東條由布子さんの命日


今日は東條由布子さんの命日です。
もうあれから一年になるのか、と。
昨年の二月二十日、しめやかに葬儀が行われましたあの日。

衆院は勝ったものの、参院は負けており。
ちゃんとした意味で与党に返り咲いたのは、それからのことでした。

昨年の記事 東條由布子さん死去(SNS-FreeJapan)

東條由布子さんを知らない人のために。
東條英機の長男・英隆(鴨緑江発電職員)の長女。英機の孫に当たる。
幼少時は祖父が英機というだけで教室の黒板の前に立たされ、罵倒されるなど教師ぐるみのいじめを受けたという。
保守の論客の一人として知られ、祖父・英機を遺族の立場から評価し、他の「A級戦犯」も含めて極東国際軍事裁判「判決」・靖国神社からの分祀、慰安婦の強制連行、南京事件などに否定的な立場を取った。原爆投下については「原爆神話」を否定し、ナチスのユダヤ人虐殺と全く同じ次元の野蛮な行為と述べ、一貫してアメリカを批判した。
(後略)
Wikipediaより抜粋

いまの日本を見たら、由布子さんはなんというだろう。
衆参を奪還し、誉めてくれるのだろうか。
それとも新自由主義にひきずられる、つまりは通貨の概念に縛られた自由でない政治に激を飛ばすのだろうか。

どちらも違うように思う。
きっと優しい笑顔で、誰しもを落ち着かせる静かな声で。
また頑張ろうという気持ちにさせてくれるのだろう。

あえて全文は掲載しないが、昨年の私の追悼文を掲載する。
(クリックで開きます。)

東條ゆうこさんの訃報に接し。

ご逝去の報に接し、驚きと悲し
みを禁じえません。
在りし日のお姿を偲び哀悼の意
を表すと共に、心からご冥福をお
祈りいたします。

行橋市議会議員
文教厚生委員会副委員長
基地対策特別委員会 副委員長
小 坪 慎 也

公人としての文。
定型文のようにならざるを得ない。
ここからは公人ではなく、個人としての思い。

なんだろう、たまらない。
FJの公認アカウントになって頂いていたこと、各種活動への協力を頂いたことを通して、ちょこちょこ連絡をとらせて頂いていた。

そう頻繁にあったことではないが、お電話を頂いたこともしばしば。
と言っても(お電話を頂いたのは)10回あるかないか、ではないだろうか。
何か、伝わるのだろうか、素晴らしいタイミングで言葉を頂いた。

陳情や請願、これを「作成」するのも一仕事だが、運用していくことも異なる戦いなのだ。
署名を集めることとも違い、文責・著作等を記して動くということは、最前線の矢面に立つとうこと。

実は楽ではない。
言えない苦労もあるし、いわゆるプレッシャーや説明しにくい不可思議なことにも巻き込まれていく。そのまま書くとポエムとか中二病の類のなってしまうので控えたい。

迷うことも、多々あった。
代表として、指揮官として、微塵も感じさせるわけにはいかない。
敵にはもちろんながら、味方にも。
政治の現場で、一兵卒とは言え踏みとどまるというのは、その判断を下し続けるというのは、楽ではなかった。

本当に気落ちしているとき。
どうしていいか、わからないとき。
そんな塞ぎこんだとき、あまり書きたくもないけど一人ぼっちで泣いてるとき。
ポエムでも比喩でもなく、本当に悔し涙を流しているとき。

そういうタイミングに限って、電話を頂いた。
不思議なもので泣き言などは伝えられず、優しい言葉で、言葉以上に優しい雰囲気で。
それがどれほどの支えになったか。

当選の報告を電話で済ませたのが最後になってしまった。
上京し、議員会館はまわった。
しかしゆうこさんのところには行けなかった。
九州から東京は遠すぎる。滞在費も馬鹿にならず、滞在できる時間も限られてる。
ボロボロになった駆けたが、行けなかった。
言い訳だ。

ずいぶんかわいがってもらったように思う。

九州の人間は感情的で直情型だ。悪い方向に働くことも多い。
デメリットもあるのだろう、抑えていくべきだ。もう公人なのだから。
でも、こういう部分だけは、抑えることはずっとできないだろうし
すべきではないと思う。

恥ずかしい話、弱気な言葉もあるからだ。
政治家としてあるまじき吐露であり、これはログインを要するパーソナルスペースで公開されたものだから。
(泣き言・弱気発言は編集させて頂きました。)

そんな私が、キックオフさせたのがこれでした。
少し長めに延泊し、葬儀の出席のみではなくあわせて陳情も行ったのでした。
由布子さんは、天国から見ていてくれたろうか。
立派に、強い人間として、政治家として戦えているだろうか。
そのような思いをもって、望んだ撮影でした。


(06:00頃より私の出番です。)
ビデオレター 第7回 「民主党の置き土産、外国人への社会福祉問題」[H25/2/22]

国保の制度の裏をついた、外国人詐欺の危険性について

関連する議事録)
平成25年9月議会一般質問1(小坪慎也・行橋市議会)
平成25年3月議会一般質問3(小坪慎也・行橋市議会)
平成24年6月議会一般質問1(小坪慎也・行橋市議会)
平成24年6月議会一般質問2(小坪慎也・行橋市議会)

国保の件は関係者が大量におり、最後のツメという段になってうまく動かせない。
都知事選が重なったこともあり、関係する議員と連絡がつきにくいことも一つにはある。
笑われてしまうかもしれないが、議員歴は二年ない、ただの一期生の市議だ。
本来なら手に余る。

これをここまで突っ込んだのは、きっと由布子さんがいたから。
そして力の弱い私が、なんとか形にできたのは、心が折れなかったのは、やっぱり由布子さんのおかげなんだと思う。

さて、やりますか。
日本の保守政治家の一人として。
末席とは言え、しっかり前を向いてみせるんだ。
あの日だって、ちゃんと笑えたじゃないか。

だから、手に余ろうがなんだろうが、やってやれんことはない。
保守が生ぬるいだなんて、絶対に言わせない。
モニターの前で愚痴だけこぼすのは、もうやめたんだ。
誰もやらんのなら、俺がやる。
・・・動かす。
由布子さん、見ててくださいね。


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