小坪しんやのパラオ旅行記2?失われていた修身教育と原因


 

 

パラオを歩く

博士の記事に感激してのパラオ旅行。慰問が最重要の目的だが、他にも興味はあった。日本で失われつつある修身教育、古きよき日本を探しに行ったのだ。可能な限り歩くと共に、様々な層よりヒアリングを行う。最終日はレンタカーで島内を巡った。予想とは異なる衝撃があった。

※特記
本エントリは、5年前に私が書いた原稿です。かつて定期発行していたSNS-FreeJapan第四号「主権と領土、国家観」(平成22年12月1日発行)より、「政治に向き合う(特別編)パラオ旅行記」を転載、後半にて一部を追記しております。

本エントリは、【画像あり】小坪しんやのパラオ旅行記1?ペリリュー島に続く、旅行記の2になります。
お読みでない方は1も併せてお読みください。

当時の記事は3話完結です。
(今回、補足編も書くかもしれません。)

 

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■失われていた修身教育
 パラオからは、完全に修身教育は失われていた。
若者だけでなく、多くの国民よりそれを知ることはできない。その残滓は、かつての歴史として、微かに博物館に残るのみである。独立の気運の高まりに思うに、確かにそこに「日本」はあった。米国の信託統治下から独立。これは楽ではない。何度も住民投票が行われている。達成させた気概や強さ、それは確かに修身教育より得たものだろう。
 原因を調べるに、意外なことがわかった。パラオの教職には、免許が必要ない。1947年より米国信託統治。すでに50年が経過している。聞くところによると、就職先としての先生が手軽なものになり、教職の「教える能力」が失われていったようだ。生徒の能力もどんどん落ちていったという。
 いつから教員免許が不要になったかわからないが、教育腐敗はいとも簡単に、強固な修身教育を滅ぼしてしまった。近い状況にある日本も、他山の石とすべきだろう。

※ 五年後の今、追記。
パラオの博物館に赴き(恐らくは国立博物館であったと思う。)歴史を調べ、メモを取りまくった。他、簡単な英語と日本語の使えるガイドさんにヒアリングしまくり記述。
同様のこと(パラオと修身教育)を聞いてくる者が多いため、ガイドさんたちもある程度の下準備をしているそうです。
しかし、そのような日本人旅行者はかなり少なく(当時)私のあたったガイドさんは特別詳しい方にたまたまあたったようです。他、現地の方に、裏取りの意味も含めヒアリングをかけました。

 

■雇用と賃金
 驚くべきことに、物価は日本と変わらない。観光産業を除けば、目立った産業もない。強いて言えば、昨今有名なノニが取れること。至る所に生えている。促され、むしって食べたがおいしくはなかった。日本にあるものは、ブルーベリーなどで強く味をつけているそうだ。
 観光業の商業が、一般生活にも侵食してしまい、海外からの観光客への物価の中で、国民が生活せねばならないため。しかし最低賃金は約5$。当然、生活はできない。やや刹那的な生き方、社員というより派遣・バイトに近い職業(日本の現状と比較して近い)が多く感じた。教育と生活の崩壊、日本の行く末を見るようでもあった。

※ 五年後のいま、追記。
雇用・経済面は相当のアンバランスであり、想像以上に過酷な格差社会となっていました。観光立国として見た目は成功しているものの、結果的に物価は米国と同等になってしまった。
政治家として見た場合、そこに在るのは夢の国、南の楽園ではない。

 

■健康問題
 糖尿病と肥満がひどい。特に貧困層に多いと聞く。その理由を聞いて信じられなかった。スパムという言葉は、日本ではスパムメール(無作為に送られる迷惑メール)で有名だが、ここでは缶詰肉のことを指す。小学生の弁当を、貧困層ではスパムを持たせるそうだが、そればかりを食べた子供たちは糖尿病になってしまったという。国民に対して、すでに4割が羅患。あまりの割合に俄には信じがたいが。。。教育腐敗は、ここまで悪影響を及ぼすものなのか。

※ 五年後のいま、追記。
実はスパムの語源を知ったのはこの際です。お土産には、安価なこともありスパムの缶詰を大量に買い込みました。実際に食べてみないと判断が付かぬと思い、ホテルでスパムビーフをばくばく食べていました。

 

 

パラオの政治

■国会議事堂
 まず一番驚いたのは、国会議事堂が立派だということ。そして、ハリボテだということ。
 独立に際し、米国から「首都移転」を条件に付けられていた。当時の首都があまり狭いため、首都機能の移転として環状線の整備、国会議事堂の建設が行われることになった。これは米国から勝ち取ったもので、独立時に米国から予算がついていた。
 しかし独立後、任期が終わり国庫をあけると、なんと「なかった」そうだ。どこに行ったかわからない。それほどに政治腐敗(興味もなさそうなため、そう認識しているかは不明)がひどい。
 独立の条件であったため、台湾よりお金を借りて建設。威信をかけて立派な建物を建てたが、ハリボテであった。

※ 五年後のいま、追記。
これもガイドさんや現地民から聞いた話。裏取りはしたが、つたない英語能力もあり、(いま現職の政治家として述べるほどには)全てが正確な自信はない。実際に、大統領官邸などを見て回った。コロールからは離れていたように思う。
レンタカーを借りて、実際に走って行った。進行方向は米国仕様で逆方向だった記憶がある。

 

■パラオと外交
 台湾が一位、二位が米国。日本は三位だろう、と伺った。なんと台湾の領事館もある。信託統治を受け、文化を色濃く上書きされたため、米国が二位というのはわかる。台湾は親日国として覚えている方も多いだろうから、私もなぜ一位かはわからなかったが、一位が台湾と聞いて嬉しく思った。またどこか納得もした。しかし、そうではない。
 理由はODAと領事館、中国との関係にある。嫌な言い方をすれば、台湾に寄生しているのだ。諸外国に頼りまくっていると言っていい。それでいて物価は日本同等、もしくは高い。
 中国の覇権主義に対し、この立地で領事館があることは、つまり独立国として扱われることは、台湾にとって非常に重要なのだ。それを盾に、多くの出資が台湾からである。日本はしっかりしており「この目的の○○に用いるならば」と条件を多数つけるため、自由に使える台湾がATM化しているように感じた。やはりどこに行ったかわからなくなるようだ。
 日本だと暗くなってしまうニュースだが、パラオではあっけらかんとしているのは国民性や風土の違いだろう。

※ 五年後のいま、追記。
ODAに頼った外交をしている側面はあり、台湾は少し可哀想な気もした。しかしながら、政治家として述べさせ頂ければ、これは当然のことであり正当なことなのだ。
「国家」としての扱いを何が何でもして欲しい台湾と、開発能力に欠けたパラオ。これはこれでバランスの取れた、ある意味では政治力学上、正しい関係であり、通常のこと。
政治は、遊びではない、ご都合主義でもない。
自国の国益を鑑み、国民を守り、食わせていくためにある。なんでもありな世界情勢では、(一見ズルく見える方もいるだろうが)これは平和な国家間の関係とも言えるのだろう。

 

■二重行政の問題
 いまだ部族のパワーも強いそうだ。北の大酋長・南の大酋長がおり、大統領をトップとする民主主義の政治形態ではあるが、かつての部族単位での発言力も残っているという。これは難しい内政だと思いました。かつて日本はどう統治したのでしょうか。
 道州制が施行されており、人口が100人強のペリリュー州にも、州政府と州議員がいる。公務員や議員の力が強すぎるのではないか。しかしそれに対し疑問も持たず、しかし明るいことが不思議でならない。

※ 五年後のいま、追記。
現地まで行かねばわからぬこともあるものだ。「選挙による政治」を正統なものとして、それのみを正統なものとして受けて入れていた私にとっては、これは衝撃であった。どちらの政治体制に正統性があるかと言えば、独立に際してであろうか、日本統治下においてであろうか、「持ち込まれた選挙制度」自体が、違和感のある外来品なのだろう。

短い滞在日程の中、できる限り体感しようとは務めたが、「空気をわかる」というのはなかなかに難しい。非常にアバウトな認識やもしれないが、天皇陛下が政治も行える状態で同時に国会もあるような状態だろうか。明治大正の日本に近いのかも知れない。

とは言え、「大統領・公務員」という、私の中での「国家の意思」という、政治体系が必ずしも絶対ではないのだと知り得たこと。その衝撃は、私にとって大きな影響を与えたことは事実だ。

私がこう思うのは自由なのだが
同時に、貴方がそう思うのも自由であることを、受け入れる。
そういうものなのだ、と事実を事実として客観的に受け入れる。
構造を解析し、その状態を可能な限り正確に把握できるよう努める。

この感覚は、このエピソードに拠るものなのかも知れない。

 

 

<最後に余談>
糖尿病の話、就寝教育の話を聞いた際に出てきたスパムビーフ。
「よし、ならばスパムビーフを食べてみよう!」と大量に買い込み(のち、お土産に。)ホテルでばくばく食べました。

申し遅れましたが、これは新婚旅行です。
ペリリューの慰霊で、戦績を回り、戦車の写真で茫然、涙をボロボロ流してしまう。のちガイドさんと修身教育と政治で盛り上がる、さらに現地民とヒアリング・・・。

繰り返しますが、これは新婚旅行です。
ホテルでスパムビーフをばくばく食べ、「塩っ辛いがうまいなぁ、食べる?」と嫁さんに食べさせようとした際、非常に怒っておりました。

えっと、その、、、まったく意味がわかりませんでした。
当時、「なんか心が狭いなぁ」と思いましたが、書いている今(五年後)はなんとなく怒っていた理由もわかります。
私も随分と成長したものだと思います。

んー、海、、、
海、海、んー、慰霊の途中で見たような気もします。涙でかすんでおりました。
泳いだ、、、っけ?
地元が漁村でして、あまり泳ぎたいとも思わないんです(いつでも泳げた)。
泳いだと思いますが、政治家的に使い古された言葉を述べさせて頂けますと、「記憶にございません。」

ノート片手に博物館にこもり、スケジュールの最重要課題に慰霊を組み込み、ヒアリングしつつペンを走らせ続けたわけでありますが、いまだ離婚はされておりません。余り見かけませんが、(帰宅が遅いため。)恐らくは「諦めも重要」という思っているのかも知れません。
・・・と、書いている今、思いました。

こういうことを考えるようになったのは、かなり最近のことで、周囲からはよく結婚できたなぁと言われます。私もそう思います。

皆様にお伝えしたいのは、観光なら観光として行ったほうが良いと言うことです。
私は、パラオの実情には触れることができましたが、新婚旅行の記憶は余りありません。
それは、よくないことなのではないか、と今は思います。

これは私の生き方に通じる部分なのかも知れませんが、
現場に行かねばわからない、
実際に触れねばわからない、と。
これは極めて典型的な理系の考え方なのでしょうけれど、大事なことだと思うのです。

目の前の便利な箱からは、一部のトリミングした情報しか表示はされぬのだ、と。
保守であれども、ゆえに保守が喜ぶ記事ばかりにアクセスが集中し、結果的に一面しか見ることができていないのだと。

そこに行き、そこで物を食べ
そこに生きる者と語らい、そこの空気を吸う。

知る。
知るとは、箱の中にも板の中にも入ってはいない。
表面をなぞるのみに過ぎない。
私は、その中身が知りたいのです。

 

関連
【画像あり】小坪しんやのパラオ旅行記1?ペリリュー島
【パラオ】日本軍の沈没した船に、中国国旗
こちらにも現地に行ったゆえの思いを綴っております。
よければ併せてお読みください。

 

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4 Responses to 小坪しんやのパラオ旅行記2?失われていた修身教育と原因

  1. JL のコメント:

    心の広い奥さんでよかったですねー。

  2. 生野区民 2 のコメント:

    日本の直接統治ではなく台湾の信託統治は、知らなかった
    日本もパラオを見習って、中華民国を国としていつの日か扱って欲しい
    それと子供のうちから糖尿病というのが気になった
    自分自身が糖尿病で、大病を併発しているため
    教育が腐ってるから、そうなるのか貧困が原因なのかはわからないが
    日本も親日国には、そういう方面での援助や支援をしていいと思う
    シナへのODAを廃止すれば、財源は確保できるのだから

    • 櫻盛居士 のコメント:

      > 日本もパラオを見習って、中華民国を国としていつの日か扱って欲しい

      実は、日本は台湾の中華民国を国として”認めていない”のでは無くて、”認める権利が無い”と言うのが正確かも知れませんね。

      根拠はサンフランシスコ講和条約にあります。

      北方領土もそうなのですが、台湾の割譲を規定した条項が無いのです。
      ただ単に、『統治する事』を放棄して、その処分は連合国が決めると言った内容になっています。

      例えるなら、土地の売却権利を管財人や債権回収業者に移譲したけれども、管財人がどこにも売却せずに、名義は元のオーナーのままって状態に近いですかね。
      例え管財人が売却先を決めても、土地売買契約を締結するのは、元のオーナーと管財人が決めた売却先との間での契約です。
      これが、台湾に於いては保留中なのですね。

      更に、ややこしい事情が重なってます。
      日本本土の状況に例えたドラマを作るなら、敗戦とともにGHQが日本を間接統治を始めたのですが、米国で共産党政権が立ち上がり合衆国政府が日本に逃げてきて、そのまま居座っている様な状態です。

      大陸に於ける中華民国は国として認めているのですが、台湾は中華民国が占領統治しているのであって、中華民国は台湾を領土として割譲を受けていないのです。
      所が、日本には割譲先を決める権利が講和条約で放棄させられている。
      占領軍が本拠地を失った事を除けば、返還前の沖縄と似た状態なのです(厳密には法的に異なるのですが)。

      そこに来て、後から建国したサンフランシスコ講和条約に参加してない中華人民共和国が「一つの中国」なんて間抜けな事を言い出しました。

      まんまと中華民国を追い出して、国連常任理事国の後釜に座ったつもりなのでしょうが、国連憲章では常任理事国の項目が改定されずに中華民国のままなのですね。

      この話の間抜け所は、サンフランシスコ講和条約に参加していない中華人民共和国は台湾の処分権を有していないけど、連合国連盟である国連の常任理事国である以上は、サンフランシスコ講和条約を認めない訳にはいかないのです。

      ここに、中華人民共和国の葛藤があります。

      話が込み入って解釈が難しくなりましたが、厳密な法の解釈によると台湾は元のオーナー(主権者)である天皇陛下の領土のままで、台湾人は天皇陛下の臣民でありつつ、占領軍政府の間接統治下にある訳です。

      だから、日本は台湾に於ける中華民国を国として認める権利が無いのです。
      国連も台湾に於ける中華民国を国として認めていないですよね。

      とんでも話をしてしまうと、サンフランシスコ講和条約に参加した連合国が「台湾なんだけどさぁ、やっぱ日本に返還するわ」って言ったら、返還条約の期日を以って台湾人は日本国籍を有する事(復帰)になりますし、日本は台湾の統治に於いて国防を含む全ての責任を負う事になります。

      因みに、樺太、千島列島、南沙、西沙も台湾と同じ状況なのです。

  3. ピンバック: 小坪しんやのパラオ旅行記3?パラオの豆知識 | 小坪しんやのHP?行橋市議会議員

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