”ヒロシマ”ではなく広島、”ナガサキ”ではなく長崎、”フクシマ”ではなく福島だ。【いい加減、ウザイと思った人はシェア】

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なんでもかんでも片仮名で書く方が嫌い。特定のメディアも含めての話。
”ヒロシマ”ではなく広島、”ナガサキ”ではなく長崎だ。
”フクシマ”ではなく福島だ。無論、”オキナワ”ではなく沖縄だ。
彼等にも表現の自由はあることは認めよう。
だが、「アレを、ウザイ」と思う自由が私にはあるし、「いい加減、ウザイ」と述べる自由がある。
彼等を”ウザイ”と思うのは、思想信条の自由だ。
彼等を”いい加減、ウザイ”と述べるのは、表現の自由だ。

憲法で保障されていると主張した上で「県名の片仮名表記に不快感」を示す。
原爆の被害者を、そして被災地を、愚弄する行為だと思う。
そう思うのは、私の自由だ。

 

かつて、広島、長崎に原子爆弾が投下された。
罪もない、非戦闘員である国民が核の炎に灼かれた。
私は、この人体実験とも形容すべき暴挙に強く抗議する。
その上で、せめて今日ぐらいは静かに祈りたいと思う。

騒ぐ人もおられる。
彼らの権利を弾圧することもあってはならないとした上で、「今日ぐらいは静かにできんのか?」という意思表示はさせて頂きたい。

 

 

 

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これらの「片仮名表記された地名」に併せ、従軍慰安婦がどうだこうだという話も”なぜか”主張される。
不思議なことに労働組合の旗も並ぶ。
核の火に、罪もなく灼かれた者と、慰安婦に何の関連があるというのか。
組合活動と何の関係があるのか。
私は、これが許せない。

そもそも論になるが、慰安婦”問題”と言われることが頭に来る。
はっきり言わせて頂くが、状況を単純化すれが下記のようになる。

かつて、ソープ嬢(性風俗嬢)がいた、と。
そこに、亡くなった祖父が通っていたとして、孫に何を言ってきてるのか。
当時、金を払ってたのだろう?で、いい給料もらってたんじゃないですか。

確かに、本人の意思に反した事例もあったようだ。
しかし、それは「半島の女衒」に対し「半島の親」が娘を売ったわけで、
さらに警察官のほとんども「半島の現地の方」でしたよね。
【孫の世代の私たち】に、どうしろと言うのか。

強姦したとかなら文句を言いたくなる気持ちもわからなくはない。ライダイハンの問題などがそうだ。
そこに産まれた子供は存命であり、まさに目の前の、解決すべき問題と言える。
ただ、それが強姦であろうと、如何なる刑法違反であろうと、仮に祖父が不法行為をしていた事実が(仮に)あったとしても、「それが孫に引き継がれることはない」と言いたい。
法を犯すこと、つまり不法行為を、私は政治家として容認するつもりはない。
これはモラル面でも、つまりコンプライアンス的な問題(和的に言えばお天道様が見ている)でも、状況によっては批判する。

だが、子々孫々、先祖の罪を贖えというのは、やはり違和感を覚える。
通州事件などのように、被害の歴史を学ぶことと、ロビー活動の一環のように大騒ぎすることは意味が違う。

 

なぜ片仮名表記にしたがる「彼等」が頭に来るのか考えてみた。
私は、静かに祈りたいのだ。ただ鎮魂を。

こういう例えは怒られるかも知れないが、終戦などの国家行事とは、大好きなじいちゃんの「法事」である。
「葬式の最中」に、太鼓をバンバン叩きながら大騒ぎするようなもの。

こんな感じだ。
『いま亡くなった、あのじいさんは、昔、ソープに行った!』
『だから、孫のおまえは、謝罪して金を払え!』

いや、違うか。
『おまえの、じいさんが行ったかは知らない。
 だが、おまえのじいさんの世代の誰かがソープに行った!』
 おまえは、その孫だから、今から謝れ、あと金をくれ。』

これを法事の最中の家に、押しかけてやってみるといい。
叩き出されるだろう。

【こいつ、なんやねん?】となるだろう。
いま日韓関係がゴタゴタし、「なんか、ウザイよね」と白い眼で見られている理由だと思う。
そして、反原発を始め、原爆を政治利用し続けてきた左翼が「疑いの目」で見られている理由だと思う。

繰り返す。
彼等にも表現の自由はあることは認めよう。
憲法が保障している。

だが、「アレを、ウザイ」と思う自由が私にはあるし、「いい加減、ウザイ」と述べる自由がある。
同じく、憲法が保障している。

 

いいか?
”ヒロシマ”ではなく、広島だ。
”ナガサキ”ではなく、長崎だ。
”フクシマ”ではなく、福島だ。

地方都市の名を、愚弄するな。

 

彼等を”ウザイ”と思うのは、思想信条の自由だ。

 

彼等を”いい加減、ウザイ”と述べるのは、表現の自由だ。

 

毎年、毎年、うるさい。

 
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コメント (頂いたご意見は、他SNSに比較し最優先で目を通しております。)

  1. virtualjoyfully47fb756ee2 より:

    騒ぐ為のヒロシマは要らない。
    騒ぐ為のナガサキは要らない。
    騒ぐ為のオキナワは要らない。
    彼らの脳内マップに向けて祈るわけではない。

    今年も日本国広島県の方角に向かって祈る。
    合掌。
    日本を良い国にしていく自覚の為に。

  2. BLACK より:

    世界に訴えるならばローマ字で表記すべきと思います。
    津波も、今はローマ字表記で世界で通じます。
    それも知っていながらの、何故か、誰の為に、何の為に、片仮名。

    あの方たちにとっては、片仮名って、何か特別の意味があるのでしょうか。

    以上 文責 BLACK

    • BLACK より:

      広島、長崎、沖縄、福島、被爆者
      どれも書くには難しそうな漢字ですね。

      以上 文責 BLACK

    • 櫻盛居士 より:

      時代に取残された価値観ギャップかと。
      江戸時代、青々とした剃りたての月代がカッコ良いとされて居た時期があり、その頃庶民では月代に薄墨を塗ったくって青く見せる化粧が流行したのですが、これって現在では奇っ怪なファッションですよね。

      共産主義、社会主義が真新しい社会制度だと期待値が比較的高かった時代、片仮名表記も亦た真新しさを演出する表記方法でした。
      昔の新聞広告など見ると、片仮名表記が溢れてますね。

      その頃の創意工夫を理解せずに、思考停止した連中が「昔からそう云うもんだ」と今も使い続けて居る結果が”ヒロシマ”や”ナガサキ”、”ヒバクシャ”なのでしょう。
      あとは幼児や児童など漢字に精通して居無い子供に、感覚的に刷込んで洗脳する意味でも効率的だからではないでしょうか。

      そう言った表記は現在でも形を変えて脈々と受継がれて居り、OJT(On-the-Job Training)などは典型例でしょう。
      こんなもの「オージェーティー」なんて表記したり読んだりするよりも、「実務研修」と表記したり読んだりする方が圧倒的に分かり易いのに、何故かビジネス用語として罷り通って定着してます。

      まぁ、アルファベットの頭文字を繋ぐ表記だと定着するかどうかがそもそも予測不能なのと、わざわざ調べなければ意味が分からなかったりするので、あの手の連中からすればこの真新しさを演出する流れは使える手法では無く、「今更変えられ無い」のが実情なのではないでしょうか。
      故に今の感覚からすると、彼らの片仮名表記は一般的には薄墨月代の様に時代錯誤な印象を受ける訳で、ある意味時代の迷路でどん詰まって居る証左なのでしょう。

      • BLACK より:

        ひらがなに比べると使われる機会が少ないカタカナですが、明治時代から1947年(昭和22年)まで、子供たちが学校で最初に習う文字はカタカナだったそうです。

        小学校の教科書でもカタカナが使われていましたが、それは教科書の文字をお手本にして書くとき、カタカナの方がマネしやすいから…という理由からだそうです。
        カタカナの場合、文字が直線で構成されていますよネ。
        それに対して、ひらがなの場合、曲線で構成されています。
        子供にとって書きやすいのは直線が多いカタカナのはず…という理由から、カタカナが使われていたそうです。

        以上『片仮名の基礎知識』より

        櫻盛居士様のご指摘で、「そう言えば昔の教科書は片仮名だったような」と思い出しました。
        (と言っても私が片仮名の教科書で学んでいた訳ではありませんが)

        以上 文責 BLACK

        • BLACK より:

          >昔の新聞広告など見ると、片仮名表記が溢れてますね。

          これは片仮名が新しさを演出する、と言う部分と
          日本語の識字率の内容(当時は小学校卒も居た)と言う部分もあるのかなぁ、と私は思いました。

          以上 文責 BLACK

      • 櫻盛居士 より:

        戦前の公文書に用いる旧文語体は、漢字片仮名混じりを用いて居ましたからね。
        これは正式文書が明治以前は漢文であった事に由来するらしく、漢文の助詞・助動詞・送仮名の殆どをカタカナで表記して居たのを踏襲したものである様です。
        その流れで当時は、漢文の方が格調高いと言う認識が定着して居たのも理由の様です。
        まぁ、これも価値観の時代ギャップですね。

        一方、口語体の場合は漢字平仮名混じりを用いるのが一般的で、現在では片仮名は外来語やオノマトペに用いる事が多いですが、これも口語体表記の用法を踏襲した形の様ですね。

        旧軍の軍属が所持して居た軍隊手牒などは、勅諭は漢字平仮名混じり、規則や心得は漢字片仮名混じりですから、こういった文化背景を知っておくと、意図を読み解き易いと思います。

        勿論、御指摘の通り児童教育では覚え易い片仮名が初期の段階で教えられたのは間違い無い様です。
        一方で、戦前の全ての教科書で漢字片仮名混じりを用いて居た訳では無く、用途に合せて旧文語体は漢字片仮名混じり、口語体の場合は漢字平仮名混じりで表記されて居ました。
        併せて、当時の印刷技術では文字が潰れ難い片仮名が重宝された一面もあった様です。

        現代口語体:広島は中四国一の都市です。
        旧文語体:廣島ハ中四國一ノ都市ナリ。
        旧口語体:廣島は中四國で一番の都市である。

        それぞれの文体を比較すると、上記の様な感じでしょう。
        何れにしても「ヒロシマ」は一般的では無いと感じられます。
        なので、「ヒロシマ」を用いる連中の心理って、↓の様な感じかと。

        https://www.youtube.com/watch?v=2auLkpinSf0

        • 櫻盛居士 より:

          端から見ると、↓なんですがね・・・。

          • BLACK より:

            櫻盛居士様

            丁寧なご教授をありがとうございます。
            私の片仮名に対する偏った見方を正していただき感謝します。

            でも、意識高い系のフラッシュアイディアって・・・・・・・
            案外そうなのかも知れません。

            以上 文責 BLACK

          • BLACK より:

            フラッシュアイディア=片仮名はイケてる

            ってだけなのでしょうけれど
            そのおかしさが、発案者も使っている人たちもわからない。

    • N失応援者 より:

      「被爆地であることを強調したい文脈の時にカタカナにする」なんて話を聞きました。中の人に浸透しているのか、そもそも正しいのか、不明ですが。
      ただ、傍目からすると「アベ政治を許さない」とかと似通って感じますね。

      • BLACK より:

        >ただ、傍目からすると「アベ政治を許さない」とかと似通って感じますね。

        わかりやすいですよね。

  3. ぎん より:

    広島市の「厳粛で静かな式典」の条例発案者は先生のような気がします。(間違えてたらすみません)
    おじいちゃんの法事の時くらい、太鼓ドンドン叩くの止めてほしい、静かにして欲しい…の例え話がそのまま当てはまる気がして。
    先生は全国の地方議員さんと連携を取っておられるのでしょう?
    地方はどんどん侵略されています。
    どこかの市みたいになったら手遅れです。
    これからも宜しくお願いします。

  4. 波那 より:

    なぜ戦後「日本がすべて悪かった」という歴史観が広まったのか?

    戦争終結のためはウソ?米国が言えない原爆投下の裏目的|スタンフォード大学フーヴァー研究所 リサーチフェロー(1977〜2023) 西鋭夫教授
    https://youtube.com/watch?v=fLim1Uxjo6M&si=CGm9sbPO9S-CqNaz

    原爆は何故、ドイツでもイタリアでもなく日本にだけ落とされたのかは、この方が言われている事の通りです。あの戦争以前まで東南アジアは緩衝国にされたタイ以外、アフリカ大陸はエチオピア以外全て白人国に支配されていたのです。白人に非ずば人に非ずの今では想像もつかない白人至上の人種差別の背景を知らず何で戦わざるを得なかったのかを私達は教えられずに来ました。知らないのは我々の国が築いてきた長い歴史と遠く異国で散華された尊い先人方への背信です。左翼を勢いづかせる為に歴史と民族の威信を歪められたままに放置してはなりません。これから次代の日本を担う若者達に託す為です。

  5. 神無月 より:

    「働きハチの法則」「働きアリの法則」が有ります。
    個体の活動を「よく働く」「普通に働く」「働かない」の3グループに分けたとき、それぞれ約2割、6割、2割の割合になるという考え方です。

    この法則は、ハチやアリの集団行動に見られる特徴から派生し、人間社会の組織にも当てはまるとされています。

    日本を守りたい2割、雰囲気に流されて6割、日本を壊したい2割でしょうか?

    しかし、自然界では働かないグループも必要のようです。
    実験で働かないグループだけにしたところ、結果、約2割、6割、2割の割合になるそうです。

    働かない=生存率が高い
    つまり、よく働くグループが全滅した時の保険みたいな存在でしょうか。

    まあ、自然界に比べて人間界は、煩悩に溢れていますので、アリやハチのようには行かないのでしょうが・・・

    日本語(大和言葉)には、言霊が有りますね。
    特に、「ありがとう」「ありがとうございます」の言霊は、強い力(波動)が有り、自他共に心が和みます。

    迷惑な行為を行こなう方々を俯瞰しますと、「ありがとう」の感謝の言葉な無いに等しいと感じます。

    霊的に未熟(低次元)の立場で、修行中の身?なのかもしれません。

    何が言いたいかと申しますと、自然界(神界)から視れば、未熟な人間が成長する過程には、必要な存在なのかもしれないということです。

    「水清ければ魚棲まず」

    人間とは、ややこしく身勝手なものですね。
    .

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