【成人式の記事へのレス】ネットとリアルの狭間で。


成人式の記事を書いたところ、賛否両論あったため少しレスしたく思う。
本来、個別にレスしてまわるべきだが、負荷的にも難しいものがあるし、一本のエントリにまとめてレスさせて頂きたい。

ひとつ忘れないで頂きたいのは、私はリアルを生きる政治家であり
ネット上に存在しているわけではないこと、足場は愛する地元・行橋市であること、です。

また、私は保守系議員ではありますが、
保守ゆえに市議を目指したわけではないこと。

製造業出身の、派遣問題とか若者雇用にひどく苛立ちを覚えて「なんとかしたい」「戦ってやる!」と思い出馬したということ。

私が守ろうとした後輩達は、後援会組織の若者たちは、
恐らくネット空間では批判に晒されるであろう、どちらかと言えばお行儀が悪い者たちであること。

そして、私は彼らが何より愛おしい。
彼らのために命を懸け、人生をかけている。

ネットのために命を懸けているわけではなく、
保守という思想に命を懸けているわけでもなく、
当然ながら「嫌韓」のために命を懸けるだなんて理由でもなく、
もちろん、愛国心は強くもっているが、それゆえの政治家ではないんだ。

私にとって大事なのは、後輩たちだよ。
隠す気もないが、俺は走り屋だった。
しかもチームリーダーだった。

仲間たちがどうなっていったか。
後輩たちがどうなっていったか。
どちらかと言えば底辺の群れの中、果てしなく感じた疑問がそこにはあった。

だから、命を懸けて戦う。
結果的に国益にもなっている、愛国心も強く持っているからね。
だけど、戦う理由は、そこじゃない。
韓国は嫌いだが、そんなもののために命を懸けようとは思わなかった。
護りたい人たちがいる。
それだけだ。

 

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<ネットとリアルの狭間で。>
私は、こうして皆様に支援いただき、政治ランキングにおいて高順位を頂いている。
本当に感謝している。

ただ、その上で少々ネットに批判的とも思えるエントリも書いてきた。
批判目的ではなく、リアル側の事情とネット上での言論が大きく異なるためだ。

 

<ネットとリアルの論調が異なる場合。>
ネットとリアルの言論は往々にして食い違う。
アクセスとランキングを維持するため、ネット側の言論を採用する道もあるし、多くのブロガーらはその道を選ぶだろう。
特に作家などは、本をネット経由で販売する必要もあり、世論に逆らうことはない。
また、作家・評論家がブログを書く場合、それは正しいことだと思う。

 

<私のルール>
作家・評論家であれば正しい道なのだが、私は政治家だ。
リアルを生きる政治家であり、それをネットで発信しているに過ぎない。
ゆえに、「絶対に守ろう」と思っているルールがある。

ネット上の言論と、リアルの思いが反駁した場合、私は、リアルを優先する。
そしてこれこそが、私の価値であり、ネット上に対しても良い影響を与えると信じている。
web空間にはない、新たな観点となる場合もあるからだ。

もちろん、私のワガママに終わる場合もある。
ちょっと申し訳ないな、とも思う。

 

<行橋の若者たちへ>
行橋の若者らは、私がそこまでネット上で著名な市議とも知らないだろうし、有名サイトとは知らぬ。
(月間ユニークユーザー35万人、アクセスは100万単位)

地元ではあまり言ってないんだ。
どこか照れくさくてね。
雑誌に原稿を書いてて、どうかすると本も出そうな人間だなんて言ってない。

普通に話したかったんだよ。

 

<ネットと私>
web上で絶大な支援を頂いている。
しかし、私はこれに迎合することをひどく嫌う。
斜めに構えているように見えるかも知れない。
否定できない部分もある。

実態としては「怖いから」だ。
群集心理と言うと申し訳ないが、自分の心が浸食されていくことが怖い。
ある一定のアクセスを超えたあたりから、メールや問い合せは凄まじく増えた。

日に600通を超える日もある。
結果的に「ネットの求める物」が見えるようになってきた。
「こう書けばウケる」とか「これを書けばアクセスがたつ」とか。

だけど迎合したくない。
なんとなく、それは正しい道ではないと思うから。
「こうすればこうなる」の予定調和を繰り返すうち
恐らく私は私でなくなるから。

求められることを書き殴るだけの電波芸者になってしまう。
私はそうはなりたくない。
群集心理の奴隷には、なりたくないんだ。

それを恐れるがゆえ、斜に構えているように見えることもあるかと思う。
だけど、私個人はそうは思っておりません。
これは私が私であるため、必要なことなのだと思っています。

なんか、飲み込まれてしまいそうで。。。

 

<心の平安>
心の平安を得るためには、「慣れる」よりない。
いまのポジションを自然に受け入れられるようになること。

自分自身を、その高見において「これでいい」と受け入れること。
他者からの評価も重要だが、私自身がそれを認めること。

少し難しいことを書いているかも知れませんが、
実はシンプルなことです。

目の前にある群集心理に対し、
それは非常に大きく、重たいものなのだけど
その世論や声に対し、私自身が受け止めれるだけの「うつわ」にならねばなりません。

またその域には至っておりませんが
なんとなく道筋が見えてきたように思います。

 

<色んなコメントがあっていい。>
釣りと言われると心外ですが、ある程度は予期していたことです。
そして、その反応も含め、私の狙いでありました。

時折、ネット世論の主流と異なる政策やエントリを投げてみます。
私が発信することで、ちょっとした混乱も起きる。
それが私には嬉しい。

これだけ書くと「釣り」疑惑をかけられてしまいそうですが
なぜ嬉しいかを考えてください。

この「考えてください」に全てが凝縮されているのですが
とかくネットとは、同調圧力も強く、自らの思考により導き出されたわけではない場合も往々にしてある。

極めて高い論戦能力を凄まじい短期間で身に着けることが可能ではありますが、代わりに失うものもある。

それは、「別の答え」を導き出す能力です。
記憶にございませんか?
これが正しいからそれでいい、みんな言ってるからこれが正解。
違うことは言いづらい。

だから政治家として、異なる論点を投げ続けるのです。
考えて頂くために。
そして、私と貴方は考えが異なるのだ、と互いに認識しあうために。

 

<私と貴方は考えが異なる。>
これが非常に重要な言葉だ。
当然と言えば当然なのだが、私と貴方は異なる人間だ。
生きてきた人生も異なれば、当然、考え方も異なる。
当然のことだ。

この当然のことを、何度も線引きするように繰り返す。
これが極めて重要だ。

もしも私が参議院の全国比例を戦う候補であれば、やってはならぬことだ。
全ての者より同調を得て、一体の生物のように世論を動かすべきだろう。
しかし幸いにしてそうではない。

こうしてモニターを通じてコミュニケーションを取っていくことで
人には「ある期待」が生じてくる。
「きっと、この人なら・・・」と。

その希望、期待は非常に有り難いものだし、私は誇りにすら思っているのだが、前述した内容で理解もしてもらえると思いますが、「重い」こともある。

何より過去の経験から学んだのだが
一方的な過度な期待とは、時として危険なのだ。
「こうだと思っていたのに、ああした」と。
論拠もない希望が(彼らの中で)破られたと思った場合、異常なまでのアンチが発生する。

最近では慣れたが、やはり相当に疲れた。
ゆえに「線引き」を繰り返すことは、とても大事なことだと思います。

 

<何かを為す意思>
何もせぬなら、それでもよかったのです。
誰からも批判を受けず、誰しもが「そうそう」と頷いてくれる内容。
いまの私には書けます。

何をネットが求めているか、どう動いているのか、少し見えてきたから。。。
だけど、それをしては、「何も為せない」者になってしまう。
何かを為す以上、全ての者に同意と同調を頂くことは、諦めねばなりません。

何かを為す、とは
何かを決めること、です。

具体的に言えば、最もシンプルな例だと
AかBかを選ぶ行為です。
Aを選べばBが納得せず、Bを選べばAより批判を受ける。
AもBも選ばねば、批判は受けない。
だけど、何もできない。

何かを為すという意思をもって、ブログを書く以上
防衛策として、もしくは読者に対する事前のアナウンスとして
「私と貴方は異なる」と線引きを継続することは、非常に重要だと考えています。

また、私はその上で。
皆様に求めていることがあります。
AかBかの選択に私が逡巡した際、
「Cを提案できるネット世論」を求めています。

イデオロギーを越えた部分、保守も左翼も関係ない部分です。
「民度を上げたい」という思いゆえ、であります。

 

ここからは個別のレス

<成人式は誰のものなのかという観点>
行政が主導し、税金で賄われている式典だ、という論。
よって「かくあるべきだ」「元服式のように」「晴れ着が見たい」というもの。

なるほど。
それは貴方の考えであり、私は否定しません。
ただ、私の考えとは異なります。

確かに公費を投入しております。
しかし、半分以上は、「新成人」のものであって
少なくとも他の大人たちの式ではないと考えています。

他の大人たちが「こうあって欲しい」と願うのは自由ですが
それを強制することはあってはなりません。
私は、大人たちを停めます。

これが教育の場であれば別です、教科書なり書き換え、教育方法には口出しすべきです、保守の政治家として私もやっています。

ただ、彼らは成人です。
成人の自由意志の発露に対し、外野が口出すすることはおかしいと思っています。

 

<新成人のものであるならば。>
成人式は、半分以上は新成人たちのものだと書きました。
無論、それはリクルートスーツを着て、いわゆる(他の大人がいう)「いい子」のものでもあります。
よって「場をジャック」したり「暴力事件」になること、または「大声で式典妨害」を行うことを私は拒絶します。

そして、そのような対応を取る必要は、幸いにしてございませんでした。
格好のみであり、式自体を妨害するような新成人はおりませんでした。
こういう事態になった場合、私は(議員としてではなく)一人の大人として全力で対応します。

殴りあうわけにはいかんので、一方的に殴られるだけかもしれませんが。
それでも身体を張る覚悟があります。

 

<格好自体が邪魔>
なるほど。
一考に値する意見ではありますね。
実は私もかつては「邪魔」だと思っておりました。
私はリクルートスーツで行った側でありますから。

一考に値する意見とは書きました、ただし論理が破綻しております。
もしスーツから何から全てを行政が支出しているのであれば、勝手に改造するなと怒りもします。
ですが、彼らが来ている服は、彼らの私有財産であります。

また、私が聞き及ぶ範囲では、自前で購入したものがほとんどであり
それら私物に対して私たちが言及することは、法的にもおかしなことになるのです。

 

<自分で決めること。>
リクルートスーツで行くか、派手な晴れ着で行くか。
それは自分で決めることです。

彼らは、新成人と「新」こそついておりますが
この日を境に「成人」となっております。
成人が、自ら決定したことです。
外野がごちゃごちゃ言うものではない。

 

<批判の対象>
「こんな成人式!」と罵るものが多い。
私にはわけがわからない。
その批判の意味がわからないのです。
なぜなら批判の対象がズレていると感じるからです。

そんなにおかしいと思うのであれば、責めるべきは成人式ではない。
前述しましたが、教育分野においては大人たちは一方的に口出しすることができたのです。

それは地域活動でもいいし、教科書の採択でもいい。
日教組批判という政治活動でもいいし、教育委員会に働きかける道もある。
または国政選挙において保守議員を応援する、地域のことであれば教育改革を掲げた地方議員を応援すうr。

「大人が自由にできた」教育の集大成として、新成人がそこにおります。
大人が自由にできなくなった存在として、新成人がそこにおります。
そこで新成人を責める大人は恰好が悪い。

責めるべき対象は、一義的には教育者ではないでしょうか。
もしくは「政治家」を含めてもいいですし
そして結果的には「すべての大人」を責めるべきです。

教育とは、次の世代への贈り物であります。
大人の世代が送った贈り物の結果として、成人式があります。

 

<ここで教育改革を掲げた人はおりませんでした。>
それが少し寂しい。
新成人を育て上げた、「その時代」への批判もなかった。
自らの責任に帰する意見も、同じくなかった。
私には、それは無責任に見えました。
ゆえに、これは少し寂しいものであります。

 

<ヤンキー嫌いの意見について>
ネットだとDQNというのでしょうか、非常に嫌われております。
うーん、それは個人の自由ではないでしょうか。

正直、私も学生時代は大嫌いでした。
大事にしていた原付は3回も盗まれるし、2回は修理しましたが3回目は修理不能。
悲しかったですね。

カツアゲ?にもあったことがあります。
ま、10人がかりとかですので、集団強盗というのでしょうか。
交渉(金出せ等)もなく、いきなり殴られました。
大嫌いでしたね。

とは言え、同級生に対しては別です。
イジメの問題もありますから、同級生ゆえ嫌いという方もいるかもしれません。
だけど私の同級生のヤンキーたちは、私に危害を加えることはないし、むしろ面倒なことになったときは、率先して守ってくれるような、バンカラみたいな奴らばかりでした。

だから彼らが派手な格好で来ても、私は嫌ではありませんでした。
ちょっと「どうなんだろ」程度には思いましたし、迷惑だな、とも思いました。
同級生ゆえ許容範囲だったということです。

それでもヤンキー自体は嫌いでした。
だけど。
それは個人の意見じゃないですか。
ゆえに、個人の意見として「NO!」というのは自由だと思いますよ。
私は否定しませんし、そもそも私も嫌いでした。

当時は嫌いだった。
だけど、いまはちょっと考え方を変えた、と。
そんな内容のエントリです。

 

<地元に帰ってきて。。。>
私は、まっさらのリクルートスーツで成人式に出ました。
親に褒められるようないい子ではありませんでしたし、手のかかるバカ息子だったとは思います。
幸いにして、いい高校に進学しました。
国立の、理系大学に進学。
就職先だって東証一部上場企業です。

履歴書だけ見れば、私は成功者だったことでしょう。
正直、市議になるよりも、民間にいたほうが(可処分所得ベースで見れば特に)お金はあったと思います。

だけれども。
どうしても地元に戻りたくて、戻りたくて戻りたくて
無理して戻ったのです。

戻った地元で目にしたもの。
私が愛した郷土を守っていたのは、私は毛嫌い(というほどではありませんが)していた元ヤンキーたちでした。
実際、青年団や神輿会を回している主力は、彼らです。

この時、私は気づいてしまいました。
心のどこかで、彼らを見下していた自分に。
そんなことはないだろうと思っていたけれど、彼らが活躍し地域を支えてきた実績を前に、感謝より先に驚きがあったのです。
自らを恥じた。

私が自分の利益のため、世界をまたにかけてはいないのだろうけど、技術者として外で働いている間。
護ってくれていたのは、彼らに他なりませんでした。

他の大卒組は、ほとんど地元に戻っては来れませんでした。
これは就職や雇用の問題、企業誘致や立地の問題なのでしょうけれど、幸いにして公務員などに入れた者を除けば、戻りたくても戻れはしないのです。

では、誰が守ったのか。
これは直視し、そして評価せねばなりません。

 

<迎合し、カッコつけてる>
という意見もありました。
ちょっと変わったこと言ってる俺、カッコいい、と。
そう映ったのなら、それでも構いません。
それぞれの受け取り方次第ですから。
批判もして頂いて結構。

ただし、私は「真面目に」こう思いました。
一つ反論が許されるのであれば「迎合」という言葉には同意できません。
むしろ最も「戦う」意思のある者だと思っております。

もしも式典の妨害に走った場合、私は全力でやります。
その覚悟と意思があって、直接の対話を試みております。

話し合う気もなく、対話する覚悟もなく、ひな壇の上から見て見ぬふりして黙っているような、そんな逃げ腰で生きたくはないのです。
私は、直接、行く。
直接、話す。
そっちのほうが気持ちいいから。

 

<彼らの今後の苦労>
励ましたいと思っては、ダメかな。
失われた20年、この言葉をよく聞く。
皆も言うし、報道にも載る。

新成人とは、日本の成長がとまった年に生まれた子たちだよ。
これからも苦労していくだろう、そんな一瞬で景気はよくはならぬ。
雇用でも苦労しようし、賃金面での苦労もあるだろう。
結果、結婚や子育てだって苦労していく。
特に彼らはそうだろう。

 

<失われた20年を私にあてはめる>
私に失われた20年を引き算すると、いま36歳なので16歳からだ。
大学を卒業したときは、氷河期真っ只中だ。
幸いにして私は恵まれたが、同級生たちがどうなっていったか。

言葉で書くほど簡単ではない、重たい世代です、私たちの世代は。
苦労もありました、許せぬこともありました。

団塊の世代が勝手に組んだ住宅ローンの支払いにあてるため、
賃金が据え置かれたのが、私たちの世代です。

その私たちは、今度は福祉予算を支えよ、と言われている。
正直、まったく面白くない。
だけどやらなきゃいかんけどね。

その私たちの世代が、苦労をかけ、共に納税者となり
支えて行く時期となった新成人に対し、ちょっと元気が良すぎる子をさ、
触れてはいかんのかな?

私は老人福祉を支えるために議員になったわけではないんだよ。
年金を守るために議員になったわけでもない。
冒頭に書いたが、守りたい者がいて、議員になったんだ。

AかBかを選ぶと書いたが、あれは「若者と福祉」だ。
私は迷わず「Aの若者」を選ぶよ。
それは日本を護ることに繋がると信じているしね。
福祉なんて基本全廃にして、公共事業に回せばいいと思っている。
おかしいですか?
団塊の世代までは、自分たちの世代までは、やっていたことではないですか。

こういう論調の記事も、ちょっと考えたんです。
まだお読みでない方は、ご覧ください。

【日韓断交の足音】日韓協力委員会・共同声明出せない異例の結果。【団塊の世代の皆様へ。若い議員からの手紙】
【開戦の号砲】若人たちへ。先人たちへ。若い議員からの手紙

本当は、この失われた20年のエントリを書こうかと思ったんだ。
だけどね、祝いの場でしょう?
ノリよく、楽しく書いてあげたいなって思ったの。

批判は別にいい。
意外に賛同意見が多くてビックリしたけど。
また議論が巻き起こったことは、我が意を得たりとほくそえんだ。

でも、教育改革に言及した方が、ほとんどいないことは寂しかったね。
自らの世代に対し、責任を考える層も少なかった。

失われた20年のことを振り返ればさ、
大人たちが、詫びの一つも言えないとはね。

 

言いたいのは簡単なこと。
私に同意できる部分もあると思うし、同意できない部分もあると思う。
それでいいと思っています。

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44 Responses to 【成人式の記事へのレス】ネットとリアルの狭間で。

  1. のコメント:

    子どもの頃、今の日本、世界の上手くいかない問題は大人の責任だと思っていました。
    今30歳を越え、あの時心の中で糾弾していた大人になった自分がいる。
    今の子どもたちに責任を十分に果たせないまま、時間だけが過ぎていく。
    新成人達には申し訳ないと誤ると共に、
    「大人の世界へようこそ。前世代の宿題を片付けることも大人の役割。一緒に何とかしよう。」
    と花向けの言葉を送りたい。

    • 小坪しんや のコメント:

      遊 様

      コメントありがとうございます。
      私も大人の責任だと思っておりました。
      二十歳を超え、社会に出たのちは、なんとひどい世界になったのだ、と。

      最初は「社会って厳しいんだな」だったのですが
      どうも様子を見てみると、上の世代は違う。
      そういうものか、たまたまか、とも思いました。
      しかし、、、そうではありませんでした。

      恨みましたよ、世界をプレゼントしてくれた、大人たちを。
      その、当時、恨んだ大人の年に、私もなってしまいました。

      どうありたいか、決めていました。
      私は、こう生きたい。

      ただ、もうちょっとうまくやれればいいのですけどね汗
      どうしても荒削りでございます。

  2. かな(20代) のコメント:

    新成人の格好についてどうこうというのはメディアに流されすぎていると思います。
    私の時は派手な格好をしてる人はごく一部で大半はスーツで出席していましたし派手な格好をしている人もかなり場に溶け込んでいたと思います。
    (私が成人式に儀礼的な重要さを見出せていないからそう見えたのかもしれませんが)
    まったく関係ないですが小坪先生の次世代への考えを見るたびにhttp://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/141119.html
    の11分20秒辺りの言葉を思い出します。

    • 小坪しんや のコメント:

      かな(20代)様

      コメントありがとうございます。
      動画、拝見しました。

      私も同じく、であります。
      「ゆとりゆとり」と叩く前に、教育を守れなかったことに詫びる言葉ないのか、と。

      これから教育をどう変えていくのか、という思いはないのか、と。
      自分自身も当事者であることを、保守こそは忘れて欲しくないのです。

  3. ゆきねこ のコメント:

    私は進学校に進んで進学しなかった人間です。
    大学に行った子は地元に帰ってこない…というのは、私の出身地?でも同じです。
    進学校の同級生は、今地元にはほとんど居ません。同窓会を関東で開いた話も聞きました。
    ブログを読んで地元を盛り上げようと頑張っていたのは、地元に残った同級生達だなと
    改めて気付かされました。

    地元とか、団塊の世代については、複雑な思いがあります。
    親が団塊の世代でしたし、色々ありました。

    私は地元?に居ることが出来ませんでしたが、残って頑張る同級生には感謝しています。

    • 小坪しんや のコメント:

      ゆきねこ様

      コメントありがとうございます。
      私は、地元を離れ、必死に戻ってきた人間です。

      それゆえの思いもございます。
      軽視していた自らを恥じるとともに、共に(故郷を守るため)戦う仲間として見る。

      いまは「こんな格好」かもしれませんが、10年たって、見違えるような大人になっていることを信じます。

  4. ichbinjapanerin のコメント:

    “心のどこかで、彼らを見下していた自分に。 そんなことはないだろうと思っていたけれど、彼らが活躍し地域を支えてきた実績を前に、感謝より先に驚きがあったのです。 自らを恥じた。”

  5. 都民です。 のコメント:

      みんな一つの好みになったら、ファシズムになります。私は、着物は古典柄が好きです。でも鳴滝を思い出させる着物もびっくりしますが、歌舞伎座に行けば異次元空間の世界が展開していて大好きです。片岡仁左衛門さんと玉三郎さんは、絶品です。
     大原のベニシアさんが、「一人の子供を育てるのに、一つの村が必要。お祭りを通して、人間関係やしきたりを覚える。」と書いていました。東京にはもうほとんどありませんが、行橋市にはその繋がりがあるのでしょう。羨ましい。小坪さんや新成人の皆さんは、行橋市全体で育んだ子供たちだと思います。
     今年は、小坪さんのカードが生き返り、新成人の皆さんに学校や会社で良い経験が出来ますように願います。

    • 小坪しんや のコメント:

      都民です。様

      コメントありがとうございます。
      >「一人の子供を育てるのに、一つの村が必要。お祭りを通して、人間関係やしきたりを覚える。」

      本当にその通りだと思います。
      人口7万と、関東圏に比すれば小ぶりな行橋市ですが、地方にしかないものもございます。

      それは、社会人教育を、地域で行える素地でございます。
      ゆえに、私たちはこれでも大丈夫。
      なぜなら、そうやって社会人として鍛えられ、研鑽されてゆく町だからです。

  6. 若葉 のコメント:

    どのような服装をするかは個人の自由ではあります。
    でも同じ二十代としてはこうも思ってしまうのです。
    「こういう人達がいるから最近の若者は理解しがたい、頭がおかしいんだ。っていうブロパカンダの格好の材料になる。」と
    沖縄の成人式とか随分それに貢献しましたよね。
    もちろん全員がそうとは申しませんが。
    同世代としては、苦笑いです。

    • 小坪しんや のコメント:

      若葉 様

      コメントありがとうございます。
      私自身はリクルートスーツで出て、そして県外に旅立った一人です。
      かつて苦々しく思った一人でございます。

      ただ、「あまりにもネットで叩かれ過ぎている」と思った次第。
      その声が保守層から特に強く出ている状況を憂いたのです。

      なぜネットの言論において、彼らはバッシング対象としてそこまで言われねばならないのか。
      たまには、せめて一人ぐらいは、君たちを見ていると言ってあげたかったのです。

  7. スレチキジコピ@失礼します のコメント:

    成人式とは関係ないですがこんな記事がありました

    仏芸人、「テロ擁護」発言で裁判へ
    AFP=時事 [1/15 07:34]【AFP=時事】
    フランスの男性コメディアン
    その言動がたびたび物議を醸してきたデュードネ(Dieudonne)氏
    パリ(Paris)で先週に起きた一連の襲撃事件の実行犯の1人への共感を示唆した発言をめぐり身柄を拘束され、裁判にかけられる見通し
    メディア法専門家は、宗教を揶揄(やゆ)することはフランスでは禁じられていない
    一方で、
    テロを擁護する行為は他の事件を誘発する
    という理由で禁じられている

    テロ=犯罪
    を擁護するのは、他の事件を誘発するから禁止されているとの事なので、
    日本は宗教批判は禁止に近いのに、自国を貶めるのは禁止されてませんから(個人的に犯罪)
    表現の自由にせず、徹底した方がいいかもしれませんね

    ちなみに成人式で暴れるのは犯罪で、その言動に至るまでは普段の素行なわけで、
    普段の素行を培うのに影響大=家族、友人
    だから、
    許さない姿勢を徹底(テレビでも顔を隠さず、顔と本名の上両親公開から)すればいいのでは??
    と何となく思います

    • 小坪しんや のコメント:

      スレチキジコピ@失礼します様

      コメントありがとうございます。
      フランスの件ですが、どうにも状況が流動的で、まだ断定的に触れれるほどの情報を持ちえません。

      どこまで真として、触れてよいものか。
      少し悩みます。

  8. 北海道大好き のコメント:

    57歳のおばさん(私)が、なぜネットを見るのか?
    私は北海道在住です。新聞は北海道新聞を購読しております。
    民主党政権になって、尖閣の事件がありマスコミの報道に違和感を感じたのがきっかけです。北海道新聞は以前から「左寄りだな~」と思っていたのですが、親友が北海道新聞に意見の電話を入れたとき「日本の戦争は侵略戦争だ」と言われたそうです。
    それを聞いたとき「納得」しました。
    新聞やNHK,民法で報道されていることが、自分で調べてみるといかに嘘が多いか
    捏造、偏向報道そして国民に知らせない報道の自由。
    インターネットのほうが真実を伝えています。新聞社、特に朝日新聞やNHKはじめ民法は分かっていない、時代は変わっているということを。いつまでも日本国民を捏造、偏向報道で扇動できると勘違いしている。インターネットが発達するまでは、日本国民は情報難民だったと思います。

    • 北海道大好き のコメント:

      民法は民放の間違いです。

      • 小坪しんや のコメント:

        北海道大好き 様

        コメントありがとうございます。
        私は、実は言っていることはひどくシンプルです。
        優しくされたいし、優しくしたい。

        若者は、政治に優しくされたことがありません。
        少なくとも私は、記憶にない。
        いつもいつも悪者にされ、自己責任と罵られ、賃率を下げまくった上で、車を買わない・遊びに行かない等々。

        就職氷河期に、崖から突き落とされるような格好で社会人をスタートさせられ
        ぬくぬくとバブルを謳歌したオッサンたちにセクハラされ、仲には愛人とか、そんな話とかまであって、
        そんなものばかり見て生きてきました。

        団塊までは、福祉予算はさしてなく
        公共事業もしっかりと出し、
        景気だってよかった。
        私たちにはそれがない。

        「失われた20年」と言いますが、
        そのスタートの年に生まれた子たちが成人になりました。
        申し訳ないという思いのほうが強い。

        私も、その20年を頑張って生きてきた若者です。
        そして、(当時の)大人たちが与えてくれた社会は、決して甘いものではありませんでした。
        恨みもあります。

        だからこそ。
        優しくしてあげたいな、って。

        政治に優しくされたことのない若い世代だからこそ
        「私たち政治家は、君たち若者を見ているよ」って、しっかり言いたい。

        そんな政治家がいたらいいなって思って生きてきました。
        だから、そんな政治家として生きたいと思います。

        たまにはとびきり優しく微笑んであげたいんです。
        何よりも、何よりも差し置いて、彼らに。

  9. 00 のコメント:

    いろいろご意見はあるでしょうが、成人式は区切りをつける儀式であると思っています。特に男性には必要です。
    自立する、大人になって仲間と助け合う、これができれば人生が豊かになるのではないでしょうか。
    私は思うに、ホームレス、生活保護など。自立ができれば多く解決する問題ではないかと思います。
    死ぬ前に、あれが悪いこれが悪いとグチグチ言って死ぬぐらい不幸なことはありません。すべて自分の人生を自分で選択行動し良かったと、運不運はあれど満足して死んでいく、最初の一歩だと考えています。

    • 小坪しんや のコメント:

      00様

      コメントありがとうございます。
      >死ぬ前に、あれが悪いこれが悪いとグチグチ言って死ぬぐらい不幸なことはありません。

      仰る通りです。
      私は、、、恐らく早死にするのでしょうが、それでも後悔はしたくありません。

      >すべて自分の人生を自分で選択行動し良かったと、運不運はあれど満足して死んでいく、最初の一歩だと考えています。

      生きたいように生き
      そして死んでいく。
      そこに無常の幸せがあるように思います。

      自ら決めること、それは非常に大事なことです。

  10. インスペクター のコメント:

    ネット民に媚びる必要はないと思います。しかし、貴方と私は考えが違うんだ的なことを上段の構えで打ち付けては、一歩前に出る勇気を要求するのは潔くないのではないでしょうか。奇しくも安定の三位から下がってしまいましたね。市議にいろんな注文がつくのはもはや有名税なのではないでしょうか。ブログのアクセス数が発信力の一つなら、多少上手に表現すべきだかなと。何かを成したいことと自分のキャラを推すことは必ずしもリンクしません。行橋市民の代表、愛国のための活動家、小坪しんや本人であること、優先順位はつけなければならないと思いますよ。

    • 小坪しんや のコメント:

      インスペクター 様

      コメントありがとうございます。
      >貴方と私は考えが違うんだ的なことを上段の構えで打ち付けては、一歩前に出る勇気を要求するのは潔くないのではないでしょうか。

      確かに。
      まだまだ、上手には振る舞えません。

      >ブログのアクセス数が発信力の一つなら、多少上手に表現すべきだかなと。
      もっと上手にやる方法もあるとは思うのですけどね。。。
      思うに任せず、荒削りでございます。
      若さを理由にするつもりはありませんが、さらなる研鑽が必要です。

      • インスペクター のコメント:

        先生のレスを読む前に本日のエントリーにコメントしてしまいました。ご回答ありがとうございます。しかしながら、やはり本日の自分のコメントは変えるつもりはございません。こうみえても応援しております。誉めて伸びるタイプとおっしゃってましたが、自分なりに真の応援をしたいと思ってますので、ご容赦ください。ファイトです!

  11. 福岡選挙区 のコメント:

    拡散していた方々からのコメントには
    「日教組批判」「教育改革」の話が結構出ており、
    保育園の話にまで発展してました。

    • 小坪しんや のコメント:

      福岡選挙区 様

      それは嬉しい話です。
      自分の見れる範囲内からは、批判と賛同のみが主であって、
      「育てた教育」という議論への波及が少なく、、、
      非常に残念に思っておりました。

      保育園にまで発展、それは嬉しいニュースです。
      ありがとうございます。

  12. ネコ太郎 のコメント:

    成人式のエントリーを拝読して不覚にも涙が出ました。

    大工さんや町工場で働いている人々の中で日本の名工という人々が多くいますが、ほとんどは学歴もなく、以前ヤンキーだった人も多くいます。

    私は工場地帯で町医者をしています。来院される方の中にはみごとな彫り物の入った人もいます。彼らはきちんと働いて家族を養っているまっとうな人々です。
    町工場の社長さんたちも叩き上げの人達です。学歴はないが、長年の労働と経営の経験で培った見識を持っています。私自身も零細自営業者ですが、学ばせていただくことが多くあります。

    このようなまっとうな日本人をグローバル資本主義は叩きつぶそうとしています。

    • 小坪しんや のコメント:

      ネコ太郎様

      コメントありがとうございます。
      実は、保守層が見落としていることに「外国人とDQNはバッティングする」ことが挙げられます。

      ご指摘の通り、グローバル資本が叩き潰そうとしているのでありますが、外国人労働者が奪おうとしている雇用は、(ネットで言う)DQNの雇用。

      そう考えると「日本人の雇用を守れ!」を旗印に、「外国人労働者への反対」を掲げる保守は、DQNの仕事を守るために戦っているようにも思えるのですが、いかがでしょうか。

      外国人がブルーワーカーとして地域に根差すのがいいのか。
      それともその地で生まれ育った日本人が郷土を守るほうがいいのか。
      ある一面では、極めて政策的なエントリかと思います。

      • ネコ太郎 のコメント:

        お返事ありがとうございました。
        清潔なオフィスで働いている方々には町工場や土建の現場で働いている人々の仕事が頭脳も感性もいらない単純肉体労働だと見えているのかも知れません。
        しかしもの作りというものは共通言語、共通価値観がなければ意思疎通ができずに劣化してきます。
        日本人を守るために頑張って下さい。よろしくお願いします。

  13. スレチキジコピ@失礼します のコメント:

    暴力団をかなり被害者風に書いて…
    任侠は昔の暴力団幹部が日本人でしきたりとか守ってたから成り立ってただけじゃん

    高倉健、菅原文太と付き合った暴力団幹部は「逃げ切り世代」。それより若い「反社」の今後、どうなる?
    現代ビジネス [1/15 06:02]

    64年から鶴田は博徒シリーズ、高倉は日本侠客伝シリーズなどを開始、東映に任侠映画が定着

    日本は、高度経済成長の足取りを確かなものにしていた。
    その成長に合わせて膨張したのが暴力団
    構成員と準構成員の数は18万人を突破、ピークを迎えていた

    東映やくざ映画のリアルさは、
    鶴田、高倉、菅原の3人が、暴力団幹部に映画ではしきたりや所作(立入振る舞い)を学び
    歌謡ショーやキャバレー出演といった興行では、彼らの仕切りで動き、
    ある意味で一体感を持っていた

    暴力団の場合は、もっと切実
    彼らは、現在、反社会的勢力(反社)というレッテルでひとくくりにされ
    生存権や生活権まで奪われている銀行口座すら開けないのだから事業活動など論外
    “食う道”を封じられて、暴力団の構成員と準構成員の数は、年々、1割前後も減

    やくざ映画全盛の頃は、やくざに「正業」が認められていた。
    港湾荷役
    興行
    土建
    飲食

    などであったが、敗戦後、暴力団社会が、

    非合法の博打
    売春
    クスリ

    といった世界に頼らずに、生きる場を求めようとした
    もちろん、「正業」といっても、実態は

    口入れ(人材派遣)
    かすり取り(ピンハネ)

    で、額に汗する実業にはほど遠かった

    歌手やプロレス、ボクシングなどの興行
    キャバレーなどの風俗
    解体や原発などの危険工事現場への人夫出し

    といった分野において、「ケツ持ち」といわれる暴力団の存在がスムーズな運営を助けた。

    警察権力が脆弱で法廷利用のノウハウが確立していない頃、
    暴力団や右翼の大物は、私設法廷を開いて即決和解に持っていく役割も担った

    年寄りを騙す振り込め詐欺
    裏カジノ
    ヤミ金
    覚醒剤などのクスリ
    危険ドラック

    などが暴力団のしのぎとなった

    企業社会におけるコンプライアンスの強化は、「反社」のレッテルを一度、張られた元組員らの社会復帰を阻む
    引退しても、職を得られないまま、元の世界に戻り、より過激な非合法ビジネスに手を染める連中が少なくないという

    「法律」と「条例」と「条項」によって、暴力団を封じ込め、脱落させることには成功した
    今度、その“救済”をどうするか

    害人とつるんで散々犯罪して被害者面すんな、救済??
    お前らが存在すると言う事は被害者がいるので、被害者が優先です。救済されたいなら被害者に詫びて腹を切ればよいのでは??

    ブラックがグレーになったのを美談にすんな、
    気持ち悪い

  14. Augusta のコメント:

    ご自身がおっしゃっているように、ネットとリアルは別物です。逆の意味でも。
    ネットを手段と割り切っているのなら、その力を自ら削ぐ行為はどうかと思います。

    • 小坪しんや のコメント:

      Augusta様

      コメントありがとうございます。
      ・・・確かに。

      若者には、政治に優しくしてもらった経験がございません。
      少なくとも私はそうです。

      だから「私たち政治家は、君たち若者を見ているよ」ってスタンスを示したいのです。
      びっくりするほど、優しくしてあげたいな、って思いました。

      そういう政治家がいたらいいなーって思いました。
      そう思って生きてきたので、だから、そう生きたいと思いました。

      しかし。。。
      ご指摘の点はごもっともでございます。

      もうちょい上手くやれるといいんでしょうけどね。
      まだまだでございます。

  15. XYZ のコメント:

    迎合しているなんて思いません。

    己を貫き通す、その何が悪いのでしょうか?

    最近のやから、特に団塊の世代以上は
    くだらない価値観に縛られすぎです。

    皆と同じが良い的なロボット心理で凝り固まりすぎている。
    常識とは何か?その根底を理解すらしていない輩も多いです。

    じゃぁ皆が銀行強盗をしたらお前もするのかといえば、だんまり。

    新成人の皆さんの自己表現、最高じゃないですか。

    他のインタビューもTVでみましたが、今の団塊の世代以上に世の中、
    物がわかっていますよ。

    反省すべきは老兵どもです。

    えらそうな事を言う割りに自分の体も満足に管理できずに
    製薬会社と厚労省と医師会を喜ばせて税金の無駄使い。

    馬鹿につける薬が有ったら、渡したいくらいですよ。

    自己表現をくだらない世間体で潰すからその人としての能力を潰すんです。

    この中から将来のピカソが出るかもしれない。

    新成人、快く羽ばたいて欲しいです。

    • 小坪しんや のコメント:

      XYZ 様

      コメントありがとうございます。

      >最近のやから、特に団塊の世代以上は
      >くだらない価値観に縛られすぎです。

      >反省すべきは老兵どもです。
      >えらそうな事を言う割りに自分の体も満足に管理できずに
      >製薬会社と厚労省と医師会を喜ばせて税金の無駄使い。

      >馬鹿につける薬が有ったら、渡したいくらいですよ。

      その、、、
      私は立場上、ここまでは言えませんが、「若者からは強くこのような声」が出ていることを、年配の方は覚悟して頂きたい。

      「我が子の飯まで抜いて、じじいの福祉に金をまわす?」
      「好き勝手いきてきて、日本を壊して??最後の最後まで都合がいいな。」
      「勝手に死んでくれ、嫁と子供で手いっぱい。自己責任って俺たちを罵ったのは、おまえたちだろ」

      これが現実でございます。
      やがて福祉はなくなっていくでしょう。

      票とは別の形で、若者たちが声を出す日がきます。
      子供の飯、嫁の飯に手をつけつつある、福祉予算がそうさせるのです。

      私はその中間に立っているつもりです。
      若い子に、いま優しくありたい。
      これが、どちらにとっても利益のあることだと思いますから。

      若者は、政治に優しくされた経験がない。
      少なくとも私はそうです。
      ゆえに、政治家として君たち若者をしっかり見ている。
      そう言いたい。

      たまには、とびきり優しくしてあげたいと、そう思うんです。
      だって、団塊の時代は、福祉予算なんてなく、公共事業で景気もよくて。
      私たちだけ、、、という、政治から突き放されたのは事実ではないですか。

      人数の多い世代だけ甘やかされてきた。
      ゆとりゆとりと若い子を揶揄したツケです。
      ゆとり教育を政治に許したのは、あなた方、当時の大人ではありませんか。

      その責任は、滅びる福祉を見て、我が身をもって味わうといい。
      国会議員だったら問題発言なのでしょうけどね、市議だからここまで言えるんですよ。

      若い子たちが、どう思っているか。
      批判できるほど偉いのか、いま一度、ベテラン世代は考えて頂きたいです。

      あなた方は、老いる。
      やがて体も動かなくなる。
      国がなんとかしてくれると思うかもですが
      その金を払うのも、そして安価に働かされるのも、若者ですよ。
      あまり口出しされるのは、不愉快だ。

      ・・・というのは言い過ぎでしょうか。
      これぐらいね、彼らのために言ってあげたいんだ。
      車を買わぬ、遊びに行かぬ、なんでもかんでも自己責任。
      そう言われてきた彼らに、甘い言葉の一つ、吐くことすら許さぬのか。
      だったら、そういう「人生の最後」も覚悟して頂きたい。

      俺たちは、自由だ。

  16. 硯木 のコメント:

    暖かいエントリーに泣きました。
    保守と言われる方の多くは、残念ながら若者に対して否定的です。
    能力が高く、机上の空論ではない地に足の着いた優しさを持つ小坪先生のような方が政治の世界で活躍している事に希望以上の、明るさを感じました。

    • 小坪しんや のコメント:

      硯木様

      コメントありがとうございます。
      >保守と言われる方の多くは、残念ながら若者に対して否定的です。

      これが不思議でなりません。

      >能力が高く、机上の空論ではない地に足の着いた優しさを持つ小坪先生のような方が政治の世界で活躍している事に希望以上の、明るさを感じました。

      私の能力が高いとは思いませんが、一人ぐらい政治家が、「君たち若者を見ている」と声を挙げることはいけないことなのでしょうか。

      コメントにおいて再三申し上げておりますが
      若者は政治に優しくされたことがありません。
      少なくとも私はそうです。
      政治家が、君たちを見ている、と。
      そう言ってくれたらなと、そう思って生きてきました。
      そして政治家になった今、そのように生きたいと思うのです。

  17. まるこ のコメント:

    もしまだでしたら、お時間のある時に「戦前の少年犯罪」管賀 江留郎著を一読されることをお勧めします。ぶっ飛びました。いろいろといい意味で今の世の中の見方が変わりました。以前より余裕をもって眺められるようになったというか…。

    • 小坪しんや のコメント:

      まるこ様

      コメントありがとうございます。
      その本は読んだか記憶がさだかでありませんが、戦前の犯罪は猟奇的なものも含め、相当に激しいことは存じております。

      ただ、最近のは「陰湿」な部分が増えてきており、
      やや注意が必要ではあります。

      とは言え比較すればどうというものでもないのですけどね。

      • まるこ のコメント:

        返信ありがとうございます。

        いえ、私が申し上げたいのは、例えば成人式での若者の騒ぎですが、私も以前は批判的で、「世も末だ。今どきの若者は」派でした。でもこの本を読み、戦前の若者の実態を知った今では、同じ批判でも「今も昔も若者というものは」「昔と比べればまだかわいいもんだ」という風に、うまく言えませんが、愛を持った批判といいますか、「ダメなものはダメ」なんですけど、でも「あ?あ、しょうがないなぁ」的苦笑いまじりの批判。昔は対峙する大人も命懸けだったと思いますが、それでも心に若者を慈しむ余裕があったような…うまく言えません。
        とにかく私はあの本を読んで、犯罪のひどさにも衝撃を受けましたが、対する警察の真摯さや大人の若者に対するおおざっぱさ(?)に衝撃を受けました。「若気の至りなんだからそんなに目くじらを立てなくても」っていう余裕です。

  18. のコメント:

    ネットを通し、議員のキャラに初めて触れた読者の皆さんは、今まで俗に議員と呼ばれる皆さんと違うイメージを小坪議員の中に見、そして違う何かを議員に期待したのだと思います。

    日本国のバッジを付け、売国に勤しむ厚顔無恥の売国奴が、(議員などとは呼べません、売国奴で十分です)多いい中、実直で熱い小坪議員が現れたのですから
    こういう人こそ日本国のバッジを付ける資格があると思い、期待するのも無理からぬ事です。
    私もその一人でした。

    こうしてブログ上位で全国区になった事により、見えない重圧がかかり、それに飲み込まれそうになっているご自分を必死でカバーされている様に思います。
    が、その反面、それを飲み込める努力をされている様にも思えます。

    >目の前にある群集心理に対し、
    それは非常に大きく、重たいものなのだけど
    その世論や声に対し、私自身が受け止めれるだけの「うつわ」にならねばなりません。
    またその域には至っておりませんが、なんとなく道筋が見えてきたように思います<

    議員は「自分は新人で尊敬する議員の足元にも及ばない」と言われていますが、何をするにも、悟るにも年月がかかります。
    >私自身が受け止めれるだけの「うつわ」< になって下さいね。

    その「うつわ」が出来上がった時、それこそ万が一、万が一ですよ、(失礼を言ってすみません)議員が好むと好まざるに関係なく、天が議員を必要とする時があるやも知れません。
    その時まで議員は、行橋市市会議員 小坪しんや、人間、小坪しんやのままで良いのでは?

    今回、あえて苦言を言わせて頂くとすれば、Augustaさん のコメントに同意です。

    • 小坪しんや のコメント:

      桜 様

      コメントありがとうございます。
      ネット上で、想像以上の評価を頂いていること。
      驚くと共に重すぎるほどであります。

      どうすべきか、どう振る舞うべきか。
      毎日毎日、悩んでおります。
      とは言え、自然体でガンガン行くしか能がございませんから、もう体当たりでそうしております。

      失敗もあります。
      あとで「あちゃー」と思うこともあります。
      ただ、恐れていては何も産みません。

      前に歩みを進めるのみ。
      評価は気にしすぎたら負けです。
      私が私でなくなって、ただの電波芸者になるよりは、絶対マシです。
      ・・・と思って、ドキドキしながら記事を書いています(笑)

  19. のコメント:

    先生の思いは伝わっていますよ。
    そのことを知っていただければ?です。
    今後の更なるご活躍を願いつつ応援しています。

    • 小坪しんや のコメント:

      和様

      コメントありがとうございます。
      温かいコメントが続いたこと、なんでしょうね、嬉しく思います。

      どこまでやれるかわかりませんが、しっかり戦って参ります。

  20. としし のコメント:

    初めてコメントします。
    私は50過ぎのオヤジですが、最近になって初めて地元を支えている若年層に思いが至りました。気付いた時は嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちでした。
    と同時に今までの経験(私はコンピュータ屋)を活かして地元の企業を支援する仕事がしたくなりました。仲々実現には至りませんが…。
    こういう思いを持つ人が増えれば、きっと地元はよくなります。それを後押しするためにこそ、市議というお仕事があるのだと信じます。
    小坪様の行動力とは比すべくもありませんが、私も地元にもっと貢献できる人物となるよう努力しようと思います。

  21. スレチキジコピ@失礼します のコメント:

    こんにちは、あくまでふと思った事ですが…
    ランキングに関して、保守速様も過去に勝手にカテゴリ変えられたり、ランキング反映されなくなったり??うろ覚えですか不自然な出来事がありました。

    今回の賛否両論がランキングに影響した可能性もありますが、
    私は何となく府に落ちません。

    今後、明らかに不自然だと思う事があるかもしれません、その場合、ランキングから一時的に離れた方がいいかもです。
    (もちろん、ランキング上位のメリットは理解しているつもりです)

    ただ、市議がランキングに拘られるほど、それをあらゆる手で邪魔する事に喜びを感じる誰かさん達が沢山いるでしょうしね…
    毎度長文、失礼しました

  22. 島っこ のコメント:

    小坪議員 様

    このブログで、小坪議員や愛国議員さん達の活動を教えてもらい、とても頼もしく感じています。
    これからも可能は範囲で教えて頂けたら嬉しいです。
    そして日々の活動、本当に有難うございますm(_ _)m。

    小坪議員の成人式のエントリーを読んで、お正月に地元のFMラジオから流れてきた成人式レポートと重なり、地元に残るもの、地元から出て行くもの、それぞれの思いなど非常に納得できました。

    私の田舎は離島です。
    高校までは島内で生活できますが、卒業後は殆どが島外に出ます。

    その離島のある地区の成人者は17名、その内、地元に残った方が一人。

    その一人の方は、高校時代は島を離れたため、帰省のたびにみんなに「お帰りなさい」って迎えてもらったので、今度は自分がみんなを「お帰りなさい」って迎えたい、地元は自分が守るから安心して、それぞれの場所で頑張って!という思いで、地元での就職を決めたそうです。
    そういう気持ちで残ってくれている後輩がいるんだととても嬉しくなりました。

    地元のFMラジオを聴いていると、地元で頑張っている方々、そして地元を出て行ったけど、地元を誇りに、また地元の名を汚さないように、お互いがお互いを思って生活している様子がわかり、これまで以上に「地元愛」を持って頑張ろうって気持ちになります。これが「祖国愛」にも通じるんだろうなと…。
    私も地元のため、日本のため出来る事を頑張って行きたいと思います。

    PS.地方FMも、最近はパソコンやスマホで視聴できます。
    地元情報に興味ありの方は、地元FMのHPか、スマホだと「チューンラジオ(TuneIn Radio)」で検索してみて下さい♪

    長文失礼致しました。

  23. 渡邊達也 のコメント:

    私は、高校出て地元から離れ、成人式は職場(練馬東税務署)で迎えたので、
    彼らがある意味羨ましいです。
    地元で見知った仲間と晴れの門出を迎えられますからね。

    話は変わりますが、我々団塊ジュニア世代が出産適齢期を丸々棒に振らざるを得なかった事は、下の世代に対して申し訳なく思うとともに、上の世代には猛省を促したいですね。
    相変わらず親は年金が減っただの病院がなんだのと好き放題言ってくれますが、こちとら病院行くカネもヒマもねーんだけどな?ってのは本当に思いますからね…

    しかも、徐々に我々の世代も負荷になってくるんだと考えると、一体何を残してやれるんだろうと。

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