【今日は何の日】中川昭一、急逝の報。あれから11年【黙祷】

ブログ

 

 

11年前の10月4日、中川昭一先生の急逝が報じられた。
11年、もう11年になるのだ。亡くなったのは平成21年10月3日のこと。
急報に接し、様々な立場の者が、それぞれの覚悟を抱いた。

あの日から、どれほどのことが起きたろう。
自民惨敗、民主党政権樹立。
迫りくる闇法案、建て直しを図るべく鼓舞するネット保守陣営に、急報として入った訃報。

私はあの日を忘れることができません。
一歩を踏み出す勇気を、心に宿した日のことを。

春が来て、夏になり、秋が訪れ、冬となり。
谷垣総裁の元、一丸となって戦った時代を経て、
何度目かの秋。
政権奪還の衆院選、安倍総理の誕生。参院選での、本当の政権奪還。
ネット保守と、政治家が最も身近であったろう、時代。

安倍政権が誕生、そして戦後最長の総理となる。
いま菅内閣がスタート、これからの日本はどうなっていくのか。

どうしても今日は、考えてしまう。
あの人が生きていてくれたなら、と。

中川さんに笑われないように、頑張ろう。
あの人が、天国で美味い酒を安心して呑めるように。

※注
タイトルにおいて、また記事中の一部においても中川昭一と敬称を略して表記しておりますが、これは「存在」としての中川先生を示した表記です。

 

 

泉南市議予定候補 添田しおり
(2連ポスターの候補)

本日、泉南市議予定候補 添田しおり氏の事務所開きに参加させて頂きました。
自由民主党大阪府連第19支部長 谷川とむ先生はじめ、貝塚市議の田中がく先生とともに挨拶させて頂きました。立派な事務所開きでした。

事務所は新家駅より徒歩1分ほど。(走れば30秒ちょっと?)
本来であれば事務所開きの記事をアップするべきでありますが、この記事については本日はこの記事を掲載させて頂き、明日以降に添田候補の記事を掲載させて頂きます。

(添田しおり事務所)
〒590-0503
大阪府泉南市新家2965-3

私は明日の夕刻まで泉南市で活動いたします。興味のある方は事務所まで来て頂けると会えるかもしれません。
(かなりの頻度で街頭に立っていると思うので、どこかでお会いできれば幸い。)
ちなみに新家駅から降りると、私の二連ポスターが大量にあります。

 

 

 

↓読み進む前に、クリック支援お願いします。↓
↓FBのイイネ・ツイート等もお願いします。↓

バナーが表示されない方は、こちらをクリック願いします。(同じものです。)

 

 

(OGP画像)

 

 

 

 

[su_heading size=”30″]平成21年10月3日[/su_heading]
中川先生が亡くなった。
発表は明けてのことだったろう、報道は4日のことであった。

あの時代がどのような時代であったか。
いまから平成21年(2009年)、11年前のことである。

もう11年、なのか。
たった11年なのか。

僅か数年前のことと言うこともできるし、遥か昔のことのようにも思う。

 

[su_box title=”ダボス会議と酒飲み会見” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
日本を救う、世界を救う。
経済に主軸をおき、リーマンショックから回復基調を見せた麻生政権。
真骨頂たるあのダボス会議において、
世界中から賞賛されたダボス会議だが、
日本国内において「のみ」、徹底的に叩かれた。

私の記憶になるが、会議終了後の会見であり、
しかも会見前に「うまく行って良かったですね」と酒を飲ませたのは、読売新聞の女性記者であったと思う。
(コメント欄でのご指摘ありがとうございます。)

その名は越前谷知子。
[/su_box]

 

[su_box title=”中川昭一、落選。” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
現職の閣僚が落選。
比例復活もならず失職。

民主党に拠る「政権交代の象徴」かのように、その落選は徹底的になじられた。
偏向報道どころではなく、実際には捏造もあった。(バチカンの証言など)
落選してまで、現職を退いてのちもなじられ続け、その名は徹底的に汚され続けた。
[/su_box]

 

[su_box title=”落選の報” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
耳を塞ぐばかりの、落選の報。

木原みのる、落選。
赤池まさあき、落選。
中山なりあき、落選。
西川きょうこ、落選。
臼井しょういち、落選。

総裁であった、麻生総理をなじり続けるテレビ。
笑顔であった麻生さんの、あのような顔は初めて見た。
あのような顔をさせてしまったのだ、私たちは。
[/su_box]

 

[su_box title=”政権交代” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
報道の圧倒的な戦力の前に、保守勢力は敗退。
自民党は惨敗し、麻生政権は潰えた。
9月16日、民主党による鳩山内閣誕生。

悪夢の時代の、始まり。
[/su_box]

 

[su_box title=”一歩、前に。” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
ネットのみの活動から、一歩前に。
一部のネットユーザーは、手探りで麻生選挙を支援。
党本部もこれに答え、ギャンブルパンフなどが作成された。

リアルのノウハウを持たぬネット支援者たちと現実の事務所は、各所で不幸な衝突も見せた。
両者が手探りの中、連携を模索した時代。

その報は、もたらされた。
保守の希望の星、中川昭一の急逝。
誰もが言葉を失った。
[/su_box]

 

[su_box title=”10月4日、訃報” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
このタイミングでの訃報であった。
ネット保守、指揮官級すらも言葉を失い、陣営を鼓舞するどころではなくなった。

民主党政権の成立を受け、折れ切っていたと思った心は、
完全にバラバラになった。
[/su_box]

 

[su_box title=”崩壊するネット保守” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
「麻生政権を守ろう!」
民主党への危機感から、ネット上でも「リアル活動の重要性」が盛んに議論されていた。
ポスティング等のリアル活動が提唱され、小さな一歩を踏み出したばかりのネット。

よちよち歩き、やっと政治を学び始めたばかりのネット保守派は、意気消沈。
組織化もままならず、崩壊するやに思えた。
web空間では、夢も希望もないとの嘆きが溢れかえった。

あの時、現場指揮官らは、覚悟をもってそれぞれの戦線を維持。
崩壊しそうな戦線を、「足並みを崩すな」「戦おう」と、自分自身も泣きたい気持ちを抑え、周囲を鼓舞していった指揮官たちの姿がそこには在った。
名もなき者の、身を捨てた戦い。
私も小さな戦線を支える一人であった。
[/su_box]

 

 

 

[su_heading size=”30″]2009年、政治とネットとメディアと。[/su_heading]

平成21年を、多角的に振り返る。

 

[su_box title=”偏向報道の年” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
カップラーメンの値段、漢字クイズ。
いま思えば凄まじくどうでもいい話で「いつ解散ですか?」とメディはがなりたてた。

ネットがある程度の監視機能を有する「11年後のいま」とは異なり、
あの年は、偏向報道が最も激しい年であったようにも思う。
[/su_box]

 

[su_box title=”メディアが政治を倒した年” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
構図はこうだ。
メディアによる攻勢により(敢えて言わせて頂くが)「民度の低い層」を徹底的に狙い、支持率から見て「勝てる算段」をつけた上での「解散風」のように感じた。

その武器として「現金あげますよ」という子ども手当は有効な手段であった。
私が「民度の低い層」と、政治家にあるまじき発言をさせて頂いたのは、ここに起因する。

政治は、メディアに敗北した。[/su_box]

国の予算規模は膨大ゆえ、なんでもできそうな気はする。
だが、もともとは皆さまが納税したものであり、過大なサービスを提供すれば税金があがる。毎日、コーヒー1杯を節約すれば、数千万円もするスーパーカーがもらえるみたいな話。

考えればわかりそうなことを、身勝手な大人たちは無責任に信じ、
当時、選挙権もなかった10代の子供たちの未来を叩き潰した。
あの時の大人たちは、皆、次の世代への加害者だ。

確かに「メディアに騙された」被害者でもある。
だが、最終的には、投票の合算で決していることは事実であり、加害者となっている「罪」をなかったことにはできはしない。

私たちは、ネットを含め、必死に戦った。
だが、勝つことができなかった。
敗北したという意味では、私も次の世代への責任はある。

 

[su_box title=”メディアの罪が問われなかった年” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
解散権は、首相の専決事項である。
あたかも「明日、解散」「すぐ解散」と報道したことの「罪」は、問われたのだろうか。

就任直後より連日解散と言われ続け、結果として、それらの報道はすべてが誤報であったのだ。
あの罪は、ネット不在の中、誰からも責められることはない1年であった。
[/su_box]

 

[su_box title=”ネットの敗北” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
リアルとの接点をうまく見出せぬまま、
ネット上の支持層と政治は、スムーズな連携を取れたとは言い難い。

連携不足もあっての、ネットが敗北した年とも言える。
リアルでの動き方がわからずノウハウ不足による部分も大きかった。

例えば選挙の支援方法、リアルでの動き方がわからない等。
頭数は相当に揃えども、指揮官をもたず組織化されていないというネットの特性が、逆に弱点となった側面もある。
[/su_box]

 

希望。
小さな萌芽。

 

[su_box title=”手探りが始まった年” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
メディアの力の前に、屈した。
政権交代は、起きてしまった。

対民主党政権、対闇法案。
組織化の必要性が叫ばれ、リアルとの連携が模索されていた。
これは自民党側においても、またネットにおいても同様であった。

両者のすれ違いは続き、求めあう手が握りあうことは難しかった。
ネットと政治が、実務的に交わり始めた年であった。
[/su_box]

 

[su_box title=”自民党の内紛の年” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
麻生さんも辛かったと思う。
「漢字が読めないから落選させられた」「中川が酒飲みだから落選させられた」
落選してしまった議員自らが言ったわけではないが、支持者からは怨嗟の声。
無論、中川先生への批判も。

本来は責任を問われる必要のない者たちが、敗北の責任を問われ続ける恰好となった。
中川先生自身、恐らくは散った同僚議員たちへの贖罪の意識に悩んだのではないか。

特に選挙前においてだが、自民党の内紛が報じられた年でもあった。
[/su_box]

 

[su_box title=”ネットの疲弊” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
瞬発力においては類を見ない強さをもつが、
継続性については弱さも見せるネット。

継続しての行動、国籍法からダボス会議、続く麻生選挙。
疲弊しきっていた。

私生活もあり、その上で「ちょっとネットも」という負荷ではなかった。
意外に思うかも知れないが、当時のネット空間は今とは相当に異なる。
議論の深化という意味では現在のほうが進んでいるかもしれないが、当時は「極めて実務的なこと」を行っていたチームが複数ある。

野党自民とネットは、各所で固く手を握りしめており、ネット発の国会法に基づく請願も複数が展開。実際に提出し、委員会付託まで持ち込んでいる。ロビー活動の実務面では、現在よりも遥かに進んだレベルであった。

ただし、参加人員としては(いまに比較して)少なく、
各個々人にかかる心理的負荷、肉体的な負荷は、膨大なものとなった。
倒れる者も続出した。

ただの一発の弾も、絶対に通せぬような事案ばかり。
様々なものを犠牲にし、多くの者が前に立った。
長く持つような、そのような体制ではなかった。
[/su_box]

 

[su_box title=”葛藤と苛立ち、小さな一歩。” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
自民の内紛をメディアはクローズアップ。
連携の必要性が、政治側・ネット側から模索される最中、
ネット保守層は、自民党支持者と一部において対立。

実際の政策上の実績を知るネットは、麻生・中川を高く評価。
ネットは、メディアの偏向を批判。
麻生・中川を(報じられぬため知らなかった)自民支持者と溝を深めて行く。
思えばこれすらも作戦であったのか。

疲弊しきった状態で見せられた自民党の内紛劇。
心を折るには充分であった。
葛藤、そして苛立ち。
多くの者が、去って行った。

しかし。
リアルとの乖離、ここにネット保守層が疑問と悩みを感じつつ
衝突しながらも距離を縮めはじめた年であった。
ネットとリアル、その始まりの年でもあった。
[/su_box]

 

私自身もその末端として、双方の橋渡しを模索した一人であった。
FBという実名SNSが登場する以前に、政治専用SNSを開設。
最盛期は年間20億PVを達成、自民党の支部長を公式アカウントとして迎えるまでに至った。
(webからDLする方式の、国会法に基づく請願はこの際に多用された手法)

かつて作成した請願と紹介議員一覧(備忘録)

 

[su_box title=”小さな芽” style=”noise” box_color=”#FF0000″]
一部の保守活動家は、これを機にリアルとの接点を模索し始めた。
結果としてweb上からは「前向きに」一時引退した者もいる。
リアルのロビイストとなっていったのだ。

私もその一人であるが、地方議員選挙を戦った者も多い。
このとき、小さな芽は育ち始めた。
[/su_box]

 

ネットとリアルの融合、双方が模索を始めた瞬間。
折れかけた心を必死の思いでつないでいた、あの日。
中川昭一というヒーローを失った。

無論、現実世界での評価は高い、
のみならず、ネットでは偶像化された、
すでに神格化とされたと言ってもいい英雄であった。

今後のこと、体制の再構築。
ぼろぼろの保守陣営を見るに、誰しもが言葉を失った。

そのような全体のことは、どうでもいいとすら思ってしまった。
ただ、何より悲しかった。
30歳を過ぎて、はじめて泣いた。

 

 

 

[su_heading size=”30″]失ったもの[/su_heading]

麻生選挙は、負けていない、とそれでも言いたい。
結果が全てであるが、実は負けたとばかりも言えないのだ。
それは安倍選挙が「勝った」とは言えない、深刻な状態を示すものでもある。

 

[su_box title=”喪失した経済政策” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
若者を思い、トリクルダウンとは真逆の舵をきったのが麻生内閣であった。
その経済政策は、財務大臣 中川昭一の手によるものであった。

麻生選挙は惨敗した。
結果、それらの政策的な方針は、国民の手により完全に葬られた。
中川昭一の死と共に。
[/su_box]

 

[su_box title=”新自由主義の台頭” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
同じ方針を、あれほどの結果を前に、再度、提示する賭けはできない。
結果、経団連に迎合したかのような政策に縛られることとなった。

今後の自民党政権は、(メディアの)スポンサーを、ある程度は喜ばせるような運営しかできないだろう。
長期政権を目指すことが国益と同一視できる以上、残念ながら構造上の問題となってしまっている。

中川昭一が不在であり、構造改革路線の総括ができぬまま今を迎えてしまったためだ。
[/su_box]

 

[su_box title=”麻生内閣の得票数” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
数字をこの場で調べる余力がないため、詳しくは調べて頂きたい。
恐ろしいことがわかるだろう。
麻生選挙は、負けたとも言えなかった。

一丸となった、リアル保守陣営・ネット保守層の献身的なまでの支援は、確かに数字に結び付いていた。
得票だけで言えば、最高とも言えるほどの得票を得ている。
安倍選挙の得票は、実は、比較すれば低い。

差は、野党が民主党に一本化されていたか、
もしくは少数野党に分断されていたかの差に過ぎない。

麻生内閣も、そして中川さんの経済政策も、数字として確かに支持されていた。
(年表にして数字にすると、実は保守も票を落とし続けていることに気付くと思う。)

政権奪還を含め、その後の衆院選は「野党がバラけていた」か否か、に過ぎない。
これが小選挙区のマジックである。
[/su_box]

 

[su_box title=”これからの日本” style=”glass” box_color=”#0000FF”]
安倍内閣の続投を支援します。
しかし、その軌跡は、一部において新自由主義の味がするのだろう。

安倍政権の長期化をもって、国内は安定するだろう。
産業なども活発化するだろう、しかし、その先はどうなのか。

あの時、私たちが麻生さんを守り切れなかったことによる「打撃」に対し、これで間に合うのだろうか。
野党自民を率いた、谷垣総裁も引退した。

当時は「種」に過ぎなかった私たちは、しっかりとした「芽」になれたろうか。
保守の政治家の後進は、果たして育っているのだろうか。

この判断は、私はいまだ持ちえない。
[/su_box]

 

どうしたらいいんだろう、
もういない方に問うのは間違っているのだろうが、どうしても今日は、中川さんのことを考えてしまう。

これからの日本を、どうしたらいいんだろう。
あの時、真夏の麻生選挙、私は必死に戦った。
皆も必死に戦った、だけど足りなかった。

あの時、あの時、もっと。
悔やんでも悔やみきれない。

 

 

一分もない動画だ、これで思い出すと信じる。

 

それとも思い出すのはこちらでしょうか?

 

 

続編、である。
激戦区に投入された、新米ネット保守、小さな戦線を支えた思い出話。
覚悟を決めたあの日、私たちの戦い。

 

政権奪還、参院選の勝利、安定政権へ。
美しい野党自民と共に戦線にあったことを、ただ誇りに思う。
祭りの後、私は引退を決意。
(のち私は復帰し、いまに至る。)

 

私たちが支えた野党自民、その指揮をとったのは谷垣総裁(当時)であった。
政権奪還が確実視される中、石原幹事長が後ろから撃つ。
政治の「当たり前」を見せられ、私は【与党自民に想像される変化】を知った。
引退の決意、その構図は、維新の志士が明治政府への合流を拒否、田舎に帰るようなものである。

 

 

 

 

あの日から11年。

日本は、どうなったのか。

「与党だから」という理由で、仕方のない話もある。

わかっている。

だけど、私の愛した野党自民は、もういないのだということを

政権奪還を果たした喜びとともに、寂しくも思う。

そしてあの訃報に接し、涙を流した友たちは、今日をどう過ごしていくのか。

覚えていますか、今日は、中川先生の急逝を知った日です。

日本のために身体を張った男を知り、

それぞれの立場で、様々な者が覚悟を決めた日です。

 

我が国の上空を何発ものミサイルが飛んでいる現在。
中川昭一が生きていたら、なんと言っただろう。

どうしても今日は、考えてしまう。
時期総理候補として、あの人が生きていてくれたなら。
盤石の、これからも続く自民を、もっと愛せただろうと・・・。

中川先生、貴方の最後の原稿、私が著作権(使用権)をお預かりしました。
当時、現職でもなかった私には、極めて重たいものでした。
中川先生、いまの日本を先生はどう見ておりますか?
私たち、若手はちゃんと仕事ができているでしょうか?

中川さんに笑われないように、頑張ろう。
あの人が、天国で美味い酒を安心して呑めるように。

 

静かに心の中で手をあわせ、
一歩を踏み出す勇気を心に宿す者は、
FBでのイイネ・シェア、Twitterでの拡散をお願いします。

 

 

 

一歩、前に出る勇気。
↓応援クリックお願いします。↓


バナーが表示されない方は、こちらをクリック願いします。(同じものです。)
【支援要請】戦うための、武器をください。

 

<重要>ブックマークをお願いします。
特にFacebookから閲覧してくださっている方にお願いなのですが、一週間の停止を受けました。
次は30日の停止と想定され、更新のお知らせが大きく滞る可能性があります。

【実例】Facebookでアカウント停止。これもアウトなの?【驚いたらシェア】

 

最後に。
Facebookのアカウントと、FBのファンページを紹介させてください。
記事を書くたび、こちらでも投下します。
FB個人アカウントは5000名の上限となってしまいました。実際の知人、議員の方のみの承認とさせて頂きます。
ファンページでコミュニケーションをとらせて頂けますと幸いです。

FB個人アカウント 小坪慎也
FBファンページ  行橋市議会議員 小坪慎也
Twitterアカウント  行橋市議会議員 小坪慎也

 



 

祝・書籍化!
[amazonjs asin=”4792605474″ locale=”JP” title=”行橋市議会議員 小坪しんや”]

コメント (頂いたご意見は、他SNSに比較し最優先で目を通しております。)

  1. パコリーヌ(髭) より:

    民度なのかもしれないが原因は自民党でしょうに

    ヒトラー小泉父と【奴隷商人竹中平蔵】らは国民を徹底的に痛めつた
    デフレを放置し派遣社員という奴隷を量産
    奴隷商人竹中平蔵らに社会的に抹殺された彼らはパチンコや酒に溺れ結果民度の低い人間になっていった

    同じ事を竹中平蔵とまたやろうとしているのがスガ一味率いる今の自民党だろうに
    消費税が2倍に膨れ上がった現在の方が酷いが

    ノスタルジーに浸るのはこの先に待つ地獄が近いせいかもね

  2. 60代主婦 より:

    中川さんの事、野党自民党だった時代の事……
    毎年ジーンとしながら、読ませて頂いています。

    民主政権の終わり頃、第二次安倍政権の始まる少し前に覚醒した私にとって、ずっと戦い続けて下さっていた方々に、感謝の想いを深くする日です。

  3. 波那 より:

    中川昭一先生は…失意の内に亡くなられましたからね。随分と御自分を責められながらの日々の内に逝かれましたから。それを思うとまだ胸が痛みます。あの頃はマスゴミの正体も知らなかったし、ネットもまだ一部の人達の間だけのツールでした。あそこまで追い込んだマスゴミと野党の汚らしい手口は忘れません。そして今も何も変わっていませんがネット人口が増えてるせいで、テレビ新聞が言ってる事を真に受けてしまう人は格段に減りました。

    政権交代前は毎日あ〜もう駄目だと暗雲立ち込める日々で、『狭き門より入れ、滅びに至る門は広く、また入る人も多い』と言う言葉を思いながら愕然としてた事を思い出します。また実際、日本は民主党に崖っぷちまで連れて行かれ、あとは落ちるだけの所まで来ていたのです。人は経験を通してしか学べないのは確かにそうですが、国としての経験としては余りにも失ってしまった物が大き過ぎます。いっぱい置土産して行きましたしね。後で知った事ですが政権交代した時の民主党には帰化議員が50人程も居ましたから。どっち向いていたかは言わずもがなですよね。

    中川昭一先生、しっかりと日本を見守っていて下さいね。お願いします。

  4. 草莽の団塊です! より:

    10月4日、中川昭一先生のご命日だったのですね!

    日がかわってしまいましたが・・・
    中川昭一先生のご冥福をあらためてお祈りもうしあげます!

  5. 櫻盛居士 より:

    **********************************************************************
    共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
    ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。

     ・『テロを利用する共産党』
     ・『テロリストの味方である共産党』
     ・『テロに屈する共産党』

    **********************************************************************
     
     
    歴史的に見れば、自民党はマスコミの使い方が下手であったとは言い切れ無かった様に思います。
    実は自民党一強が長く続いた時代は、何だかんだ言いつつもマスコミへの餌を上手に撒けて居たのです。
    尤も、マスコミはマスコミで本音と建前を使い分けて、上手に餌を引き出して居たのも大きな要因でもありました。

    故に、誰が政権を握っても同じとすら感じる位の停滞期、良い表現を用いるならば安定期を迎えました。
    支持の源泉が人心掌握から、金銭的な利益に移り変わった時代でした。
    そんな状況ですから、政治に興味を持って積極的に何らかの形で参加して居た人以外は、政治の事などチンプンカンプンな人が増えて行った様に考えて居ます。
    ドラマでも漫画でも政治家と言えば、料亭で密談し賄賂で動く存在として描かれ、そのイメージは予想以上に政治に無関心な人には強く刻まれました。
    政治家と有権者の距離が遠かった時代です。
    一方でインテリぶる為には”政治を分かってる風”を装う必要もあってか、「政権批判≒インテリ」みたいな感覚が多くの人に刷り込まれ、殆ど反抗期(思春期)の延長の様な感覚で、格好良い俺を演じる為の政権批判が流行し定着してしまいました。

    そもそもマスコミは権力を監視する機関では無く、単なる営利を追求する一般的な法人でしかありませんから、その勢いにここぞとばかりに乗っかった事は言うまでも無いでしょう。
    スイス政府民間防衛の随所に記されて居る状況に陥ったのは、こう言った背景もあった様に感じます。

    ネットとリアル保守の動きは本文中にある通りでしょうが、これも亦た当時は極一部の人達だけで共有されて居た情報によるものと言っても過言ではなかったでしょう。

    中川昭一先生の死や民主党政権成立と言った時代は、当に政治家と有権者との距離感の変革期の真っ最中に起こった出来事でした。

    以前の反日政党員と言えば、かなり理論武装を整えて居ましたし、人心掌握の為に有権者との距離を近くする様に行動して居ました。
    所が現在では有権者との距離が近く成り過ぎて、本音が透けて見える様になってしまいました。
    綺麗事を並び立てても、実際には悉く有権者の意向を無視して居る事が伝わってしまったのです。

    一方で自民党も有権者との距離を縮めるべく努力し、それはほぼ良い実績には結びついて居る様に感じます。
    とは言っても、相対的に反日政党員の悪辣さが目立つので、自民党が大した事はしなくても、何だか良く見えてしまうと言った要素がかなり高い為、かなり運による部分が大きい事を否定出来ませんが。

    政治の世界では一般的に公表すると大きな害となる情報が、かなりある業種でしょう。
    つまり公表せずとも、「一見、今は損をさせる様に見えるけどこれは伏線で、その先で大きく取返すからな」っと有権者に理解して貰うには、更なる信頼関係の構築と言った努力が必要でしょう。
    ここをどうクリアして行くかが勝負です。
    その為には、益々地方議員の負荷が大きくなる事でしょう。
    そして、地方と中央の連携も改善して行かないと、どこで自民党は足を掬われるか分からないと言う事も、上層部には理解して頂く必要があるのではないでしょうか。

  6. MK より:

    あえて言わせていただきますが、ちょっとお待ちください。

    マスメディアが腐っていることは、十二分にその通りですが、自民党もまた相当に腐っていました。いまでも、巨大与党ゆえに、すべての膿がなくなったわけではありませんし、巨大な権力に亡者がたかるのは、人間の組織ゆえにしかたがないこともあります。
    巨大な政治に清濁が混ざることはほぼ必然です。

    ですが、あえて言わせていただきますが、アジテーターのようにはならないでください。
    客観的に物事を見る支持者もまた、保守や小坪議員にもいることをご理解ください。
    当時の自民党にも、国民から呆れられるだけの要素はもっていました。
    以前の自民党を美化するだけでは、支持の輪は広がりを欠くことになります。

    問題の眼を外にばかり向けては、それは私たちが非難しているものと同類になってしまいます。
    客観的な目を意識されたら幸いです。

  7. BLACK より:

    ※注
    タイトルにおいて、また記事中の一部においても中川昭一と敬称を略して表記しておりますが、これは「存在」としての中川先生を示した表記です。

    以上の小坪氏がお書きになられた「※注」のお気持ち、お察しします。
    敬称を省くことが小坪氏にとって中川昭一氏への敬意と思い入れと、存在への肯定であると感じ入ります。
    また、「※注」と書いておかなければ、「呼び捨てにするのか」と批判されかねないのは少々悲しいですが(小坪氏と批判するであろう方々、どちらへの批判ではありませんが。ただ、そのような一見正しく善良な「空気」へのほんの少しの批判です)

    私は中川昭一氏を敬称を省いて語って良い人間では無いので、氏とつけさせていただきますが。
    中川氏の存在が、あれから、今でも、そしてこれからも、日本を護って下さっているのではないかと、私BLACKは思っています。
    中川氏が・・・・・と霊的なことを言うつもりではありません。(霊的なことは私には肯定も否定も出来ません)
    小坪氏をはじめ、多くの国会議員氏、地方議員氏と保守論客の方々、一般のネット民の
    「もう誰も中川氏と同じ立場にはさせない」
    「もう同じ戦略には嵌らない」
    「もうあの時と同じ空気にはさせない」
    「同じことは繰り返させない」
    「同じことは繰り返さない」
    この想いは誰もが強いのではないでしょうか。
    (もちろん逆に味をしめ「同じことを」と期待する人たちもおりましょうけれど)

    このひとりひとりの想い、ひとりひとりの悔しさ、ひとりひとりの願い
    政治家の方々、保守論客の方々はもちろん影響力を持たないひとりひとりの庶民のネット民の
    その想いが、安倍長期政権を支えて来たのではないでしょうか。
    そしてそれは、これからも、どんな政権になろうと、日本を支える筈だと思っています。

    もしも方法論とか作戦とか死者の利用のように受け取られれば、
    それは中川氏への私の不敬であり
    中川氏と小坪氏とネット民の皆様に申し訳ない限りで、詫びようもありませんし
    そう受け取られても仕方無い面もあると自覚しますが

    政治家中川昭一氏のお名前は、これからもずっと語り継がれることを、私BLACKは願っています。
    そして、中川昭一氏のお名前を語り継ぐ政治家氏と保守論客、一般ネット民の、そのお心が
    これからも日本と日本人を護ってくださる、と、そう信じています。

    以上 文責 BLACK

  8. ミカンの実 より:

    小坪議員、しっかりしなさいよ。www〜!
    今日は確かに中川氏の命日ですが、御供養その他は、ご遺族ご親戚の方々、近しい関係者でしっかりと行われることと思います。私は今現在、下っ端ではありますが、戦いのさなかにおります。(何か特別なことをしているというわけではありません。むしろ何もしていないような感じです。でもしっかりと戦っております。)小坪議員、嘆くのも落ち込むのも許されるのは3秒のみ。残された者は、明るく楽しくしっかりと戦っていきましょうや。中川先生もきっとその事を望んでおられます。しっかりと戦える舞台が用意されているだけでもものすごく幸せなことです。大勝利を掴みましょう。それが一番の供養になりますからね。

  9. 波那 より:

    中川先生は早くから韓国に対して毅然とした態度を取られていましたし、北朝鮮のミサイル開発の脅威がある中で核武装について議論もしない日本の風潮は如何なものかと主張されるのを躊躇われていませんでした。韓国は日本から借りた金を返さないので直接貸すのはやめてIMF を通して貸すようにされたとか、この事で随分恨まれていたとか前にどこかで読みました。兎も角、特亜御用達の野党と朝日らのメディアが潰したい存在でした。今でこそマスゴミには在日朝鮮人が多く入り込んで牛耳って居るのをネットを通じて多くの国民が共有していますが、凄まじいバッシングを受けて政権が倒されてしまった事で、長期政権を維持する為には騒がれないように、正面切って足元掬われないよう押さえ気味で、宥和的になった事で国民からは不甲斐ない、物足りないと思われる事も多いです。その中で今回の菅総理の日本学術会議の学者?達6名の任命拒否は初めての事で快挙です。
    ………………

    もっと、みんなに知らせようw。

    😰〈雉も鳴かずば撃たれまい〉の結果となった、国民の目の前に正体晒される結果となってしまった日本学術会議とか言う組織。
     実体はアカデミー(学問・芸術に関する指導的な、権威のある団体。学士院等)などと呼ばれる崇高な領域などではなく、アカデミズムとは程遠い肩書き欲しい凡庸で俗っぽいく貶め弱体化に勤しむ反日教授連の集まり団体として唾棄すべき姿を国民の目の前に現しましたww

    狭間 龍 @hazamaryo· 17時間
    結果、ろくでもない組織体だと言う事が明るみに出てきて自分達で自分達の首締めてるよなぁガースー策士やな
    学術会議 異例の首相NGに波紋
    #Yahooニュース

    島田洋一(Shimada Yoichi)
    @ProfShimada23時間
    私も30年以上学界に身を置いてきたので断言するが、日本学術会議は虚飾の肩書と小遣い銭が欲しい古株教授以外には無縁かつ無用の長物。大学は左翼が多いため「学会の推薦」となると必然的に左翼の溜まり場となる。自民党政権がそんな物に毎年10億円以上の税金を…

    以下略ちゃん @ikaryakuchan 7時間
    初めて知りました。
    いいなあ、終身年金
    ………
    長島昭久 Akihisa NAGASHIMA, ….
    7時間
    日本学術会議問題は、 政府から明快な説明責任が 果たされるべきであることは勿論、首相直轄の内 閣府組織として年間10億円の税金が投じられる日 本学術会議の実態や、そのOBが所属する日本学士 院へ年間6億円も支出されその2/3を財源に終身年 金が給付されていること等も国民が知る良い機会 にして貰いたい。
    ……………
    <#テレビが絶対に報道しないニュース>日本学術会議、首相直轄の内閣府組織として年間10億円の税金投入 そのOBが所属する日本学士院へ年間6億円も支出され、その2/3を財源に終身年金を給付~ネットの反応「我々の税金が終身年金に投入?特権階級そのものですね」 – アノニマス ポスト
    ttps://anonymous-post.mobi/archives/3774

    エルコン@国語教室 @hidelcondorpasa.7時間
    もうお察しで笑うしかないww

    芦名定道氏 安保関連法に反対する学者の会
    宇野重規氏 同上、立憲デモクラシーの会
    岡田正則氏 安保関連法の廃止を求める早大有志の会
    小澤隆一氏 安保法案野党公述人 テロ準備罪反対
    加藤陽子氏 立憲デモクラシーの会
    松宮孝明氏 テロ準備罪反対
    www3.nhk.or.jp/news/html/2020…

    芦名定道 京大大学院教授 キリスト教学者

    宇野重規 東大教授| 政治学者 (政治思想史・政治哲学)

    岡田正則 早大教授法学者(行政法)

    小澤隆一 慈恵医大教授 法学者(憲法)

    加藤陽子 大学院教授(歴史学者(日本近代史)

    松宮孝明 大学院版 法学者(刑法)

    Nathan(ねーさん) @Nathankirinoha・8時間
    甘利明 Official Web | Akira Amari

    日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には 参加を禁じていますが、 中国の「外国人研究者ヘッ ドハンティングプラン」である「千人計画」には積極的に協力しています
    ta 3 E. amari-akira.com/01_parliament/…

    👉中国「千人計画」。米報告書「学術機関に政府から金を貰いながら別の国に知的財産を流してる研究者がいるぞ」 : ツイッター速報
     http://tsuisoku.com/archives/57251849.html

    Nathan(a- ) @Nathankirinoha 8
    官邸、安倍政権時の16年にも学術会議人事介入差 し替え求め、事実上拒否 – 毎日新聞
    GJ.
    これは以前からそういう運用が行われていたというこ とを意味するだけですね。
    ……………
    官邸、安倍政権時の16年にも学術会議人事介入 差し替え求め、事実上拒否 – 毎日新聞
    ttps://mainichi.jp/articles/20201002/k00/00m/010/335000c

    高橋洋一(嘉悦大) @YoichiTakah. · 10
    日本学術会議がとんでもない組織であることが、どん どん暴かれる。これはいいことだ
    …………
    斉藤 淳@junsaito0529・10時間
    日本学術会議が何かと物議を醸しているようだけ ど、東日本大震災後の「反日的行動」は風化させ
    てはならないと思うね。
    twitter.com/myfavoritescen….

    高橋洋一(嘉悦大)
    @YoichiTakah. · 125
    日本学術会議総会で軍事研究反対の声明を報告研 究者から浮世離れした意見も続出
    sankei.com/politics/news/… @Sankei_newsより
    ……………
    日本学術会議総会で軍事研究反対 の声明を報告 研究者から浮世離れ.
    S sankei.com

    旦ちゃん @danchan0111.7時間
    私は柴咲コウや小泉今日子と同じでわかっててやってると見てますがさて。

    大失笑!学術会議の任命拒否の珍教授らは「安倍政権の全てを否定することが子孫への責務」と主張する団体の大幹部!とても学問とは言えない活動家もどきの行動も!!こんな人たちに税金を投入するべきではない! – 政治知新
     https://seijichishin.com/?p=47672

    ぴんくくま
    @MinominoMtm2000
    日本学術会議の委員じゃない人には学問の自由がないんですか(´・ω・`)? 推薦した理由、任命した理由とされなかった理由、求めるなら全ての説明でしょ。
    …………
    福山哲郎・立憲民主党
    @fuku_tetsu
    「学問の自由」に対する気持ちの悪い政治の介入が明らかになりました。日本学術会議が新委員に推薦した6名の任命を菅総理が拒否しました。過去の国会答弁を変更してまで、なぜ拒否したのか?その理由を説明する責任が総理にはあります。国会でも説明を求めます。#日本学術会議への人事介入に抗議する
    午後2:14 · 2020年10月3日

    🔸陳さんたら… もうさあ、何でそんな穿った見方しか出来ないわけ?

    🔻デタ━━(゚∀゚)━━!!! 石破茂さん「日本学術会議、なぜ推薦候補を拒否したのか」 | もえるあじあ(・∀・)
    ttps://www.moeruasia.net/archives/49669977.html

    🔸ゲルが、またパヨってる…。

    リーアム兄さん@zimkalee·1時間 何や、やはり共産党の放火か。
    …………
    井上哲士 @21cst・10月1日
    菅首相による学術会議人事への介入という重大事 態を報じる今朝の「しんぶん赤旗」一面。 一昨日の夜、任命名簿からはずされたという松宮 孝明教授のフェイスブックの投稿を私がシェア。 小木曽・赤旗編集長がそれを見て、 「これは重 大」とのメールが。すぐに関係者に取材し、 今朝 の記事に。GJ!
    ttps://twitter.com/zimkalee/status/1312298116314398721?s=20

    ↓こちらに、もっと出てます。大盛り上がりwww

    テレビがやらないニュース
    https://blog.goo.ne.jp/moja_gd/e/2c848b69b893d6f3db547ac0ee2a50aa

    • BLACK より:

      学者・研究者の皆様にとりましては研究の自由が一番たいせつなことだと思います。

      総理大臣の任命とか承認とか
      国からの支援とか年金とか
      自由な研究にとりまして不自由なことと思います。

      会員とか、群れるとか、組織とか、自由の足枷でしかないと思います。
      脱退または辞退または解散こそが「自由」を探求し追い求めるお姿だと思います。
      学者の皆様の「学問・研究の自由」を、私BLACKは心から願っております。

      以上 文責 BLACK

  10. 波那 より:

    パヨク活動を年表にした人が居ました。もうホント笑ってしまいます。こんなオバカの一つ覚えの知性のカケラもない連中によって我が国は未だに憲法改正も出来ずに普通の国になれないのです。戦争にならない様にするには我が国を攻めたら無傷では済まない、必ず思い知らせると相手が脅威を抱く構えをして備えていることです。攻撃を受けて損傷を蒙ってからでないと武力を使う事が出来ない専守防衛では最前線に立つ自衛隊に申し訳ないと思いませんか?

    1951年、旧日米安保←戦争する国になるぞ!
    1960年、60年安保←戦争する国になるぞ!
    1970年、70年安保←戦争する国になるぞ!

    1987年、防衛費制限撤廃←戦争する国になるぞ! 1992年、PKO活動参加法←戦争する国になるぞ!
    1999年、周辺事態法←戦争する国になるぞ!

    2001年、インド洋給油←戦争する国になるぞ!
    2003年、有事法制化←戦争する国になるぞ!
    2003年、イラク派遣←戦争する国になるぞ!

    2007年、防衛省昇格←戦争する国になるぞ!
    2009年、海賊対処法←戦争する国になるぞ!

    2013年、特定秘密保護法←戦争する国になるぞ!
    2014年、集団的自衛権←戦争する国になるぞ!
    2016年、安全保障法制←戦争する国になるぞ!

    2016年、オスプレイ導入←戦争する国になるぞ! 2016年、安保法案←徴兵制になるぞ!
    2017年、テロ等準備罪←投獄されるぞ!

    2019年、イージスアショア導入←先制攻撃されるぞ!

    2020年、新型インフルエンザ等特措法改正←軍事独裁政権になるぞ!
    2020年、コロナ流行←欧米を見習え!
    2020年、コロナ流行←欧米みたいになるぞ!
    2020年、検察庁法改正←独裁国家になるぞ!

    アホラシ…ƪ(˘⌣˘)ʃ~~

  11. 琵琶鯉 より:

    当時、水間さんが、中川先生を追悼しての集会を開かれた動画です。ここから色々読み取れます。
    https://youtu.be/BQREa3aq_Bc

  12. ぎん より:

    中川昭一先生、ご生存中も亡くなられてからも徹底的に叩かれ、その名を汚され、日本の政治は大きく狂わされました。
    先生が亡くなられた後、まるで先生に突き動かされるように、国民は団結し第二次安倍政権の復活、マスコミは信用失墜だけが残りましたね?
    どうか見守っていて下さいね。日本は復活しますよ!
    中川先生の名誉もきっと取り戻します‼︎

  13. 維新は裸の王様 より:

    もう11年になるんですね。
    存命してらしたら、自民党がどう変化していた事でしょうね。

    話変わりまして日本学術会議の件、ひたすら野党&メディアにて報道しまくってますが、菅総理以下各大臣、自民党執行部、国会議員がハッキリ本当の事を言えば良いのです生放送メディアにて。
    不明瞭な言いたくない事が全てバレルよ

  14. sana より:

    風邪の症状のある中川昭一さんに、悪意をもってむりやり酒を勧めたのが、読売新聞の越前谷知子だときいています。
    会見の前に「ふふふ、おもしろいことになるわよ」と言ったとか。
    読売新聞は、越前谷知子をアメリカに逃がしました。
    許しません。絶対に忘れません。

    わたしは、知らなかったとはいえ、
    風邪をひいているときについうっかりビールをコップに一・二杯飲んだことがあります。
    すると立って、あるいはすわっていられなくなり、仰向けに横になると、天井が回るというのではなく、プラネタリウムのように天井が一定方向に向かってサアーッサアーッと動いて見える、という苦しい経験をしたことがあります。苦しくてまともに口をきくこともできませんでした。

    • 常磐本線 より:

      当時の増すゴミ(切り取り報道)もあって、泥酔しちゃて・・・・・の記憶がありますが
      実は刺客が放たれていたのですね。
      最低だななべつね!!(紙上でまもっともらしい事書いているけどね)
      家は、親父がG党なので購読停止できない・・・・・

  15. daco より:

    思い出す。
    2009年の衆院選が近きころ、阪神高速高架下の大阪市営難波バスターミナルで、その太い大きな高架柱に、たった1枚貼られたビラ。
    さほど大きくはなく、むしろ小さ目の無雑作に貼られたような素人刷りと思わせるような、むかしのガリ版刷りに近いようなビラ。すこし薄汚れくたびれた感もあったビラ。
    大きなターミナルだけど、人通りが少ない端のあたりで其のビラを眼に入れながら通り過ぎ、見出しからは保守サイドからのビラだと、すぐ解った。
    民主党の実態から、民主党政権になることへの危惧・警鐘を訴えてるようだった。
    資金は無く、それなりの体をなした組織・団体のバックも無く、それは組織というよりも何ごとも手馴れない小グループというようなところからの発出と感じ取った。
    無駄な抵抗かもしれないけど、悲壮感と必死さが滲み出ていたように思う。
    その発出元が、先生たちだったかは判らないけれど、当時においてそのような人達が居てくれていたことをリアル?で憶えている。

  16. あき より:

    追悼するなら毎年したらいいんでは? 何か、自民を押したいときに出してませんか? 中川さんを守らなかったのも、名誉を回復しなかったのも、自民党じゃないの??
    実は!こうだったんです、とか、こんなに尽力されてたのに~こんなんばっかり?うんざりだな。 自民党既存政党じゃ、絶対に何にも変わらないどころか、酷くしかならない。 此処まで日本を破壊した一因竹中平蔵をまた(というかずっと)起用、今度は維新と組ませるのか。
    学術会議の件とか話題にしてるけど、今迄何十年もほっときで税金垂れ流し放題で反日極左を育成してきたのも政府では? 自民党が議席過半数取った時期・全く無かった何て言わせないよ!できるのに何にもしないどころか、中川さんや少しはまともな政治家も居たんだろうけど潰してきたのも自民党でしょ!!  自民創価既存野党~は全部要らないです。
    日本第一党しか有りません。  今牛耳ってるのは自民創価~何だから意見や苦情したり何とかせめてこれくらいは改善してくれ!ってのを!何年やっても何にもしない、どころか、もたもたしてるうちに支那人朝鮮人外国人を移民させ!今、日本人を合法的に粛清してる!!!今の普通の日本人の実情、解ってます??  

    反日糞学者もどきを、6人ばかり拒否ったくらいで?!馬鹿馬鹿しいったらないわ!
    LGBT議連??みたいなのが有るんですね?こんなもんもいい加減にして欲しい!変態は静かに暮らせばいいでしょ!変態利権とか?ふざけんな、利用されるなよ!

    少しでも、日本の事、真剣に考えて気が有るなら、日本第一党を、応援支援する事です。
    本気で、中川さんの事、保守だ~立派だった~とか言うなら思うなら、日本第一党しか無い、って、気が付くはずです。

  17. より:

    ハンサムな中川先生。地元北海道を心配されて,日本を心配されて。中川さん。。。

  18. より:

    中川昭一先生のご先祖が入植した北海道の地は、山際の米も作れない様な土地で野菜も限られた物しかきっと作れない、出来るのは畜産だけのような今も厳しい場所です。私は当時十勝におり先生の選挙区でした。あの記者会見の様子から「?」と思っているうちにあっと言う間に亡くなってしまわれた。お父上の最後とダブらせました。ご本人もさぞ無念であったろうと思います。

    • 琵琶鯉 より:

      M 様へ
      正直、私は、先祖代々日本のど真ん中に住んでおり、一から広野や原野を開拓する。と言う事に余り実感が湧きません。
      水間さんが、北海道の土地が、中国に簡単に売り渡されている事に激怒されています。
      彼の御仁は父方が江戸時代から移り住み四世代目。母方では明治からで3世代目となり、
      安易に土地を売り渡す埼玉県出身の鈴木知事に激怒されてます。
      https://youtu.be/q22ffI5N524
      中川先生も北海道出身ですから、懇意にされていた様です。命日には毎年お墓参りを欠かさず行かれている様です。

      • より:

        琵琶鯉様、コメントありがとうございます。
        その地は広尾町というのですが雑木とクマザサが生い茂り牧草地にするのも困難だったろうと思われます。車で通過するときに中川家の入植の地の標が立てられているのが見えますが、冬は地吹雪になると遮る物がない土地でした。

  19. 男子の端くれの端くれ より:

    当時、クソみたいな生活で何の希望も無く、ただ惰性で生きてました。
    私はただ何となく変わればいい、と民主党に入れたんです。
    2ちゃんは見てましたが、政治関係は見てなかった。
    たまに見ても汚い言葉と、訳が解らないコピペばかり。
    政治とか世の中の事の情報源はテレビでした。
    情報の統制、情報の遮断、誤った情報の流布。
    今も盛んに行われていますが、無関心層にはどう反映されているのでしょうか。
    政治的なものに触れる機会は爆発的に増えているとは思うのですが。
    近い将来ネット選挙が始まると思うのですが、それに向けて何が起こるのか。
    みんながちゃんと知る事が出来て、公正な投票が行われ、良い方向へ激動する事を
    祈っています。日本の膿が暴露され蒸発して消える程の。

  20. 講習保守 より:

    中川先生は様々な人の著書で相当な先見の明があったと証言されていますね。私は当時から反メディア人間だったので、水問題、土地買収、ザパニーズ文化盗用を知って、やがてこの人が危惧した通りになっていく案件がかなりあることに驚かされました。「伝聞」について考えたり広めることは誰でもある程度はやれるのですが、問題そのものを「発見」する才能がある人物は貴重なだけにとても残念です。

    あと、日本では知名度がなく評価もされてない部分ですが。
    私も当時は知らなかったのですが、麻生政権がリーマンショック時にIMFへ資金を託して世界的な連鎖倒産を防いだ件、これは国外ではものすごい高評価が与えられています。この件を知っている人も当時の空気では外面ばかり~と思った可能性はありますが、あの対応こそが今の信用に繋がっている面はあると感じますね。

タイトルとURLをコピーしました