ネット保守としての原風景 ~ 君のくれた勇気はおっくせんまん


 

 

きっと、私はヒーローになりたかった。
憧れもあったのだと思う。けれども実際に自分自身がプレーヤーとなることまでは、現実的には考えていなかった。
例えばチャンネル桜があったり、三橋さんが動画で恰好よく話していたり。そういう時代、私もコメントしてた時代がある。
まだ、市議に浪人中だった。政治を勉強中の身分だった。

”思い出は億千万”という曲がある。もはや14年前と知り、驚くばかり。
私の初出馬が13年前。この曲は、落選直後の歌。はっきり言えば、私の住む地域は、全国的に見ればいわゆる田舎にカテゴリされる。政治の勉強なんてリアルではやりようもなかった。

のち、私は、ネット保守系において最強のロビー組織の代表になっていくのだけれど。何もかも手探りのスタート。市議選に惜敗、のち自民党のを支持するも政権交代。このあたりでネットでは少しは知れた存在になっていたのだけれど、直後に起きたのは中川昭一先生の急逝。崩壊していく戦線。迫りくる闇法案。

私は、いくらかは動けていたけれども、それでも”傍観者の一人”だったと思う。

 

 

 

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思い出は億千万

この歌のイメージを触れておく。
誰しも子供ころ、ヒーローゴッコをする。紅白帽でウルトラマンと言ってみたり。あいつら何してるかな?と振り返ってみたり。時代は移り、何かに追われて生きている現在。
色んなものに擦り減っていく今だけれど、「君がくれた勇気は、おっくせんまん!」なんだ。

 

歌詞も含めて、動画も含めて、おっくせんまん。

 

 

 

 

ヒーローになること。

私は、ちゃんとヒーローになれたかな?
たぶんヒーローにはなれているんだと思う。

けど、この動画を見ていたあの日、私はこんな姿を目指していたわけじゃない。

 

議員になることと、政治家になることは違う。
当選さえすれば議員にはなれる。
けれども、政治家になれるわけではないんだ。

逆に、バッチを外してしまったとしても、政治家と称したい先生はいる。
私は、ちゃんと政治家になれただろうか。

 

いまは、「私は政治家だ」と胸を張って名乗れるようになった。
なれた、と思っている。

 

私は、きっとウルトラマンごっこをしていた一人にすぎなかった。
こんなところまで来るとは思っていなかった。

「戦う力が欲しい」と希求すること、
その目指した方向性は、ちゃんと兵士になりたいぐらいの意味合いで。
指揮官みたいな仕事を目指してたわけじゃないんだ。

 

私だって、1ユーザーだった。

 

 

 

赤旗1期生と、その前。

私が1期生のとき、赤旗撲滅作戦をぶちあげる。

同調し共に動いた議員もだいたい1期とか2期。
いまは3期、4期になっており、正副議長も多数。

 

あのときは、はっきり言えばイロモノ扱いされた。
そもそも保守色を打ち出す議員自体が少なくて、苦笑いの対象だったんだ。

尖閣の衝突事件があり、東日本大震災があり、自衛隊の地位について理解が広まり。
世界の中心軸がずれていったんだろう、裏横丁を歩いていたつもりが、いつの間にか王道を歩いていた。

私たちは、もともとは王道として扱われていた存在ではない。

一部では「赤旗1期生」と称される議員も、思えばそれなりの人数になった。最初はイロモノとして扱われたが、のちはブランドとして扱われるようになっていった。
最初は嬉しかったけれども、少し複雑な思いもあった。誉められたくてやったわけじゃない。

 

 

 

実はそれ以前の話もある。
ここからは浪人中の話。まさに、おっくせんまんの時代。

いま振り返れば、実験的な存在として位置づけられるのかもしれないが、私はネット上でグループを率いていた時代もある。まだmixiの時代、アカバンが流行ったこともあり、いまのFBと同じような状況だった。保守系専用のSNSを立ち上げた。

メインの活動は、請願。
しかも国会法に基づく請願という、事務手続きとしては最もハードルが高いものをやっていた。

いま思えば大物ぞろいの紹介議員、のちの大臣がゴロゴロいる豪華が陣営。
ただ当時は自民は下野していたから、会いたい放題だった。企業とかも訪問にはいかないし、アポとらずに事務所に「来たよー」で、「あ、今いるよー」ぐらいの時代。のんびりしてた。

国旗国歌法の改正を求める請願。
だいたい尖閣に自衛隊を置いてくれという請願で、ちゃんと受理されたのは私が作成したやつだ。紹介議員は30人とか40人とかいたと思う。
押し紙の改善を求めた請願、NHKのスクランブル化を求めた請願。ちなみにスクランブル化について、行政手続きとしての初出も私だと思う。

 

一人でやったかと言えば、それは無理で。
SNSを専用サーバーで運用しているわけだから、ユーザーもいる。アカウント時代は3000とか5000とかだったと思う。

いま聞けば小さな人数に感じるかも知れないが、当時は保守のグループなんてそれぐらいの規模だった。mixiの巨大コミュも数万単位だったし。

で、ユーザーさんたちと事務作業をしていったのだけれど。
基本的にはみんな素人。民主党政権と戦ううちに、ほぼセミプロ化していって、私はそれを取りまとめていただけ。

ネットで、紙媒体を印刷(ネプリとか使ってたわ)、紙と郵送で署名を集めて国会に提出。すべて現行法にあわせた。実際に付託され、国会のHPにも掲載された。

総アクセス数は、年単位では2億PVとかあって、今のまとめサイトクラスのものを独自運営してた。ちなみにサーバー管理者は、国民が知らない反日の実態。

 

・・・というのは、書いたことがあると思う。

で、その謎の事務能力を身に着けたユーザーたちに行き先。
これはあまり書いたことはない。

最盛期で50人ぐらいが秘書になっていた。当然だが、だいたい自民。
単に人が足りなかった。政権奪還の直後、政権交代前の秘書とかは引退してしまっていて人材不足が凄まじい時代があった。というか、支部長すら空席だった時代がある。

だからこの50人は、政策とか公設ではなく、あくまで私設とかバイト扱いなのだけど。
かなりの人数が辞めてしまったけれど、いまでも続いている人もいる。母数が多いので。

続いている人は、それなりのポジションになっていたりする。
いま聞くとビックリ、みたいな。

 

そんなことを目指したわけではないけれど、おかげでだいたいの事務所のことが把握できるようになっていた。
どこに行っても知り合いがいる感じ。

 

あとは、地方議員の道を目指した人も多い。
県連の職員とか役員になってた人もいる。

本名、知らないんだよね。。。
当時は匿名文化の最後のほうだったから、リアルの名前は知らなくて。

なので、最初のグループが、どこにどういう風に浸透しているかは私もよく分からない。
でも最近、把握できたこととして、結構な人数(3桁)ぐらいが現役でまだ頑張っているみたい。

 

そういう時代に、あのころ、私がもうちょっと若かったころ。
みんなが聴いていた曲。

「思い出は、おっくせんまん」だ。

 

 

 

振り返ってもあの頃には戻れない。
今あいつらどこにいるの?何をしているの?

でも今じゃそんなことも忘れて、何かに追われるように毎日生きてる。
君がくれた勇気は億千万、億千万。

 

 

 

 

 

 

私は、どこに来てしまったのかな。

 

まるでラノベの異世界転生ものだ。

 

ただのニコ厨だったはずなのに。

 

おくせんまんから、14年。

 

私も年をとってきたし、立場もできた。

 

あのとき欲しかった力以上のものを

 

みんなに与えてもらった。

 

さて、これからどこに行こう。

 

時代は私をどこに連れていくのかな。

 

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6 Responses to ネット保守としての原風景 ~ 君のくれた勇気はおっくせんまん

  1. あき のコメント:

    自民創価公明政権が、武漢肺炎ウイルスを日本に引き入れ蔓延させ、利権五輪は無理矢理開催し4兆にもなろうかって負債をわざわざ出すし、外国人の管理は糞ザルで武漢新種株は入り放題、小泉進次郎はプらが!プらが!炭素税だ!!とか日本経済其処まで落としたいのかね?!  
    戦争・紛争起きて日本も巻き込まれるかもしれないし、日本には、自民創価公明政権引き入れ糞パヨク共が擁護してる敵性国人が多く入り込んでますからね!危険です。  
    自民党・創価公明政権は要らないです。 野党何か論外。
    選挙が近くなると、本当に誰もかれも保守だ保守だ~の大合唱で、スパイ法だの移民政策批判だの国民から苦情が有って全然対処も何にもしてこなかった事を話題に持ち出して!やる振りだけする~・やるやる詐欺。  本当に、もう、うんざりだし、日本にはもう余力がなく時間が無いです。
    自民党しか無いんです~とか、受益者や工作員、ネットサポの妄言とかに乗せられないで!きちんと選挙に行って投票して下さい。 私は日本第一党しか無いと思ってるけど、せめて、人柄や思想、行動や言動きちんと調べて投票して欲しい。   

  2. 波那 のコメント:

    日本第一党の瀬戸さんもですが、先生が前に記事にしていらした豊島区議員の、くつざわさんに対しての共産党からの懲罰動議は否決されました。共産党は何で本当の事を言われたら、事実を言われたら口を閉じさせようとするのか?終戦後の日本各地でGHQの帰国事業を拒否して日本に居座ろうとしていた朝鮮人とグルになり、戦地からまだ男性が復員していない女子供、老人しか居ない日本各地で蛮行を働き、暴力革命を起こそうとしていたのは事実ではないか。GHQの記録に残っているだけでも4000人以上の日本人が、なぶり殺しにされ占領期間中で武器の携行を許されていなかった警察官でさえ囲まれ、嬲り者にされても為す術もなく、まだ任侠のヤクザがいた時代でヤクザに助けを求めたり、首相官邸への襲撃にはGHQの出動を求めたそうです。田岡組長の手記には朝鮮人が白昼でも堂々と強姦していた事も書かれています。戦後、長々と随分と丹念に隠して来たものですよね。そのまま通名を使い日本人に紛れて居座って来た人達が、今やヘイトが〜!!人権が〜!! と被害者ぶってるんですから。

    一昨日の、くつざわさんの記事ですが長いので途中から、、

    さらに篠原常一郎さん
    党東京都委員会に勤務していた時に、当時の志位和夫委員長の上司であり都委員会のナンバー2に気に入られ度々酒席に連れ出された
    そこで度々こういう話を聞いた
    「1951年1952年に共産党の破壊工作部隊が各地で犯罪を起こしたのは、朝鮮戦争中だった北朝鮮を支援するための後方撹乱作戦であり党中央の指示だった」
    「当時、党は分裂し混乱していたが1956年に平和的な闘争路線に戻る方向が決まると武器を処分せよという命令が来た。俺は細胞から拳銃や刃物などを集めて山に埋めに行った」
    この人は一貫して本流つまり宮本顕治>不破哲三ラインに属していた人で、党の落ちこぼれが中共などの影響を受け勝手にやった犯行であり党は無関係、とする共産党の主張は嘘
    共産党本流自身が犯罪と暴力闘争を指示した
    共産党が公安に対し監視対象から外せと抗議したり国会で取り上げたりしないのは、このことをほじくり返されるのが怖いため、豊島区議会でたった今ホジってますけどね
    志位和夫委員長もこのナンバー2からこういう話を散々聞いていたのだろう、今回口を滑らせたのは、ある意味正直である、と
    不破哲三前委員長に志位和夫委員長が頭が上がらないのでは、前委員長の徹底隠蔽の意向により過去の犯罪を反省し総括することなど不可能
    結果生まれ変わることもできず暴力革命路線を放棄することもできず、それに対して抗議することもできず何十年も公安監視対象のままと

    https://go2senkyo.com/seijika/165194/posts/295611

    立憲議員も共産党に相乗りして懲罰動議に賛成したそうです。相性がいいんですね。

  3. 波那 のコメント:

    2025年には1人当たり実質GDPで、 台湾が韓国を追い越す (単位:千ドル) らしいです。

    15~20年の年平均上昇率持続時 : 韓国 1.85%、 台湾4.46% だそうです。

    2015年の暮れにオバマ政権の介入での日韓合意がまとまった後にも韓国は全く合意を守ろうとしたことがありません。隙あらば海外にもあの像を設置しようとして未だにやってます。加えて海自の哨戒機へのレーダー照射、旭日旗を戦犯旗呼ばわり、国交の基盤である日韓基本条約違反の徴用工判決、給料がいいから半島からも働きに来ていたのに軍艦島での朝鮮人労働者は強制連行されたとの謂れのないこじつけ…他にも何やかんやと韓国からの挑発は止むことはありません。

    とうとう日本政府から一顧だにされなくなり、韓国の凋落ぶりは激しくて、外から見ても隠せなくなって来ています。常にドル不足の韓国は何度も日本からの通貨スワップで危機を潜り抜けて来れました。通貨スワップは韓国にとっては命綱ですが、既に2015年以前からスワップ協定も終了したままです。G7でのムンの菅総理への纏わり付きストーキング、オリンピックに託つけて何とか日本に来ようとあの手この手を使っていましたが日本政府からマトモな対応されずに終わりました。

    NHKを含む各マスゴミも立憲ら野党も自民党が二度と韓国を助けないのを知っていて焦りを顕わにしています。日韓議連なんて、もう全く何も機能していませんから。ここまで日本政府が明確に韓国排除の態度を強硬に示すのは私達も初めて見ているのではないでしょうか。政権交代なんて、まず有り得ないとは思っていますが、2009年の例もあります。米中戦争は起こり得るかも知れない情勢の中で、野党に政権渡したりしたら我が国の国防は終わります。野党もマスゴミもそれを目指しているでしょう。

  4. 福岡 秀憲 のコメント:

    菅総理、総裁選に出ず、辞任。
    コロナ対応・皇室問題、お疲れさまでした。
    韓非子「虎の能く狗を服する所以の者は、爪牙なり」と「解散権」封じられると首相はダメになるのですね。引き際の早さはご立派だと思う。

    ブログ・コメント欄は、場違いな気もしますが、
    本当に菅総理、安倍さんの後処理、ありがとうございました。

    さて、政局とは関係なく、政策を進めていかねばならぬのですが、次なる道を小坪艦長が示してもらえるとうれしいです。
    今回の政局で、右往左往したくないな…という思いです。

  5. パコリーヌ(髭) のコメント:

    国民の幸せより自らの下半身の幸せに従った女の問題もあるし、そろそろ皇族の必要性を考える時期なのでは?
    現時点で費用対効果で価値があっても10年後20年後には確実に価値が無くなる。
    大統領制なら国民投票で国家元首が決められる。
    カスゴミとか偏差値49とか鬱陶しいのよ。
    それと偏差値49が言い出したけど総裁選は戦争なんでしょ?
    スガ氏の不出馬で偏差値49の不戦敗なんだけど玉取るまでやるわよ。泣いて誤魔化しても許さないわよ。これは戦争なのよw

  6. 大阪のおばちゃん のコメント:

    >中川昭一先生の急逝

    まだ私は、お花畑で蝶々を追いかけてました。
    自分の選挙区の議員どころか、自分の選挙区の名前も知りませんでした。

    広島市が子ども権利条例に反対しているという話を見て、条例というのを知りました。
    この条例がおかしいと思ったら、自治基本条例というもっとおかしな条例を知り
    尖閣衝突もあって、目覚めました。

    大阪府、奈良県、三重県と、自治基本条例制定に向けたパブコメが次々に始まり
    反対意見を送りまくった日々を思い出します。

    先生の自治基本条例反対の発信にも、本当に感謝しています。

    私なんかよりも若い先生方がご活躍されているのを見ると
    私ももっと、若い時から政治に関心を持つべきだったと反省しています。

    この反省を生かすべく、行動したいと思っており、
    これからも色々ご教示の程、よろしくお願い致します。

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