【今日は何の日?】共産党により民主主義の萌芽が轢き殺された日【天安門事件】


 

 

天安門事件。chinaにて、民主主義の萌芽が戦車で轢き潰された日。
人民解放「軍」は軍という名こそ冠しているが、共産党の私兵集団だと世界に示された日。

あれから中国はどうなったか。
中国共産党は何をしたか。

日本の民主主義はどうなっているか。
共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?

 

六四天安門事件(ろくよんてんあんもんじけん)とは、1989年6月4日に、天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧(市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺した)し、多数の死傷者を出した事件である。

本日は、天安門事件が起きた、政治的な背景を詳細に説明。
意外に保守が知らない、ペレストロイカからの天安門事件の流れ。

 

 

 

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人民解放「軍」は、軍ではない。
軍とは、自国民を守る最後の砦である。
世界の常識として、自国民を守ることこそが軍の使命に他ならない。
災害派遣はもとより、国民の生命・財産を守る最後の力である。

権力の暴走により、自国民を弾圧する行為を「白色テロ」と呼称する。
あってはならぬことで、独裁政権下において繰り返された行為だ。
しかし、この場合であっても「一般には国権により」という定義が伴うように思う。

私は、中華人民共和国という、彼らが私たちに強いる「謎の尊称」ではなく、
世界標準の、音で定義された「支邦」が正しいように思うが、
それをそのまま使用すると怒られる謎の国、現代日本において政治家を行っているので、
ここは妥協して「CHINA」という英語表記を用いたい。

天安門事件は、CHINAの意思とは言い難い。
CHINAが国家であるとして、CHINAの意思として、国家の統制のもとに自国民を轢き殺したわけではない。

あれは一政党であるはずの、中国共産党の指揮の下になされた暴虐無人の行為である。
当然のこととして最低の人権侵害である、世界中から未だ非難され続けるべき行為だ。
野蛮な国と呼ぶべきで、これは時が経過したとして許されて良い行為ではない。

人民解放「軍」は、軍ではない。
国家の統制のもと、自国民を弾圧・殺戮する行為が白色テロだと考えるが、
すでに白色テロですらない。

一政党、そして「共産主義というイデオロギー」に基づき、
自国民を殺戮したのだ。

人民解放「軍」は、軍ではない。
共産党の私兵集団である、危険な存在だ。

 

 

 

共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?
轢き殺されたのは何か。
それは人命である。
軍であるならば、まずもって守るべきであった国民の生命であり、財産である。

そして、轢き殺されたのは、CHINAにて産まれつつあった民主主義の萌芽に他ならない。
共産党の私兵集団が轢き殺したのは、民主主義の芽であった。

我が国を振り返ると、同じく共産主義を掲げた政党が「民主主義」を叫ぶ。
共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?
私には、わからない。

日本共産党は、中国共産党と無関係を装うのだろう。
しかしそれは無理な話だ。
発祥をコミンテルンとしており、コミンテルン日本支部を前身として持つ以上、関係性はある。
wikipediaを読む程度でも理解できる話で、そもそも日本共産党は暴力革命の方針を未だ否定していないではないか。

共産主義を掲げた政党の私兵集団が行った暴虐、
戦車という一般の国民においては抗うことのできない「武器」を用いて、兵器を用いて、轢き殺した。
これを思うに、共産主義者が民主主義を論じることは理解できない。

私は謎の状況、理解に苦しむ状況だと思うのだけれど、
これが一般には、多くは疑問を持たれていない謎の国・日本において政治家をしているのだけれど、
いったい我が国は、「共産主義者が民主主義を叫ぶ」状況を、なぜおかしいと思わないのだろうか。

共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?
天安門事件だろうか。
つまり武力を用いた、国家に拠らぬ私兵集団を用いての言論弾圧であり、自国民の殺戮なのであろうか。

 

 

 

無名の反逆者
「無名の反逆者」と呼ばれる者だ。
六四天安門事件の翌日(6月5日)、彼は天安門事件を鎮圧するために現れた59式戦車?の車列の前に立ち、行く手を遮った。

「共産主義 vs 民主主義」に他ならない。
短い動画である、是非ご覧頂きたい。

1989 Tiananmen Square Protests

 

 

※ 重要な特記
昨年紹介していた動画は削除されていた。「無名の反逆者」で検索可能な動画のほとんどは、youtubeでは削除済みだ。恐らくこの動画もやがて削除されるだろう。
これが世界であり、そしてこれこそが「共産主義の弾圧」だ。

下記は、”無名の反逆者”のタイトルで検索可能な動画。再生数が500回と少ないことが理由だろう。APIでの他サイト埋め込みを禁止していたことも功を奏したのかも知れない。

【冷戦終結】中国 -天安門事件「無名の反逆者」

これが、弾圧だ。
共産主義者は、我が国で軽々に弾圧と口にするな!
まずは天安門事件を始めとした、CHINAの暴挙に抗議してからにして頂きたい。

 

 

 

六四天安門事件とは何か。
日本では一般に天安門事件と略されるが、天安門広場にて起きた事件は複数あり、本エントリで扱ったのは「六四天安門事件」と呼称するのが正式である。

六四天安門事件(ろくよんてんあんもんじけん)とは、1989年6月4日に、天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧(市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺した)し、多数の死傷者を出した事件である。

 

当時、起きたことを簡単にまとめつつ、私なりの所感を書いた。
流石に長いため折り畳んでおく。
興味がある方はお読みください。

現代の日本においても類似するような動きがある。

クリックして下さい!
・ペレストロイカ
1985年3月にミハイル・ゴルバチョフが、ソビエト連邦共産党書記長に就任。
ソビエト共産党による一党独裁制が続いた結果、言論の自由への弾圧や思想・良心の自由が阻害されたことや、官僚による腐敗が徐々に進み、硬直化した国家運営の立て直しをはかる目的でペレストロイカを表明。
ここにソビエトの民主化が始まる。

英語圏においては共産主義者を「コミュニスト」と表記するが、共産主義者らは世界同時革命を目指しており「国家の枠組み」で動いていたとは言い難い。
コミンテルンという組織が結成され、日本においてもコミンテルン日本支部が存在した。
いまは日本共産党と称されるが、正しくは共産党・日本支部とすべきだろう。
コミンテルンテーゼという形で指示がなされていた。

ソビエトは、この盟主であったと認識しているが、ここにおける民主化。
CHINAにおいても多大な影響があったことは想像に難くない。

 

様々な分析があるとは思う。
私は、その時代を直接、生きたわけではないのであくまで後世の政治家としての評価とさせて頂く。

天安門事件とは、ペレストロイカを発端とした民主化運動、これが旧共産圏に伝播していく中での動きなのだと認識している。
類似の政治体制にあった国民が、ソビエトで与えられたものと同様の「少しの自由」を求めたのだ。

これは権力にしがみつく共産党上層部にとって脅威であったということ。
共産主義こそは、一党独裁でありまさに政治権力を必要とする主義だからだ。
ゆえに共産主義者による権力批判は、どことなく恐ろしく感じる。

 

政治家の死
政治改革に積極的だった胡 耀邦(こ ようほう、フー・ヤオバン)の死が、一つの引き金となった。
第3代中国共産党中央委員会主席・初代中国共産党中央委員会総書記。
天安門事件の、直接の引き金と言ってもいいだろう。

・人々は自由を求めた。
コミンテルンの本部、母体とも言えるソビエトにてペレストロイカが表明された。
なんでも言える、つまり言論の自由のような、その路線を「百花斉放・百家争鳴」と呼ぶ。
胡 耀邦(初代中国共産党中央委員会総書記)が政治改革に積極的であったと述べたが、人民はまさにこの路線を求めていたと言えるだろう。
逆に言えば、共産主義下において言論の自由などなかったのだ。
報道の自由も然り。

・反対の動き
鄧小平ら党内の長老グループを中心とした保守派は、「百花斉放・百家争鳴」路線の推進は、中国共産党による一党独裁を揺るがすものであり、ひいては自分たちの地位や利権を損なうものとして反発していた。
天安門事件の前年9月、六中全会にて胡が押し進めようとした政治改革は棚上げされた。逆に保守派主導の「精神文明決議」が採択され、胡 耀邦は失脚。

日本に置き換えれば、安倍首相や麻生政権に置き換えるとわかりやすい。
これが引きずりおろされ、学生たちが不満を貯めていった時代。

・軟禁、そして死去
失脚後も政治局委員の地位にとどまってはいたが、北京市内の自宅で警察の監視のもと外部との接触を断たれるなど事実上の軟禁生活を送っていた。
1989年4月8日の政治局会議に出席中心筋梗塞で倒れ、4月15日に死去した。
1989年、この年に天安門事件は起きる。
ここからデモ等が散発的に発生していく。

 

胡 耀邦(こ ようほう)の位置づけであるが、ペレストロイカと同等のものを与えてくれたかも知れない存在だったように思う。
CHINAに住む、独裁体制に虐げられてきた者にとって、希望の政治家であったことは疑いない。

政治的に失脚させられたのち、死去。
本当に心筋梗塞であったのかと勘繰る者だって出てきたろう。
そして、この追悼すら許されず、名誉回復を求める発言さえ封じられたのだ。

中川先生を失ってのち、日本のメディアは何をしたのか。
これは直視せざるを得ない、我が国だって危険はある。
天安門事件を「異常な共産党政府の動き」とのみ扱うことは危険だ。日本においても似た事態が発生していた可能性はある。

民が愛した政治家を、共産主義者らは権力をもって抹殺した。
祈る言葉も、労う言葉すらも封じたのだ。

そのとき、民衆はどう動いたか。

 

民主化を求めるデモ
政治腐敗を糺し、民主化を求める動きが活発化した。
学生を主としたもので、「権力にしがみつく共産党(保守派)」と対決することになる。
ここで述べる保守派とは、現状維持みたいな意味あいであって、CHINAにおける共産党の党内構造において、この場合の権力側の老人たちは実際に保守派と称される。

・小さな炎
死去翌日、16日。
中国政法大学を中心とした民主化推進派の学生たちによる胡の追悼集会。

翌々日の17日。
同じく民主化推進派の大学生を中心としたグループが北京市内で民主化を求めた集会。
どちらも小規模なものであった。

さらに18日。
今度は1万人規模。
北京の複数の大学の学生を中心とした1万人程度の学生が北京市内でデモ。
民主化を求めて天安門広場に面する人民大会堂前で座り込みのストライキ。

そして19日。
メディアによる偏向報道。
北京市党委員会の機関紙である『北京日報』が批判的に報じる。

拡大の21日。
夜には10万人を越す学生や市民が天安門広場において民主化を求めるデモを行う。
急激に規模を拡大。

日本における、古くからの左翼が求める姿がまさにここにある。
左派がSEALDSらに見たいであろう幻、まさにここにあるのだが、(日本の)左派はこれをどう思うのだろうか。

これを潰したのは共産主義者であった。
しかも武器を用いて、だ。
CHINAにおけるSEALDS?が対峙したのは、共産党であった。
日本は謎の国である。

 

メディアの弾圧と、検閲
これが一気に物事を悪化させていく。
実はメディアへの弾圧が、最後の引き金になっていくのだ。

『世界経済導報』という週刊誌があった。
胡耀邦の追悼をテーマとした座談会を開き、参加者が胡の解任を批判したり名誉回復を要求する発言を報じた。
日本で言えば、中川昭一先生の追悼本を出したり(実際、私自身がかつて出したことがある。)名誉回復を求める発言を報じるようなものだろう。

・江沢民
ここで突然、江沢民が出てくる。
当時は、党委員会書記であったのだが、宣伝担当の曽慶紅市党委副書記と陳至立市党委宣伝部長に命じ、問題の箇所を削除するよう命令を出す。
『世界経済導報』の社長はこの要求を拒否、同紙は発行停止となった。

江沢民はこの動きが評価され、党総書記に選ばれる要因となった。

・メディアの悪用
人民日報やテレビなどの国営メディアを使って事態を沈静化するように国民に呼びかけたものの、『世界経済導報』事件などもあって活動は逆に拡大していく。
中国共産党は学生だけでなくジャーナリストの反感をも買った。

・検閲制度を否定
4月29日午後に、共産党幹部とが高校生と会見。
党内に腐敗があることを認めたものの、「大多数の党幹部はすばらしい」と述べた。『世界経済導報』事件があった直後にもかかわらず「検閲制度など無い」と否定。
さらに「デモは一部の黒幕に操られている」と強気の姿勢を続けた。
この模様が夜に放送されると、学生は抗議デモに繰り出した。

 

SNSがない時代であったが、若者の動きは同じであったと言えるだろう。
この怒り、政権への怒りが抗議デモをより活発化させていく。

例えばアラブの春。
全てを評価する立場にはないが、原風景は、天安門事件の前夜に確かにあったのだ。

 

収集できない規模にまでデモが拡大
ゴルバチョフが訪中する直前であった。
中国共産党は、この前に事態を収集させたい。
軟化する方針も見せたのだが、学生らの目標は容認できない内容でもあった。(四・二六社説の撤回)

ハンストは50万人に及び、当時はイギリス領であった香港に飛び火、また国外に留学していた学生たちにも延焼していく。

・対決
民主化運動の指導者は、漢民族出身の大学生である王丹や柴玲、ウイグル族出身のウーアルカイシ(吾爾開希)など。5月18日午前に李鵬、李鉄映、閻明復、陳希同らが彼らと会見した。

李鵬が「会見の目的はハンストを終わらせる方法を考えることだ」と発言すると、ウーアルカイシは「実質的な話し合いをしたい。我々は李鵬を招待したのであって、議題は我々が決める」と反論した。

学生側は「学生運動を愛国的なものとすること」と、「学生と指導者の対話を生放送で放送すること」を要求した。李鵬は「この場で答えることは適当ではないし、2つの条件はハンスト終結と関連付けるべきではない」と話し、会見は物別れに終わった。
李鵬を激しく非難する姿が全世界にテレビにより流されたことで注目を集めることとなった。

・ゴルバチョフ訪中
この最中にゴルバチョフが訪中した。
実は、ソビエトと中国は仲が悪かった。
冷戦時代の1950年代より続いていた中ソ対立の終結を表明するための訪中であり、綿密に準備がなされいた。当初の予定通り北京を公式訪問。

天安門広場周辺は、ご覧の有り様であり中国共産党は恥をさらす結果となった。
正直、ぶちきれたと思う。

・戒厳令布告
ゴルバチョフがCHINAを離れる5月17日までは、中国共産党内は平穏を装った。
学生側に同情的な者もいたし、強行路線の者もいた。
5月17日午後、政治局常務委員会による投票をすることなく、鄧小平は戒厳令の布告を決定した。

・報道管制
これが行われ始めると、多くの場合「最後まで行ってしまう」ように感じる。
戒厳令を受けて厳しい報道管制が敷かれた。日本やイギリス、西ドイツなどの西側諸国のテレビ局による生中継のための回線は中国共産党によって次々と遮断される。
米国のCNN は、依然として世界各国へ向けた生中継を続けていたが、キレた中国は警察官などを派遣、放送を中止するよう要求した。
しかし、まさに生放送中であり、この模様は全世界に報じられることになる。中国が報道管制を行っている事実が報じられた、ということだ。

 

そして、武力弾圧へ。
地方から続々と人民解放軍の部隊が北京に集結していることが西側のメディアによって報じられたていた。
人民解放軍による武力弾圧が近いとの噂が国内だけでなく外国のメディアによっても報じられるようになる。6月3日の夜遅くには、天安門広場の周辺に人民解放軍の装甲兵員輸送車が集結し始め、完全武装した兵士が配置に着いたことが西側の外交官や報道陣によって確認された。

6月3日の夜中から6月4日未明にかけて、人民解放軍の装甲車を含む完全武装された部隊が民主化要求をする学生を中心とした民衆に対して投入された。一旦は数で勝る民衆によって阻止されたものの、その後これらの部隊は中国共産党首脳部の命令に忠実に、民衆に対して無差別に発砲した。

 

(参考:wikipedia六四天安門事件

 

 

 

冒頭の言葉を繰り返させて頂く。

天安門事件。
chinaにて、民主主義の萌芽が戦車で轢き潰された日。
人民解放「軍」は軍という名こそ冠しているが、共産党の私兵集団だと世界に示された日。

あれから中国はどうなったか。
中国共産党は何をしたか。

日本の民主主義はどうなっているか。
共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?

私には、わからない。
ただし、この六四天安門事件は、伝えられ続けるべきだという立場だ。

我が国が、自由と民主主義を維持していく上で
絶対に忘れてはならぬ、大切なエピソードが満載されていると感じるからだ。

 

天安門事件を忘れない。
そこで起きたこと、その前夜に何があったのかを伝えていく必要がある。

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8 Responses to 【今日は何の日?】共産党により民主主義の萌芽が轢き殺された日【天安門事件】

  1. 維新は裸の王様 のコメント:

    6・4でしたから、改めて日本共産党Wikipediaに目を通して

    もうすぐ結成100年だけど、戦前の非合法集団~戦後、朝 鮮 人 集団と徒党を組み勢力をのばし、50年代に数々の暴動襲撃と殺人事件を起こした挙げ句、衆参で全て落選し非改選の1議員のみとなり(Wikipedia)・・・
    60年安保、70年代と、数々の行いの後に必ず「分派」に責任を擦り付けます。
    皆さんも記憶にあるでしょう「新左翼」が起こした事件も、元を辿れば日本共産党にぶち当たりますが、彼等は知らぬ存ぜぬです。

    コミンテルン日本支部=日本共産党ですが、党内闘争(内ゲバ)を繰り返し、宮本不破体制でソビエト共産党 中国共産党 とは、批判否定拒絶という形を取っておりますが、Wikipediaにそう書かれているだけで本当の本当の本当の所は闇ですね。
    ※ 党資金を洗えるなら何か出て来るのか?
    ※ 兎に角、士業が多い。 地方議員ZERO自治体がアルノ??ってくらい全国にいる。
    ※ 下部組織が方々に根を張っている
    ※ 怖いのは、○○に3人いたら支部を組む
    ※ 大学に「民青」がどれ程在籍してるのか?
    ※ 今の党組織はソフトクリームだから、公安調査庁も政治運動情勢の記載のみ

    支持層は高齢者が多数を占めるのでしょうが
    志位独裁委員長以下、衆参で23人?だったか?
    それよりも「人権」「反核(核兵器 脱原発)」「弱者救済」を最大限活用する
    全国に散らばる「市民団体」の存在に注意する必要がありますね。
    一番厄介なのが「反核(核兵器 脱原発)」です。

    もっと厄介なのが、与党友党の公明党ですがね。
    様々な政策で骨抜きにしてきますからね・・

    以上です
    6/5 文責 維新は裸の王様

  2. 櫻盛居士 のコメント:

    **********************************************************************
    共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
    ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。

     ・『テロを利用する共産党』
     ・『テロリストの味方である共産党』
     ・『テロに屈する共産党』

    **********************************************************************
     
     
    あれから早いもので、30年以上経つのですね。
    見方を変えれば、この天安門事件の失態を教訓に、中共はあらゆる方面で手法を変化させて来たと言って良いでしょう。

    ソ連が崩壊して行く真っ只中で、周回遅れの中国は共産原理主義を維持して居た頃の話です。
    日本では、スカイラインの伝説的名車と言われるR32が生まれた時代。
    一方の中国では、まだ人民服と大量の自転車の余韻を残して居た時代でした。
    西側諸国と較べて、経済や産業、技術の立遅れが著しく、四方八方、遠隔地迄、触手を伸ばす余裕は無かった頃で、且つ共産主義国にとっては厳しい風の吹く時代でした。

    あれから僅か30年程ですが、性能はともあれ我が国も国産化出来て居無いステルス戦闘機を、中国は一応形にしましたし、海軍艦船も数では我が国を凌ぐに至ってます。
    IT関連でも世界の一線に立つレベルに至ってますし、その成長は凄まじいものがあります。

    その成長を活かした侵略工作が、武漢とのMOUであったり、ソーラー発電事業だったりする訳です。
    勿論、文化面での工作も周到です。
    文化面で言うと、どこぞの半島みたいに気持ちの悪い、勘違いナルシスト野郎のオカマ芸人や、鯛焼き鉄板宜しく同じ顔の腰振りダンサーなどとは異なり、中国は極めてナチュラルな魅力を持った者が居るので、逆に厄介極まり無かったりします。

    2022年6月現在で言えば、ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにして、中共は自らの弱点を洗出し、今後それらを補強して、更に厄介な相手に成る事でしょう。

    中国が更に厄介な存在に成る前に、我が国は国民意識をアップデートし、それらに対処出来る体制構築を実現させねばなりません。

    その意味では先日のエントリー(【大手週刊誌が掲載、全国的な話題に】大阪港湾・武漢MOUと一帯一路、防戦を強いられる維新)にある通り、週刊フライデーへの掲載はタイミング的にメリットが大きいでしょう。
    今回のスタンスは政治家からすればゴシップとして扱わない様ですし、ゴシップとして扱われないが故に週刊フライデー側のメリットも大きい事でしょう。
    ぶっちゃけ、大手新聞社すら得る事が不可能であった、大スクープをGET出来る可能性すら週刊フライデーは掴んだのですから、これはかなり大きな変化と言えるでしょう。

    とは言え一般層からすれば、週刊フライデーはゴシップ誌である事には変わりありません。
    ですが、ゴシップ誌であるが故の強みもありますから、ここを最大限活かせるかは週刊フライデー側の力量でしょう。
    今回の記事は僅か1ページで、約半分が写真でしたが、文面は流石と言ったものでした。
    週刊フライデー編集部はこの機会を、ちゃんとチャンスだと認識出来れば、次も美味しいとこ取りが出来るかも知れませんね。

    何はともあれ、日本人の中国に対する感覚も、天安門事件の時代から根底では然程アップデートされて居無い人も案外多いですので、ここはやはり改善して行かなければならないでしょう。

  3. BLACK のコメント:

    あの日から中共は何も変わっていない
    と言うよりも
    あの日よりも、もっと狡猾に、もっと強かに、そしてもっと冷酷になっていると私は感じます。
    以前は許されていた追悼さえ最近は許されなくなったようです。

    中共との付き合い方で
    他国とも結んでいる条約だから問題無い
    貸借だから問題無い
    安全保障上の心配は無い
    法的に問題無い
    契約上の問題は無い
    等々

    一見確かにその通りの正論にも思えますが
    その相手が、このようなことをして、追悼さえ許さない国、許さない組織だと言うこと
    このことこそが全ての一見正論にも見える「問題無い」「心配無い」を吹き飛ばす原因と証拠だと私は思います。
    どんな契約も、どんなメリットも、この国の性格の前には無意味になる可能性が高いと私は思います。
    日本人が思っている、「契約」「条約」「約束」「信頼関係」は、通じない相手、
    と言うよりも、日本人が思っている「契約」「条約」「信頼関係」等々への感性を利用するのが中共だと私は思っています。

    ですから、大阪の諸問題を語る上で
    「契約」「法的」等々と言う理屈で、弁護・擁護・防戦するのは逆効果だと私は感じます。
    それ等の言葉を使って弁護・擁護・防戦すればする程、灰色の色が濃くなる気がします。

    天安門事件後に、国際的に信頼度が落ちた中共は、天皇陛下の訪中でその信頼度を取り戻しました。
    日本にそのつもりが無くても、日本は結果的に、中共の人権侵害に手を貸したのだと私は解釈しています。

    あれから30年たって
    国際的に信用度の落ちた一帯一路に、大阪が参加したことで一帯一路も国際的信用度を取り戻すのでしょう。
    日本に、大阪に、一帯一路に参加した意識が無くても、結果的に中共は「日本が、大阪が参加した」と宣伝しているのですから、結果的に参加したことになってしまっているのだと私は解釈しています。
    日本は、国際社会に対して同じ過ちを繰り返すのでしょうか。

    『FRIDAY』で報道されていますように
    2021年12月16日 東京で開催された『日本貿易促進協会』と中国・湖北省人民政府の『協力説明会』のパンフレットに
    『一帯一路』と言う言葉が入っており、大阪・武漢のパートナーシップは同日同会場で締結されており、この日程に合わせる為に武漢側から急いで欲しいとの要請があり、それに従ったことも判明しています。

    大阪側にそのつもりは無かった、認識は無かった、と言うことを信じたとしましても
    この事実と、中共が国際的宣伝に「日本が、大阪が一帯一路に参加してくれた」と使っていることが問題だと私は思います。

    ですからそれを弁護・擁護・防戦する為に

    他国とも結んでいる条約だから問題無い
    貸借だから問題無い
    安全保障上の心配は無い
    法的に問題無い
    契約上の問題は無い

    これ等の言葉は全く無意味、と言うより逆効果だと私は思っています。
    最大の問題と心配は、相手がこのような国であることなのですから。

    以上 文責 BLACK

  4. 波那 のコメント:

    🔻天安門事件33年、各地で追悼
    続く中国の人権侵害に批判の声
    6/4 21:41 (JST)updated 共同通信社

    4日、台北市で開かれた天安門事件の追悼集会の会場で、ろうそくを持つ子どもら(共同)

     1989年の中国の天安門事件から4日で33年。これまで大規模な追悼イベントが行われてきた香港で関連行事が認められなくなった中、事件を風化させまいと台湾や米国、日本で犠牲者らを追悼する行事が行われた。参加者からは、今も続く中国による人権侵害を批判する声が上がった。

     台湾の民主団体などは4日、台北市で犠牲者の追悼集会を開いた。主催者らは統一圧力を強める中国に対抗して「自由と民主主義を守ろう」と呼びかけた。「世界は人権弾圧を一層強化する中国を目の当たりにしている」と指摘し、香港市民やチベット族、ウイグル族に対する迫害を強める中国当局を非難した。(共同)

    天安門事件から33年となり、JR新宿駅前で開かれた事件の犠牲者を追悼する集会=4日午後
    ……………

    門田隆将@KadotaRyusho
    山口公明代表が防衛費GDP比2%拡大論に 「概ね1%と いう枠は保った方がいい。 急激に増やすと他の使い道 が減らされても困る」 と。 “ウイグルジェノサイドの証 拠はない”という中国共産党の代弁者だけに中国が困る 事は絶対させないとの固い決意。これが日本の与党と いつから呆れる。
    公明党山口代表 自民党の防衛費2%公約にも 「おおむね1%保つべき」

    🔸公明党の山口那津男代表が13日、日本テレビ系 「ウェークアップ」にリモー 出演。自民党の公約でGDP(国内総生産) 1

    公明党代表の山口那津男、ウイグル人ジェノサイド(民族大虐殺、民族抹殺政策)に関する参議院での決議採択について慎重姿勢!

    「国連の関係者の調査を見極め、中国側の対応を見極めて議論が必要であれば議論してもいい」

    私は公明党の山口が中国に行った時、南京大虐殺館を見に行って、日本人は皆見るべきと言った事が忘れられません。今回の参院選ではキッシーに比べればマトモな思考している玉木代表の国民民主党が票を伸ばし、公明党を駆逐出来るようにと心底思っています。公明党と維新は余りにも酷過ぎます。

    先日、流出したウイグル族「再教育施設」内部資料の東アジア黙示録の記事を載せました。ウイグル人ジェノサイドは明々白々な事実なのに、まだ日本人の目を背けさせようとする、中国で創価学会の布教を習近平に許して貰いたい、それのみが一心の山口。いつまでも与党に居座らせて本当に良いのか??

    ウィグル視察に来たバチェレ国連人権高等弁務官もWHOのテドロスと同じ様に習近平に手懐けられてしまいました。

  5. azumaebisu のコメント:

     そもそも支那人に【民主政治】は無理でしょう。過去4000年もの間、【皆で話し合い=議会の萌芽
    、決めた事は護る=法治主義の萌芽】を体験出来なかった【哀れな文明】なのですから…

     一度【言論の自由】には近付きましたが、それも【遥か昔の紀元前の春秋時代】に漸く【百家争鳴】の動きがありましたが…当時、司馬遷はこの動きを良く思っていなかった様です。

    【百家争鳴】←『皆が勝手に言いたい事を言って騒ぐ』という【マイナス・イメージ】しか無い【文字表現】だけで、当時の風潮が慮れる気がします。

     これでは【言論の自由】が【プラス・イメージ】であった筈が無い…

     そして、次に【民主政治】に近付いたのが【六四 天安門事件】…

     結論。支那人には【思想・信条・言論の自由】と【法治主義】の基礎に建った【民主政治】は、金輪際無理です。

     従って、彼奴等の力を削ぎ落とし、支那大陸に『封じ込める』しか、我々【東アジア圏→世界の平和と安定】の回復は方法が有りません。残念ながら…

  6. 大保守(おおほのかみ) のコメント:

    手の回らないこともありご無沙汰していた状態となっておりましたけど上海電力の件も含め思うことは多々ありますしそういった情勢に対してU-84みたいな国家観なき者も多数見受けられることには幻滅しているものすらあります。(ある人のことはU-Boatを思わせる中共の工作活動を暗喩した意味を含ませて表現上ぼやかしています。 苦笑)

    それこそ高橋先生に対してもある程度信用していた一方維新の重役として存在していたものはあるものや周辺との関係を含めて丸信用していたわけでないためがっかりすることすらありました。

    ましてやこの国の国力もド文系みたいな思考回路の持ち主により新興国にすら劣るほどに衰退していることに対してお前一人の力じゃなんともならないのだからなどと思考停止した無能な怠け者を装ったかのように何も考えず何もしない儘指を咥えて眺めて飼い564されているような状態で過ごしていろといわんばかりに蔑まされることも癪でなりません。

    また、リアル・web問わず鼻であしらうような態度を取る小判鮫みたいな輩すら台頭しているものもありますしそういったものすら解って貰えないものすらあるため手を焼くような相手もいるため呆れるくらいですらあります。

    そんな次第にはなるものの巷にいるようなチャラい者共は妥結しろなどと喧伝する存在に扇動され人民解放軍に屈してでも無様に生き延びるものでしかないのでしょうか、僕にはそんなもの到底受け入れかねることにほかなりません。

    p.s オールドメディアの偏向報道も酷いため虎ノ門等をメインにしているにしろweb上で思った事を調べても検索エンジン運営側の思惑やそれを利用したSEOによりサジェスト汚染も酷く鬱陶しさすらあるとですよ…

  7. 名無し のコメント:

    ハリポタ風に言ったら、「名前を言ってはいけないあの場所」w
    地名であって国名ではないので賛成しかねます。
    支那で、共産党が中華人民共和国だと自称している国があるってだけ。国と地名の区別をつけましょう。
    中国と呼べってのは、戦前からある国だと騙そうとしてるからでしか無い。
    あれを、国と認識しないのであれば、支那に共産党という暴力団のシマがあるだけなのですから、共産党、もしくは支那共産党ではないでしょうか。

  8. ロード のコメント:

    自国民を轢き殺す中共。
    その侵略に立ち向かった地方議員の志士ですが、
    同じ日本人であるはずなのに、「国防上問題ない」とか「手続きは問題ない」とか
    「副市長(現在副知事に大抜擢)が勝手にやったささいなこと」とか、反旗を翻す輩がいますね。
    まずはこいつらを包囲殲滅しなければ、戦はできません。

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