【訃報】尖閣を護ってきた偉人、園田博之先生が逝去

国政報告

 

 

 

 

 

ただただ心からご冥福をお祈りいたします。
こうして昭和の偉人が1人ずつ消えて行く。
寂しさと、残念さ、そして最後に未来への責任を感じる。
尖閣諸島に関連する政策で、大活躍をしていた先生でした。

たちあがれ日本の幹事長、次世代の党両院議員総会長・顧問等。
この肩書きは、なぜかニュースでは大きくは扱われない。

私が、いまほど有名ではなかった時代、必死に保守の言論活動をしていたころ。
売れないアーティストだった時代に、園田先生の演説を初めて聴いた。
平成22年9月30日の演説を紹介する。

 

 

平成22年9月30日「尖閣諸島を守れ」緊急街頭演説会 4 弁士:園田博之 幹事長

 

 

いまとは違う。
平成30年の「いま」ならば言えることだってある。
例えば韓国にしても、日韓合意がありそれが反故にされ、文政権となり大法院の判決があり。
その言葉を口にすることが、どれほど政治家にとってリスクがあり、そして勇気が必要であったか。

ネットも黎明期であり、時は民主党政権。
国民世論は、(特に国政から見れば)左派一辺倒であった。
自民党が下野、麻生政権は倒れる。そして中川昭一先生が逝去。
そんな中、たちあがれ日本は誕生した。

 

いま振り返れば、それを無駄なことだとか、徒労であったと嗤うこともできる。
だが、少ない手勢、支持母体も定まらぬ中、そこに身を投じた政治家たちの覚悟は相当なものであった。

誰も言えないことを、腹を括って発言する。
メディアに対し、与党・民主党に対して防戦一方であった情勢下、敢然と立ち向かった勢力であった。

尊いことだと思う。
私はあのとき現職ではなく、また、そこまでのタマでもなかったため、参加はしていない。

 

のち、党の離合を繰り返し、次世代の党が結成。
市議になったばかりの、私がまだ駆け出しだった時代。
在野の一人として、私も支援した。
あの時の弁士たちを、支えたいと思ったから。
恩を返したいと思ったから。

そこに集った者たちの”思い”は、本物だった。

 

指を加えて黙っているだけなら、誰でもできる。

言うだけならば、素人にもできる。
だが、責任をもって、名を明かして、しかも公人として述べることには
リスクも重みも段違いにある。

実際に立ち上がり、その身をもって盾となしたこと。
それを笑うだけの者は、私はどうも信用できない。

私たちは評論家ではない。
過去をそれっぽく分析し、格好の良い文章にまとめる能力ではなく。
未来を読み解き、限られた情報と少ない時間で、最適の解を導き出すことが誇り。

 

あの時代、希望も何もなかった。
ただ、焦りだけ。

当時、ネットをやっていた方がどれほど読者におられるかわからないけれど、思い出して欲しい。
何も明るい情報なんてなくて、ただ焦燥感の毎日。

その中で実務的な行動に移せた者が何人いただろうか。
拙速だったという批判は、いまならばできる。
だが、誰もやらねば、何も変わらなかった。

恐らくは、いまのネット世論もなかったし、
いまの、いくらかでも強気になった日本もなかった。
全ての事象は、それぞれの積み重ねなのだから。

 

 

 

園田博之元官房副長官が死去

 

官房副長官や新党さきがけの幹事長などを務めた自民党の園田博之衆議院議員が、11日朝早く、入院先の東京都内の病院で、肺炎のため亡くなりました。76歳でした。

園田氏は、外務大臣などを務めた父親の園田直氏の秘書などを経て、昭和61年の衆議院選挙で、旧熊本2区から立候補して初当選しました。

その後、政治の刷新を目指すとして、平成5年に自民党を離党して、「新党さきがけ」に参加し、副代表や幹事長を歴任したほか、村山内閣では、官房副長官を務め、「自社さ連立政権」を支えました。

平成11年には、自民党に復党し、党の政務調査会長代理や幹事長代理などを務めたほか、郵政民営化関連法案の取りまとめなどに力を尽くしました。

平成22年に、政界再編を進めたいなどとして、自民党を再び離党し、「たちあがれ日本」の結党に加わり、党の幹事長を務めました。

その後、日本維新の会や次世代の党などを経て、平成27年に再び自民党に復党し、去年の衆議院選挙では、11回目の当選を果たしていました。

園田氏の死去にともない、衆議院比例代表九州ブロックの自民党の名簿の順位に従い、宮崎政久氏が、繰り上げ当選する見通しです。

 

 

 

 

比例単独での当選であったが、これは減区に伴うもの。
選挙では無類の強さを誇っており、他党に移ってからも自民党が候補を立てず(立てられない)、公明党が支援を自ら申し出るレベル。

どれほど愛された人物であったか。
熊本県は、園田先生の議席を守るため、尋常ならざるほど頑張った。
園田先生に比例上位を頂いているゆえ、「熊本県で、自民の比例票を積み増す」手段に出た。
小選挙区の先生は、公明党の推薦を辞退し、「比例も自民!」と叫んだ。
比例の重複出馬を断念し(園田先生に上位を頂いているから、と。)命綱をつけず、小選挙区一本で戦う先生も。

結果、九州沖縄ブロックにおける、各県単位の自民党の得票率は、熊本県が1位だったと記憶している。
上位を頂いたことで、園田先生に恥をかかせぬようという、ただそれだけのために。
県を挙げて戦い抜いた。それが前回の選挙である。

この比例復活で、繰り上げ当選する先生がおられると思う。
このバッチは、熊本県のすべて。

そして、園田先生を慕った凄まじく多くの支持者のもの。
全国の地方議員、ベテラン議員たちの友情の証。
私も熊本戦に参加している、現場も回った。

極めて重たいものである。

 

 

 

園田博之先生が逝去された。

昭和の偉人たちが、一人ずつ消えて行く。
寂しさ、悲しみ、少しだけ心がぽっかり。
これが時代が変わりゆくことなのか、と。

ただ、最後に残るのは、未来への責任。
もう園田先生はいない。尖閣を護り、主権について論じた偉人はいないのだ。

これからは、私たちが、一人一人、日本を支えていく。
その覚悟をもたなければ、きっと、ゆっくり休めないと思いますから。

 

だから、頑張ろう。

 

 

心から哀悼の意を表します。

 

今まで日本のためにありがとうございました。

 

これからは、みんなで戦います。

 

 

 

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コメント

  1. medakanoon より:

    【訃報】園田博之先生が逝去。尖閣問題などに力を入れる。 ただただ心からご冥福をお祈りいたします。 こうして昭和の偉人が1人ずつ消えて行く。 寂しさと、残念さ、そして最後に未来への責任を感じる。 尖閣諸島に関

  2. 西郷 より:

    あの園田直氏の御子息だったよな…と、思ったら果たしてそうであった…享年76歳。
    若い…未だ早過ぎる…
    然し、生馬の目を抜く政界を、信念を持って生き抜かれた鮮烈な人生で、御身体は疲弊されていたのかも知れませぬ。只々、御冥福を御祈り致します。
    寂しいです。

  3. よっちゃん より:

    園田先生と同じ党の党員で有った事を誇りに思います。
    ご冥福をお祈りします。

  4. ZEONG より:

    園田さん‥
    まだ私が学生だった頃に選挙ポスター貼ってあったなぁ〜と、忘れていた記憶の断片が浮かんできました!
    私の故郷で長く頑張られたお方!
    心よりご冥福をお祈り致します。
    お疲れ様でした。

  5. 通りすがり より:

    思えばあの当時、リアルで保守思想なんて周りに只の一人も居なかった。
    私は、浅田真央ちゃんが切っ掛けで、正にこの年のバンクーバー五輪から目覚めましたが、当時はネット上でも、韓国の国際スポーツ大会での審判・審査員買収の事実から彼の国の実態を知る者は、サッカー板とフイギュア板位にしか居りませんでしたよ。
    まだまだ足りない、覚醒が遅い進まない、って思われている方も多いと思いますが、8年前とは正に隔世の感がある程なんですよ!こんな日がこんなに早く来るなんて思っても見なかった!
    皆さん、堂々と保守を語れる環境が少しずつ整い始めています、以前なら政治ネタを話すとヤバイヤツ的な扱いを受けたものですが、今は変わりつつあります。
    一人一人出来る事出来る範囲で一緒に行動しましょうね。
    因みに、浅田真央の事実をご存知無い方は、是非「浅田真央が戦ってきたもの」を検索して見て下さい。古いサイトです。このサイトをデマだとする反ブログも有りますが、出処はスヒョン文書はデマだと言っている処と同じのようです。
    (スヒョン文書はあちこちに実際の板の魚拓貼られてるのにね、デマとは無理筋すぎてw)

  6. 髭のN より:

    園田議員のご冥福をお祈りします
    たちあがれ日本の頃から応援していただけに残念でなりません

    後継政党の日本のこころも吸収されてしまい一つの時代が終わってしまったようです
    一応まだ中山議員夫婦の希望の党が最後の『希望』として残っておりますが参院選で政党要件を維持できるか危うい
    アンチ自民保守派としてはまた在野の政治団体を細々応援するしかないのかと少し暗い未来に鬱…

  7. サービサーの中の人 より:

    今でも『政治』『宗教』はおおっぴらに語ると、変な目で見られ距離を置かれます。
    それでも、『政治』は少しは語れる様になりましたね。

    私は、一有権者として松岡利勝氏(故人)と園田博之氏は好きな政治家でした。

    現在のシャキっとしない国会議員を見守って欲しいです。
    ご冥福御祈りします。

  8. 髭のN より:

    まだ若造だが選挙権ゲットしてからほぼ毎回欠かさず投票している
    はっきり言って私は選挙目線ではおもいっきりマイノリティだ
    選挙区でこれはという人は大抵落選し比例区で入れた党がゼロ議席なのもザラ
    そんな中初めて、今でも数少ない有効票となったのが2010参院選でのたちあがれ日本への投票だ
    同世代の多くが無関心だったりどうせ変わらんからと棄権を選ぶ中、わざわざ入れた一票が当選に繋がったのは嬉しかった
    今でも落選ゼロ議席の山に挫けず投票行けるのはこの経験あってこそ
    寂しいですが、今はたちあがれ日本、立ち上げてくれた園田議員らに感謝の言葉を送ります

  9. 草莽の団塊です! より:

    園田博之先生が逝去、心からご冥福をお祈りいたします。

  10. 櫻盛居士 より:

    **********************************************************************
    共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
    ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。

     ・『テロを利用する共産党』
     ・『テロリストの味方である共産党』
     ・『テロに屈する共産党』

    **********************************************************************
     
     
    謹んで園田博之先生の御冥福をお祈り申し上げます。

    現在の日本に於ける歪なカテゴライズでは保守派に位置していましたが、どちらかと言えばリベラルな印象を受ける方でした。(反日主義者が装う事象リベラルとは異なる)
     
     
    平成22年(2010)と言えば、アイスランド南部のエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火し、ヨーロッパ上空に火山灰が広がった為、ヨーロッパ各国で空港を閉鎖、ヨーロッパを中心に航空機の世界各便の欠航相次いだ年でした。
    小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還したのもこの年でした。
    政治的には鳩山内閣から菅内閣に移り変り、日本国内の閉塞感は半端無いものでした。

    この後、東日本大震災が発生しこの時の韓国人の態度や、李明博大統領(当時)の暴言疑惑により、平和ボケを甘受していた日本人の一部が、往復ビンタを喰らったがの如く覚醒して行きました。

    この短期間に覚醒が進んだのは、これ以前に地道に活動して来た方々の御尽力と、ネット上にブログやホームページを立ち上げる等でデータベースを築いて来た方々の活動の賜物であったのではないかと考える次第です。

    当時、特に韓国ウォッチャーの皆様が日韓翻訳チャットを使い、朝鮮人の思考パターンの異常性をネット上に蓄積し、そのナレッジや解析結果が、現在韓国北朝鮮に対峙する際に大いに役立っています。

    東日本大震災発生以前であれば、ベルリンの壁崩壊、東西冷戦の雪解けに続き、日韓友好ムードにおされて、朝鮮人の日本への悪意に対して多くの日本人は鈍感でした。
    アカの悍ましい計略など、それらに増して鈍感過ぎるほど鈍感でした。
    寧ろ危機感を感じ度々警告を発していた方は「友好ムードに水を差すな」とばかりに、差別主義者の如く阻害されてもいました。

    一方で主に都市部に古くから住んでいる人の中には、昭和20年の停戦後の朝鮮人の行為や、戦前既に朝鮮人によって土地や家屋を盗られた人が居た事、朝鮮人が出征軍人の妻や娘だけをねらって大量にレイプするという事件があった事などを記憶している方や、それらを伝え聞いた方が居り、以降の日韓友好ムード崩壊と共にそれらの記憶が掘り起こされ、アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020256900:昭和14年7月 内務省保安課 「内鮮警察参考資料」 57ページ 第四、朝鮮人の不良行為など資料によって裏付けされて行きもしました。

    この手の活動は古参や新参の序列はありません。
    園田博之先生の功績を偲ぶ様な状況に至ったのは寂しい限りですが、これからも表に出る事の無い方の地道な活動も含め、反日勢力が藻掻き苦しむ方向へ皆で導いて行ければと考えております。

    • 波那 より:

      日本人の土地を奪い、命を奪い、婦女子を蹂躙した奴らを何で、そのまま日本に置いて来てやったんでしょうね。報復を怖れて日本人に成りすまして安全に無事に暮らして来たわけでしょう?置いて来てやったら強制連行されたから日本に来たとユスリ、タカリ。世襲で生活保護受けながら元気いっぱいで日本人を口汚く罵りながらの反日三昧。まだ我々の次の世代にも、こんなことが続くのかと思うと煮えくり返ります。総理はもう日本を取り戻す気は無くされたのでしょうか。ヨーロッパの惨状を知りながら外国人を増やすなんて。在日に日本人がどんな目に合わされて来たか知れば、子供達のことを思い不安に思って当然です。

      次世代の党の三宅博さんも亡くなられました。貴重な保守議員の先生がまた亡くなられたのですね。園田博之先生のご冥福をお祈りします。

      • 櫻盛居士 より:

        小生も移民政策には反対ですが、”分かっていて”敢えて政権批評するのと、敵の流す噂を鵜呑みにして”何も分からずに”政権批評するのとでは雲泥の差が御座います。

        前者に伴う批評と受け取らせて頂きますが、対外的には「日本には差別は存在しない」「日本は外国人を理由無く排除する事は無い」などのアピールを行う必要があります。

        つまり、理由があれば排除出来る様に、根拠を明確に定義しておく必要があると言う事です。

        そして、反日政党員を議員として多く当選させている以上、何を推し進めるのにも対価が必要であると言う実情もあります。
        選挙で選出されている以上、これは日本国民の責任です。

        移民をバンバン日本に流入させて日本解体を目論む反日政党が、何故か自民党案に反対を唱えているのも注視すべきでしょう。

        • 波那 より:

          お返事、有り難う御座います。仰ってる意味はよく分かっているのですが、東京にある街ですが駅前界隈に行くと何故、こんなに中国人がいっぱい増えたのだろうと不安に思うほどですし、戦前からと朝鮮戦争中に密航で入り込んだまま一旦入れたら帰らない人達が居ますし、半島で有事が起きたりしたら雪崩れ込んで来て、そのまま又、帰国しないで居座るのではないかとか、本当に外国人労働者を定住させずに帰国させるのだろうかとか不安に思うのです。

          移民や難民を受け入れたヨーロッパの街はスラム化したり、暴動があちこちで起きたり、地方の学校では移民難民の子供の数の方が増えたり、先祖代々住んで来た街では安全に暮らすことが出来ずに住民が出て行くことになったり、日本に外国人を増やすのは本当に大丈夫なのかと不安に思っています。

          私は元々、色んな人種の外国人が住む神戸に育ったのですが不安に思ったことは無いです。

  11. 今回は匿名で失礼します より:

    日本の亡き英霊と国士の志に恥じぬように、
    これから日本人は、日本国国体を守るべく
    心血を注ぐべし。
    日本国を守れるのは日本人だけです。

  12. 名無しの案山子 より:

    謹んで園田先生の御冥福をお祈りいたします。

    日本が覚醒しつつあるのは、園田先生の様な勇士のおかげです。園田先生の意志を引き継ぎ、日本を少しでも良くしたいと思います。

  13. より:

    私も彼の国の大統領の強烈な往復ビンタで我に返り、明治生れの祖母が話してくれた背乗り(当時私は小学生)の事を思い出し、今更ながらそういうコトだったのかと合点がいきました。戦前、戦後を生きた方々は、さぞかし無念な歯がゆい思いをされていた事かと思います。そして、日本国民が目覚めようとしている直前を託された方々が、その後を任せるに足る方々の輩出を確認してバトンを渡されたのだと思います、柏の葉の様に。(柏は新しい葉の芽吹きを確認して古い葉を落とすのだそうです。)最後まで後押しいたします。頑張りましょう。

    移民の件ですが、何か安倍総理の深いお考えがある様に思えてなりません。

  14. 旧新人類 より:

    動画拝聴しました。心から日本を思う人徳者のお声は聴く者の魂に響きますね。園田先生や三宅先生、その他日本のために尽力し逝去された国士の方々が安心されるよう、みんなで頑張りましょう(みな、もっと長生きしてほしかったTT)。園田先生、どうもありがとうございました。

  15. 小坪さん、毎日ありがとうございます。

    たちあがれ日本の結成はまだ私が「覚醒」する前のことでしたが、その後の展開で主張内容を知るにしたがい、あ、正しいこと言うてるやん、と思い始めたものでした。
    園田さん、やり残したことはいっぱいある、と思うてはるんでしょうか。
    切ないですね。
    残された者が、まだまだ頑張らなあきませんね。

  16. 野良犬 より:

    大先人である園田先生のご冥福をお祈り致します。これからはみんなで戦います。

  17. 男子の端くれの端くれ より:

    ご冥福をお祈りします。
    ありがとうございました。
    実際に動き戦ってきた方々の重みは私には分からない。
    ただ本当に微力で申し訳ないのですが、支えねば、支えにもならないのかも
    しれませんがやれる事はやらねば、と思っております。

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