新人女性市議がブルーリボンバッジを手作り、全職員・全議員分。着用を求め一般質問。添田詩織(泉南市議)


 

 

「私が徹夜で作ったんです、全員分」こう言われたら、無碍に断ることは難しいだろう。それを一般質問で、議場でやろうというのだ。
泉南市は人口6万人、職員規模は政令市や中核市ほどはいないが、楽ではない。
せっせと夜なべして手作り。

前段となる話がある。
添田議員は、九月議会において拉致問題を取り上げた。パネル展示などの答弁は得られた(のち実施済み)が、市長らに対し「ブルーリボンバッジの着用」を求めるも、上手くあしらわれてしまう。

行橋市においては幹部職員100%、のち大阪府議会100%、昨日、東京都議会でも同じく100%、本日は堺市議会で”3つとも100%”となっている。中核市では東大阪市も100となった。沖縄でもデニー知事がつけた。さらに、ちょうど報道に乗っているが本年は全閣僚が着用する。

ここに異論がある保守の方もいるだろうが、これは家族会・救う会からの正規の要請に拠るものであり、国民集会において決議も済ませている。拉致問題は保守のための政策テーマではなく、(救う会の福岡県副代表という立場で述べさせて頂くならば)私は家族会の意向を最大限に優先する立場だ。

さて、添田議員の話に戻る。
全閣僚の話も含め、また各議会の答弁調整が粛々と進む中、彼女だけは上手く答弁がまとまらなかった。他議会の場合は、3期生以上のベテランが取り上げているが、彼女は一期生。議員歴もちょうど一年。議会における発言力は、比較すれば高くはない。

各議会ごとに様々な方法で入手して行ったのだけれど、一つ当たりは高くはないが、職員数分を揃えるとなると予算を念頭に置いた折衝も必要となる。全議員・全職員分を、個人で買うのは不可能だ。

求める答弁、「全幹部職員につけて欲しい」。
この調整がつかぬまま、一般質問までの時間は無情にも近づいて来る。

そこで彼女がとった決断は、「分かった、だったら私が全部つくる」「全員分を手作りすればいいんや!」である。

泉南市議会 令和3年12月9日、つまり明日が一般質問。
彼女は議場において「私が作った。つけて欲しいんや」と頼む。

このやり方は、むしろベテラン議員では思いつかない。
さて、泉南市の市長の答弁や如何に?

※ ちなみに、この手作りブルーリボンは非常によくできていて、ちょっと驚きました。一部で大好評になっています。

 

 

 

 

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(OGP画像)

 

 

 

 

手作り大作戦
よく頑張ったと思う。

 

 

 

 

ある程度の量ができたのが、12月2日。

 

5日時点では、幹部職員分しかできていなかったのでしょう。
この時点で日付をまわっています。

 

8日の早朝。
定例会が始まって、気合も充分。

 

 

 

こんなやり方もあるのか。

私自身も驚きました。

 

基本的には、法律や条例を精査し、ロジックに基づいて答弁を求めていきます。
本テーマにおいては基本的なロジックは構築済みであり、彼女もそれを踏襲はしました。

議会での折衝は、押して引いてという駆け引きもあるし、期数を含む政治力も関係はある。
中には、マウントをかけるような振舞いをとって執行部に迫る手法もあるが、これは過去のやり方に過ぎず、結局は大きなものは動かせない。

 

悲しいかな、一期生では(仮にロジックが正しかろうとも)答弁がとれないことなんて何回でもおきること。論理的であるかだけでは、議場の成果には結ばないのも現実だ。

・・・無理だろうな、と思っていた。
時にはつまづくことも彼女のためになるだろう、私を含むベテラン議員たちは、答弁調整が思うように進まない彼女を暖かく見ていた。

 

この質問のやり方は、ほぼ「物理的な方法」である。

逆に、これ以上、きっつい質問もない。

 

完成するたびに、少しずつ少しずつ、市長や市職員に届け続けた。
「今日は、ここまでできたんだよ!」って言って、ひとつひとつ。

 

 

 

他の議員が協力するのではないか?

数日前の状況ですが、議員にも配って回ったようです。

かなり大多数の議員が着けてくれたようですね。

 

 

 

泉南市にもベテラン議員は多数おります。

誰がどう着けたとかは、文字だけでは分かりませんが、多期生も着けてくれたのでしょう。
たぶん彼女は意味も分からずやっているのでしょうが、私には他の議員の声が聴こえてくるような気がします。

 

仮に彼女自身には、まだ政治力が伴っていなかったとしても、力をもった議員が言うでしょう。

「ここまで、議員ががんばっとるやろ。新人が、夜なべして作ってるやんか。着けたれや・・・。」

 

拉致の人権週間は10日から。

仮に明日(9日の質問)、答弁が出ても出なくても、ここまで添田議員が頑張ったならば、他の議員が動く。

議会からのプレッシャー、凄まじいものになるでしょう。

 

私の感想は「こんなやり方があったのか」の一言に尽きます。

いろんな質問のやり方があります。それは分かっていたつもりでしたが、これは、想像できなかった。

 

 

 

一般質問のライブ配信

添田議員の一般質問は13時30分からと伺っています。
(お気づきの方もいるかと思いますが、ブルーリボンバッジを含む質問日程は、地方議員間で共有しつつ対応してきました。)

泉南市は、ライブ配信しかないようです。
(アップロードは少し時間を置いてからの模様。)

https://www.youtube.com/channel/UCDMGHPfGjSdYRHp6fi458Jw/live

 

果たして、市側の答弁はどうなるのか??

 

 

 

他議会の動き

高取町でも、現職議長の新澤さんが一般質問を行いました。

無事に職員の着用は100になったようですが、性格が出ると言うか、サイズがおそろしくマチマチです。新澤さんらしいなと思いました。

 

 

全力でかき集めた感がすごい。

もしかしたら、新澤議長が自ら手作りしたのかもしれません。
これは、流石に着けざるを得ないでしょう。

(しかし、どうやったら、こんなにサイズがバラバラになるのですか?と新澤さんに聴いたら、そこは無言でした。)

 

 

他議会の動きですが、7日、大阪地裁堺支部がある「政令市 堺市議会」において西川良平議員が答弁をとりました。3つとも100です。併せて、実際にバッジを外された”被害”を受けた当事者が西川議員ですが、凄まじい質問をしています。

堺市長に対し、「市職員や市民が庁舎内や堺市内で不当にブルーリボンバッチを外せと要求されるような場合、その行為に対して抗議する意思はありますか?」という、火の玉ストレートな質問をしており、ここも答弁を引き出しております。ブルーリボン訴訟にも影響がある答弁になるかと思います。

大阪地裁堺支部は、国の公共施設とは言え、堺市内に設置されている”公共施設”です。司法権を侵すことはしませんが、その独立した司法の権能とはあくまで判決などに対してのみであり、裁判所を含む庁舎が税金で作られたのであるならば、それは司法権の独立性と考えるべきか、「(建物の建設において)議決の付与を必須とした以上は、立法府も庁舎管理に対しては物は言っていいのか?」という議論はございます。

まぁ、いよいよ喧嘩を続けて、「議員が自らの意思で着用しているバッジを、外せとか云々と言ってくるならば」例えば施設の改修予算の要望とかあったとき、議会が否決したとしても問題ないってことでしょうか。ま、それは市議の職権ではありませんが、国会議員に対して「あっこの庁舎管理おかしいねん」って苦情を言いに行く自由は市議にはありますし、それは”立法側の、私たちの自由”だから、政治家の動きには口は出さなくて結構ですよ、司法は。

(※ このあたりは肝になりますから、人権週間に入った10日以降にアップしましょう。)

 

同じく7日には、那覇市において大山孝夫議員がブルーリボンバッジを含め、3つとも質問します。もはや何の説明もいらぬほど徹底しており、私が何かコメントするものはありません。答弁調整も順調であり、まさしく粛々と、という感じです。もはや二期目とは思えぬ実力派です。

週があけて、綾瀬市からは笠間議員が、観音寺市からは合田議員が質問に立ちます。私も13日が一般質問です。

 

 

これら、府議会の決断、その影響も受けたであろう都議会の動き、各議会を駆け抜けていた議員たちが「え???」となったのが、添田議員の「分かった、全部つくるわ」という戦法でした。

 

 

 

「どうしても着けて欲しいと思った」

 

「私だって、地方議員やから」

 

「先輩議員たちみたいに、上手な言い方はできへんし」

 

「バッジも、もう在庫ないって言うし。」

 

「だから、徹夜でつくってん。」

 

「着けて欲しいから、作りました。」

 

「泉南市だけ遅れてるって、言われたくないから。」

 

「ちゃんと拉致被害者のこと、考えてる街です、って言いたいから!」

 

「市長、ご決断を!」

 

いまだ答弁の中身は分からない、果たして「着用100」は得られるのか?

 

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6 Responses to 新人女性市議がブルーリボンバッジを手作り、全職員・全議員分。着用を求め一般質問。添田詩織(泉南市議)

  1. 波那 のコメント:

    添田議員、お疲れさまでした。寒さが迫る中、燃料もろくに無い、多分配給もないだろう、あの国を思うと、忘れ去られたのだと言う思いで暮らす我々の同胞の安否を思います。日本では勝手に入り込んで来て居座ってるのに、やることは反日活動、あの連中にも生活保護を与えてやりヌクヌクさせてやっているのが悔しいし、腹立たしい。

    七日に国会議員99人が大挙して靖国神社に参拝されたのは快挙でした。さぞかし中国様の顔色を窺い、我が国の領土尖閣を日々脅かされても、それが何か〜?差し迫った危機じゃないし(鼻ホジホジ)、ベッタリ親中の議員は蒼くなったんでしょうね。憲法改正も任期中にやりたいと総裁選中は、あの人言ってましたけど。直ぐ目前に迫る危機からは目を背けて、身をかわしていたいお公家さま、どうなさるんですか?

    昨日、12月8日は日本が開戦へと踏み出した日でした。日本の未来を思い戦いへと踏み出された先人達はどんな状況に置かれ、どんな時代だったのでしょうか。

     =「十二月八日」=

     「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決心をされた日である。さらに八月十五日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこのニつの日を忘れてはならない。」」

    タイのオピニオン紙「サイヤム・ラット」主幹ククリット・プラモード氏/タイ王国の元首相

    =ラダノビード・パール博士=

     ■ 戦争が犯罪であるというなら、いま朝鮮で戦っている将軍はじめ、トルーマン、スターリン、李承晩、金日成、毛沢東にいたるまで、戦争犯罪人として裁くべきである。戦争が犯罪でないというなら、なぜ日本とドイツの指導者のみを裁いたのか。
     勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに罪悪であるというなら、もはやそこには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、信頼も平和もあろう筈がない。われわれは何よりもまず、この失われた《法の真理》を奪い返さねばならぬ。

     ■ 日本は独立したといっているが、これは独立でも何でもない。しいて独立という言葉を使いたければ、半独立といったらよい。
     いまだにアメリカから与えられた憲法の許で、日米安保条約に依存し、東京裁判史観という自虐史観や、アメリカナイズされたものの見方や考え方が少しも直っていない。日本人よ、日本に帰れ!とわたくしは言いたい。

     ■ 1950年のイギリスの国際事情調査局によると、《東京裁判の判決は結論だけで理由も証拠もない》と書いてある。要するに、彼ら欧米は、日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって自らのアジア侵略の正統性を誇示すると同時に、日本の過去18年間のすべてを罪悪であると烙印し、罪の意識を日本人の心に植えつけることが目的であったに違いない。

     ■ わたくしは1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8ヶ月かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中に綴った。
     このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。
     そして自分らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。どうかわたくしの判決文を通して充分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・頽廃に流されてゆくのを、わたくしは見過ごして平然たるわけにはゆかない。誤られた歴史は書きかえられねばならない。

     ■ 日本人はこの裁判の正体を正しく批判し、彼らの戦時謀略にごまかされてはならぬ。日本が過去の戦争において国際法上の罪を犯したという錯覚におちいることは、民族自尊の精神を失うものである。自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する。日本よ!日本人は連合国から与えられた『戦犯』の観念を頭から一掃せよ…。

    🔸極東国際軍事裁判時におけるパール判事の意見書(判決)の骨子は「この裁判は国際法に違反するのみか、法治社会の鉄則である法の不遡及まで犯し、罪刑法定主義を踏みにじった復讐裁判に過ぎない、だから全員無罪である」

    =靖国神社にあるパール博士の顕彰碑に刻まれた言葉=

    “時が、熱狂と偏見を
    やわらげた暁には
    また理性が、虚偽から
    その仮面を剥ぎとった暁には
    そのときこそ、正義の女神は
    その秤を平衡に保ちながら
    過去の賞罰の多くに
    その所を変えることを
    要求するであろう”

    ラダノビード・パール博士は、1868年インドベンガル州生まれ。
    1923年カルカッタ大学法学部教授
    1944年カルカッタ大学副総長
    1946年極東国際軍事裁判所判事
    1955年世界連邦カルカッタ協会会長
    1966年日本政府より勲一等瑞宝章を授与
    1967年死去。

    1955年にインドネシアのバンドンで欧米の旧植民地国であったアジア・アフリカ諸国が集うバンドン会議が開催。出席した加瀬俊一外務相参与(後の国連大使)は、その時の模様を語っている。

    「会議の主催者から、出席の案内が来た。日本政府は参加を躊躇していた。アメリカへの気兼ねもあったが、何分現地には反日感情が強いに違いない、と覆っていた。私は強く出席を勧めて遂に参加が実現した。出てみるとアフリカからもアジアの各国も『よく来てくれた』『日本のおかげだ』と大歓迎を受けた。日本があれだけの犠牲を払って戦わなかったら、我々はいまもイギリスやフランス、オランダの植民地のままだった。それにあの時出した『大東亜共同宣言』がよかった。大東亜戦争の目的を鮮明に打ち出してくれた。 『アジア民族のための日本の勇戦とその意義を打ち出した大東亜共同宣言は歴史に輝く』と大変なもて方であった。やっぱり出席してよ かった。日本が国連に加盟できたのもアジア、アフリカ諸国の熱烈な応援があったからだ。」

  2. 福岡 秀憲 のコメント:

    私の知る自治体では、ブルーリボンの数への対応からか、来年1月から着用というものです。
    きっと、啓発期間に間に合わないのが現状なのかな?

    それに比べ、添田議員の解決法!

    若い世代・女性の…
    と、言っただけで、ジェンダー問題に引っかかるのか?
    (ポリコレってなんやねん!!!!!!!)
    いや、おっさんから見て、スゴイ!!

    直接、小坪議員と繋がって活動している議員・議会だけでなく、他の自治体自民党議員も行橋市の事例を参考に、いや、このブログも参考にされて、北朝鮮による人権侵害・拉致問題の啓発期間にあわせて動かれていると思う。

    この広がりは本当にスゴイ!

    必ず、取り戻す。

    覚悟を国民が持つようになることを祈願します。

  3. ロード のコメント:

    添田議員、素晴らしい活躍ありがとうございます!
    小坪議員の想像を超える対応力ですね。
    拉致された方々を取り戻す熱意を感じました。

  4. azumaebisu のコメント:

    添田市議、やるねぇ…

  5. layer103 のコメント:

    むしろ着けない方が気まずいwwwww

  6. k のコメント:

    やべぇ!

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