【今日は何の日?】共産党により民主主義の萌芽が轢き殺された日【天安門事件】


 

 

天安門事件より27年。
chinaにて、民主主義の萌芽が戦車で轢き潰された日。
人民解放「軍」は軍という名こそ冠しているが、共産党の私兵集団だと世界に示された日。

あれから中国はどうなったか。
中国共産党は何をしたか。

日本の民主主義はどうなっているか。
共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?

 

 

 

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人民解放「軍」は、軍ではない。
軍とは、自国民を守る最後の砦である。
世界の常識として、自国民を守ることこそが軍の使命に他ならない。
災害派遣はもとより、国民の生命・財産を守る最後の力である。

権力の暴走により、自国民を弾圧する行為を「白色テロ」と呼称する。
あってはならぬことで、独裁政権下において繰り返された行為だ。
しかし、この場合であっても「一般には国権により」という定義が伴うように思う。

私は、中華人民共和国という、彼らが私たちに強いる「謎の尊称」ではなく、
世界標準の、音で定義された「支邦」が正しいように思うが、
それをそのまま使用すると怒られる謎の国、現代日本において政治家を行っているので、
ここは妥協して「CHINA」という英語表記を用いたい。

天安門事件は、CHINAの意思とは言い難い。
CHINAが国家であるとして、CHINAの意思として、国家の統制のもとに自国民を轢き殺したわけではない。

あれは一政党であるはずの、中国共産党の指揮の下になされた暴虐無人の行為である。
当然のこととして最低の人権侵害である、世界中から未だ非難され続けるべき行為だ。
野蛮な国と呼ぶべきで、これは時が経過したとして許されて良い行為ではない。

人民解放「軍」は、軍ではない。
国家の統制のもと、自国民を弾圧・殺戮する行為が白色テロだと考えるが、
すでに白色テロですらない。

一政党、そして「共産主義というイデオロギー」に基づき、
自国民を殺戮したのだ。

人民解放「軍」は、軍ではない。
共産党の私兵集団である、危険な存在だ。

 

 

 

共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?
27年前に轢き殺されたのは何か。
それは人命である。
軍であるならば、まずもって守るべきであった国民の生命であり、財産である。

そして、轢き殺されたのは、CHINAにて産まれつつあった民主主義の萌芽に他ならない。
共産党の私兵集団が轢き殺したのは、民主主義の芽であった。

我が国を振り返ると、同じく共産主義を掲げた政党が「民主主義」を叫ぶ。
共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?
私には、わからない。

日本共産党は、中国共産党と無関係を装うのだろう。
しかしそれは無理な話だ。
発祥をコミンテルンとしており、コミンテルン日本支部を前身として持つ以上、関係性はある。
wikipediaを読む程度でも理解できる話で、そもそも日本共産党は暴力革命の方針を未だ否定していないではないか。

共産主義を掲げた政党の私兵集団が行った暴虐、
戦車という一般の国民においては抗うことのできない「武器」を用いて、兵器を用いて、轢き殺した27年前。
これを思うに、共産主義者が民主主義を論じることは理解できない。

私は謎の状況、理解に苦しむ状況だと思うのだけれど、
これが一般には、多くは疑問を持たれていない謎の国・日本において政治家をしているのだけれど、
いったい我が国は、「共産主義者が民主主義を叫ぶ」状況を、なぜおかしいと思わないのだろうか。

共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?
天安門事件だろうか。
つまり武力を用いた、国家に拠らぬ私兵集団を用いての言論弾圧であり、自国民の殺戮なのであろうか。

 

 

 

無名の反逆者
「無名の反逆者」と呼ばれる者だ。
六四天安門事件の翌日(6月5日)、彼は天安門事件を鎮圧するために現れた59式戦車?の車列の前に立ち、行く手を遮った。

「共産主義 vs 民主主義」に他ならない。
僅か27秒の動画である、是非ご覧頂きたい。

無名の反逆者 【天安門事件.Tiananmen】.Tank Man

 

 

 

六四天安門事件とは何か。
日本では一般に天安門事件と略されるが、天安門広場にて起きた事件は複数あり、本エントリで扱ったのは「六四天安門事件」と呼称するのが正式である。

六四天安門事件(ろくよんてんあんもんじけん)とは、1989年6月4日に、天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧(市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺した)し、多数の死傷者を出した事件である。

 

当時、起きたことを簡単にまとめつつ、私なりの所感を書いた。
流石に長いため折り畳んでおく。
興味がある方はお読みください。

現代の日本においても類似するような動きがある。

クリックして下さい!
・ペレストロイカ
1985年3月にミハイル・ゴルバチョフが、ソビエト連邦共産党書記長に就任。
ソビエト共産党による一党独裁制が続いた結果、言論の自由への弾圧や思想・良心の自由が阻害されたことや、官僚による腐敗が徐々に進み、硬直化した国家運営の立て直しをはかる目的でペレストロイカを表明。
ここにソビエトの民主化が始まる。

英語圏においては共産主義者を「コミュニスト」と表記するが、共産主義者らは世界同時革命を目指しており「国家の枠組み」で動いていたとは言い難い。
コミンテルンという組織が結成され、日本においてもコミンテルン日本支部が存在した。
いまは日本共産党と称されるが、正しくは共産党・日本支部とすべきだろう。
コミンテルンテーゼという形で指示がなされていた。

ソビエトは、この盟主であったと認識しているが、ここにおける民主化。
CHINAにおいても多大な影響があったことは想像に難くない。

 

様々な分析があるとは思う。
私は、その時代を直接、生きたわけではないのであくまで後世の政治家としての評価とさせて頂く。

天安門事件とは、ペレストロイカを発端とした民主化運動、これが旧共産圏に伝播していく中での動きなのだと認識している。
類似の政治体制にあった国民が、ソビエトで与えられたものと同様の「少しの自由」を求めたのだ。

これは権力にしがみつく共産党上層部にとって脅威であったということ。
共産主義こそは、一党独裁でありまさに政治権力を必要とする主義だからだ。
ゆえに共産主義者による権力批判は、どことなく恐ろしく感じる。

 

政治家の死
政治改革に積極的だった胡 耀邦(こ ようほう、フー・ヤオバン)の死が、一つの引き金となった。
第3代中国共産党中央委員会主席・初代中国共産党中央委員会総書記。
天安門事件の、直接の引き金と言ってもいいだろう。

・人々は自由を求めた。
コミンテルンの本部、母体とも言えるソビエトにてペレストロイカが表明された。
なんでも言える、つまり言論の自由のような、その路線を「百花斉放・百家争鳴」と呼ぶ。
胡 耀邦(初代中国共産党中央委員会総書記)が政治改革に積極的であったと述べたが、人民はまさにこの路線を求めていたと言えるだろう。
逆に言えば、共産主義下において言論の自由などなかったのだ。
報道の自由も然り。

・反対の動き
鄧小平ら党内の長老グループを中心とした保守派は、「百花斉放・百家争鳴」路線の推進は、中国共産党による一党独裁を揺るがすものであり、ひいては自分たちの地位や利権を損なうものとして反発していた。
天安門事件の前年9月、六中全会にて胡が押し進めようとした政治改革は棚上げされた。逆に保守派主導の「精神文明決議」が採択され、胡 耀邦は失脚。

日本に置き換えれば、安倍首相や麻生政権に置き換えるとわかりやすい。
これが引きずりおろされ、学生たちが不満を貯めていった時代。

・軟禁、そして死去
失脚後も政治局委員の地位にとどまってはいたが、北京市内の自宅で警察の監視のもと外部との接触を断たれるなど事実上の軟禁生活を送っていた。
1989年4月8日の政治局会議に出席中心筋梗塞で倒れ、4月15日に死去した。
1989年、この年に天安門事件は起きる。
ここからデモ等が散発的に発生していく。

 

胡 耀邦(こ ようほう)の位置づけであるが、ペレストロイカと同等のものを与えてくれたかも知れない存在だったように思う。
CHINAに住む、独裁体制に虐げられてきた者にとって、希望の政治家であったことは疑いない。

政治的に失脚させられたのち、死去。
本当に心筋梗塞であったのかと勘繰る者だって出てきたろう。
そして、この追悼すら許されず、名誉回復を求める発言さえ封じられたのだ。

中川先生を失ってのち、日本のメディアは何をしたのか。
これは直視せざるを得ない、我が国だって危険はある。
天安門事件を「異常な共産党政府の動き」とのみ扱うことは危険だ。日本においても似た事態が発生していた可能性はある。

民が愛した政治家を、共産主義者らは権力をもって抹殺した。
祈る言葉も、労う言葉すらも封じたのだ。

そのとき、民衆はどう動いたか。

 

民主化を求めるデモ
政治腐敗を糺し、民主化を求める動きが活発化した。
学生を主としたもので、「権力にしがみつく共産党(保守派)」と対決することになる。
ここで述べる保守派とは、現状維持みたいな意味あいであって、CHINAにおける共産党の党内構造において、この場合の権力側の老人たちは実際に保守派と称される。

・小さな炎
死去翌日、16日。
中国政法大学を中心とした民主化推進派の学生たちによる胡の追悼集会。

翌々日の17日。
同じく民主化推進派の大学生を中心としたグループが北京市内で民主化を求めた集会。
どちらも小規模なものであった。

さらに18日。
今度は1万人規模。
北京の複数の大学の学生を中心とした1万人程度の学生が北京市内でデモ。
民主化を求めて天安門広場に面する人民大会堂前で座り込みのストライキ。

そして19日。
メディアによる偏向報道。
北京市党委員会の機関紙である『北京日報』が批判的に報じる。

拡大の21日。
夜には10万人を越す学生や市民が天安門広場において民主化を求めるデモを行う。
急激に規模を拡大。

日本における、古くからの左翼が求める姿がまさにここにある。
左派がSEALDSらに見たいであろう幻、まさにここにあるのだが、(日本の)左派はこれをどう思うのだろうか。

これを潰したのは共産主義者であった。
しかも武器を用いて、だ。
CHINAにおけるSEALDS?が対峙したのは、共産党であった。
日本は謎の国である。

 

メディアの弾圧と、検閲
これが一気に物事を悪化させていく。
実はメディアへの弾圧が、最後の引き金になっていくのだ。

『世界経済導報』という週刊誌があった。
胡耀邦の追悼をテーマとした座談会を開き、参加者が胡の解任を批判したり名誉回復を要求する発言を報じた。
日本で言えば、中川昭一先生の追悼本を出したり(実際、私自身がかつて出したことがある。)名誉回復を求める発言を報じるようなものだろう。

・江沢民
ここで突然、江沢民が出てくる。
当時は、党委員会書記であったのだが、宣伝担当の曽慶紅市党委副書記と陳至立市党委宣伝部長に命じ、問題の箇所を削除するよう命令を出す。
『世界経済導報』の社長はこの要求を拒否、同紙は発行停止となった。

江沢民はこの動きが評価され、党総書記に選ばれる要因となった。

・メディアの悪用
人民日報やテレビなどの国営メディアを使って事態を沈静化するように国民に呼びかけたものの、『世界経済導報』事件などもあって活動は逆に拡大していく。
中国共産党は学生だけでなくジャーナリストの反感をも買った。

・検閲制度を否定
4月29日午後に、共産党幹部とが高校生と会見。
党内に腐敗があることを認めたものの、「大多数の党幹部はすばらしい」と述べた。『世界経済導報』事件があった直後にもかかわらず「検閲制度など無い」と否定。
さらに「デモは一部の黒幕に操られている」と強気の姿勢を続けた。
この模様が夜に放送されると、学生は抗議デモに繰り出した。

 

SNSがない時代であったが、若者の動きは同じであったと言えるだろう。
この怒り、政権への怒りが抗議デモをより活発化させていく。

例えばアラブの春。
全てを評価する立場にはないが、原風景は、天安門事件の前夜に確かにあったのだ。

 

収集できない規模にまでデモが拡大
ゴルバチョフが訪中する直前であった。
中国共産党は、この前に事態を収集させたい。
軟化する方針も見せたのだが、学生らの目標は容認できない内容でもあった。(四・二六社説の撤回)

ハンストは50万人に及び、当時はイギリス領であった香港に飛び火、また国外に留学していた学生たちにも延焼していく。

・対決
民主化運動の指導者は、漢民族出身の大学生である王丹や柴玲、ウイグル族出身のウーアルカイシ(吾爾開希)など。5月18日午前に李鵬、李鉄映、閻明復、陳希同らが彼らと会見した。

李鵬が「会見の目的はハンストを終わらせる方法を考えることだ」と発言すると、ウーアルカイシは「実質的な話し合いをしたい。我々は李鵬を招待したのであって、議題は我々が決める」と反論した。

学生側は「学生運動を愛国的なものとすること」と、「学生と指導者の対話を生放送で放送すること」を要求した。李鵬は「この場で答えることは適当ではないし、2つの条件はハンスト終結と関連付けるべきではない」と話し、会見は物別れに終わった。
李鵬を激しく非難する姿が全世界にテレビにより流されたことで注目を集めることとなった。

・ゴルバチョフ訪中
この最中にゴルバチョフが訪中した。
実は、ソビエトと中国は仲が悪かった。
冷戦時代の1950年代より続いていた中ソ対立の終結を表明するための訪中であり、綿密に準備がなされいた。当初の予定通り北京を公式訪問。

天安門広場周辺は、ご覧の有り様であり中国共産党は恥をさらす結果となった。
正直、ぶちきれたと思う。

・戒厳令布告
ゴルバチョフがCHINAを離れる5月17日までは、中国共産党内は平穏を装った。
学生側に同情的な者もいたし、強行路線の者もいた。
5月17日午後、政治局常務委員会による投票をすることなく、鄧小平は戒厳令の布告を決定した。

・報道管制
これが行われ始めると、多くの場合「最後まで行ってしまう」ように感じる。
戒厳令を受けて厳しい報道管制が敷かれた。日本やイギリス、西ドイツなどの西側諸国のテレビ局による生中継のための回線は中国共産党によって次々と遮断される。
米国のCNN は、依然として世界各国へ向けた生中継を続けていたが、キレた中国は警察官などを派遣、放送を中止するよう要求した。
しかし、まさに生放送中であり、この模様は全世界に報じられることになる。中国が報道管制を行っている事実が報じられた、ということだ。

 

そして、武力弾圧へ。
地方から続々と人民解放軍の部隊が北京に集結していることが西側のメディアによって報じられたていた。
人民解放軍による武力弾圧が近いとの噂が国内だけでなく外国のメディアによっても報じられるようになる。6月3日の夜遅くには、天安門広場の周辺に人民解放軍の装甲兵員輸送車が集結し始め、完全武装した兵士が配置に着いたことが西側の外交官や報道陣によって確認された。

6月3日の夜中から6月4日未明にかけて、人民解放軍の装甲車を含む完全武装された部隊が民主化要求をする学生を中心とした民衆に対して投入された。一旦は数で勝る民衆によって阻止されたものの、その後これらの部隊は中国共産党首脳部の命令に忠実に、民衆に対して無差別に発砲した。

 

(参考:wikipedia六四天安門事件

 

 

 

冒頭の言葉を繰り返させて頂く。

天安門事件より27年。
chinaにて、民主主義の萌芽が戦車で轢き潰された日。
人民解放「軍」は軍という名こそ冠しているが、共産党の私兵集団だと世界に示された日。

あれから中国はどうなったか。
中国共産党は何をしたか。

日本の民主主義はどうなっているか。
共産主義者が叫ぶ民主主義って、何だ?

私には、わからない。
ただし、この六四天安門事件は、伝えられ続けるべきだという立場だ。

我が国が、自由と民主主義を維持していく上で
絶対に忘れてはならぬ、大切なエピソードが満載されていると感じるからだ。

 

天安門事件を忘れない。
そこで起きたこと、その前夜に何があったのかを伝えていく必要がある。

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17 Responses to 【今日は何の日?】共産党により民主主義の萌芽が轢き殺された日【天安門事件】

  1. medakanoon のコメント:

    【今日は何の日?】共産党により民主主義の萌芽が轢き殺された日【天安門事件】 天安門事件より27年。 chinaにて、民主主義の萌芽が戦車で轢き潰された日。 人民解放「軍」は軍という名こそ冠しているが、共産党の私

  2. 名ナシ のコメント:

    王毅中国外相が「中国の憲法に人権保護が書かれていることを知っているのか」
    とカナダで記者が、「人権問題や南シナ海をめぐる懸念がある中、なぜ両国関係
    を強化するのか?」という質問に対して激怒して言ったそうです。
    天安門事件もありますが、現在進行形でチベット・ウイグルへの侵略人権弾圧
    の行動は続いています。
    そんな国が民主主義だ人権だ言ったところで信じられません。

  3. 波那 のコメント:

    戦車の前に立ちはだかった青年の映像は忘れることは出来ませんね。強く心に焼き付いています。ネットに天安門で虐殺された人達の画像が出ていました。私には、とても全て見ることは出来ませんでした。チベットやウィグルでは今も中共による民族浄化が進行中です。世界は中共の非道、暴虐を知っていながら何にも出来ません、止められません。日本に米軍の存在が無ければ、もうとっくに尖閣は中国に奪われていますよ。共産党が日本国民を守ったりしません。

  4. 鳥海山たろう のコメント:

    当時は毎日のように、このニュースが配信されてました。自分も学生だったので、「中国の学生たちはなんと勇気があるのだろう」と驚嘆したのが第一印象です。
    日本の左翼過激派の学生のように権力とじゃれ合いの遊びをするのとは訳が違いました。

    当時は、ソ連崩壊による東西冷戦にむけて世界が動いていた時期に、中国共産党はその民主化の波に巻き込まれないとして必死であった。
    それに対して世界の動向と潮流を察知した中国の学生たちが、この機会に乗じて中国の体制をいっきに民主化しようと考えたのだと思いました。

    これにより鄧小平は言論や政治活動では国内を引き締めながらも、主に経済の改革開放路線をやるしかないとますます判断したんではないでしょうか。
    この事件も、共産主義一本やりでは世界で孤立するばかりと、長期的には中国の改革路線を後押しする意味はあったのではないかと思われます。

    天安門事件でいまだ中国が世界から厳しく抗議されることで、最近の香港での学生の抗議活動も当局は厳しく弾圧することができなかったなどの人権擁護の役割をはたしています。

    共産党の単独一党支配という独裁体制は、ますます支配者を強硬にさせるというメカニズムを持っています。

    ソ連の最後の指導者のゴルバチョフは、できるだけ悲惨事を起こさずにソ連崩壊を導いて東西冷戦を終了させた卓越した指導者でした。

    また親日家でもあり、モスクワ大学出身の教養高いエリートでしたが、天安門事件が起こったときには、内輪の会議で「ソ連で天安門事件のような反乱が起こったら情け容赦なく軍隊で反乱者を鎮圧する」と断言していたようです。

    ノーベル平和賞をもらったゴルバチョフでさえ、天安門事件のような民主主義を求める学生たちの抗議でも、共産党独裁国家のなかでは容赦なく武力で鎮圧すると明言してました。

    中国は共産主義者がいろんなところでいまだに既得権益を握っています。
    たとえば大学でも、共産主義に洗脳された教授たちが、共産主義を評価する(または否定しない)学生だけを後継者にするような一種の徒弟制度がまかり通っています。
    それですぐれた学生が学者になるのは難しい状況のようです。

    おそろしいのは戦後日本でもまったく同様だったことです。
    日本の大学でも同じような徒弟制度で、共産主義を肯定しないまでも否定しない学生が後継者に選ばれました。

    日本人はいまだ共産主義者のほんとうの恐ろしさを知らないと思われます。だから共産主義者が反日になるように仕向けた朝鮮人や中国人に怒りを爆発させても、その背景にあった共産主義者たちの異様なイデオロギーを理解するのはなかなか難しいのではないかと思われます。

    とにかく共産主義者はすさまじいのです。
    東大紛争など学生闘争で東大入試が中止になったなど、学生たちが過激派して、日本の国内で延々と何十年も殺し合いをしてきたことなどが綺麗さっぱり、歴史の教科書からも消されています。

    戦後ながらく共産主義者たちが教科書などを書いてきたからです。
    学生たちを共産主義者が煽って、革命の戦士にしようとしたからです。
    もちろん竹島問題などもきれいさっぱり消されています。北朝鮮の拉致事件など異様性もできるだけ隠ぺいしようと頑張っていました。

    1989年の天安門事件は東西冷戦の終了のなかで、中国で起こったことですが、日本では実にグロテスクで異様な形で現れました。

    それが従軍慰安婦騒動などで、日本の変態左翼が朝日新聞など醜悪きわまりないメディアに集結して起こした騒動でした。
    間違いなく追い詰められた共産主義者たちが、日教組に洗脳されて左翼と一心同体になった日本人たちを巻き込んで、破れかぶれになって繰り出してきた反撃だったのです。

    中国の天安門事件をできるだけ隠ぺいするか過小評価し、日本人が中国を警戒するのをできるだけ抑止し、日本人が天安門事件に興味をもつのを阻止しようとした勢力と、従軍慰安婦騒動などを起こした連中はぴったりと重なっています。

    この意味をほんとうに多くの日本人に考えてほしいと何十年も願ってきました。

    朝鮮人のなかでも何十年前に慰安婦だった女性には異様な同情を示すが、北朝鮮の被害になった朝鮮人や日本人にはたいして同情しない、第二次大戦に日本軍の被害者となった中国人には異様な関心を示すが、中国の共産主義に犠牲になった膨大な人々や現に抑圧された人々のはたいして関心を示さないし、追及しない。

    NHKもそうでした。その理由は、「日本が中国に迷惑をかけたから、日本から中国にえらそうに言えない」と屁理屈でごまかしてきましたが、実際の本質は日本の戦後左翼がソ連や中国そして北朝鮮の共産主義を必死で賞賛してきたものだから、芋づる式にその恥部が公けになるのが屈辱的だからです。

    どこまでもゆがんだプライドと己惚れで自己正当化してきたのが日本の左翼。
    その象徴が朝日新聞は岩波書店などです。

    • 鳥海山たろう のコメント:

      とにかく日本の戦後左翼は醜悪でした。すさまじいです。

      左翼の言い草というか口ぐせに「日本は村社会だ。閉鎖社会だ」というのがありますが、左翼の組織こそが(村を敵視するつもりはありませんが)「閉鎖的な村社会そのもの」でした。

      朝日新聞は異論を封殺して一方的な洗脳に突進する組織でした。
      岩波書店なども滑稽きわまりない。詳しく知りませんが、縁故やコネなどでしか入社できないと言われてました。

  5. 鳥海山たろう のコメント:

    たびたび失礼。
    中国がおかしい、天安門事件もおそろしい、などは現在では世界の多くの人々が知っています。

    ところが日本の左翼の異常性はあまり世界に知られてないと思っています。
    それを告発するには、まず日本人が目覚めてほしいです。
    それで、とにかく日本の左翼の恐ろしさを知ってほしいと思って、いつも無我夢中でコメントを書いています。

    なんといっても日本の左翼の身の毛のよだつところは中国共産党に支配された中国人民の怒りを日本に差し向けたことです。

    最近の中国はインターネットでも欧米側の検索エンジンを完全に締めだそうとするなど、巧妙に共産党の独裁政治の延命をはかっています。

    このような(外敵をつくることによって国民を団結させようとするような)独裁国家の憎悪を日本に振り向けようとするなどキチガイの考え出すことです。

    でもそれを執念深くやりとげたのが朝日新聞など日本の左翼でした。ほんとうに気が狂っていました。
    ちなみに戦争の反省をすること自体はおぞましいなどとは思いません。

    わざわざ記事で騒動を煽って中国人民の憎悪を日本に振り向けること自体がキチガイしか思いつかないことだと考えています。

    江沢民などの異様な反日教育の道しるべをつけてやったのが、日本の左翼たちでした。
    そして、中国人民の日本への憎悪が高まり、暴動まで容易に起こり、一触触発の状態が続いて、制御できなくなったとき、日本の左翼はぜんぜん反省もしないし平然と眺めてました。

    日本の左翼は国内で劣勢になってきたので、中国や朝鮮人の反日憎悪を煽って、日本を攻撃させることにより、国内でのオピニオンリーダーの位置を保とうと考えてました。
    これが80年代からの彼らのメンタリティだったのです。
    共産主義イデオロギーが時代遅れとなった時代に「反日」だけが戦後左翼の拠りどころだったのです。

    この左翼の継続的な反日イデオロギーが中国人の日本への敵視意識を徹底的に倍増させました。

    大量の核兵器をもつ、そして「核戦争をしてでも中国の共産主義体制を守る」と豪語する連中が代々の指導者をやってきた中国の怒りをそそのかして、日本に振り向けるなど日本の変態左翼であるからこそできたことです。

    現代の中国人民軍の兵士は日本に核ミサイルをぶちこむべきと考えています。

    理由は朝日新聞など日本の左翼が一貫して反日思想を拡散して、日本を執拗までにおとしめたので、中国ではもはや日本鬼子などという言葉にもあらわされる通り、日本人は中国人を虐殺した人でなしに描くことがテレビドラマでも大流行したからです。

    それが行き過ぎて、中国人自身が少しやり過ぎたと思って、抑制したのが数年くらい前からでしょうか。

    本来なら、日本のメディアが「日本への敵意をうえつけるべきでない」と抗議すべきですが、メディアはその逆に年から年中、中国人や朝鮮人の反日憎悪を煽ってきたので、そんな忠告などできるわけがないのです。
    ほんとうに日本の左翼の異常性を多くの日本人に知ってほしいです。

    • 鳥海山たろう のコメント:

      中国の外交部は「中国からは核を先に使用しない」と何度も明言しています。

      これは二つの意味があり、一つは海上のどこからでも核ミサイルで報復できる米国をおそれているからです。
      もう一つは日本に核武装の口実を与えないためです。
      もし日米安保がなければ、このように中国が明言することは無かったかもしれません。

      とにかく中国の憎悪を日本に振り向けさせずに、その一方で毅然と日米等で連携して、中国をいわば巧妙に封じ込める。
      封じ込めるというのは、中国に経済改革に専念させるということです。
      そして経済改革から政治改革にスムーズに移行させ、最終的に共産党の一党支配を人的な大災害なしに終わらせることです。

      中国の経済はなかなか破たんしないと思われます。海外からの援助は莫大なものがあるし、中国人自身がそれなりに優秀であるからです。
      (もし破たんしたら私の見方が楽天的すぎるということになりますが)

  6. 鳥海山たろう のコメント:

    直接テーマと関係ないですが、「今日はなんの日」は面白いです。

    大変感心したのは、以前の朝日新聞の「忌念日」として「珊瑚事件」の日を設定したなどはほんとに秀逸だと思います。

    普通は従軍慰安婦騒動など朝日新聞の異様性を告発するのなら、朝日がはじめて吉田清治を記事にした日などを「忌念日」にする発想もあると思います。

    でもそれをいったら朝日新聞がはじめて南京大虐殺キャンペーンをやった日など、いくつも候補の日が生まれてきます。(全部を忌念日にするのもありと思いますが)

    そのなかで代表として、「珊瑚事件」を特に選んで忌念日にしたのを実に鋭い発想だと思いました。

    なぜかというと捏造をしてまで騒動を起こして日本人や日本をおとしめる体質こそが朝日新聞の歴史的体質であり、その象徴が珊瑚事件であったからです。

  7. 鳥海山たろう のコメント:

    何度も投稿しすみません。

    当時の時代を思い出すと、やはり強烈なのは「靖国参拝騒動」ですね。
    これも朝日新聞等の画策で、とんでもないものでした。

    いったい、馬鹿マスコミがどれだけの力をもっているかということを日本人があまり実感ないと思います。

    たとえば先日、オバマの広島での演説がありました。
    まあ日本国内では感じよかったという程度でおさまりました。
    (私は北朝鮮や中国の核の脅威は1ミリも減じないことで虚しさしか感じませんでしたが)

    もし、このとき、日本のマスコミが、このような報道をしたら、どうなっていたでしょうか?

    まず米国でアメリカ人から広範囲のアンケートをとる。
    その質問は「トルーマンの原爆投下を支持するか」の一問でOK。
    そうするとアメリカ人の多くは「支持する」と答える。

    そして日本のマスコミが「アメリカ人はなんにも原爆投下を悪いとは思ってない」といっせいに報道します。
    そうすると日本人のなかであちこちからやり場のない怒りの声がでてきます。
    それを、そのまんまアメリカに投げるのです。

    そうしてキャッチボールして、どんどん国民どうしの怒りと憎しみをそそのかす。

    とぎすまされた思考の片りんもない阿保マスコミでも、ものすごい影響をもたらします。
    この阿保マスコミの馬鹿力を悪用したのが、当時の変態左翼であり、日本国内で政教分離でくすぶっていた靖国問題を中国人に叩かせるために朝日新聞などを利用したのでした。

    もうたった数年で中国人の憎悪をもたらし、どんどん靖国への敵視が中国に広がっている途中の天安門事件でした。
    左翼にとっては天安門事件などどうでもよく、靖国問題のほうが重要だったのです。
    冷酷で残忍な左翼にとっては日本をどう叩かせるかに悪知恵を絞っている時代でした。

  8. 生野区民 2 のコメント:

    天安門大虐殺から27年たち、昔の事のように思えるが
    学生のリーダーとして活動した王丹氏が都内で会見し、「中国は暗黒の時代を迎えている」都内の外国人特派員協会で記者会見したが、気になるのは特派員協会はパヨク団体であり、大半の記者がシナに通じていて、王丹氏が記者の手引きにより再度拘束されないことを祈ってる要る
    シナの現状は天安門どころではなくキンペイが文化大革命でも起こすような勢いらしい天安門から27年たってもっと酷くなるとは、ウィグルのラビア・カーディル議長も
    シナ人の武装警官が「火炎放射器で殺害」「警察官にその場で射殺する権限」と言う
    現状を特派員協会で訴えてる
    キンペイはそれに加え、侵略国家として周辺諸国を脅かしている、狂人だ
    話し合いの時期が過ぎ、日本は核武装してアメリカ、インド、ベトナムと手を携え、シナを叩き潰すべきだと思う
    手始めに法整備をして、国内のゴミ虫パヨクの一掃から初めて日本とアジアの為に
    立ち上がるときだ、シナ、朝鮮のような不届きな国は地図上から抹殺するべき

  9. 鳥海山たろう のコメント:

    朝日新聞や左翼の総括した日本の「戦後史」みたいなのを一切信用しないほうがいいです。それらは、ほとんど左翼を美化して、左翼のおぞましさを綺麗に抹消しているからです。

    共産主義者に洗脳された左翼と偏向マスコミは、戦後日本で何をやってきたかというと大きく分けて、次のような「3つの期間」に分けると理解しやすいです。

    第一期:
    共産主義のイデオロギーが強い力を持っており(左翼が「共産主義=民主主義の進化形」という幻想を多くの日本人に植えつけるのに成功した時期)、左翼が暴動や革命で日本を転覆しようとして、学生や在日朝鮮人などを飼い馴らし、平然と不法活動を推奨していた時期です。

    第二期:
    共産主義国家のおそろしさが世界的には知られつつあったが、日本では共産主義への幻想が消えず、共産主義がいまだイデオロギーとして力を持っており、左翼が日教組の教育やマスコミを使って合法的に日本人を洗脳しようとした時期。

    第三期:
    共産主義国家が崩壊へと進み、共産主義の幻想が日本でも広く知られるようになり、左翼が劣勢になってきた時期。(それで左翼があの手、この手で生き残りをはかり、その典型的パターンが中国や韓国の反日騒動をそそのかすことだった)

    この第三期に「東西冷戦」の終了がありました。
    ソ連の最後の大統領のゴルバチョフは、「日本の経済的成功を見て、共産主義は失敗であったと悟った」と言っていたように、日本は西側の同盟の一員として、東西冷戦を闘い、完全に勝利したのです。
    また経済的活動(経済支援等)によりアジアに共産主義が浸透するのを阻止したのです。

    その東西冷戦での日本の勝利をおとしめて、日本を過去の歴史の反省の泥沼にひきずりこみ、世界で日本を孤立させようとしたのが、膨大な数の日本の変態左翼でした。

    彼らは日本のアジアへの経済援助を「経済侵略」と決めつけ、何年も何年もマスコミ等を使って日本を糾弾していました。
    また元はといえば、日本が自由主義の西側諸国につくか、それともアジアで「中立」を守って日本を危険な空白地帯にしてしまうかという、国論を二分した「単独講和か全面講和か」でも日本を孤立させるために、「戦争にまきこまれる」という理屈をもとに全面講和すべしと狂ったように主張しつづけました。

    こういう風に共産主義を理想化または共産主義者に迎合してきた変態左翼が、上記の「第三期」に歴史認識を使って日本叩きを行うように団結した結果、起こったすさまじい騒動が80年代以降に起こった靖国騒動、教科書騒動、慰安婦騒動などでした。

    慰安婦騒動は南京大虐殺騒動の二番煎じで、狂言者をもとにしたとてつもないおぞましい騒動でした。中国や韓国の反日ポピュリズムを狂ったようにそそのかすものでした。
    これで、過去に中国や韓国に対して行った日本の膨大な経済援助や技術支援などは、完全に帳消しになりました。そして、共産主義を美化してきた恥も外聞もない左翼は、そうすることが、つまり日本がアジアからも世界からも、つまはじきにされて、日本人が自信喪失することを狙ってました。

    日本人が自信喪失すれば日本人を洗脳しやすいことを知り尽くしているからです。
    ほんとうに日本の左翼が氾濫した戦後日本の悲劇を多くの日本人が知るべきです。
    GHQがその経緯にからんでいますが、GHQの中心は東京裁判などを見習って、近代日本をまるごと否定まではしませんでした。
    満州事変以降を問題にしたのですが、その東京裁判に便乗した共産主義左翼は、それにつけこんで近代日本どころか歴史すべてを真っ黒に塗りたくりました。
    一方で共産主義を美化しながらです。

    そして東西冷戦と共産主義イデオロギーの終焉が近づくにつれて、狂ったようにのめりこんだのが、「いかに日本兵を残虐に描くか」というものでした。それで子供を銃剣で串刺しにしたり妊婦の腹を切り裂く日本兵などが好んで描写され、日本の子供たちの脳に、その映像が埋め込まれました。
    朝日新聞なども率先して、そういうことをやりました。
    それをまねたのが江沢民の時代の中国の教育課程でした。

    どれだけ日本の左翼がおぞましいか、各自が調べて徹底的に追及し続けててください。

  10. 鳥海山たろう のコメント:

    1957年6月の全国人民代表大会で、周恩来は、「1949年以来、反革命の罪で逮捕された者のうち、16%(83万人)が処刑され、42%が労働改造所(労改、強制収容所)に送られ、32%が監視下に置かれた」と述べています。

    また毛沢東も、1957年2月27日、「49年から54年までの間に80万人を処刑した」と述べています。(「ザ・ワールド・アルマナック」1975年版より)。

    そして、その後も、56年の反右派闘争、65年から69年までの文革、79年の「北京の春」取り締まり、87年胡耀邦失脚、そして、89年の天安門事件まで、多数の中国人が政治犯として逮捕されたり社会的地位を失わされました。
    またチベットやウィグルの問題もあります。

    こういう中国に迎合した日本の左翼は、これらの事実をろくに日本人に知らせませんでした。
    共産主義に迎合してきた過去があったからです。

    さらに、いくら中国共産主義に現在または過去の問題が発覚しても、それを隠ぺいするか無関心を装ってまで中国共産党に迎合して、日本または日本人を執拗におとしめてきたのが、日本の左翼でした。朝日新聞やNHKが、その典型です。

    中国共産党に迎合する口実としては、「中国共産党に敵対したら中国で報道や取材ができなくなる」という言い訳でした。
    捏造ばかりしてきたのに、まともな取材ができないなどと、よくとぼけたものです。

    変態左翼に迎合した偏向マスコミが日本で異様に多かったことは、日本の悲劇です。
    ネットなどの普及によって、偏向マスコミが隠ぺいし続けた中国の真実が多くの勤労者などに知られることになりました。

    そして、多くの勤労者が知ったことは、「膨大な日本人がせっせと働いて日本経済を成長させていた70年代から90年代の時期に、いかに変態左翼どもが、あの手この手で日本をおとしめるために、ありとあらゆる画策や陰謀をやり抜いていたか」という事実でした。

  11. 石橋 孝三 のコメント:

    皆様のコメントを拝見させて頂き、今更ながら天安門事件の意味を考えています。
    正しく、その後 アジアの風景を変えた事件です。

    当時を振り返ると、どこよりも先に制裁措置を解除した
    日本の 異様な姿が浮かび上がります。
    同時に、解除を強引に進めた媚中政治家達の姿も・・・

    ただ、忘れてならないのは 媚中連だけではなく、
    本来国益を重んじる側の弱腰にも理由がありました。
    それは福建より大量に送り込まれた『密入国者』です。
    中共が自ら『人間爆弾』と呼ぶ人民兵器が、正しく時限爆弾として、
    日本国内に「仕掛け完了!」な状態でした。
    当時も今も『蛇頭』が中共軍の管理下にある事は言うまでもありません。

    治安上、非常に緊張した時期であったと聞きました。

    そして今・・・中国国債旅行社(CITS)も中共国策組織です。
    爆買い誘致や移民政策を言う政治家が、
    先の天安門制裁解除人士の流れであると忘れてはなりません。
    ある日、バス一台分・客船1隻分の旅行者が行方不明なんて事態も
    『オオカミ少年のホラ』ではないかもしれません。

    天安門事件が『民主運動』との解釈は、全体の一面だと思います。
    本質は、新旧勢力の生存をかけた権力闘争です。
    大陸では当時既に「米国と話をつけた者」が、
    国内の『資本主義のシッポ』(自由商人)、つまり黒社会
    から利益還元を受ける仕組みが出来上がりつつありました。

    その仕組を護るために手勢として働いたのが「現代の紅衛兵」、
    いや『黒衛兵』である大学生です。
    彼ら「国家建設の超エリート」たる大学生も既に数が増え、
    体制下での将来に不安を抱えいた時期です。
    そんな学生が利用されました(分け前欲しさに)

    学生達は毎日、誰かが段取りした大量のバスに乗り
    ・広場に出勤・していました。。。。。
    あれだけの学生が自主的に自転車で集合できるお国柄ではありません。

    あの夜、天安門前広場から隊列を組み撤収していく学生達を・・・
    私は見ていました。(自分の視野の範囲だとお断りします)
    そして、大陸の事情に明るい方なら分かるでしょうが、
    当日の騒ぎに対し、数万の市民が(野次馬)が参集しており、
    一部が興奮状態にありました。。。。

    現地市民は、巧みな情報収集力を駆使し事態を見守っていましが、
    「学生がどうのこうの」に対しては無関心でした。
    市民の・・・もとい人民の関心は、
    「どちらの側の軍が、どこに展開しているのか?」です。

    天安門周辺に『軍警』が居るとか、どの部隊が大会堂の裏に入ったとか。。
    ○○軍が空港を抑えたとか。。。

    繰り返します。
    天安門事件は、学生の民主化運動とその制圧ではありません。
    新旧権力者が閥軍を動員しての睨みあい。
    ・・・そしてギリギリで内戦が回避された事件。。。と。。。
    私は理解しています。

    よく、あの日はどれぐらいの方が亡くなりました?と尋ねられますが
    「目の前でしか数えていません」としか答えられません。
    ただ、そのご 数か月の間に「消えた人の数」が事件当夜の犠牲者数
    などとは桁違いに膨大であろう事は、
    北京で暮らした者として・・・肌身で感じています。

  12. 櫻盛居士 のコメント:

    > 人民解放「軍」は、軍ではない。
    > 軍とは、自国民を守る最後の砦である。
    > 世界の常識として、自国民を守ることこそが軍の使命に他ならない。
    > 災害派遣はもとより、国民の生命・財産を守る最後の力である。
    >
    > 共産党の私兵集団である、危険な存在だ。

    実はこの感覚は日本的なものであり、外国では近代的な考え方に基づく軍の在り方と言えるでしょう。
    そもそも、我が国の軍と言えば武士団の影響が強いのですが、この武士団自体が農民由来の自警団から興っている為、献身的防衛をその精神的主軸に形成されています。
    また、我が国は墨家的な思想が古くより定着している為、特にこの傾向が顕著です。

    対し外国の軍と言えば、欧州などは臨時雇いの傭兵が主戦力の時代が長く、イベント毎に組織される私兵軍団で王国が勢力争いを行って来ました。
    また、支那では兵は基本的にならず者の傭兵か、陥落した都市で鹵獲した奴隷を前線に用い、諸侯直属の士官は兵に戦を強要する督戦隊を担っていました。
    これは支那事変の時代も同様で、ロクに制服すら支給されない農民兵が、背後からは軍閥権力者の銃口を向けられ、已む無く日本軍を襲撃する構図が多く見られました。

    この様に我が国と諸外国とでは軍の成り立ちが異なる為、日本人的には少々混乱する事が多いのですが、近代に於いては国際法と言う枠組みで軍隊を定義する様に変遷していますので、これらの法を覗いて見ようと思います。

    ●ハーグ陸戦条約(日本:明治44年11月6日批准)
    陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則
    第一款 交戦者
    第一章 交戦者の資格
    第1条:戦争の法規、権利、義務は正規軍にのみ適用されるものではなく、下記条件を満たす民兵、義勇兵にも適用される。
    第1条1項:部下の責任を負う指揮官が存在すること。
    第1条2項:遠方から識別可能な固有の徽章を着用していること。
    第1条3項:公然と兵器を携帯していること。
    第1条4項:その動作において、戦争法規を遵守していること。
    第2条:未だ占領されていない地方の人民でありながら、敵の接近にあたり第1条に従って編成する暇なく、侵入軍隊に抗敵するため自ら兵器を操る者が公然と兵器を携帯し、かつ戦争の法規慣例を遵守する場合はこれを交戦者と認める。
    第3条:交戦当事者の兵力は、戦闘員及び非戦闘員をもってこれを編成することができ、敵に捕らえられた場合は二者ともに等しく俘虜の扱いを受ける権利を有する。

    ●ジュネーヴ諸条約第一追加議定書(日本:平成17年02月28日効力発生)
    第二部戦闘員及び捕虜の地位
    第四十三条 軍隊
    1 紛争当事者の軍隊は、部下の行動について当該紛争当事者に対して責任を負う司令部の下にある組織され及び武装したすべての兵力、集団及び部隊から成る(当該紛争当事者を代表する政府又は当局が敵対する紛争当事者によって承認されているか否かを問わない。)。このような軍隊は、内部規律に関する制度、特に武力紛争の際に適用される国際法の諸規則を遵守させる内部規律に関する制度に従う。
    2 紛争当事者の軍隊の構成員(第三条約第三十三条に規定する衛生要員及び宗教要員を除く。)は、戦闘員であり、すなわち、敵対行為に直接参加する権利を有す。

    上記、代表的な軍隊を定義した国際法を見る限りでは、中華人民解放軍は軍であると定義されます。
    しかしながら、我々日本人的にはとても中華人民解放軍が軍と呼べる代物で無いのも事実ではあります。
    これは、中華人民共和国と言う国家が、中国共産党の属国だからです。
    そして、中華人民解放軍は中国共産党の軍だからです。

    自由主義国家では国家の下に、政党が結成され政治活動を行います。
    ところが共産・社会主義国家では、国家の上に特権政党である共産党が存在し、共産党が国家を指導する制度を採用しているのです。
    謂わば、中国共産帝国の属国として中華人民共和国と言う国家が存在している訳です。
    分かりやすく例えれば、中国共産党が嘗ての清国で、中華人民共和国は嘗ての李氏朝鮮です。

    支那と言う国が、属国民を人間として扱った試しがあったでしょうか?
    そんなもん、ありません。

    尤も、これらが支那特有のものかと言うとそうでは無く、共産主義に共通して言える事で、通州、通化、済南、尼港などの虐殺事件のどれを見ても、必ず共産主義者が関与していますし、戦後引揚者を襲撃した欧州系民族であるソ連も例外無く、人間を人間として扱った試しはありません。

    日本共産党も殺人、虐殺の手引から銀行強盗まで、人間ならざる行いをして来た政党ですので、これもまた例外ではありません。

    どうしても感情的にムカつく朝鮮人に目が向きがちなのですが、朝鮮人の思考はカルトと非常に相性が良く、共産カルトとも相性が良いのです。
    従って、朝鮮人自体に自覚が無いまま、共産カルトの手駒として働く事も多いのです。

    そう言う訳ですから、我々は心の銃口を共産主義者から逸らす事があってはならないのです。

  13. イクラ大好き のコメント:

    6月5日は日本においても言論弾圧が始まった日ですね。戦車で潰されないから日本はいい国なんでしょうか?古賀誠全盛期の10年前の自民党ですら通さなかった人権擁護法案が、姿形を変えて安倍政権で成立したことをどのようにお考えでしょうか?「日本を、取り戻す」はこのまま行けば実現すると思いますか?

  14. kalevala のコメント:

    小坪先生のような市議や県議の先生方は精進され大変素晴らしいのですが
    国会議員の上層部の先生方にはノーブレスオブリージュに則っていただきたいですね

    天安門事件で世界が中国をボイコットした時に
    ソ連を恐れて中国に接近し「抜け駆け、裏切り」と世界から批判された竹下元首相

    ウクライナ侵攻で世界がロシアをボイコットしている時に
    中国を恐れてプーチンに接近しG7で「抜け駆け、裏切り」と批判された首相

    周辺国が入り込んでくるのは中がしっかりしていないからです

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