【今後の自民党】高市新総裁へのお祝い~長期政権となれるか?石破議員に抱いていた「執着」の正体~なぜ人事は注目なのか。

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新総裁の選出にお祝い申し上げる。
そのうえで今回の総裁選は、失敗であったと感じています。理由は禍根を残してしまったため。このことは党所属議員も党員も重く受け止めるべき事実だと覚悟します。ゆえに新総裁からも他候補からも全員野球というフレーズが述べられました。
選挙の成果は、一枚岩になれるか否かであったと思うのですが、まさに高市新総裁の演説の通りです。

是非は別にして、一部の総裁候補への攻撃はございました。具体的には小泉陣営に対してです。私は小泉さんに投票しておりませんし、応援する立場ではありませんでした。どうでもいいと言う意味ではありませんが、その意味では客観的な立場として、『刺されたほうはたまったもんではなかったろうな』、というのは(繰り返しますが客観的な立場で)述べさせて頂きます。

 

苦悩、悔恨。恨みや怨念。
そういうものを一部の陣営に残してしまっただろうことも、一つの事実として感じるのです。
少数に転じている自由民主党にとって、まずは党内一丸となり、ただでさえ人数が少ないからこそ全員野球が必要なのです。まさしく新総裁の演説の通りです。まったくもって同意です。
では、そのような結果となったかと言えば、私は疑問も感じます。他者に向けてしまった敵意や悪意は、新たな総裁が背負っていかねばなりません。

このことは今後の政権運営において非常に重要な事象であり、支持者も含めて噛み締める必要があります。
なぜなら短期政権に終わってしまうのか、長期政権となり政策を複数通すことができるのかの重要なファクターだからです。耳に痛い方もいるかもしれませんが、大切なことだと思うので述べさせて頂きます。

その意味では新総裁の演説に同意するとともに、今回の総裁選挙の反省点として私見を述べさせて頂くものです。
私個人としてはblogに投稿した通り、どなたであれ新総裁を支えると投票前に述べた通りであることを付記いたします。
今後において注目すべきは、一つは人事になります。

 

それぞれが「執着」を抱えたままでは、政権運営は立ちいかない。
払拭できるかどうかが人事に集約される。

過去の自由民主党とは異なり、すでに数が少ないのです。野党との協議が必要です、では野党との協議とは何か。
はっきり言えば「不利な条件を突きつけられる日もある」ということです。向こうだってタダで譲ってくれることはないだろう。それを突きつけられたとき敢然と蹴り飛ばすことはできるのか、しかし蹴ることによって短命政権となる危険もある。

オールドメディアは、特に左派系は攻撃してくるだろう。それこそ全力で来るだろう。
その際に身体を張ってでも守る!という衛兵が何名いるか。外部ではなく、党内の国会議員に何名おられるかは生命線になる。

私も執着を抱えていた。石破政権に対し、相当に複雑な思いをもっていた。
それは昨今のネット保守とは異なる、どうしても消せない思いでありました。ゆえに新総裁の誕生を、私は彼の退陣の姿に注目してしまっていたし、その際の私の心象風景を見ていたように思う。

 

 

 

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総裁選における失敗

新総裁の選出にお祝い申し上げる。その書き出しから始めます。
私が着眼していたのは、石破総理でありました。ちょっと見方が違うと思いますので、一応は聞いてみてください。全く異なる観点だと思うし、結果としては皆様と同じだろうから。

反省点と書こうかと思ったのだけども、敢えて失敗と書きました。
私にも自省する部分があり、特に石破政権においては自戒していた部分があるのです。
冒頭でも軽く触れておりますが、私が見ていたのは、私の関心事は石破氏についてでありました。一時の流行のように、退陣論が流行りました。私は乗りませんでした。そうしたくはなかったからです。では、内心はどうであったか。なぜ、言わないのか。

それは、私自身が執着していたからです。
私は私の執着に気づいておりました。

そして、おぼろげながらその執着の正体にも気付き始めていたのです。
おぼろげは最近は政治の流行りのようだから今後は使っていこうかな。
私はなぜ石破氏に対して執着を抱くに至ったのか。そして、なぜ自戒すべきと考えたのか。
いまならば分かる。

 

執着とは、
苦悩、悔恨。恨みや怨念、だけでしょうか。
なぜ苦悩し、なぜ後悔するのか。それが怨念ともなるのか。
そもそも執着とは何か。

 

高市早苗新総裁からも全員野球、そして小泉候補からも同様の発言がありました。
選挙が終わればノーサイド、それは美しい風習です。
なぜ慣用句のように使われるのかと言えば、簡単なことではないからです。

(私はいずれの陣営でもありません。そのため客観的な立場で述べることを繰り返しますし、物語の主軸は私が過去に抱いてしまった執着です。)

 

少数に転じている自由民主党にとって、まずは党内一丸となり、ただでさえ人数が少ないからこそ全員野球が必要なのです。まさしく新総裁の演説の通りです。まったくもって同意です。
では、そのような結果となったかと言えば、私は疑問も感じます。他者に向けてしまった敵意や悪意は、新たな総裁が背負っていかねばなりません。

 

その意味では新総裁の演説に同意するとともに、今回の総裁選挙の反省点として私見を述べさせて頂くものです。
私個人としてはblogに投稿した通り、どなたであれ新総裁を支えると投票前に述べた通りであることを付記いたします。

新総裁はイバラの道、もはや罰ゲーム。私は「誰になれども支える」以外にない。自民党壊滅まで後3年の覚悟。

 

大変なことですよ、大変に重たい重責です。

いまは数が少ない自民党。

必死に全員野球と声掛けをせねば、もはや党運営はままならない。

 

自公で過半数があった時代とは違う、党内で「はい俺らが決めたから」では済まない時代。
野党との協議が必須となってくる時代において、外と話をせねばならぬ。
内側で、後ろから撃たれたら外との交渉は成り立たない。

 

 

 

挙党体制となる人事、支持者は受け入れられるか

今後において注目すべきは、一つは人事になります。
果たして総裁選における(客観的に見たうえでの)禍根を払拭できる布陣をひくことができるのか。二つ目には、支持者らの動向です。ここで敗者をなぶり続けたいという可罰的な欲求を抑えることはできますか?圧倒的に過半数を持っている状態ならまだしも、すでに数が足りない自民党においては、全員の協力は必須の状態での運営がスタートします。

はっきり言います。党内が割れれば、短命政権に終わります。
どれだけ良い政策を掲げていたとしても、実現する前に政権ごと潰れます。
理由はシンプルです、議会を通す必要があるからです。議会の議決が必要で、「なにぃ!反対しやがって!邪魔してやがんのか!」は、自民党の国会議員には通用したとしても野党には通用しないのです。

自民党員が自民党の国会議員に高圧的に迫ることは、百歩譲って効果があったとしましょう。
しかし、それを立憲であれ維新であれ国民であれ、同じように迫っても効果はあがらないのです。なぜなら違う政党だから。

 

北風と太陽であれば、党内であれば北風の効果も否定はしないが、党外には北風は効かないのです。
効かないどころか逆効果。高市総裁の交渉の、マイナスにしかならない。相手は執着を抱き、さらに政権を攻撃してくるでしょう。だからマイナスなのです。

政策を実現するための、議会の過半数を得るため、交渉に赴いたとします。
交換条件はつけられます、全部が賛成とはまずならない。こっちにはこっちの都合があるように、あっちはあっちの都合があるのです。

 

とんでもない条件が求められる日もくるかもしれない。
それこそ夫婦別姓であるとか、そういうレベルの。

けど、そりゃ求めるでしょう、野党はそういう選挙をしているわけだから。
支持者との都合上、むしろ出さないほうがおかしい。相手の脳みそに手をつっこむ技術なんて確立されていないのだし、少なくとも野党はタダでは飲んではくれない。むしろ「よし俺の時代が来た」とばかりに、高いハードルを課すかもしれない。

結果、物凄く嫌なものを野党から約束させられる日も来るやもしれん。
そういうことは、正直に言えば石破政権でも少しは目にしておりました。

我が家の家長が、とんでもなく不利な状況で他の家々と交渉をする。
必死にまとめて、なんとかかんとか、それでもまとめきったとしましょう。
その中には我が家にとっては容認しがたいものも含まれていた、と。少なくとも嫌なものがあった、と。
自宅に帰ってきて「勝手におまえが約束してきたことだ、NOだ、NO!」となると、家長は立ち行かなくなる。

 

このあたりは私の空想というよりは、単に政治のいつもの光景なので。
議論の余地なく、単に事実として受け入れて欲しい。まぁ、今回の記事における前提条件の部分なので。
それが「おかしい」と思う方もいるかもしれないが、そのおかしな世界の”おかしなルール”の中で、私は二等兵として苦労もしてまいりました。

ゆえに、党組織を構成する一兵卒として、「苦労はある」という覚悟はもっております。
その際、自民党の党内から、党内の国会議員から何人の援護が頂けるのかは大変に重要なことだと思う。

はっきり言いますが、石破政権の末期はそういう潰れ方だったように思う。
私は、黙って見ていた。撃ちたいなぁと思いながら、しかし、それだけはしなかった。

同じになるのは嫌だったからだと思う。

 

 

 

支払ったものしか、支払われることはない。鏡返し

かつて、岸田内閣や石破内閣について悪意を向けた者もおりましょう、それは内心の自由として否定する立場ではありません。私個人としては安倍内閣を支援する立場であり、過去においては故中川財務大臣を尊敬する立場で政治の世界に身を投じました。

よって、岸田政権については半々ぐらいの思い。そして過去の政権へのスタンスから、本音で言えば石破政権には『複雑な思い』をもっておりました。正直に言えば、石破という名前に執着している私もおったのです。それを払拭できるだろうか否か、本日は新総裁の選出以上に、石破氏の退任挨拶を心待ちにしてしまう私がいたことを吐露いたします。しかし、その姿を見ても私の心は晴れることはなかった。もっとスッキリするかとも思っていた。そうはならなかった。

 

私は、石破議員に対して執着があった。
あったんだと思う。おぼろげながら自覚もあった。

少なくとも私は石破議員に執着があったわけだけども(繰り返しにはなりますけどもね)
自民党という組織にも、その組織内にも石破議員に対する執着はあったのだと思うです。体感にはなりますけどね。

私にはあった、だから自戒した。
せめて悪口は言うまい、と。

なぜならば、同じになってしまうから。
恐ろしく努力して戒めた、自分に。

 

翻って新総裁をお迎えするにあたり。
私だけではなく皆様も振り返って頂きたい。

全員野球が求められたのは、岸田内閣においても石破内閣においても同様でございました。皆さんには執着はございますか?
ございましたか?過去において、殴ったこと、悪意を向けたこと、敵意をもったことはございますか?
貴方の手は、真っ白でしょうか。恐らく、誰しもそうでありましょう。

彼らに対して貴方が支払ってあげなかったものを、同じく新総裁が(彼らから)支払って頂けるかは不明瞭なのです。自らの胸に手を当てて頂きたい。選挙がおわればノーサイド。理念は美しいけれども、それが美しいのは実現が難しいからなのです。私は、自らの心を奮い立たせて、半分半分の気持ちで岸田内閣を応援しました。石破内閣には、”できるだけ批判しない”と強く強く自らを戒める形で応援したつもりです。けれど、私が支払ったものはその程度です。きっと、全面的な、死ぬ気での協力ではなかった。

繰り返しますが、全員野球が求められたのは、岸田内閣においても石破内閣においても同様でございました。
そして、麻生内閣においても同様でございました。中川財務大臣も求められたものと推察します。

貴方ができなかったことを、他の人ができるかは分からない。
自分がしてもいないことを相手に求めることはおこがましい。

ゆえに「見どころ」(軽く揶揄するならば見もの)は人事になりましょう。その人事は、支持者から見て気持ちの良いものばかりではないかもしれません。最後の見どころは、人事に対する支持者の反応なのかもしれません。

 

 

 

長期政権となれるかは、人事次第

なぜ人事か。

「執着を持っている者」らを、閣内にお迎えして全員野球の布陣をひく必要があるからです。
簡単ではない、簡単なことではない。頼めるだろうか、相手に。また、相手は請けてくれるだろうか。

私は、石破政権に対して相当な思いをもっておりました。
執着という言葉が本稿のメインストーリーであり、その意味では(新総裁を決める総裁選挙なのですけれども)私が着眼していたのは別のものだったように思うのです。私には私の事情がありました、個人のね。政界入りしたときの鮮烈な原風景があったのだから。尊敬する財務大臣が、命を失うという絶望から私は立ち上がって今があるからね。

 

石破議員が後ろから撃っても、党内では役職を付与して厚遇した。
当時は意味がわからなかったなぁ、「あんなやつ」って私は思いました。
ぶっ叩いてやればいいのに、と思いました。当時はね。

では高市新総裁は、過去においてどうだったかと言えば、必ずしも協力的な対応ばかりではなかった。
ここがどういうふうに作用するか、です。

分かりたくもないけれど、あのとき、石破総理はどんな気分で高市さんに政調会長を要請したのだろう。
同じような悩みを高市新総裁も抱えることになろうと思う。

 

では、
「人事が上手く行った」場合には、何が起きるのか。
それは皆様にとっての「けっ、あんなやつ」が党の役職なり、大臣の役職を得ることになるのだろう。

私にとっては石破総理が、のちの内閣や党内で、一定の役職を得たときに感じた、得も言われぬ感情を抱くのだと思う。
高市新総裁が、執着を持たれかねない方をお迎えし、素晴らしい人事をなされた際には支持者は落胆するのかもしれない。
私は、そうだった。

それを皆様は受け入れることはできますか、心情的に。
ちなみに失敗すると短命政権に陥る危険が非常に高いため、必死に調整はなされると思う。

だって、衆議院も参議院も、すでに過半数がないのだから。
あのころよりも、もっと状況が悪いのだから。

 

 

 

私の執着とは何だったのか

自問自答になります。

それはきっと、政治に身を投じたあの日、中川昭一財務大臣が掲げた政策に、その先に見た未来という夢であったのだと思います。私はこれからもそれを胸に、あの日を夢を追う者として生きるのだと思うのであります。

いつか執着が消える日があればと思っていたのでありますが、昨今の国際事情も鑑み、どうやら私は「とらわれていた夢」からまだ開放されそうにありません。見果てぬ夢の終着駅を、どこに置くべきなのか。

ゆえに、私はいずれの政権に対してであっても同じく振る舞いたく自戒を込めて述べるのです。
あの日、私はとても嫌な思いをしていたからです。

執着とは、過去に描いた夢ある未来の、見果てぬ夢の廃墟なのかもしれません。その執着というべきか、私の原風景というべきものかは分かりませんが、捨て去るべきものなのか大切に抱くべきものかは未だ答えが導き出せないのです。
誰しもに執着がある。禍根は残してしまった。
さりとて国難は迫る。ゆえにいずれの候補が選出されたとして、私は支援する姿勢を崩さない。あの日描いた夢を、大切に思えばこそ。

 

執着とは何だったのか。
それは見果てぬ夢の廃墟である、と。

中川財務大臣が編成し、仮に麻生内閣が継続した場合の。
もしくはあのときに全員野球ができていた場合に、財務大臣が示した政策や予算が実現され、得られたはずのもの。

氷河期世代と略して触れることが多いように思いますが、正しくは就職氷河期世代でした。
そういう名前も後からついたような気がします。覚えているのは、メディアからは「自己責任」と突き放され、のちに「責任世代」と呼称が改まったことも許せなかった。

悔しかった。

 

私の原風景は、いま国民民主党を支援したり、参政党を支援し始めた人と。
恐らくはそう変わらないものでありました。当時はそんな人はいませんでした、ごく少数派。

そんなとき、時の政権から素晴らしい政策が出るわけです。
期待もしたし、夢も見た。私は見た夢は、私たちの世代が救われること。結婚してマイホームを建てたり、人並みの幸せを私たちの世代が享受できるのかもしれない、

努力が誰しも報われるかもしれない、同級生たちがみんな明るく仲良く笑っている未来を、夢見てしまった。
だから頑張れたんだ。

 

その夢は、政権崩壊とともに潰える。
悔しかったよ、その夢を追い続けたくて。必死に努力してね、そうやって市議会議員に私はなりました。

中川財務大臣が命を失われ、悲して悲しくて、そのときは私は浪人中でしたから。
まだ議員バッジもつけておらず、なにくそ、なにくそ、と。そういう覚悟で生きてきました。

 

執着とは何か。
それは、あのときの経済政策が実施され、届いたかもしれない未来の、または辿り着けなかった未来の、残像なのです。

それでも見てしまった夢を私は忘れられなかった。
戦えば、努力すれば、いつか届く、と。そう信じてね、思えばもう随分な月日が経ってしまった。

来ないんだ、そんな未来は。
氷河期世代は、当時は20後半から30前半で、まだ人生をやりなおせるときだった。私ももはや四捨五入すれば50になる。
人はね、年をとる。

だから、いまは「次の世代には同じ思いはさせたくない」ぐらいに思って、氷河期世代の議員としては振る舞おうと、そうしたいなって自戒しています。

 

 

 

三橋さんに「意外に女性的」と言われる。

ちょっと三橋さんに電話しました。

「どう?」って。

 

たまにだけれど、今でも連絡はとっています。
わざわざ人の名前をblogに書くことは珍しいけども、出すとは言ってないのでダメって言われたらここは消すけども。

新総裁をお迎えしての所感というかね、少しだけね。

 

意外に女性的な部分があるんだねと、それは揶揄する意味ではないんだろうけど
私のイメージが強面だからか、そういう反応。

「まぁ、ねぇ」と。
政治家と経済評論家という立ち位置も違うし、三橋さんはいまは自民党ではないしね。

知らない人も多いかもだけど、かつて全国比例に自民党から出馬したこともあって、三橋さんは。
のち全国比例を、私とともに自民党の候補を応援したこともあるんだよ。私の初めての市政報告会の来賓も三橋さんだった。

意外に付き合いは古い。

 

私は、「けど、覚えてる?あのとき」と。
ドライに振る舞う三橋氏だけど、(女々しいと笑われたと思ってやり返したわけではないが)それは覚えてる、と。

私は悔しかった、と。
「純粋だったなぁ、俺ら」みたいな話を。

守りたかったんだよ、あのとき。
見てしまったからね、夢を。辿り着きたかった未来があるんだよね。

 

あとは政策的な話を少し。
私は自民党の代弁者ではないし代表もできないけれど、
また三橋氏もいずれかの党を代表するわけではないのだろうけど、ちょっと税制についてとか。

双方が、ある意味での事務方であることは、客観的には事実なのだろうから
減税についての三橋氏の考えもお伺いはしたし、私個人としても”現時点で170万円になっておくべき”だったと思う、と。そこは、あくまで個人同士の考えなんだけれど、齟齬がないんです。私は最低賃金と連動して、控除枠も自動的に動くべきだったと述べました。

まぁ、これもインフレになって一気に顕在化していったわけですが、物価上昇を求めた時代だってあるのです、ネットには。
もちろんコストプッシュ型を希望したわけではないですが、こうなってくると(アルバイトとして)「就労できる時間が制限され続ける」という謎の状態に陥ってしまう。ただでさえ労働力が不足していると言っているのに、それで外国人がどうのこうので議論されているというのに、日本人が働けないよう制限するのは意味が分からない。

ただ、注文というか、言うことは言わせて頂いて、
国の税制と、一部の地方税は連動してしまっているので、マスターボリュームを一気に上げ下げするようになってしまう。地方税(住民税)の賦課にも影響がでてきてしまうわけで、はっきりいうと「非課税世帯向けの、手厚い手厚い行政サービス」も、対象者人数が激増してしまうという問題。地方税は一気に支出が増えてしまうし、不公平感も出てしまうだろうから、あれを触るときは地方行政側の仕組みも、国政サイドはしっかり調べてから触って欲しいと思う。

 

久々に、話した。
懐かしいなぁ。あの日は、あのころは。
なんというか純真だった。必死だった。いまも必死ではあるけど、少し意味が違うかも。我武者羅だった。

 

一本だけ、線香をあげました。
意味はないけども。それは中川先生に向けてのものではないけどもね、きっと私の心の中の執着に蹴りをつけるために。

執着ってさ、捨てたほうがいいのかな。
それとも青臭い、私の原風景として大切に胸に抱いて生きていったほうがいいのかな。

 

「暗黒の石破政治が終わり、希望に胸膨らむ」自民党山口県連幹事長 新総裁選出で石破総理を痛烈批判

 

自民党総裁選が4日行われ、高市早苗氏が女性初の総裁に選出されました。

自民党山口県連の友田有幹事長は「暗黒の石破政治が終わって、新しい総裁が決まり、希望に胸を膨らませる」とコメントしました。

(中略)

山口3区選出の林芳正官房長官が1回目の投票で3位だったことについては、「残念。大変健闘し、将来を担える人材だと証明したと思う」などと答えました。

 

 

総裁選には、地域対抗戦の側面だってある。
山口県連の記事の、その見出しやコメントには分かる部分がございます。

安倍内閣を輩出した山口県だからこそ、安倍内閣における石破議員の振る舞いに色んな思いがあるんだと思う。想像するしかないけれども。複雑な思いがあるのだと思う。私はその1%しか分かってない。

 

 

 

長期政権となるのか、カギは人事

どうだろうな、人事次第なんだろうなぁ。

これからは大変だ、安倍内閣のときのようにオールドメディアからフルボッコだ。
モリカケ問題ぐらいのことは平気でしれくると思う。

確かに党員からの支持率は高いけれど、それは国民の支持率と符合するのかは不明。
メディアは様子を見ながら撃ってくると思う。党員だけの支持となれば、総攻撃になるんじゃないかな。

ようは、衆院選で(野党やメディアが)「潰せるか」です。
やれると思ったら、敵は撃ってくるだろうよ。

 

ながらく平和な時代が続いてしまったから。
下野した時代の、そりゃもう無茶苦茶なまでの戦いをみんな忘れているから。

まずは自民が勝って当たり前、あとは身内で揉めておけばいいぐらいの。
そういうぬるま湯に浸かってきたとこはあって、安倍政権は偉大だと思う。
その間に戦闘の勘みたいの、みんな失ってしまった気がする。

 

石破内閣においてはメディアは、やっぱり弾の撃ち方は弱かったと感じていて、本腰はいれてくるだろう。
そういう総攻撃にあっているときは、キングを守る(クイーンか?)衛兵が何人いるかという話になる。

安倍内閣のためには、身を投げうって支えた者が多々いたわけだけど、
少なくとも今回の総裁選では禍根を残してしまったと、少なくとも私は感じていてね。
じゃ、キングを守ってくれるだろうか、と。

私は過去の執着があったよ、あったんだ。認めます。
どこかの誰かはさ、同じような執着を持ってしまったとね、思うんだよね。
(冒頭でも書いておりますが、私は小泉陣営の者ではないし、応援は特にしておりません。投票も別です。)

一丸となる空気、作れるかな。
作れたらいいなぁ。そのためには禍根を残さないための、払拭するための人事が大切になると思うよ。

 

もう、自由民主党にはあまり時間が残されていない。
あと3年以内だろう、党勢を回復せねばならない。
この際、敢えて自民党の命運は問わないにしても、次の参院選で大敗すれば、国家としての決定権をいずれの勢力も喪失する。

私は、せめてそれは回避したいと思うので、嫌なことを言うよ。
それに私自身が執着を持っていた一人だからね、今日はそれに向き合う日だった。

 

高市新総裁が、就任の挨拶で、「あ、これ後で失言と指摘されるかな」ってヒヤッとした瞬間がある。
実際にいま叩かれているけれども。
それを、最後のスピーチになるであろう、石破前総理がフォローしてみせようとした。

私は、誰を恨んでいいのか、分からなくなってしまったんだ。
執着を捨てるべきか、原風景として残すべきか。

 

SNSに投稿した文章を再構成して書いてみたけど、もっと書きたいような、これ以上はまとまらないような。
書きたいような書きたくないような、不思議な気持ち。

私は、私怨で政治家をやってたのかなぁ、どうかなぁ、とか。
外国人と安価な労働力の指摘とか、外国人の扶養控除(財務省に会計検査院がはいったとき)から言っているし、太陽光発電の問題点の指摘もうちがやった。軍艦島の初報もうちだし、じつは脱退一時金だけではなくて、ずっと同じことを言ってる。それはさ、中川先生が最後に残されたblogの、著作権の使用権を公式にお借りするところから始まる。外国人の土地取得の話、そして田舎は田舎なりに(私も田舎者として)自然の大切さとかを説いておられたから。

 

そうして私は議員となり、いま、ある意味での宿敵が退いていくはずの、良き日にあたり。
思ったほどにはすっきりしないんだよ。

みんな、新総裁のお祝いムード。
私は、なんだろう、忠臣蔵の動画を見ていて、ちょっとブルーを装ってみたりね。この真っ直ぐな道、愚か者として私を嗤ってくれとか思いながら。この歌は白虎隊らしいけど、そういう年でもなくなっちゃったなと懐かしみながら。酒でも飲めればいいのだけども。

 

 

 

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コメント (頂いたご意見は、他SNSに比較し最優先で目を通しております。)

  1. カルライン より:

    >「人事が上手く行った」場合には、何が起きるのか。
    それは皆様にとっての「けっ、あんなやつ」が党の役職なり、大臣の役職を得ることになるのだろう。

    人事で憤慨するような人は…もう自民党支持者には、ほとんど存在しませんよ。そういう短気な人が、一年以上も「悪夢の石破政権」に耐えられるわけないですよ。とっくの昔に「1!2!参政党~!」って楽しそうに叫んでます。

    「石破政権の1年間」…謎の閉塞感に満ち溢れていて…「なんなんだ、この嫌な気分は…ずいぶん前に同じような気分になった記憶が…」ってなって…「あ、これ、悪夢の民主党政権(特に菅直人)の時と同じだわ」って気づいたってかんじ。

    なので、「一刻も早く民主党政権に終わって欲しかった」ように「一刻も早く石破政権に終わって欲しかった」ってだけですね。

    今、自民党支持に残っているのは、比較的理性的な現実主義者だけです。

    (石破政権が実質「森山政権」であったのと同様に)高市政権は、実質「麻生政権」でしょ。

    だから、人事は、ほぼほぼ「麻生さんの意向」でしょ。

    だったら普通に納得しますよ。

    だって「オレ達の麻生」が帰ってきたんだもん。

    今回の総裁選における「麻生采配」…久しぶりに痺れたよ、正直。

    やっぱ麻生さん、すげぇなぁ…って。
    全てのオールドメディア、全ての小銭稼ぎのコメンテーター…全部麻生さんに出し抜かれてんじゃん。

    麻生さんがやる人事なら…素人目には、色々気に食わない点があっても…「たぶん麻生さんのことだから俺達には、わからない…深い意味があるんだろうな」っていう「謎の信頼感」で納得するよ。

    麻生さん「漫画読む」でしょ。これってすごく大事。

    「漫画」って…読者の共感を得られる作品じゃないと、すぐ打ち切りになっちゃう。
    今、流行ってる漫画には、今の若い人の気持ちが反映されている。

    だから、今、流行ってる漫画を読めば「今の若い人の気持ちが、おおざっぱに理解できる」。

    その昔、羽田空港で麻生さんが「少女漫画(ローゼンメイデン)」読んでたのが、ネットで広まった時には、興味の範囲の広さに驚いたもんです。

    麻生さんは、俺達の気持ちをわかってくれてる。少なくとも俺達にそう思わせてくれてる。安倍さんもそうだった。

    そこが「岸田や石破」と、一番違うところですね。

  2. 井上 洋 より:

    もう私にあなたを応援する余裕が無くなって久しいですが、お身体を労ってくださいませ。
    安倍さんの盟友(?)の中川さんの著書を調べてみます。
    今までありがとうございました。

  3. 波那 より:

    先生には他とは違うと一線を画す、時流に乗りたくないと言う規範なのか性格なのかが有って、その度々に岸田を持ち上げたり忌み嫌われてる稲田を擁護したりなさいました。あの二人は何処からどう見てもリベラルですから、まぁ安倍さんを想い慕いしている、保守と言う概念はともかくとして、安倍さんを支えて来た人達には見離されたとは思います。
     ゝ私は、私怨で政治家をやってたのかなぁ、どうかなぁ、とか。
    私怨も勿論あったでしょうね。私はいわゆるインフルエンサーとか言われてるアクセス稼ぎしてるユーチューバーに夢中になった事ないので、でも熱烈な信奉者とかも居ますからね。何を言われたか詳しく知らないけど捨て置けない、聞き流せない事があったかも知れませんね。
     高市さんですけど安倍さんが、そうだったようにマスゴミから官僚から野党から色々仕掛けられるでしょうね。でも安倍さんが居た頃は、安倍さんが居るし…とか安穏としてた愛国保守達はあの頃より戦う姿勢になってます。ほんと私達は時代を担う若者や成長して行く子供達の為、日本には要らない連中を滅ぼす勢いで戦わないとね。容赦なんかしてやる余裕はない、もうギリギリですから。

    高市さんが総裁に決まったと言う報道は海外に瞬く間に取り上げられましたが、高市さん当選の報が出た殆ど直後くらいにアメリカで報道されてて驚いたのは、そのコメント欄で小泉君のことが海外でも知れ渡っていた事で可笑しかったです😁
    ・Koizumi is a joke for a politician.
    (小泉が政治家とかジョークだろ)
    ・Koizumi is like Kamala Harris, and Takaichi is like Trump.
    (小泉がカマラ・ハリスみたいで高市がトランプみたいってこと)
    ・Takaichi brings some hope. She actually thinks about Japan’s well-being and safety. The opponent will be detrimental to Japan.
    (高市なら希望をもたらす。彼女は日本の幸福と安全を真剣に考えているから。競争相手にとっては不利益だがね)
    そして、何で日本は次々とPMが変わるんだ?については
    ・Shinzo Abe was the only one keeping the LDP afloat.
    (安倍晋三しか自民党を維持し続けられなかったんだよ)
    どこから、こんなに日本の内情を知り得てるんでしょうね。牧島かれんとか、高市さん支持者には投票用紙送らなかった連中とか小泉に票を入れた議員とか…小泉君のこと海外にも知れ渡ってまーす!本当に、おめでとう!!あんなの海外に出してまた恥かくとこだったわ、あ〜危なかった。

  4. BLACK より:

    >人事で憤慨するような人は…もう自民党支持者には、ほとんど存在しませんよ。そういう短気な人が、一年以上も「悪夢の石破政権」に耐えられるわけないですよ。とっくの昔に「1!2!参政党~!」って楽しそうに叫んでます。

    私が再投稿を恥と思いながらもお伝えしたいと思いましたことは、
    カルライン様が申してくださいましたが
    この場の皆様へ、お祝いとお願いを託したく、投稿させていただきます。

    安倍総理が退陣なされてから、安倍総理を失ってから
    高市氏を応援し、熱望されてこられた多くの方々に、
    心からの感謝と御礼とお祝いを申し上げます。

    特に、奈良の自民党の政治家の先生方、奈良の自民党員の皆様の、これまでのお悲しみとお苦しみ。
    どれ程の月日であられたことかと思います。
    総裁選の結果を受けて、だからといって癒されるものではないと思いますが
    安倍総理総裁の志を継ぐ、かの国からは「女安倍」と言われる総裁が誕生しました。
    私ごときが誠に僭越ではありますが
    心からの感謝と御礼とお祝いを申し上げます。

    小坪氏と上記でカルライン様が仰っておられますように
    人事と、その人事に対するネットの反応が、最大の難関と肝であると私も思っております。
    ネットがこれまでの溜飲を下げ、大絶賛するような人事にはならないでしょうし
    また、そのような人事は行ってはならないと私は願っています。

    言葉だけでは無い、きれいごとでは無い、実行を伴う全員野球。
    石破総理がしなかった党内融和をしなければなりませんし
    石破総理が行ったお友達人事はしてはなりません
    その意味において、麻生氏に借りがあることは、「足かせ」があることは良いことだと私は思っています。
    それに、安倍&麻生を引き継ぐ、高市&麻生、ですよ。
    何を行っても、何を行えなくても、もう信頼するしかないではありませんか。
    そして、自民党も日本も、もうこれ以上期待出来る選択肢は残されていないのですから。

    靖国参拝も、私は実行出来なくて良いと思っています。
    安倍総理でさえ、出来なかったこと、諦めたこと、譲ったことは、山程あったはずです。
    ましてや、高市氏は総裁一周目なのです。

    どうか、今後、何があっても、何を行えなくても、高市総裁を信頼し、支えていただきたくお願い申し上げます。
    それが、ネットと、ひとりひとり生活と、日本の為になると、私は信じています。
    この先、何があっても、何を行えなくても
    「ネットがあって良かった」そう、私たちひとりひとりが思える日々を、高市総裁と重ねて行きたいと願っています。

    今回の総裁選の結果は、民意とネットの勝利であると私は思っています。
    民意を読み間違えた、
    または民意を感じ取れない、
    または民意を誤誘導、操作しようとした政治家とオールドメディアの敗北だと私は思っています。

    この勝利を、決して汚さぬように、壊さぬように、たいせつにして行きたい願っています。

    今まで我慢して来た悔しいことの数々を、悲しいことの数々を、
    高市総裁の下で、晴らそうとはなさらないでください。
    もっともっと心の深いところで、もっともっと先を見て、「晴らしたぜ」と
    心の中で溜飲を下げてください。

    大変大変、僭越ではありますが、私からのお祝いと皆様に託すお願いであります。

    高市新総裁の誕生、本当におめでとうございます。

    以上 文責 BLACK

  5. 雑兵 より:

    執着にせよ私怨にせよ、簡単に捨てられるものではありませんし、人間の原動力の一つでもあります。
    問題はその存在に気づいて、行動を誤らないようなるべく制御できるか、だと考えています。

    その点、市議はこの問題に気づき、さらに咀嚼さえ出来ていますから、残りは制御だけでしょう。

    さて、高市政権になったとして、マスコミ等からの攻撃が増えるという話があります。
    確実でしょう。
    ただ、過去より少し救われる点としては、彼らの攻撃対象が多すぎるというところ。
    これまでは参政党、日本保守党、時々国民民主党、という順序でしたが、それらが片付かないうちに今度は与党も叩かないといけなくなった。
    下手にどれかを叩けば、他が飛び出てきます。そこまでの調整・予測が彼らに出来るはずもありません。
    誰にとってもどういう結果になるかが見通しづらくはあるのですが。

    もう一点、政権の人事をニュートラルにすべしとのことで、これは難しいところです。
    石破政権時に、彼らが行ったこと自体がニュートラルとは遠かったからです。
    まさに「右の頬を打たれたら、左の頬を出しなさい」を行えと言っているようなもの。

    特に、前回に続き今回も、党員投票の結果に反した「非民主的な」旧派閥などは、本当に放置して良いのか。
    議員だけでなく、我々国民も、考えることは多そうです。

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