私にとっては、ある意味では「受け入れる」年であった。
「市議ではない」と、言われた。確かに、そのように扱われていることは薄々体感もしていた。
例年通り、戦い続けた一年であった。
様々なことがあった。直近では、押し紙の件、自分たちでアクションを起こし、ソースを作っていく。
作るというよりも、ソースの内側に入っていく。かつ、それを再発信する。
場所は、国会の施設であり、国会議員の名義ではないと借りることができない部屋であった。
同志の国会議員がマイクを握ってくださり、その場で発言した内容も実際にソースとなった。
(ここは、致命傷となるであろうだけの、新しい証拠をすでに持っている。)
また懲戒請求においては同制度を有する全ての士業会から回答を得ることに成功し、かつ所管する省庁からも回答を得た。これは通常では不可能なことであり本件に対し、国家レベルで政治が注視している証左である。現時点で、裁判の「内側」になっているため、政治家として個別具体的な言及は避けるが(各権はそれぞれ分立している。)振り返りとしての最終章は予定している。(一旦は完成し、その上で牽制としてペンディングとした。)
本件にしても、許された「通常の手法」を用いたのみであり、公式の職権ではないとしつつも、
地方議員が一般的に行う手段であり、それを高速かつ強烈に、連続的に行ったのみである。
こちらも自分自身の行動を起因とし、実際に何かを動かした。
沖縄県知事選もあった。
結果的には、市議では名乗ることが許されぬのであろう肩書きを拝命し、かつ私が入った選挙区においては、県知事選の得票も勝った。
尖閣を含む選挙区ゆえ、県議補選も極めて大きな意味があったのだけれども、万が一があればCHINAに対しての誤まったメッセージとなってしまう。沖縄県の民意がどうなのかという意味において。この勝利は、私の力は限られたものとは思う。まずもって候補はじめ後援会の皆様、そして多数の支援者あってのこと。
とは言え、こちらについても自ら動いたことには違いない。
昨年末に始まり、1月?3月にかけてのこと。
遠い昔のことのように思うかも知れないが、拉致問題に関する通達も出して頂いた。
拉致担当大臣・文部科学大臣の連名によるもので、全ての地方公共団体や学校法人などに発令されたもの。
昨年の12月において、当市議会において起きた教育長の問題発言(謝罪・撤回済み)を起点とするものであり、教員向けの拉致研修予算を国家予算として編成して頂き、産経の一面で取り上げられた。
それらもあり、各学校において拉致啓発アニメの上映を求めるべく通達が出されたという経緯だ。当市議会の3月議会においては、全学校・全学年・全クラスにおいて100%の上映を行っているとの答弁を得た。これは全国初の事例であるとのこと、こちらも同じく報道された。
リアルタイムで見ていたゆえ、読者はご存じかと思うけれども、これも自分たちから起こしたアクションだ。
結果、私は救う会福岡の副代表に就任した。市議が県組織の役員に入ることは、異例だと思う。
3月?4月にかけて。
Blog上では地味な話と思うかも知れないが、本年は市長選・市議補選もあった。
市長与党の一員として、体感して頂けるほどには力を発揮できたと思う。併せて、市議補選においては、後輩の選挙を支援し、勝利した。爆破予告において「テロに屈した行橋市議会」となってのち、私は議長与党からは外れ、かつ後輩の当選をもって「市議会において、議長派は過半数を喪失」した。
私と後輩の小堤議員の協力がなければ、すでに過半数を構成することはできない。両名、諸派を貫いており、その意味では議会は安定的な決定力を喪失した。
市職員も含め、できるだけ目を背けようとする事実だが、まごうことなき現実だ。
小堤の市議補選を、正面きって支援したのは私である。どちらにも良い顔をした者らは、韓国のようなもので信頼を勝ち得ることは不可能だ。
言い換えれば、議会に対しての発言力は、大きく増した。現状では手放すつもりもない。
とは言え、それをもって面倒なことを仕掛けるつもりもないのだが『うるさいから、私に触れるな』という強い意思表示だけさせて頂く。ゆえに、地元の要望も含めての活動ではあるが、”私の政策活動に対し、ごちゃごちゃ言える者たち”はいなくなった。
(議会は過半数がなければどうにもならない。)
私は、その議決権への影響力をもって、自らの権益のために、市議会に対してどうこうしようとは思わない。
だが、あのような形で介入され、かつ何らの対応もとっていないゆえ
「私の領域に口出しするな」と攻撃的な態度に出ることは当たり前だ。
こちらが求めているのは、ただ不可侵である、そのポジションのみ。
とりあえず、言いたいことは一つ。
マウンティングする者は、大嫌い。死を覚悟して臨むといい。
一応は反撃もする。
(これは議決権を用いてのものではない。)
爆破予告の決議に立った議員については、少しずつ、しかし着実に削り取って行く。
国・県に対してのアクセス権は、私以上の市議が存在しない以上、謝罪が済むまでは一方的に撃ち続ける。
最近、市内の特養が飛んだ、国・県が絡む話でもあろうが、協力するつもりはない。
市議が経営に関係する法人だが、彼はあの決議に立った。
期数が下にも関わらず、さらっとタメ語で話すあたりも気に入らない。
あの決議に立った時点で「敵」だ。県対応については、確実に妨害となるだけのレポートを提出し続け、滅びるまで何十年でも撃ち続ける。まずは言葉使いから改めたほうがいい。どこにも逃げ道なんて残さない。
立ったやつが悪い。先に撃ったのは、おまえだ。同じレベルで、全員、撃つ。(暇ができたら、じわじわと。)
議場でやったのだから、議場で取り消して謝罪しないと、終わりはない。
交渉は、しない。ただ、撃つ。永遠に、だ。
特養経営難、入所者30人移送へ 行橋市近く改善命令 職員退職、水道停止
特養職員の退職相次ぐ 福岡・行橋市が改善勧告
どこからも協力は、得られまい。
市議会でも過半数は構成できぬ以上、市行政では対応は無理だろう。市行政において、何かおかしな動きがあれば、一般質問で行政を質す。すでに警告済みだ。
また、市の規模だけではどうにもなるまい。
県を含め(特に銀行などに関する、より上位のカテゴリでは)私抜きでは動くことは不可能だ。
すべてに対し「あれは、敵だ」と、爆破予告の件も含め「共産党の動議に賛同し、起立した」事実を大量に印刷して配布を終えている。
確実に、永遠に残す。
・・・とりあえず、これぐらい書いておけば、私は巻き込まれなくて済むだろう。
先に撃ったのはおまえたちだ。許す気なんて、まったくない。
5?6月にかけて。
中野区長選。
応援した吉田氏を、当選させることはできなかった。
来春には中野区議選があるが、もし出馬するのであれば応援したい。
FBの免停について、自民党のIT関係のトップ、甘利先生にお願いに行く。
しっかりと段取りをとったものであり、実質的な効果もあった。このあたりは、Blogには書けない。
併せて「ネットギークが、新しい玩具」と言っていたので、バイラルメディアについての規制も要望した。
彼らとは、交渉自体をするつもりがない。対立するバズフィードには、私の動きの情報は告知した。
来年には、じわじわと終わっている可能性を示唆しておきたい。
ある程度は締め付けをかけていくし、槍玉にあげさせてはもらうけれども、本当に厳しいのは別の部分。
吉報になると思うが、大手サイトらで共同の法人を設立予定だ。
いわゆる業界団体というべきもので、国会議員(だいぶ偉い)にも話を通しつつ進めている。
ヘイト条例の謎の運用も含め、公式に発信するチャンネルを作る。(なんとか整った。)
窓口と取りまとめは、私だ。
ネットギークは、絶対にいれない。当方が用意できる如何なる保護の下にも加えるつもりはない。
新しい玩具なんだから、別にいいだろ。勝手に滅びればいい。
6月末より7、8月。
県知事選がいよいよ佳境にさしかかる。
保守速報のアフィリエイトがはがされる。
保守基金の開発開始。
かなり難航した。このあたりは、ほぼ寝てない。
県知事選がいよいよ佳境。
翁長知事が体調問題を理由に、早期辞任する可能性を何度も示唆。
電撃戦に警鐘を鳴らし続けた。結果、どういう判断を県連がとったのかはご存じの通り。貴重な時間が無為に過ぎて行く。
官房長官と、安里氏でスリーショットの写真を撮った。
レートが高くなりすぎて、少し手に負えなくなりつつあった。
並行して保守基金の開発を強行。
少し体調を壊していた。
総裁選も無事に勝利。
私に関連する、先輩方のお力により、私のラインから出ている党員は約6000名。
衆議院議員のノルマの6倍以上。県単位で1票ほどの影響力をもつため、適宜適切な総裁選を戦う。
(私自身は党員ではないけれど。)
9月。
県知事選に敗北。
最終的には、私自身も主要組織の役付きとなり、現場を駆ける。
私が関係する選挙区においては、知事選の得票、県議補選も勝利することができた。
各種の報告事項が重なり、やはり過負荷。
ご存じのように、様々な情報が錯綜したことと、現場からの正規の報告が遅れたわけだけれども、
それゆえに私自身も報告する必要性にかられた。どこに何を報告したかは、形式上は伏せておこうと思う。
献金を頂いた方には、触りの部分だけ(と言っても30頁超)を送付している。
PNEクラブ経由の方には、まだ発送作業が完了していない。申し訳ありません。
10月。
古くからの同志、中曽ちづ子氏が当選。
11月1日に開催される、押し紙の勉強会に向けて準備。
ここからは最近のことだから、端折って書こう。
11月。
押し紙に関する勉強会を挙行。
国会議員会館の施設を借りた。国会議員事務所でなければ予約ができない場所であり、国権の最高機関である国会の施設で本勉強会が開催できた意義は大きい。
新聞「押し紙」シンポ、保守系議員ら「必ず表に出す」 求められる自浄作用(弁護士ドットコム)
テーミスでも取り上げてもらった。
個人的に大好きな媒体ゆえ、嬉しくてBlogでも取り上げた。
(ちなみに、これは市議会の真っただ中だった。)
押し紙については、タイミングを見て、何か、やる。
実は勉強会が開催された時点で、ある程度のものを持っていたのだけれども。
具体的には「ABC部数の公査を、上手くかいくぐる業界の手法」について。
資料としてまとまっており、かなり悪質な内容。実名も社も全て抑えており、一発で公取が動く規模のネタがある。
ちなみに、もう国会議員には配布を終えている。
どのタイミングでネットに放流しようかな、ぐらいのタイミング。
いつやっても、いいけどね。
新聞、値上げするらしくて、そこで押し紙の比率を下げる可能性もあるわけで。
そこの数字も抑えつつ、業界がどういうハンドルの切り方するのか、見てようとは思う。
無論、単価は激しく低下するだろうし、そのような動きをとってはいく。
このあたりは、謝罪も訂正もしなかった、西日本新聞が悪い。
上記が、なんとなくの、今年の振り返り。
では、市議会が手抜きだったのかと言えば、そうでもないと思う。
このあたりは、読者の皆様や市民に判断して頂きたい。
市政を片手間でやっていて行える一般質問だろうか、と。
平成30年3月定例会 本会議3日目 (H30.3.6) 小坪慎也議員一般質問
平成30年6月定例会 本会議4日目 (H30.6.13) 小坪慎也議員一般質問
平成30年9月定例会 本会議4日目 (H30.9.12)小坪慎也議員一般質問
特に9月議会の質問は、少し自信がある。
県知事選が、もっともバタバタしていたはずの時期。
これができていないと、私も強くは言えないしね。
一般質問すらやらない議員が多数いる中、質問回数も中身も、私は負けているとは思っていない。
のち、遅くなった部分もあるけれども、保守基金のβ版稼働開始。
実は、坂東忠信先生、小名木先生ともに講師派遣の要請があり、すでに一部は実施を完了している。
細かく言えば、まだまだあるけれども、それなりに仕事はしたつもりです。
Blogには書かない、市内の陳情や要望の処理も、同数ほどやりました。
また、非公開で作成される、「報告書」の類も相当数書きました。
論文番号を取得したものも複数あります。
冒頭に書いたように、「受け入れる」ことを容認しました。
40歳になりました。
もう、子供ではないんだと思う。
本当は、私は二期生の半ば、議員としては新人駆け出しとして扱われるべきキャリアです。
これは謙遜ではなくて、本当にそういうものなのです。
30代で二期生なんて、市議としては素人+αというのが一般的な評価。
確かに名前も売れてはきましたが、あんまり気にもしてなかったし、一発屋だと自分で言ってきました。
ですが、よく考えたら今の状況になって、もう4?5年は経過しています。
4期生、5期生の県議会議員が、私のことを「さん付け」で呼びます。
命令口調は厳禁とされ、丁寧語で話されます。
照れくさいし、そういう立場ではないと、ちょっぴり煙たかったですし、重たかったです。
同じ扱いをしてくださる国会議員もいます。
その責任から、逃げたかった部分もある。
だから、私にとっては「一発屋の、名も無き市議です」で押し通すほうが楽だった。
知名度とは、政治家の力そのもの。
例えば参議院全国比例が最も効果を発揮するのですが、県外の何れの選挙であったとしても、
私は選挙支援を行うことが可能です。・・・可能であることを、私自身が受け入れなければならないのだと思います。
本当は、実感は、あまりありませんでした。
私の住んでいるところは、駅まで徒歩30分。夜だと車で10分かからないぐらい。それぐらい田舎。
行橋市自体は、人口7万人であり、そんなに田舎ではないけれども、決して都会でもない。
うちは、その中でも最も人口の少ない漁村です。学校区で考えると、人口比から鑑みて、市議を輩出できるかどうか、すでに瀬戸際の地域から政治家になりました。
都会に行くと「うぉー!小坪さんだ!」とアイドルのような扱いを受けますが、
そういうのは東京とか大阪に行ったときであって、普通に生きている分には、地元では結構普通に市議やってます。
だから、あんまり実感もなかった。
ですが、どうやら、だいぶ有名らしい。
その現実にも、実は結構、目を背けていました。
受け入れたが最後、国会議員に出馬しろとか(言われている)、あれもやって、これもやって、がさらに増える。
私の指揮下に入ることを明言してくれている地方議員も、複数存在している。
議連なりを作る予定はあるが、私が「現実を受けいれた」場合には、同志地方議員らの長として、彼らへの責任が生じてくる。
気ままな、田舎侍でいたかった。
ただ、そうも言ってられないというのと、「流石に無理がある」という、そういう状況にあることを
やっとこさ、認めた。
思えば、現職大臣や元大臣とも電話で話す機会が増えた。
テレビに出てくるような有名人とも話したりする。普通に仕事の話として、も。
そして、友人として馬鹿みたいな話もする。
テレビにCM打ちまくっている大企業の創業者や役員とも、普通に話していた。
かなりの頻度で、複数の企業にまたがる。企業後援会を組織すると、下手な国会議員の後援会組織より大きいと思う、と言われた。(本人たちから。)
付き合いも、全国に広がっていた。
仕事を頼まれることも増えた。
無理な納期であったり、そもそも「これ無理だろ」みたいな依頼が多い。
ゆえに100点満点とはいかないまでも、多くの戦線で実績も立ててきた。
「新人に毛が生えた程度の、普通の市議です☆」と、固辞しようとしたとき。
静かに、はっきりと言われた。
「もう、そういうのやめない?」
「こっちも市議として話はしていないわけで。」
「君が言ってたんだろ?地方議員でも国会議員でも、政治家としては同じだと。」
市役所の中においても、「市議は、兼職ですよね?」という認識で一致しはじめたように思う。
市議であれば頼まれないような内容も、ときどき頼まれる。
というか、市議が市職員に「市の政策のあの部分、こうできないかな?」とお願いすることはあっても、市職員から「県と話す時、この部分、調整できないですかね」みたいなお願いをされることは、多分(全国的にも)ない。
どうやら、私の関係者は、私のことを「市議というカテゴリ」では見ていなかったことに気付いた。
「市議もしている」、別の存在という扱いだった。
本当は、ちょっと前から気づいていた。
なんか変だなぁ、みたいな。
でも、認めてしまったら、もうそれまでなので「いや、俺は市議です」と言い張っていたのだけれども、
「ははは、無理だからwww」と言われ、40歳になったし、諦めた。
東京駅から空港に行っているとき、
満員電車の中で、ぎゅーぎゅー詰め。前の方にも申し訳ないなぁと思っていたら、「あのー、すいません」と言われ、鞄が邪魔なのかと思ったら「小坪さんですか?」と言われた。
びびった。
Blogの読者さんで、FBでもフレンドになっていた方だった。
以前、小倉駅あたりを歩いていると「こつぼしんや!こつぼしんや!」と突然言われた。
例えばアイドルを見かけたときのように。
私は「敵ですか?味方ですか?」と言ったら、「それは大事ですよね!味方です!味方です!」と言って去って行った。
市議会の視察で呉市に行った際のこと。
呉市役所の玄関で、呉の市民さん(市職員ではない)から、「小坪先生じゃないですか?」と声をかけられた。
ありがたかった。
羽田空港を歩いていると、一回あたり3人ぐらいから声をかけられるようになった。
ほぼ、地下アイドルみたいな(いや、インディーズバンドぐらい?)扱いになってきた。
なんか、変だなぁとは思っていた。
ただ、うちは海が目の前の、ただの海っこなので、正直なところ、生活する上では実感みたいのはなかった。
力だって、ついてきたのだろう。
ついているのだと思う。
有力な国会議員に、電話なりSMSで依頼をかけ、通常納期と比較すれば恐ろしい速さで物事を動かす。
かと言って違法やことやズルはせず、「単に、異常な速度で処理を仕上げる」という、鶴の機織りみたいなブラック企業大作戦でやっているのみ。
ルートの確立を終えており、コネクションを有するがゆえに許される速さだけれども、
正直、(周りが市議として扱っていなかったことは薄々気づいていたけれども)自分自身で考えて見ても、確かに他の市議はこんなことはしていない。
市議の業務も、前述のようにきっちり済ませている。
むしろ外のことまでやる以上は、内側のことを他の人以上にちゃんとやらないといけない。
その部分でも負けたくない。
なんで、こうなったんだろう。
別に目指したわけでもないし、なりたかったわけでもない。
どうやって、こうなったのかも、よくわからない。
だが、「そういう立場」であることを、私はあんまり認めたくなかった。
絶対、面倒だし。確実に仕事は増えるし。
いま以上に忙しくなるし、責任も生じてしまうし。
充分やってるでしょ?勘弁してくれ、と思っていた。
さっき電話がかかってきて、「小坪”さん”?」と敬称をつけ、丁寧語でがっつりと言われた。
今年の私の戦績みたいなものを、一緒に振り返った。その先生も関係する案件で、年末の振り返りみたいなものだった。
(ちなみに、Blogでは一回も触れていない案件です。)
結構、きつく言われた。
「誰も市議として、扱っていないので」「40歳になったし、現実を受け入れなさい?」と。
あぁ、そうだったのか、仕方ないと受け入れることにした。
みにくいアヒルの子だって、別に白鳥でありたいと願ったわけではないだろうし、
ちょっと湖で意地悪されても、ワンパンぐらい反撃かませばいいわけで、
そんな遠くまで飛んでいけと言われたら、嫌だったと思う。
「いや、自分、この湖のアヒルなんでぇ!白鳥とか、そういうの、いいんでぇ!飛ぶ?いや、そんな遠くまで行きたくなんで、自分」とか、本当は思ったはずだ。
湖に浮かぶ、最強のアヒルもどきでもいいじゃないか、と。ただ、彼(か彼女かは知らんが)結局のところ、遠くまで飛ばされていた。かわいそうなことであり、ご苦労なことだと思う。
(私は、インドア派。)
「市議以外の何か」であることを、やっとこさ受け入れる覚悟は、しぶしぶ持ったのだけれども。
変化としては、ネットの力も大きいと思う。
ネットだけの世論ではすでになく、ネットから完全に隔絶された日本人なんて、もうほとんどいないわけで。
ネットの保守系の世論と、自民党支持者の世論は、ほぼ一致する。
私が影響力を発揮できるのは、ネット全体の極々一部だとは思うけれども、
そのアクセスできる先を考えていくと、自民党員そのものへの号令に近い側面は、あるのだと思う。
- 私は、メディアに近い立場、例えば編集長みたいなものなのか
- もしくは、著名な政治家として振る舞うべきなのか、
- それとも義勇軍みたいな民兵組織の指揮官なのか、
- または、無駄に強い義賊(もしくは野盗)の類なのか、
- 都会の恰好いい仕草を知らぬ、刀だけ強い田舎侍なのか、
- あるいは海底に沈んでいた古代兵器みたいなものか、
- もしくは、政党のエージェントであり代弁者なのか
- ある人に言わせれば、アニメだとマッドサイエンティストみたいなものか?とも。
- 別の人から見れば、恐ろしい速さの事務方でもあり、
- 事情によっては、正義の味方に見えるときもあれば、
- 陣営によっては、悪魔や殺し屋のように見える者だっているようだ。
- 大本営にいる、作戦参謀なような気もするけれど
- 前線を走り回る駆逐艦の気分のときもある。
- 私が何なのか、何とカテゴライズすべきなのかは、
- 私もわからないし、周囲も多分わかってない。
- だけれども、単なる市議ではないらしい。
- そして、誰も地方議員としては、すでに扱ってくれないようだ。
- 確かに市議の名刺では入れない会議にも、なんか自然に出ていた気がする。
- だったら、俺が何なのか、
- それは自分自身でもよくわからないのだけれども、
- とりあえず、目の前にタスクがあれば
- 一歩前に踏み出す勇気をもって
- ただ着実に成果を積むだけだ。
- 思えば遠くまで来てしまった。
- これから、どこに行くんだろう。
- 私はどこに行けばいいんだろう。
- 長々と書いてしまいましたが、
- 本年もお世話になりました。
- 来年もよろしくお願いします。
- 「年の瀬ですね」と思った方は、拡散をお願いします。
私は、メディアに近い立場、例えば編集長みたいなものなのか
もしくは、著名な政治家として振る舞うべきなのか、
それとも義勇軍みたいな民兵組織の指揮官なのか、
または、無駄に強い義賊(もしくは野盗)の類なのか、
都会の恰好いい仕草を知らぬ、刀だけ強い田舎侍なのか、
あるいは海底に沈んでいた古代兵器みたいなものか、
もしくは、政党のエージェントであり代弁者なのか
ある人に言わせれば、アニメだとマッドサイエンティストみたいなものか?とも。
別の人から見れば、恐ろしい速さの事務方でもあり、
事情によっては、正義の味方に見えるときもあれば、
陣営によっては、悪魔や殺し屋のように見える者だっているようだ。
大本営にいる、作戦参謀なような気もするけれど
前線を走り回る駆逐艦の気分のときもある。
私が何なのか、何とカテゴライズすべきなのかは、
私もわからないし、周囲も多分わかってない。
だけれども、単なる市議ではないらしい。
そして、誰も地方議員としては、すでに扱ってくれないようだ。
確かに市議の名刺では入れない会議にも、なんか自然に出ていた気がする。
だったら、俺が何なのか、
それは自分自身でもよくわからないのだけれども、
とりあえず、目の前にタスクがあれば
一歩前に踏み出す勇気をもって
ただ着実に成果を積むだけだ。
思えば遠くまで来てしまった。
これから、どこに行くんだろう。
私はどこに行けばいいんだろう。
長々と書いてしまいましたが、
本年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
「年の瀬ですね」と思った方は、拡散をお願いします。
<重要>ブックマークをお願いします。
特にFacebookから閲覧してくださっている方にお願いなのですが、一週間の停止を受けました。
次は30日の停止と想定され、更新のお知らせが大きく滞る可能性があります。
【実例】Facebookでアカウント停止。これもアウトなの?【驚いた人はシェア】
重要
せめて一度は、この「音」を聴いておいてください。
・ミサイル攻撃時の、J-ALERTの音源
・【マニュアル】武力攻撃やテロなどから身を守るために(内閣官房)
桜の会(議長会派):小原義和(公明)、西岡淳輔(公明)、(死没のため略)
市民の会(いわゆる野党会派):藤木巧一、二保茂則、鳥井田幸生、大池啓勝、工藤政宏、瓦川由美、西本国治
共産党会派:?永克子(共産)田中次子(共産)
詳しくはこちら。
私なりのケジメ
【爆破予告】テロに屈した議会に討ち入り。忠臣蔵、切腹の美学。地方議員の覚悟【テロに屈しない人はシェア】
最後に。
Facebookのアカウントと、FBのファンページを紹介させてください。
記事を書くたび、こちらでも投下します。
FB個人アカウントは5000名の上限となってしまいました。実際の知人、議員の方のみの承認とさせて頂きます。
ファンページでコミュニケーションをとらせて頂けますと幸いです。
FB個人アカウント 小坪慎也
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コメント (頂いたご意見は、他SNSに比較し最優先で目を通しております。)
おっ、ついにフラグが立ったのかぁ?。
もし比例から出るなら投票しまっせー!
家族全員総出でな!
本当にこの一年間、小坪さんは良くやりましたね、余命さんのことでも必死になって知恵を絞って弁護士たちに向かっていきました、
阿保女はすみとしこ、と、取り巻き達に、散々嫌がらせをされても一切相手にせず、
ひたすらに、問題解決へと取り組んでいました、見る人は見てますからね、
来年も健康に気を付けて、活躍を期待してます。
2018年お疲れ様です。
また次の年のご活躍と躍進をされる事を期待しております。
小坪先生、平成30年の師走もいよいよ大晦日になりました。
平成30年、小坪先生が激走されたことを小坪クラスターの全員がわかっております。
大晦日をむかえ、小坪先生、一年間のご活動ありがとうございます、そして、おつかれさまでしたとまずは言いたいです。
行橋のため、日本のため(もちろん、沖縄も含むです)に八面六臂のお働きをされたいま、年末からお正月にかけて、ご休息をとっていただきたいとおもっております。お好きなアニメ、映画、食べ物なら、蜂蜜かなwを食べながら、充電なさってくださいませ。
小坪先生、よいお年をおむかえください。そして、来年がさらなるご活躍の年になりますように、心からお祈りしております。小坪先生、もう、年寄りが願うことはひとつ!健康で長生きしてね!
です!!
本当に、今年もお世話になりました。来年も無理せずご活躍下さい。
よろしくお願い致します。(*^^*)
今年も本当に激務ありがとうございました。
>最強のアヒルもどき ウケましたw。実態はアヒルに偽装したイーグルと言うとこでしょう。
実態として期待するのは宮内庁直轄公安3課長 みたいなとこかな。攻殻機動隊のイメージあるかな。
来年はさらに大変な事態になるかもですね、個人的には東京オリンピックは延期になるかもと思ってます。
さらなる飛躍を身勝手ながら期待しております。
活躍を楽しみにしている一人です。
来年も健康に気をつけて国民のためのご活躍を願っています。
この一年、本当にお疲れ様でした。
古坪先生の背後には、多くの守護霊様、守護神、国津神が強力に応援していらっしゃるのですね。
来年も古坪先生の天命が完うされることをお祈りいたします。
毎回のブログ楽しみにしています(^O^)
名もなきせいぎーーは俺一人で十分ですw
良いお年を?。
小坪先生、大変な1年お疲れ様でした。
先生のブログは貴重な情報源です。とても勉強になります。
しおりも届きました。鯉のしおりは私のお気に入りになってます。
来年も更なる活躍を楽しみにしています。ありがとうございました!
これからも拡散が拡散を呼び
どんどんファンが増えるんでしょうね??
楽しかった??
ご活躍お祈り致します(^o^)
職業:市議、から、職業:小坪、に転職なんですねw
先生のチート級複合型スキルは、他に類を見ません。
きっと性に合っているのでしょう。
自分がやるべき事と、得意な事と、好きな事が重なるのは、とても幸運な事ですよね。
とことん突き進んでください。
私は、自分が得意で人からも好意的に評価される事が、(自分が得意なゆえに)レベルが低いのではないかと悩み、「もっとちゃんとしたスゴい事」をしなければいけないのではないか?と時間を浪費したあげく、ようやく、それを自分も好きで人の役に立っている事を認めるに至りました。
中学生の頃から、周りからは誉められていたと言うのに。
早めに観念した方が良かったと後悔しています。
それでは皆様、よいお年を。
小坪先生が歩いた(走った?飛んだ?)ところに道ができるのでしょう。そういう最前線について行くの面白くて好きです。来年も楽しく行きましょう。では、どうぞ良いお年をお迎えください。
今年1年獅子奮迅の働きでしたね。本当にお疲れさまでした。
「ただの市議じゃない」。先生を知っている人間ならば誰でもが
そう思っているはずです。今後ともよろしくお願いいたします。
今年一年、お疲れ様でした。
これからの日本は激動の時代に入りそうです。
良いお年を。
お疲れ様です。小坪市議のお立場は普通ではありません。特異な存在と申しますか、市議の皮を被った志士なのでしょうね。
ドラマの坂本龍馬に似ています。下級武士が他藩の要人や殿様と通じ、大老にも影響をあたえ、大商人からも厚く支援を受ける立場。
それは大きな問題を解決しようと奔走する市議の姿に共鳴する、私達は庶民なのかもしれません。
国会議員が戦艦で、大臣が巨大戦艦なれば、強力でも有り集中砲火を受ける立場でもあります。マスコミの集中砲火を避ける為には、駆逐艦による事前の作戦行動は重要です。火力は弱くても機動力で勝ります。
小坪市議の器も大きくなったわけです。大きくなれば入れる物も変わります。稲穂も育てばこうべを垂れます。
それは、やがて許す寛大な心の持ち主へと成長する道でしょう。
それでは、善いお年をお迎えください。
ありがとうございました。
.
その通り!【愛国・勤 勤皇の志士】ですね。
小坪市議、明けましておめでとうございます。
今年も、【日本人の、日本人による、日本人の為の、日本】を実現する為に、宜しくお願い申し上げます。
お疲れ様でございました。
「僕の前に道はない、僕の後ろに道は出来る。」という事ですね。
応援しています。
2018年お疲れ様でした。
来年も小坪先生を応援し続けます。
ありがとうございました。
小坪先生、明けましておめでとうございます。
いつも感謝いたしております。
今年も、お身体を大切にご活躍をお祈り申し上げます。
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
昨年は色々ありましたね・・・読んでいて「あ?そんなこともあったな」
と思い出しました。
小坪先生!新年明けましておめでとうございます!!
小坪先生にはね、神さまがついてるんですよ。神さまのワナにまんまと嵌まってしまってるんです。気がつけばこうなってた、あれれ?そんなワナです。
小坪先生みたいに火だるまになることを恐れず全力で戦う人って他に見ないです。いるのかな。
あんまいないと思う。
だから神さまに目をつけられたんだと思う。
個人的に、小坪先生には救われましたよ。
勇気づけられましたよ。
一生忘れません。先生は私の恩人です。
まだなんの恩返しもしてないけど。
本当に、ありがとうございます。
あけましておめでとうございます。
今年は日本の進むべき道の礎となる大事な年になると思いますので、更なるご活躍を陰ながら応援致します。
小坪 先生、 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
謹賀新年
昨年は小坪議員のバイタリティーに圧倒され興奮してしまった。
明日には何が起きるか解らない。
先導役をお願い致します。
謹賀新年
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
生きてると色んなことがあって、自らが望むと望まないにかかわらずヒトとかかわり、自らが望まない道に入っていくことも多々あります。私も早々に目覚めた一人ですが、時々「アイツに関わらなければ、あのときこうしなければよかった、そしたら今こんなに一人で頑張らなくてもよかったかもしれない」と思いますが、16年前に目覚めるのは私の役目だったと考えてます。導かれた、私なら出来ると…(仕事してない時で嘘つき恫喝ストーカー連中をネット検索、一日15時間以上pcに張り付いて三年以上、それで目覚めた)。小坪様は沢山の方とかかわり合って日本を変えていく方、大変だけど助け合いもあるし、それは人智を越えた力のお導き。きっと日本を変えていく力。 政治の重鎮になるにはまだ何十年もある、もしかしたら総理大臣への路かもしれないですね。日本をよろしくお願いいたします。
明けましておめでとうございます!
出る杭は打たれるといいますが、
出過ぎたら、もうそれは建造物なのかも。
テレビでたくさん雨振ったときに
24時間雨量で、1ヶ所赤く突き抜ける棒が
私の中の小坪先生のイメージです。
対共産党型の実践兵器が
ついには保守陣営にとってのガンダムにまで
なってきているんですかね。
最後の大きい文字の羅列。どれをとっても
物語の主役になり得ますw
しかし、なんという苛烈な2018。
35?40のがんばりでその後が決まる、と
言っている方が私の師匠なんですが、
先生のレベルは…うーん…
先生の幸運をお祈りしております。
あけましておめでとうございます
今年も市議のご活躍をお祈りしつつ、
それ以上にお身体をお大事にされることを願います。
毎朝一番にここを訪れて「私も頑張ろう!」と元気をもらってきました。
今年は少しでもお返しできればと思います。
本年もどうぞよろしくお願いします。
小坪市議
新年明けましておめでとうございます。
周りは小坪市議を「普通の市議」とは思ってないです。
そして、小坪市議がそう感じられているのはとても嬉しく思います。
是非、その「天命(と敢えて言わせて頂きます)」を全う頂きたく。
今年一年のご活躍をお祈り申し上げます。
新年明けましておめでとうございます。
本年も小坪先生のさらなるご活躍、楽しみにしております。
地元、行橋市の事が好きで、行橋市を良くしたい=市議としてのお仕事。
日本の事が好きで、同じ志を持つ保守陣営や諸先輩方の力になりたい=小坪先生の第二のお仕事。
で、宜しいのではないでしょうか?
実力が伴えば、求められる要求も増えますし、看板も増えていくと思います。
出来る人は、複数の企業で相談役に就いたりしますでしょう?
『期待に応える』ことに市議というボーダーラインを引かなくても良いと思います。
今年も大いにヤンチャぶりを発揮して下さい。
関西の地より応援しております。
新年明けましておめでとうございます。
ステージの違う場所での活躍を見てみたい気がします。
自民党に代わる保守をほしいところではありますが、現状次善の策として「自民党」公認の参議院議員が活躍の場となれば絶対応援します。
勿論、比例区でないと無理ですが。
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共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。
・『テロを利用する共産党』
・『テロリストの味方である共産党』
・『テロに屈する共産党』
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年が明けてしまいましたので、殆ど誰も見る事は無いコメントですが・・・。
影響力と言えば、これも無関係では無いでしょう。
U-1 NEWS : 中韓にサーバーを置く企業に政府から厳しい沙汰が下ってしまう 重要データは国内に保管しろ
http://japannews01.blog.jp/archives/50516845.html
はい、受け入れお疲れ様です。
ま、しょうがないですね(他人事)。わははははは。
こんなに楽しいブログって有りそうで無いのでこれからも宜しくお願いします。
あけましておめでとうございます。
小坪議員は小坪議員なので、
何もそこは考えず進んでください。
皆がついていくだけだと思います。
肩書きより、人として見ている方が
沢山いるんだと思います。
同居することになった父が朝日新聞が好きなので
献金の領収書?が届くと色々大変で
今はできなくて申し訳ないですが
とある教育現場からひそかに応援しています。
小坪さま、初めて書き込ませていただきます。
いつの頃からか、こちらのホーム画面をブラウザのタブ固定で常に開いている状態にしておりました。
いよいよ御代替わりの年を迎えます。新時代の幕開けと共に、少々古い表現かもしれませんが「小坪2.0」として先生が生まれ変わる一年になるかと存じております。
願わくば、2019年最後のエントリーには、「去年の肩書は市議会議員だった」との一文を拝読できますように。
遠い関西の地より応援いたしております。
昨年の記事に対して今更というところもありますが
決意の意味するところは何か、という感じがして
なりません。
僕自身永年在住したS県より小郡という地に移り
ましたがリアルで何も為し得ていないことに対し
如何とも言いがたいところです。
旧S県民としては維新博やアニメなどのコンテンツで
県内を盛り立てていたりDHC会長氏などの人物はいる
もののものの七賢人に相当する人物がいないことや
県内選挙区で当選したのが野党議員であること、
ヤンキーみたいな人物が実権を取ったかのように我が物
顔で跋扈している様相に失望しそうになっていますが
奴等を見返すために臥薪嘗胆する次第であります。