、まやかしてきました。
いま70年、言いたいことを言うだけの力を持ちません。
私は、本当はこれが悔しい。

とは言え、ないものねだりは誉められたものではありません。
もっと食料があれば、もっと油があれば、もっと弾薬があれば。
ないものはないので、ないなりに戦ってくださったわけですから。

もし10年後、20年後。
80年談話、90年談話が出されるとすれば。

自国を、確かに守れる力を得て。
言いたいことを、しっかりと言える国でありたいと思うのです。

70年を経て、いまだにここまで。
悔しくはあるものの、負けるものかと、歩みをもって示していきたいと思うのであります。
一人の政治家の生き様として。

暑かったでしょう、寒かったでしょう、
ひもじかったでしょう、
それよりも、せめて弾の一発でもと思ったのでしょうか。
自衛隊に弾すら、装備すら買ってあげられない我が国が、情けない。
だから、ここから立て直す。
世論をもって立て直す。

飽食の平成の世、私たちからかけることができる言葉はありませんが、
夏の暑さと苦しさに、皆様の苦労と後世を思ってくださった気持ちを噛み締めるものであります。

ゆっくりと安心してお休みください。
靖国の前でワーワー五月蠅い者らがいると思いますが、あれはちょっと変なので、酒の肴にでもして頂けると幸いです。

 

 

 

 

戦争が正しいだなんて、まったく思わない。

 

それは辛く悲しいものである、間違いなく。

 

ただ、守られた者として

 

一つしかない命を賭して

 

国の未来のためと捧げて下さった英霊に対し

 

「未来」の中に含まれていた私が、

 

ひたすらの感謝を捧げることを

 

否定する者は、何人たりとも許さない。

 

それは私の自由だ。

 

日本に産まれたがゆえ、

 

一生を謝罪して過ごせとすら思える発言をする、

 

謎の勢力すらいる。

 

すでに左翼とも呼べまい。

 

メディアにしても「自国を悪く言えると嬉しい」という

 

謎の習性をもっているように思え、少し精神構造が私とは違うな、と思わされる昨今。

 

さて。

 

戦後、70年。

 

今更ながらに、我が国は、独立国である宣言を世界に対し発した。

 

ここがスタートである。

 

ここからどう生きるか、我が国の形をどう形作るかは

 

いまの世を生きる、守られた私たちの責務。

 

命を賭して、バトンを託された私たちには、答える責任がある。

 

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<シリーズ 今日は何の日>
このシリーズは、かなり堅苦しいです。

【今日は何の日?】グアム島守備隊玉砕の日【8月11日】
【今日は何の日?】葛根廟事件【8月14日】
【今日は何の日?】終戦の日・ポツダム宣言受諾【8月15日】
【今日は何の日?】神風特攻隊 敷島隊、突入に成功。連合艦隊、壊滅。【10月25日】
【今日は何の日?】ベルリンの壁、崩壊。共産主義者らの敗北した日【11月10日】
【今日は何の日】真珠湾攻撃・大東亜戦争開戦記念日【12月8日】
【今日は何の日】10年目の竹島の日【2月22日】
【今日は何の日】二・二六事件?国を愛したのは誰か?【2月26日】
【今日は何の日】憲法記念日、各党の談話の紹介と読み解き
【今日は何の日】沖縄戦、終結。【6月23日】
【今日は何の日】広島に原爆投下、「報道の暴走を許した」という過ちは繰り返しませぬから【8月6日】

 

 

コメント欄を解放しますので、皆様の「70年談話」を書いてください。

 

 


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26 Responses to 【今日は何の日】終戦の日、小坪談話も出してみました。【8月15日】

  1. medakanoon のコメント:

    【今日は何の日】終戦の日、小坪談話も出してみました。【8月15日】 今日は、何の日でしょうか。皆様それぞれに考えて頂きたい。 私は、感謝の日であり、追悼の日である、ただそれのみの日であると考えています。

  2. たろう のコメント:

    感動しました

  3. ある愛国者 のコメント:

    ある愛国者による70年談話

    今日、靖国に眠る英霊たちが日本をそしてアジアの有色人種を
    白人の侵略の魔の手から守り抜いた大東亜戦争に終止符が打たれた
    1945年8月15日からちょうど70年が経過した。

    当時の世界は不幸な事に暴力と暴力と暴力による世界であった。
    そして、暴力によって世界征服を目論む白色人種と
    それを阻止せんと勇敢にも立ち向かった我らが祖先との戦いは
    辛酸極まるものであった。

    国力、技術力、武装の質、全てにおいて圧倒的に劣り
    勝ち目の薄い戦いながらも
    我らが英霊たちは邪悪なる侵略勢力相手に
    祖国日本と白色系人種に虐げられていた
    力無き有色人種らの為に勇敢に戦った。

    現在の我々の生活は
    その勇敢なる英霊たちの尊い犠牲の上に成り立っているという事を
    決して忘れてはならない。

    祖国と我々の為に命を捧げて下さった
    靖国におわす全ての神々に心から尊崇の念を捧ぐ。

    そして今を生きる我々の世代は
    次の世代にこの日本国と
    父祖の代より受け継いできた祖国日本国を守ると言う
    崇高なる志を伝えていかなければならない。

    祖国日本国に永遠の繁栄を

    祖国日本国万歳

  4. Ken-ichirou Yamamoto のコメント:

    戦後70年を迎え、敗戦前、当時大日本帝国であった現在の中国で【日本軍の軍人】となり命を捧げた中国人、
    現在の北朝鮮や韓国で【日本軍の軍人】となり命を捧げた朝鮮人、
    インパール作戦に参加し命を落とした多くのインド軍兵士、
    また、当時被害に遭われた数多くの民間人、
    皆さんに哀悼の意を表したいと思います。

  5. 天皇陛下のお言葉 抜粋
    >ここに過去を顧み先の大戦に対する深い反省と共に
    今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い

    畏れ多くも、臣が陛下の大御心を意訳してみます。
    英米ソ蘭の列強を敵に回し敗戦してしまった先の大戦、
    敗戦してしまった結果に対する深い反省と共に、今後
    戦争の惨禍が再び繰り返されない様に、日本が政治・外交
    軍事に強い力を持ち戦争の抑止力となることを切に願います。

  6. Masa のコメント:

    感動しながら拝読しました。

    小坪市議の言葉には、人を惹きつけ、動かす力がありますね。

  7. 草莽の団塊です! のコメント:

    小坪先生、こんにちは

    8月15日の新規投稿ありがとうございます。

    国連でスピーチを行った水田安美さんのBlog、さっそく読者登録させていただきました。ブログ情報に感謝です。とともに、しずかに拍手を送りました。

    そして、小坪先生の談話に拍手!
    もし、安倍総理が本音で大東亜戦争後の談話を出せるお立場なら、小坪先生の談話にちかいものがでてくるのでは・・ともおもいました。

    追記:
    さきほど、ゆうちょ銀行にわずかですが、はじめて振り込みさせていただきました。
    ゆうちょ銀行の口座登録ってすこしかわっていて手間取りましたが、なんとかおkがでました。
    スズメの涙ほどですが、ご査収くださいませ。

  8. セイウチ のコメント:

    >暑かったでしょう、寒かったでしょう、
    >ひもじかったでしょう、
    >それよりも、せめて弾の一発でもと思ったのでしょうか。
    >自衛隊に弾すら、装備すら買ってあげられない我が国が、情けない。
    >だから、ここから立て直す。
    >世論をもって立て直す。

    この一節を見て『凛として愛』のナレーションが思い浮かびました。
    今から家族みんなで視聴しようと思います。

    「かつて、南方の島々で戦った日本軍に援軍は来なかった。
     ならば、今から援軍を送る。日本を変える援軍を送る。
     あなた方の真実を、痛みを私たちは伝えていきます。」

  9. ロード のコメント:

    戦後70年談話

    有史以来、強大な中華の冊封体制から独立を保ってきた我が国は、
    数々の国難に遭いながら、いつも神風に守護されてきた。

    元寇の艦隊をなぎ倒した、文字通りの神風。

    日露戦争では、日英同盟、米の支援、世界最強艦隊との決戦、ロシア革命、
    どれが欠けても敗戦→植民地化という綱渡りの奇跡の連続だった。

    そして先の大戦。
    大東亜戦争に、神風は吹いたのか?

    神風を得たのは、アジアだった。
    我が軍により、アジアを植民地としていた英米蘭豪は、叩きのめされた。
    我が軍の教育により、軍隊が組織化され、
    我が軍が敗退した後、アジアの独立戦争を勝ち取っていく。

    我が国に神風が吹いたのは敗戦後。
    最大の懸案だった天皇制が維持された。
    かつての植民地のような、過酷な奴隷制度を受けないばかりか、独立国の承認も得た。

    共産勢力の台頭も我が国には有利に働き、奇跡の復興を遂げていく。

    戦後70年、
    あの時、なぜ神風が吹かなかったのか?
    その問題と向き合ってきた組織がある。 自衛隊である。

    人命軽視、情報戦の軽視、非合理な作戦、などなど負けるべくして負けたのが、
    大東亜戦争だったが、今日の自衛隊は、その反省を原点とし、問題をクリアにしてきた。

    戦後70年、
    眠り続けてきた、国民。
    国民が覚醒するとき、神風は吹くだろう。

    神風とは、命を懸けて国を護った先人の思いである。

  10. スレチキジコピ@失礼します のコメント:

    小坪談話素敵ですね、私は頭が悪いので立派な話しは無理ですが、他国との友好&平和に貢献ってこんな感じなんだと思っています

    トルコ軍艦、日本に エルトゥールル号事件125周年 各地で記念行事 駐日トルコ大使「両国の友好の礎となった歴史を思い出し、関係を深めたい」
    ttp://blog.m.livedoor.jp/hoshusokho/article/44227857

    余談ですが、特攻用の飛行機である桜花に、人間爆弾と言うテロ的単語を使うテレビに違和感でした。

  11. 在日ファンキー のコメント:

    いつも読みにくいなぁ…と思いながら読んでます(笑)

    決して安倍さんは、日本はあの戦争の謝罪をもうしないと言ってるのではなく、未来への平和の責任を負うことで、その罪を償うという誓いを表したと感じましたね。

    今日はただ、靖国に眠る御柱の方々と、いまだ祖国へ戻れぬ英霊の方々に、祈りたいと思います。

    死して尚、この国を見守って下さりありがとうございます。

  12. 埼玉県川越市 のコメント:

    新規投稿ありがとうございます。
    私の祖父の兄弟2人が南方で戦死しております。
    10年以上前のお盆の時期(終戦記念日の前後)、私の妻の夢に、私に良く似た若い兵隊さんが出てきて「握り飯をくれんか」と言ってすぐに消えてしまい目が覚めた、ということがあったそうです。ジャングルの中、ひもじかったのでしょうか。
    翌朝、我が家の仏壇(お地蔵様がまつられています)にお握りをお供えし、戦死された大叔父に届けていただけるよう祈りました。以来、毎年8月15日にお握りをお供えしています。
    今年は、靖国神社にも参拝しました。英霊の皆様がどうか心安く過ごされますように。

  13. 無能な35歳 のコメント:

    無知で無能なオッサンになってしまいましたが、それでも繋げなければならないことは分かります。

    予科練で名簿を読み上げられた翌々日に終戦を迎え、その後発電所の管理者として日本を飛び回った祖父。当時お見合いだったので、ハズレだけどしょうがなしに付いてってやったと悪態をつきながらも子供6人を育て上げた祖母。
    もう片方の祖父は満州で、祖母は某空襲で逝ったと聞いているので、私が知る限りの戦争の記憶はこんなもんです。

    私も繋がなければならない立場になりました。
    戦争が悪だ、善だ、なんていうどうでも良いことは置いといて、明治維新以降、なぜ日本は戦争をしようなんて思ったか、しなければならなかったのか、究極の選択をしたら、お前のひいじいちゃんとひいばあちゃんは、こんな事思って日々暮らしてたんだっさ。
    これ、どう思う?考えてみようよ。
    オッサンは、今日この日の夕食だけは、そんな時間にしています。
    今年で4年連続4回目。私自身、祖父母から聞き出すのに20年程かかりましたが、死ぬ前に(失礼)、このテーマで子供と祖父母に会話させてやりたいなぁ。まだ早いよなぁ。
    なんて考えてながら、風呂の中でコメントしています。

  14. 腸煮えくり隊 のコメント:

    談話というより気持ちを伝えようと思います。

    爺ちゃん達へ。
    私たちと同じ様な歳に命を賭して戦ってくれた爺ちゃん達がいたから、今の私たちがいます。ありがとう。

    最近強く思うのは、この歳になって初めて分かる事が多々あるという事です。
    学生の頃は、碌に国の未来について考えた事も無かった自分が、今や国の未来と子孫の事を考える様になりました。
    爺ちゃん達は言っていましたね。「必ず再び立ち上がってくれる」と。
    その思いがようやく分かる様になりました。
    誰から何も言われなくても、教わらなくても、ご先祖様から受け継いだ大和魂は、しっかり我々の中に根付いています。
    日本国民として、そして皆様の子孫として、こんなに誇りに思う事はありません。

    これからは、より一層精進を重ね、後継たちに日本国の成り立ちや文化伝統、日本国民としての考え方、生き方をしっかりと伝え、この国を護り発展させていきます。

    50年以上先の話になるとは思いますが、冥府でお会いした時には、日本国と子孫の繁栄・発展を共に見守りながら、酒でも酌み交わしていただければ嬉しいです。

  15. 桜子 のコメント:

    水田安美さんのスピーチ、感銘を受けました。
    歴史教科書の第一ページに記載されるに値するものです。
    まさに次世代を担うべき若者の中に、歴史観を持ち、国家観を持たれた方がいるのですね。
    日本もまだまだ捨てたものではありません。

    歴史観も無く、国家観も無い厚顔無恥で、日本国の議員バッジを付けている議員に水田さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいです。

    議員の小坪談話も仰る通りです。
    先の戦いにおいての史実を勉強すればするほど世界の闇が見えてきますね。
    まさに世界は腹黒い。
    それは今も昔もさほど変わりないと思います。
    お人好しのの日本は到底太刀打ちできませんね。

    まずは史実を知ることです。
    そうすれば、先の戦いで散華された英霊の皆様の心が見えてきます。
    汚名を着せられ眠り続けておられる英霊の皆様へ一番の御供養になるのではないでしょうか。

    英霊の皆様が一日も早く美酒の杯を挙げられるように、微力ながら自分に出来る事を努力していきます。

    安らかにお眠り下さい。

  16. 日本(にっぽん)万歳 のコメント:

    題名
    日本(にっぽん)万歳による戦後70年談話
    本文
    敗戦から70年が経過しました。
    戦争は命(いのち)や財産も無に帰します。
    人と人との絆や信義さえも壊し兼ねてしまいます。
    戦争は悪そのものです。
    戦争は悪い事です。
    しかし、戦争で負ける事は更に悪い事です。
    70年前に敗戦した日本国(にっぽんこく)は、どんな状況だったでしょうか。
    50年前の日本国は、どんな状況だったでしょうか。
    25年前の日本国は、どんな状況だったでしょうか。
    また100年前の日本国は、どんな状況だったでしょうか。
    更に150年前の日本国は、どんな状況だったでしょうか。
    そして今現在どのような国でしょうか。
    今現在では日本国と世界との関係は、どんな状況でしょうか。
    各家庭での教育、地域での教育、学校での教育、社会での教育。
    一体どれだけが事実に対して誠実に教育を施しているか。
    ある目的を以て事実とかけ離れた「教育」という名目で洗脳が行われているのではないか。
    教育の成果が出るまでは数十年かかる。
    本日この瞬間から本来の教育に戻ったにせよ、既に時は過ぎてしまった。
    いずれこの過失分は日本(にっぽん)が国全体として贖(あがな)わなければならなくなる事は必定です。

  17. いつか王子様が のコメント:

    昭和28年生まれ、男の談話です
    父は外地にこそ行きませんでしたが軍務中に22歳で、母は20歳で敗戦を迎えております。実戦は母の方が空襲体験をしております。グラマンによる機銃掃射、B?29
    による焼夷弾攻撃と、同じくB?29による模擬原爆の投下を目の前で見ております。それら全ては私がまだ小学生だったころ、話してくれたものでしたが、原爆模擬爆弾投下の話は、実は後年私がネットで「これだったのか!」と発見して気づいた話でした。
    それを話してくれた当時の母は、実はそれと知らずに幼い私に、その爆弾投下の光景を語ってくれていたのです。そのため私の母は、自分が見た光景が原爆の模擬爆弾だったことを知りません、知らないままにこの世を去りました。
    私の戦争体験は、その父母から聞かされた話と、子どものころ遊び回った破壊遺構の残る広大な工場跡地の光景、漁船の網にひっかかり港に時折水揚げされて出てくる機銃弾のぎっしり詰まった木箱の記憶、そして母が歌って聞かせてくれた軍歌の数々などです。
    そして今を生きる私が心象として感じるのは、父母を通じて聞かされた「戦争当時の日本の空気感」です。後年テレビドラマなどで盛んに強調される「軍部独走で噂話もできない暗くて恐い戦時日本」といったイメージとはほど遠い、その頃私が生まれ育った街と変わりない、「隣近所で子らを見守ってきた普通の日本の姿が、当時もあったのだ」という直感です。
    あの3.11で世界の耳目を集めた日本人の美風は、決して戦後生まれたものではなく、戦中も戦前も、いやもっと昔から日本人が育み伝えてきた国體ともいうべきものなのだという思いです。
    若いころは父母の期待を裏切り極左に走り、その後リベラルを気取って生きてきた私ですが、親が語ってくれたことの思い出に導かれ、戦後70年目のこの場に生きられ、安倍さんの70年談話を聴くことができたことに感謝をしたいと思います。

  18. araigumanooyaji のコメント:

    “一つしかない命を賭して 国の未来のためと捧げて下さった英霊に対し 「未来」の中に含まれていた私が、 ひたすらの感謝を捧げることを 否定する者は、何人たりとも許さない。 それは私の自由だ。”

  19. たろう2 のコメント:

    (すでに、他のたろうさんがご登場だったので、今回たろう2でヨロシク・・)
    昭和天皇の玉音放送の「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え」というお言葉に従って焦土から国土を復興させた日本人は偉大だと思います。後世までその労苦は語り継がれるでしょう。
    多大な犠牲をだした戦争なので多くの日本人があの戦争は何だったのかと振り返るのは当然です。肯定派も否定派も実直に議論すればいいと思います。ただしノイローゼになるほど考えすぎないことを勧めます。
    また戦前・戦中以上に戦後の歴史に詳しくなることが極めて重要だと確信します。
    日本人が自発的に歴史を振り返り「あーすればよかった」「こーすればよかった」と反省するのは勿論よいです。
    しかし日本は特殊な事情があって「反省をしろ、反省をしろ、反省をしろ」と脅迫するグループが一定の縄張りをもっていました。(私は個人的に夏に湧くので「夏の銀バエ」と呼んでいます)

    品行方正な人生を歩んだ日本人には縁のない世界かもしれませんが、私はチンピラやヤクザが市民を恐喝する事件に遭遇したことがあります。
    ヤクザは恐喝するときに相手の落ち度を徹底的にほじくって、小心な市民がなにもかも自分が悪いかのように思わせて、滑稽な反省に仕向けるのが得意です。過去日本で起こったサイコパスによるおぞましい親族間殺し合いの事件などの犯人も同様のマインドコントロール手口を使っています。
    チンピラやヤクザが人に反省を仕向けるとき、それはやつらのマインドコントロール開始の合図です。

    チンピラやヤクザというのは他でもない、戦後日本に湧いた、なんの建設的能力もないくせに社会を混乱させるマインド能力だけは人一倍の共産主義者ども(若者を怒り狂わせて多数の若者が殺し合い、暴動に)、そして戦争を煽ったことを軍部等になすりつけるために戦後寝返って共産主義者に協力したクソマスコミです。

    それらの連中が共産主義の悪が暴露されるにつれて、その恥部を隠すために中国や韓国の反日感情を煽って日本を攻撃させ、日本人に反省を強要してきたのが、この30年だったのです。
    戦後の歴史に詳しくならなければダメというのは、そうしなければチンピラやヤクザに脅迫されるからです。

    人間に謝罪を強要するのもチンピラですが、謝罪をする人間を罵倒するのもどうかと思います。ただ個人として謝罪するのは構わないのですが、国家の代表として謝罪することは問題だと思います。
    これは「個人が節約するのは美徳であるが、社会全体が節約するようになると不景気になる」という経済事象にたとえられます。
    個人の行為と国家の行為は次元が違い、安易に考えると大変複雑な作用をもたらします。(私は普段はわりと他人様に安易に謝罪する人間ですが、それでも国家の謝罪は全然別次元の行為であるというのが、左翼の脅迫と扇動による、ここ何十年の政治家の謝罪の安売りにより痛感させられました)

    勇敢な軍人の英雄的行為は語り継がれるのはよいと思う。しかし戦争というのはおぞましいものです。
    日本をナチスドイツと同一視させたい左翼(反日ヤクザ)がさかんに引用した知識人にドイツ系ユダヤ人のハンナアレントという学者がいました。ハンナアレントはイスラエルで行われた元ナチのアイヒマン裁判に立会い、その見聞した感想をまとめました。
    そしてユダヤ人の収容所送りを淡々と事務的に処理したことに「悪の陳腐さ」と呼び、凡庸な人間でも容易に悪魔になりうることを暗示しました。
    左翼がこれを積極的に引用することにより暗示したかったことは国家に抵抗せずに戦争に参加した日本人はみなアイヒマンみたいなものだと日本人をおとしめたかったことは明らかです。

    しかし私は思うのです。ハンナアレントは米国の国籍をとり米国人となって喜んだ。つまりその瞬間から米国人としての責任を負うことになった。
    もし米国人としてのハンナアレントに「これを投下したら数十万人が一瞬で死亡するとわかっているB29の機長が原爆投下のスイッチを押すとき」、「これはアイヒマンの行為とは違うのか」と尋ねたらどう答えたでしょうか。目的は手段を正当化するのでしょうか。それならアイヒマンもユダヤ人のパレスチナ等への隔離がドイツ人およびユダヤ人にとって良いと洗脳されて、その目的達成のため収容所に送りこんだのかもしれません。

    おそらくハンナアレントでも回答は難しいだろう。こんなことをすっきりと納得させる思想や哲学などありません。あると思うことが偽善ではないですか。
    結局、「過去にこだわるのは良いが、憎しみはほどほどにしろ」という人間の穏当な感情がをなんとか世界の調和を保っているのだと思います。

  20. JL のコメント:

    ご先祖様方へ。

    私は今日も美味しいご飯をいただきました。
    外は暑い一日でありましたが、節電しつつも扇風機で涼しく過ごすことができました。
    罰当たりのような、しあわせな一日です。
    今ある私は皆さんが守って与えてくれたものです。

    しかし、それに気が付くのになんと時間がかかったことか。
    日の丸のシンプルな美しさに目を背けずに真っ直ぐ向かい合うのに長い月日がかかりました。

    私は最近になって我が街に残された明治以降の産業遺産や戦争遺跡と呼ばれるものの欠片を探しています。
    ご先祖様方の日々の努力や先見の明、工夫の数々を目にするたびに皆様がこの国を発展させ、護ろうと必死になった様が眼に浮かんできてある種の感動に似た感情が沸き起こってきます。このような素晴らしい皆さんが、平和のなかに生きられなかったことがただただ悲しい。時世というものは残酷なものですね。
    もうやり直すこともできませんが、その分渡されたバトンはしっかりと次の世代に渡していかなければと思います。そして生ある限りは忘れない。それが大切な命を捧げてくれたみなさんへのせめてもの気持ちです。

    ずっと続いてきたこの国を護ってくれてありがとう。大切なものを護ってくれてありがとう。

  21. 櫻盛居士 のコメント:

    日付変わって16日となってしまいましたが、昭和20年8月16日はどの様な日だったのでしょうか・・・。

    15日は終戦の日とされていますが、これは昭和20年8月14日に大日本帝国政府がポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告し、翌15日に玉音放送により日本の降伏が国民に公表され、実質的に米国との交戦が停止した日です。

    大日本帝国政府が、ポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印し、正式に戦闘休止に至ったのは昭和20年8月9月2日。

    更にサンフランシスコ講和条約(サンフランシスコ平和条約)締結を以って、戦争が正式に集結したのは昭和27年4月28日です。

    今現在、8月15日を終戦の日として迎える事が出来たのは、偏に先帝であらせられる昭和天皇の御聖断によるものです。

    実は戦前の内閣大臣は全て横並びで責任の所在がハッキリせず、戦争終結の落とし所を定めるのに非常に時間を要し昭和20年8月14日まで軍は交戦を続けざるを得なかったのです。
    因みに、戦前と比べれば総理大臣の権限は戦後の方が圧倒的に大きいのです。
    以外に感じるかも知れませんが、日本は民主主義の弊害を既に経験しているのです。

    日本と言う国は歴史的に見ても、天皇が政治権力を行使した例は非常に少なく、嘗て天皇が政治権力を行使しようとした際、その地位を退位し院として権力を行使する程徹底して天皇の有する権威と権力を分けて来た国です。
    ザックリと表現すれば、天皇陛下は臣下の決めた事を権威を以って承認する事に専念される御立場であったと言う事です。

    昭和天皇はその禁を敢えて破り、昭和20年8月14日の御前会議で戦争終結の御聖断を下しおかれたのです。
    この日、陛下が御聖断を下されなければ、現在の日本は存在したのだろうか・・・。

    扨て、ポツダム宣言受諾により米軍との交戦は実質的に昭和20年8月15日には停止し内地が攻撃に晒される事は無くなりましたが、この時点で日ソ不可侵条約を一方的に破棄したソ連はポツダム宣言に参加しておらず、大陸では戦闘が継続しておりました。

    駐蒙軍などは司令官であった根本博(最終階級:中将)の判断で武装解除を拒否、ソ連との交戦を継続しつつ在蒙邦人約4万人の撤退を指揮し成功させています。
    ソ連軍との交戦だけでは無く、更に八路軍(中国共産党軍の前身)とも交戦し居留民4万人を乗せた列車と線路を守り抜いたのです。
    この根本中将は戦後台湾に渡り、林保源として中華民国第5軍管区司令官顧問、中将として金門島の決戦で中国共産党軍を破り台湾を守った経歴を持つ強者です。

    駐蒙軍とは別の大陸に駐屯していた日本軍は、ポツダム宣言受託と共に素直に武装解除に応じた為に駐留邦人を護る力を失い、結果として武装解除に応じた軍管区に在留していた日本人はリンチや虐殺に遭い決死の逃避行を余儀無くされます。
    1946年2月3日に発生した通化事件の様な、虐殺事件も引き起こしています。

    対し武装解除に応じなかった駐蒙軍管区の居留民は、比較的安全に内地に引揚げる事が出来ました。

    この時期、戦死者や戦没者ばかりに目を向けられがちですが、終戦によって新たに生まれた犠牲者の事にも目を向け偲んで頂きたく思う今日この頃です。

  22. スレチキジコピ@失礼します のコメント:

    こんな記事がありましたよ

    終戦直後の日本の様子をGHQが撮影した保存状態の良いフィルム
    ttp://karapaia.m.livedoor.biz/article/52198646

    終戦の日:天皇陛下おことば全文…全国戦没者追悼式
    ttp://blog.m.livedoor.jp/hoshusokho/article/45110178

    【GHQによる検閲】削除および発行禁止対象のカテゴリー(30項目)『(8)朝鮮人に対する批判』『(9)中国に対する批判』
    ttp://blog.m.livedoor.jp/hoshusokho/article/40822541

  23. (ま) のコメント:

     素晴らしい談話をありがとうございます。

     今夏は、潮目が変わった、日本に明るい未来の兆しが見えて来たと感じています。どれもこれもインターネットという発信ツールを使って正しい考え方を示してくださる方々のおかげです。

     そういえば国家のあり方に夜警国家というのがありました。別名「小さな政府」、国民活動をできるだけ制限しない政府の在り方で、最低限必要なことだけを行ってあとはご自由にというような国家。
     …国として「最低限必要なこと」とは何でしたっけ。

     国家防衛と治安維持ですか。
     今の日本って、夜警国家にもなれないのですか?

     早く、国家(=領土・国民・主権)を守れる日本に、しなければ。

  24. お祝い のコメント:

    小坪談話、拝読致しました。
    日本人の立場で自然な言葉に、
    我が生活を省みて色々と感謝と反省をさせられました。

    自分の談話というテーマですが、
    しばらく考えてはみたものの・・・
    庶民的にこれまでの談話の全否定しか思い浮かばず・・。

    記事にある国連でのスピーチは、心に響くものがございました。
    こういう日本人の主張として成り立っているものが、
    一般の多くの人々には知らされない、
    この日本人差別メディアに腹が煮え繰り返ります。

  25. アンチレッド のコメント:

    まずは、
    日本を護って下さった英霊の方々に感謝
    貴重な情報を提供して下さる保守系ブログに感謝
    不利な状況で頑張っておられる保守政治家の方々に感謝
    そして、汗を流して奮闘しておられる小坪しんや殿に感謝

    正直なところ、現在の日本はまともな独立国家ではないと思います。
    取り敢えず、保護者米国のもとに存在する子供のようなもの、としてみます。
    すると日本国憲法とは、親である米国が子供に課した行動規範のようなもの。
    いわば保護憲法とでも呼べるものと解釈すれば、現行憲法が独立国の憲法にはふさわしくないものであることと整合性がとれる訳です。
    (もちろん実態は日本弱体化のための憲法ですが)
    子供はいつか成長し、独立して親の保護から離れるものです。
    ”守破離”という言葉を使えば、今まで70年弱もの長い間、親の言いつけ=日本国憲法を守ってきたが、もういい加減それを破って独立し、大人(独立国)としての行動規範=独立憲法を自ら打ち立てる時でしょう。
    それが実現出来た暁には、いずれ離れていくこともあるかも知れません。
    もちろん、それは敵対するという意味ではなく、対等な大人と大人の関係になるということです。
    長く苦難の道のりであっても、いつか実現しなければならないと思います。

  26. 瑞穂の国 のコメント:

    戦後70年以上過ぎたのですから日本はさすがにアメリカの属国から脱却しなければなりませんね。
    日本はアメリカの「子供」などではありません。
    アメリカは日本の「親」などではありません。
    全く違う国です。
    一度戦争に負けた(しかもルール違反の戦法で)からと言って70年間も属国に甘んじなければならないこの状態は異常です。
    日本はあまりにも卑屈ですね。
    今回の安倍談話にもそれが表れていました。
    東京裁判史観の見直しこそ早くやってもらいたい。
    そして反日外国人と左翼に乗っ取られた今のマスメディアを何とかして欲しい。
    NHK,TBS,テレ朝・・これ全て反日自虐史観に満ち溢れています。

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