喪に服す、人は死ぬ。


 

 

 

 

当たり前の事実であるけれども、人は死ぬ。
生き物である以上は有限な時間なのだ、その人に与えられた日々は。

身近な近親者が亡くなると、自分自身でも驚くほどのショックを受けてしまった。
意外だった。

いま何かやれば、いつも以上に破壊的に動いてしまいそうな気がする。
具体的には、手加減やさじ加減の類に気を払える自信がない。
「なるほど、だから喪中という制度があるのか」と、呆然と納得してしまったりする。

多数の同志地方議員からの弔電を賜り、心強く感じました。

県の内外を問わず、関東方面から都議・区議問わず、奈良、大阪、広島、沖縄。福岡県内からも各自治体を代表するような錚々たる方々からです。
自民党からは、総裁からの弔電をはじめ、元閣僚経験者を含む現職・元職の国会議員からも多数。ご芳名については後日、紹介させて頂きます。

福岡県議の川端耕一議員、北九州市議の西田はじめ議員が多忙な中、お参りにきてくれました。こんなにも心強く感いものだとは、自分自身でも驚いてしまいました。

 

人が生きるということは、大変なことなのだと改めて実感した次第です。
そんなことは当たり前と言われるかもしれませんが、思えば伯父の人生は波乱万丈でした。一部については、恐らくニュースになっていたのだろうと思いますし、ある意味では福岡らしいエピソードがたくさんある方です。
私にも多大な影響を与えた人物です。

武勇伝というよりは、それは英雄譚のようで、ある意味では政治史に近い存在でした。このあたりは、やがて書いてみましょう。
(ちなみに松本違いで、まったく真逆にネットで書かれたのは謎。)

 

人が生き、そして死ぬ。
一人の人生でもとても大変なことです。

いま通夜の会場を後にし、様々なことを思い出す。
末尾ぐらいは政治家らしいことを書いておきたいと思いますが、その一人一人の人生を背負っていくのが政治家なのだということです。

そして、いま、海の向こうではその命が舞い散っていっているという現実です。

 

 

 

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4 Responses to 喪に服す、人は死ぬ。

  1. BLACK より:

    伯父様を見送られた小坪氏は、伯父様がご存命であられた頃の小坪氏では無いと
    私は思っています。
    伯父様と共に見ておられた世界と、今小坪氏が見ておられる世界は違っているのではないかと
    私は思います。

    それは、上手く表現出来ませんが。
    甥っ子から、ひとりの「小坪信也」に脱皮すると言うか
    伯父様の魂の一部が小坪氏の中に宿ると言うのか
    一種の変身・変態なのだと思います←決してふざけている訳ではありません。
    今まで見えていなかったものも見えて来るのではないかと私は思います。
    気付かないで来たことにも気づくのではないかと私は思います。
    ひとりの「小坪信也」では気づかなかったことに
    小坪氏の中の伯父様が気づかせてくださると、私は思います。

    それは決して、悲しいことばかりではないと私は思います。
    少々極端な言い方を許していただけるのならば
    これからの小坪氏は、小坪信也+松本裕信 の合体なのだと私は思います。
    もちろんふざけている訳ではありませんし、私は霊的なことも苦手です。
    (もちろん死後の世界のことなど私にはわかりませんし『千の風になって』の歌詞も大嫌いです)
    ですが
    それが、たいせつな人と共に今後も生きる
    恩ある人の恩と共に生きる
    たいせつな人の志と共に生きる
    と言う意味だと私は思います。

    以上 文責 BLACK

    1. BLACK より:

      上記投稿中
      正しくは「小坪慎也」ですのに
      小坪氏のお名前を間違って変換・表記しておりました。

      ファンとして、あるまじき失態です。
      お詫び申し上げます。

  2. 櫻盛居士 より:

    身内が亡くなると、本当に堪えるものがあります。
    これは幸いにも我が国では、一般的には人の死と遭遇する事が極端に少ない事との裏返しでもあるのでしょう。
    このより良い世の中を実現させた一端として、やはり大きなものは政治と言えるでしょう。

    身内の不幸に直面した時に訪れる、別のショックがあります。
    それは、こう言う時の仕来りを知らない事です。

    核家族化が進み、地域との連携も希薄に成って来てる現在では、それらの識者が身近に居無い事も多く、場合によっては自分の家の宗派すら知らない家庭も・・・。
    これも普段の備えの部分なのでしょう。

    最近は一切の儀式も途中割愛やダイジェスト版で行う事も多く、出棺も地域や宗派の仕来りよりも施設のスケジュールに左右される事が多く成って来て居ます。
    そう言った、対応に追われる状況が短期間に集中してしまうのは、悲しみに暮れる暇を与え無い意味では良いのかも知れませんが、体力的にはかなり疲労します。

    骨上げを終えると、一旦の気持ちの整理が付く事が多いです。
    精進落しも御開きと成ると、様々な事から解放されると同時に、遺族としては故人の存在を見つめ直す時間となろうかと思います。

    小坪慎也と言う政治家を世に送り出してくれた功労者ですから、ある意味で日本の恩人と言っても過言では無いでしょう。
    偲ぶ気持ちは大切にしたいものです。

  3. 一日本国民 より:

    佐藤正久学校を1年受講していた時、「一貫の命」という話をされていたのを、Blackさんの言葉から思い出しました。
    命が肉体から解き放たれたら、今生きている人に魂や霊が、注ぎ込まれるのだとしたら、伯父様の魂も、中川昭一先生の魂も、小坪しんや市議の中に、注ぎ込まれているのだと、分かりました。

    毎日、小坪しんや市議の言動から学んでいます。
    ありがとうございます。

    余命翁と、保守速報さんと、KSMworldさんと、深田萌絵さんと、国会議員や全国の市議会議員と、桜井よしこさんと、、安倍総理と、現政権と、自衛隊と、大阪府警と、小名木善行先生と、小坪しんや市議が、繋がっていて、本当に良かった。

    小倉の八幡製鉄に祖父母らはいて、一生懸命煙を焚いて、
    原爆投下を避けたのを、中山恭子先生の対談から祖父母らが亡くなった後から知りました。

    小坪しんや先生は、今、日本を英霊の魂と共に、守ってくださっている。生きていても、死んでいても、魂は、共にある。どうか、どうか、日本をよろしくお頼み申し上げます。
    今やっと見えてきたものが、ずっと前から、先生方には見えていたんですね。

    いつも、日本敗退の素因になる場所に、市議はスーパーマンのように現れて守ってくれた。それを支える叔父様は、本当に尊い方だったと思いました。どうか、普遍の、永遠の命となり、小坪しんや市議を助けてくださいますように。小坪しんや市議が助けた全てが、小坪しんや市議を助けてくれますように。

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