【維新の蛮行】差し向かう心は清き水鏡。新選組の生き様【刺し違えるという覚悟】


 

 

私は、まずもって「明治維新」を全否定する立場ではないことは明言しておく。
幕府体制は限界を迎えていたことは事実であろうし、世界と渡り合えるだけの国家体制をひくことは必要ではあったという考えに同意するからだ。
ここで旧体制を維持し続けることは、まさに亡国の道であったろう。

その上で、新政府軍とされる、軍とも言えぬ輩を評価する気はない。
上記の、「国家体制としての変革が必要だった」という部分に同意しつつも、これが【軍事的なクーデター】の側面があることを否定できないからだ。しかも、皇室を政治利用し、日本国民を虐殺した事件であるとさえ考えている。

【江戸城の無血開城】と称賛する者もいるが、あれはテロの結果のように感じるのは私だけか?江戸に放火するとか、民間人である町民に被害を与えると「脅迫」しての交渉である。実際に、火付け・略奪・凌辱を組織的に行った。これも史実だ。

今の世に例えれば、東京において無差別テロを予告するようなもの。
ただし、現在のルールを全て適用することが正しいとは思っていないので、だから駄目だとは言わない。ただ、「民間人に被害を与え、首都で騒乱を起こす」という、まさにテロリスト的な行為であり、それに対し政権が屈したという構図は否定できないという点を指摘したい。
だから「無血開城は素晴らしい」と手放しに賞賛する気になれないのだ。

反論として、それでも時代情勢から言えば、これが快挙という意見もあるだろう。
その声にも私は同意するものではある。同意はするが、賞賛はできない。
民間人に被害を与え、テロをもって政権を屈服させる行為は、賞賛に値する行為ではないからだ。流されなかった血があることが評価されることと、これは両立する。

さて、では幕府軍が完璧だったかと言えば、それも事実ではない。
壊走する佐幕派においても略奪行為はあった。武器弾薬も枯渇していたろうし、水・食料だって不足する。そもそも、自分たちが幕府方であるという慢心から、強圧的に振る舞ったこともあるのだろう。

だが、【新政府軍と称される悪質な集団】への批判を、私はしっかりと行っておきたい。新型の武器を多く用意できたがゆえの勝利、その側面はあったと思う。詳しく話せば様々な要因はあろうけれども、武器の絶対数は「維新という軍事クーデーター」に大きな影響を与えた。

また、その武器は、我が国を内戦状態に陥れ、国力を低下させる目的の「他国の支援」を活用したことも事実で、【維新が売国奴】という点は、指摘してよいと考えている。
同じく、佐幕派が崩れて行く中で、我が国の領土割譲を条件に、まさに国を売る行為をなそうとしたことも、触れておきたい。

維新という言葉への批判。
私が主として論じたいのは、「民間人に武器を供与した場合」の、国民への被害である。
とくに軍規が厳しいわけでもなく、突然、武力を手にした者がどのような蛮行を犯すのか。
新政府軍として戦った者の、一般兵に関して特段の調査を行ったわけではないが、中には「居所が定まらず、定職についていない者」も含まれていたことと思う。というよりも、その比率は決して低くはなかったように思う。

私が、新政府「軍」であるとか、維新「軍」という言葉に違和感を覚えるのは、あれは軍と呼べるものではないからだ。これらの者が、生死もわからぬ中、前線に身を置き、女性とも接しえない状態で「武器をもって」、会津に攻め入ったとき、何が起きたのか。
悲劇は、白虎隊だけではない。

「維新」という言葉には、日本人同士が血を流した、内戦の意味が含まれる。
国家体制としての変革が求められたことに同意しつつも、だからと言って「良い言葉」と考えるのは、私は賛同できない。
さらに特筆すべきこととして、その被害が民間人に及んでいる点だ。軍と軍による戦争であれば、(基本的には)被害は軍人に限定されているはずであるが、維新はそうではない。
事実、江戸城の開場においても、民間人に害をなしており、それは組織的になされたことであり、かつ交渉カードとして用いている。軍と、テロを同一に扱うことは、私にはできない。

維新が通ったあと、
そこで起きたのは、虐殺だ。そして物取り、凌辱。

 

 

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以下は、ある本へのレビューBlog。
下記のBlogが全て正解かは、私は歴史学者ではないので確信は持てない。
だが、それなりにフラットな書き方だとは思うし、類似の文献や意見は多数ある。

 

会津藩VS長州藩 なぜ“怨念”が消えないのか

 

なぜ会津人が長州藩を嫌いかというと、会津戊辰戦争敗戦処理による。戦死者の埋葬を禁じたり会津出身者を職に就かせなかったりした。
 ところが、近年の調査ではこの会津戊辰戦争で非道の限りを尽くしたのは、実は薩摩でも長州でもない。長州藩に至っては、そもそも北越戦争に戸惑って会津攻めに間に合っていない。日本人として恥ずかしい行為をしたのは途中から薩長軍に加わった便乗藩。福井、尾張、淀、黒羽、大垣。福井藩は松平春嶽により会津藩主松平容保に京都守護職を押し付けたし、尾張藩主は松平容保の実兄である。そんな各藩は会津を攻め、捕えた男性は惨殺、女性は強姦の上惨殺。中には70歳を過ぎた老婆を集団強姦した上に串刺しにして川に捨てた。主に大垣藩:黒羽藩。
会津女子が籠城戦の前に自刃したのはこのような事態になる前に自ら命を絶ったにすぎない。

武家屋敷に押し入ってはその家の宝物を取店で売っていた。会津降伏後、街中のマーケットでは自分の家の歴代の家宝が二束三文で売られていたのを連行されている会津藩士は見ている。そして強姦され家の周りで打ち捨てられている妻や娘の姿を見ながら連行された。
これを許可し、さらに埋葬を禁じた長州藩に対して恨みを持つのは当然の事ではありますが、平然それに加わっていた大垣藩:黒羽藩に対しては今でも許し難い。

(後略)

 

 

 

また、私はかつて東北でサラリーマンをしていた時代があり、
上記を裏付けるような話は、少なくとも空気としてはあった。
それが史実によるものなのかはさておき、確かに伝承として民間にもあることは事実として述べておきたい。

 

半年以上も、遺体の埋葬を許さなかったというのは、よく語られるエピソードである。
自身の近所の方が、亡骸となって、その遺体が腐乱していく中で生活するというのが、どれほど残酷なことだろうか。

これについては、実は一部については埋葬を許していたという資料も、2017年に出てきたそうで、一概に言えるわけではない。

 

 

 

幕府軍について、礼賛する投稿ではない。
実際、壊走していく幕府側も、かなり酷いことをやっているわけだ。

だから、どちらが良いというものではない。

私が述べたいのは、維新という言葉に、何が含まれているかという、その部分。
まずもって「国内の内戦」であり、日本人同士が殺し合ってしまったという部分。
そして、被害は、軍人(つまり侍)だけではなく、民間人にも及んだという点。

国家体制の変革と言う意味では、必要だったという意見に同意するものの、
維新の実態は、政治家としては「汚点」と述べるべき部分も、ある。
それが私の答えだ。

 

無論、どちら陣営においても、必死に国家のことを考えた者はいただろう。

ただ、坂本龍馬などは、後世の脚色が強すぎて、実際に英雄だったかは疑わしいと思っている。史実の部分を紐解いても、国際法を駆使した「保険金詐欺」みたいのでなりあがっているわけで、その部分も含め私は英雄視できない。

 

さて、両陣営に素晴らしい者がいたことに触れた上で、新選組について述べたい。
私とは立場の異なる国会議員が、新撰組を党名に入れたことが悔しくてならないことを付記しつつ、私なりの新撰組への思いを書く。

彼らは、決して「所謂おりこうさん」ではなかったと思う。
今でいうところのヤンキーとか番長みたいな存在であったのではないか、と思う。腕っぷしは強いが、それだけ、という扱い。そして、腕っぷしの強さは評価されない時代であった(江戸幕府の時代)はずだった。

そんな自分たちが、なんと侍になれた。
嬉しくてたまらなかっただろう。

高学歴というわけでもないが、地方公務員に採用された、的な。
実際にはもっと重たい覚悟があったと思うけれど、彼らの不屈の忠誠心とはここにあるように思う。
というのは、元々は士族ではなかったわけで、歴代に渡って家として江戸幕府に世話になっていた者とは立場が違うからだ。

真剣に国家を憂い、燃える思いがあったけれども、
ここまで戦い抜くだけの、ある意味では、「謎の忠誠心」みたいなものが、新撰組の魅力だと思う。
何世代にもわたって江戸幕府にお世話になったわけではない。たった何年かだけ、である。

そこに誇りがあるのであれば、それは侍として生きることが許されたという、そこにあるのではないか、と。

 

土方歳三、辞世の句

天保6年5月5日(1835年)
武蔵国多摩郡石田村(現在の東京都日野市石田)の農家土方隼人と恵津の間に生まれる。父は歳三が生まれる3ヶ月前に結核で亡くなっており、母も歳三が6歳のとき同じく結核で亡くなっている。

(中略)

 

「よしや身は蝦夷の島辺に朽ちぬとも魂は東(あずま)の君やまもらむ」
また、
「たとえ身は蝦夷の島辺に朽ちぬとも魂は東(あずま)の君やまもらん」
さらに、
「鉾(ほこ)とりて月見るごとにおもふ哉(かな)あすはかばねの上に照かと」
が土方歳三の辞世の句とされる。

 

 

鉾とりて、という句には、思う部分がある。
似た心境で議会に臨んだことが私にもあるからだ。

私は、ある意味では雑兵。
雑兵は言い過ぎかも知れないが、政治的にはいつ抹殺されても仕方ないと思っている。
それだけリスクのある案件を抱えている、ということだ。
戦艦や巡洋艦は、基本的には沈めない運用を心がけるが、駆逐艦などの動きはそうではない。

国会議員や県議ではできない、つまり政治的なリスクを伴う(左派から攻撃対象になるであろう)案件を取り上げることが、ある意味では宿命づけられている。
その上で、私が市議をひかないのは、誰か別の者に、リスクのある政策を託すことが嫌だからだ。自らが安全地帯に退き、穏便な言葉使いにし、安全運転を心がけるだけの偉い人にはなりたくない。

”あすはかばねの上に照かと”という部分は、なんとなく思うことがある。

 

その上で、下記の句を紹介しておきたい。
本投稿のタイトルに用いたもの。

「差し向かう心は清き水鏡」

 

解説は色々あるけれども、新撰組の隊士同士で語り合うときの心境、という説のようだ。
それらの解説は私はよくわからないのだけれど、綺麗な言葉だなと思いました。

隠しても仕方ないので正直に書くと、この句を実際に知ったのは動画サイトでの歌です。
そして、この歌があまりに綺麗なため、とても好きになったのです。

 

Hijikata Toshizō themed song 『心は清き水かがみ』

 

 

歌の中にもネタバレが入っておりますが、鬼百合という表現が誰を示しているかも触れて聴くと、ちょっと涙が出そうになる。

孤立した友軍のため、それでも身体を張る、
それが死地であるとわかっていても、身を投じた理由は何か。

自らの、本来の指揮官(先輩)であれば、どう判断したか、
「あの人ならどうしたかな」って思って、だから行ったんだみたいなストーリー。
ちなみに、私の(政治だけではないけれど)、お師匠さんというか先輩は、亡くなっています。

私も時々、思う、
「あの人(先輩)だったら、どう判断するかな」って。

いくつか覚えているエピソードがあって、いっつもフォローしてもらってて
「どうすれば先輩に恩が返せるか?」って話をしたところ、結構、怒られた。
「俺(私から見て先輩)に、おまえが恩を返せるわけはないだろう?」「俺も努力を続けるわけで、俺が失脚したときだけだ」と。
「目上の人間には、恩なんて返さなくていいんだ。上の者であるという誇りにおいて、後輩とか年下には、一方的に尽くすのが先輩の仕事だ。」みたいな。

で、
「どうしても返したくなったならば、次の世代に、おまえも俺と同じように返せ」と。
「同じ人に返すものではなくて、次の者に尽くしていくのが俺らの流儀」みたいな。
そんな人でした。

 

勝手に、新撰組になぞらえて聴いていました。

維新勢力は、国家のお家騒動に天皇陛下を巻き込み、官軍を名乗りました。
そして佐幕派には「賊軍」と宣伝を行い、それもあってでしょう、この国内内戦で戦死した兵は、靖国神社に祀られていません。

私は、それが、私の恩人を愚弄する行為に思えてならなかったのです。
この部分は、極めて私的なエピソード。

言うほど新撰組に詳しいわけでもありませんが、勝手に先輩に投影していただけ、です。

 

かつて、磐梯山の近くで働いておりました。

「ならぬことは、ならぬのです」ではありませんが、私は九州人の血だけではなく、東北の思いも含め、”賊軍”とされた悲しみも知る政治家です。

 

維新が、国家として必要なものであったことは同意いたします。

けれど、それを政党名に冠するセンスは、ひどく疑問なのです。

東北の者はどう思うのか、と。
(個人的には、新撰組ファンは、どう思うのか、という点も。)

 

私も、五稜郭まで戦い抜く覚悟。

「たとえ身は蝦夷の島辺に朽ちぬとも魂は東(あずま)の君やまもらん」
「鉾(ほこ)とりて月見るごとにおもふ哉(かな)あすはかばねの上に照かと」

このような句を読む日が来ようとも、私は戦い続けるように思います。
”刺し違えてでも”という気概は、関西では珍しいようだし、”妖しい”とか”怖い”みたいな印象もあるらしい。
大阪には大阪の政治家特有のノリもあるだろうけれど、刺し違える覚悟でやるというのは、九州では一定の理解は得られるもの。

県外と刃を斬り結ぶこと、
そちらのルールなんて知らない、
私には私のルールがある。

 

佐幕派をきどるつもりはない。反維新という意味で述べたBlogでもない。
新撰組は、それでも抜刀した。

「維新」っていう単語を、良いものとして扱ってきた風潮自体が嫌だった。

我慢してたのに、いっつもポカポカやられる。
私が抜いたとして、それは(私にとっては)普通のことだと思っています。

差し向かう心は清き水鏡。
全ての政治家が弱腰だとは、思わないほうがいい。

新撰組が持っていたのは、滅びの美学として語られるものではない。
刺し違える覚悟。

 

 

 

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10 Responses to 【維新の蛮行】差し向かう心は清き水鏡。新選組の生き様【刺し違えるという覚悟】

  1. azumaebisu のコメント:

     必要が有ったのは認めるが、両手を挙げて賛同する気になれない…非常な心理的抵抗を感ずる。

     良く分かります。でも、そういう時『如何すれば良いか分からなかった。』私は口を黙ました…
    そういう自分が嫌で、『じゃあ如何するのか?』を未だに考え続けています。

  2. BLACK のコメント:

    私個人は、「維新」とは小坪氏も指摘しておられますように
    「武力革命」「クーデター」であり、「権力の奪取」「利権の奪取」であったと思っています。

    ①橋下氏は何故あのように感情的な言い方をするのか。
    ②何故政党「維新の会」は「維新」と名付けたのか。
    様々な見方・解釈があると思いますが
    私は、①にも②にも全て意味があると思っています。
    維新の志士のファンの方々には誠に不本意で不愉快な政党名であると思いますが
    非常に正直な、野心丸出しの政党名だと私は思っています。

    「騙された」といつの日か有権者から抗議されることがあったとしたら
    「ちゃんと名乗っていましたよ」と正々堂々(?)と胸を張れる(?)政党名だと私は思っています。

    「外国勢力を使って権力と利権を奪取」
    日本人としては非常に嫌な共通点だと思います。
    「外国勢力」ですが、官軍の中には日本語が話せ・・・・・以下自粛。
    キツイ言い方をしますと、日本人同士としての在り方や戦い方が通じないのだと思います。
    それが維新側と幕軍の戦い、戊辰戦争であったと私は思っています。

    「東北の人はどう思うのか」との小坪氏の疑問ですが
    私は、関西の方々は「維新」と言う言葉や、政党名にどう思うのかも知りたいです。
    京都が維新の志士たちに好意的であったように、関西は「維新」と言う言葉の印象は良いのでしょうか。
    もしかしたら京都・大阪にとっては、「維新」と言う言葉には良い響きや、良い含みがあるのでしょうか。

    「東北の人はどう思うのか」との小坪氏の疑問ですが
    根っからの江戸っ子は「維新」と言う言葉や、政党名にどう思うのかも知りたいです。
    江戸(東京)は官軍のテロの標的になった都市です。
    そう思うと「大阪都構想」と言うのもきな臭い言葉に感じられます。

    昨年の大河ドラマの中でもありましたが
    京都・大阪市街戦や江戸(東京)総攻撃を
    将軍慶喜は、自分が逃げることで、敵前逃亡することで徹底的に避けました。
    その結果、京都も大阪も江戸(東京)も、その街も市民も護られましたが

    今後の世界は、明治維新と同じようには行かない、と私は思っています。
    今後の世界は、譲ったら負け、逃げたら負け、ではないかと私は思っています。
    それは、現在、ロシアと中共が実例を見せています。
    相手は「譲れ」と「逃げろ」と「戦うな」と言うでしょう。←すでに言っています。
    現在の日本にも徹底抗戦の新選組が必要です。

    新選組は江戸と多摩の出身者の幹部が多いですが
    隊士は日本全国から。出身も武士・浪人・商人・農民と様々です。
    まるで地方議員の先生たちのようでもあります。

    政党名「令和新選組」についてですが
    私は非常に不愉快に思っています。
    政党「維新の会」が正直に野望も政党名に冠しているのと違い
    「令和新選組」は政党名が本性と逆転しています。
    新選組は対テロ組織です。現代で言えば警察の特殊部隊です。
    こんな、嘘、こんな逆転、こんな名乗りは私は許容することは出来ません。
    もしかしたらの可能性ですが、党首さんは新選組の立場を誤解しておられるのかも知れません。
    私はそう思っています。

    以上 文責 BLACK

  3. あき のコメント:

    私は、子供の頃から維新側は嫌いですね、天誅とかあの変な音楽とか錦の御旗wwwとか言う特に大嫌いです。  個人で色々有るでしょうね。  しかし、れいわや維新の会wwと言った連中がこの言葉を穢していると個人的に物凄く不快です、余計に腹が立つ・本当に汚らわしい。
    当たり前です、幕府はもう疲弊し制度疲労とか起こしていたし無理だったでしょうが、慶喜が敵前逃亡せずに!戦うか戦う覚悟で談判して貰いたかった。  
    新撰組、武蔵の国は幕府直轄地でその誇り等強かったと聞きます、その二人が夢を持って、誇りを持って幕府の為自分の為に戦ったと、過剰に美化する事も無いしこき下ろす事も無い、私は新撰組が好きです、60年代ドラマの新撰組血風禄が一番好きです。  最近のアニメ等は・・・余り、好きじゃ無い。  日本はもっときちんと国家観を元に日本の歴史教育する事、特に近世・必須。

    兎に角今の現状を改善して行かない事には、始まりませんw特に、自民創価公明政権の日本人弾圧政策、国家破壊政策を止めさせる事が一番大事、そして、維新や他自治体もこの自民党の長年の日本人弾圧思想に伴う外国人最優遇思想に染まっており、異常な条例等やっているので止めさせるようにしなければいけない。 まず、親玉w大元を絶つ事が大事!わざと招いている様な円安に、スタグフレーション放置!他、敵性国人の帰化(直ぐにw議員に出れるとか!改正すべきです!)、支那はじめ外国人への国土売り放置、大規模太陽光他役に立たない再エネwゴリ押し失策で電気不足!原発も稼働させず?わざとやっているとしか思えない。  冷静に自民党創価公明がやってきた事、やっている事を見るべき。  
    日本第一党は、NHKの露骨な選挙妨害他各方面の反日拝金売国と闘っています、私は支持します。

    • BLACK のコメント:

      あき様

      司馬遼太郎×結束信二 ですね。
      『新撰組血風録』と『燃えよ剣』は、私の中高時代のバイブルでした。

  4. モンク のコメント:

    グラバー邸で有名なトーマス・グラバーは武器商人でした、使い走り坂本龍馬を正確に実態を調べた歴史が有りませんが。アングロサクソン国家(英国)に潜り込み、乗っ取った感の有るユダヤ系金融商人は植民地帝国主義を日本にも伸ばしていました。宣教師達が日本人奴隷貿易を行っていた事実は最近ようやく知られて来ましたが?。エリザベス女王の結婚相手の選定時には貴族社会で酷い暗闘が有りました。故 フイリップ王子は元ギリシアの皇太子で 租祖母にはユダヤ系の血が入っています。
    ウクライナ問題では、米国、英国が主導していますが英国ののめり込み具合は異常です。
    表向きは 米国の認識能力に異常が見られる痴呆症のバイデンは丁度良い神輿なのです。
    陰謀論ですよ。

  5. あき のコメント:

    母方が京都で、当時の話少しだけ子供頃聞きました、乱闘後に見に行って血だらけで指が落ちている事も、壁?に血とか髪の毛とかくっ付いていたとか。  一般の人でしたから治安が荒れているのが、ただ嫌だったみたいですね、壬生は乱暴だ!と言ってたかな、京都の人にしてみれば大藩と
    治安維持の集団とは言え浪士等の集まりでしたし、しかし、治安が荒れ内乱状態だったと言っても同じ日本人同士・・・今度は外国人です、移民政策を安倍自民創価政権下でやってしまいましたから!しかも敵性国人やムスリムなど無秩序に入れて、この経済禍で(これも政府の失政ですが)w日本人より外国人に率先して金を出したり呆れます。 自民創価~他(日本第一党以外)は、外国人最優遇の方向性です、今の日本人の困窮、経済禍等を改革改善する気は無く、外国人には起業支援等やってます・小泉、竹中がやった格差社会ww貧富の差・進んでこれが外国人との間で起きたら(もう起きていると思いますが)本当に治安が悪化、今の自公他既存勢力下ではまともに外国人を罰する事他期待できません(特に支那朝鮮ねwww今迄からそうでしょ!)、一部受益者等はそれで儲けてヘラヘラしてるんでしょうけどw・大多数の人は本当に考えないと駄目です。
    テレビで今迄見て、お可哀想にwwwとか言ってたのが自分達がなるんですよ?!

  6. 櫻盛居士 のコメント:

    **********************************************************************
    共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
    ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。

     ・『テロを利用する共産党』
     ・『テロリストの味方である共産党』
     ・『テロに屈する共産党』

    **********************************************************************
     
     
    維新と言えば・・・。

    鈴木宗男氏、ウクライナ側に「物価高で世界中が悲鳴を上げていることを考えるべき」「勇気ある決断を」
    https://news.yahoo.co.jp/articles/42f797f045bc47eeda416e046c33cfaab72fb9cd

    「ゼレンスキー大統領は『武器を供与してくれ、少ない』と訴えている。欧米諸国は協力する姿勢を示しているが、それでは戦争が長引き、犠牲者が増えるだけではないか」
    「自前で戦えないのなら潔く関係諸国に停戦の仲立ちをお願いするのが賢明な判断と思うのだが」
    「名誉ある撤退は『人の命を守る』上で、極めて大事なことである。また、物価高で世界中が悲鳴を上げていることを考えるべきだ」
    「『ウクライナは負けない』と強弁してきたが、国力からしてロシアと1対1の戦いでは、その差は明らかである。ここはゼレンスキー大統領の勇気ある決断を願ってやまない」

    日本維新の会の鈴木宗男参院議員は、かなりイカれた事を曰われて居る様ですね。
    性犯罪者に襲われつつも必至に抵抗する女性に対しても、「勇気ある決断を」とか言って性犯罪者に身を委ねろとでも言い放つのでしょうか?

    丸山穂高氏のロシアに対する発言の時も、維新はかなり異常な対応をとってましたね。

    維新の元来の意味は改め新たにする事で、和訓では「これあらた」と読んだりします。
    日本書紀や支那古典にも登場する言葉で、その歴史はかなりのものがあります。
    「維新≒明治維新」と成ったのは、たかだかここ150~160年程の事で、それ故に維新と言う言葉の印象は人其々でしょう。

    とは言え、鈴木宗男参院議員の発言を聞くと、維新と言う言葉の印象は頗る悪く成る事でしょう。
    維新の会絡みでは、その他にも色々ありますから、維新アレルギーの人も居られる事と思います。

    どんどんと印象の悪く成る”維新”と言う言葉には、ある意味で同情してしまいそうです。
    本来の意味で用いる場合は、古い表記である「惟新」に戻した方が良いのかも知れませんね。

    • 波那 のコメント:

      ウクライナ人が降参すると言ってないのに安全な所に居て他国のオッチャンが降参しろとか何を言ってるんですかね。大事なのは国を守り領土を守って子孫に託すことでしょう。降参したら忽ちの内に領土は略奪され粛清が始まり傀儡国家にされてしまうのは分かりきってるのに、奴隷の平和を選べと言いたいのでしょうか。ロシア人が寛容だったことなんか、あった試しが一切ないと言うのに。ロシアが日本に侵攻してきたら、頭撫で撫でしてもらいに飛んで行くんでしょうね。日本が最も弱りきった所に不可侵条約を破って侵攻してきたソ連の仕業を、ウクライナの惨状を見て日本人は忘れないでいることですね。防衛費を五年で2%にするとか頭お昼寝してるんでしょうか、あの人。ほんと不安です。

  7. I様(実名と思われるため管理権にて編集) のコメント:

    いつも拝見しておりますが、初めてコメント致します。
    埋葬を禁じたという事実は存在せず、
    供養が憚られたというのが事実のようです。
    遺体を放置すれば疫病が発生しますので、
    とりあえず埋葬はせねばなりません。
    ただしこれを弔う行為をするのを憚られる雰囲気であったのは事実。
    勿論弔うなという命令があったわけでもありませんが、
    弔う事で彼らを支持してると思われる可能性もありましたので、
    憚られたという表現が適切でしょう。

    ここ数年、安倍元総理の地元という事で、
    安倍→山口県→長州藩→悪人というキャンペーンが、
    幕末維新の嘘やデマがサヨクの間で語られ続け、
    現在では完全に否定されている説を取り上げて、
    事実を湾曲してネット等で伝えられる始末。
    山口県民及び長州志士が誹謗中傷を受けています。

    願わくばどこか国のように政治的戦略の為に、
    歴史を捻じ曲げて欲しくはないですね。

  8. 名無しマックス のコメント:

    当時の「女性の平均年齢」て何歳でしょうか。
    その強姦云々の「部分だけ」嘘臭過ぎます。

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