”安倍元総理が亡くなった今年”だからこそ、やらねばならぬことがある。
今年、折れてしまった心は、
来年、何をやっても戻ることはない。
私は救う会を代表する立場にはないし、家族会の心情を代弁することも控える。
ただ、拉致問題に高い関心を持ち、そして汗を流してきた国民の気持ちなら分かる。
どんなに小さな一歩でもいい、
今年、動かねば駄目なんだ。
国外の問題について確実な結果を約束することは誰にもできはしない。
奪還となれば相手あってのことである、それは分かった。
国内の問題ならば、私たち議員にはできることはないのだろうか、
日本の政治家が動くのであれば、国内の、広報啓発等については結果を出すことができるはずだ。
「拉致被害者の全員奪還」を私も掲げる立場だが、残念ながらその職権は地方議員にはない。
よくご指摘を頂く部分だけれど、そんなことは私たちのほうが痛いほど分かっている。
そして同じく、全員奪還を掲げる上で、その基礎・基本となるものが「国内での広報啓発」であり、誰もがやりたがらない”地味な仕事”である。
自民党本部において、お願いをしてきた。
その際に話したことをここに記す。
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(OGP画像)
何度もこの前を通った。そして何人もの国会議員がこの前を通ってきた。
みな、この看板の前で何を思ってきたのだろうか、
私も思うことがある。
物見遊山気分で撮ったものではない。
観光名所ではないのだから。
複雑な覚悟を抱えつつ、この前で写真を撮ってきた。
今回もそうだ、いまから交渉に向かう、どうにか一歩でも進めないという思い。
けれども(それが直接的な解決でなくとも)私にとっても高い高いハードルの交渉。
必死の思いで交渉に向かう。
よく顔が怖いと言われる。
ヘラヘラ笑っている議員のほうが、私は怖いと思う、何を考えているのか分からないからだ。
党本部には様々な部門があり、また多数の国会議員も行き来する。
行くだけなら地方議員であっても、(誰でもとは言わないが)行くには行ける。
ここでは書かないけれど入り方にはポイントがあり、歩道の警察警備も含めて実はセキュリティもしっかりはしている。
政治家が動くとき、それは「ちゃんとアポイントをとって」「要件を伝えて」から会う。
そりゃ知り合いの先生がいて「ちょっと東京に来たもので」も悪くはないが、何か決めごとをするときとかは、それではダメだ。
突然、その場で取り上げた話が前に進むこともなくはないが、
「かくかくしかじかの件で」とアポをとってのち、まとまった話が進むというのが本来の手法です。
自由民主党本部 阿部事務局長に面会しました。
要件は、ブルーリボンを守る議員の会の進捗報告と、それに付随する要望です。
事務局長とは、実態としての事務方トップであり(実際には事務総長もいる。)、事務全般の統括トップだと私は考えています。
ちょっと乱暴な表現にはなりますが、「ゲームでデータをセーブするみたいな・・・」と言ったら、むしろ納得されていました。
(こう、大神殿的な。)
緊密に、逐次報告も挙げてきました。
直接の報告も複数回に及びますが、今回の報告内容を記します。
過去においては、「会が発足したこと」や「西岡力会長にも署名の要請の文書」を出して頂いたこと、
実数として確か500を越えたときだったと思いますが、拉致議連の北村事務局長、のち拉致議連の古屋会長にサインを頂いた際であったと思います。
さらに自民党からは、党本部の拉致対策本部長室において山谷えりこ参議院議員からサインを頂きたいという段階でありました。
ここで事務方を通していないというのは極めて失礼になりますので、ここまでの規模に現状ありますという報告を本部で行わせて頂いたというのが前回の党本部報告です。これは事務方を通していなければ「これは何の活動だ?」となったときトラブルになるためで、超高速で進めているように見える私ですが、このあたりのホウレンソウは重要視しています。
そのため、「RPGゲームにおける、こう、データのセーブみたいなイメージでの報告なのですが・・・」と述べたのですが、それはそれで分かりやすかったのかもしれません。正直に話しているので、「なるほど」みたいな反応でございました。
今回の報告内容に移ります。
前回の状況、つまり超党派拉致議連の会長、事務局長に続き、自民党の拉致対策委員長室でのサインを頂いております。
続いて公明党の拉致対策委員長の、竹内ゆずる衆議院議員からもサインを頂くことができました。ここに自公がまとまったと言えるという報告をしました。このあたりは、党をまたぎますので電話やメール等も駆使して逐次連絡はいれていた次第です。
そして「自公の足並みが揃った」として、立憲・国民・維新の、拉致問題を取り扱っている主要各党にもご挨拶に伺ったこと、また超党派の地方議員の動きとして1000議席を超える賛同リストを各党に提出し、受け取って頂けたということを自民党本部で報告しました。
そのうち国民民主党からは”党・幹事長”の肩書で、日本維新の会からは”拉致対策本部長”の肩書でサインを頂いています。
私は「政権を動かすというだけなら、自公の賛同でいいと思う。」けれども「国家を動かすという言葉を使うなら、(少なくとも拉致問題を取り上げてきた)主要各党にはご挨拶に伺うべきだと思った」と報告しました。
仮に何かやるとなった際に、政権与党(自公)だけでなく、各党の調整がついているならば「踏み込んだ対応が可能だ」と考えているからです。
皆、政権が動かないだとか、政治が動かないだとか、色んなことを言います。
ぶっちゃけ私もそう思っていますが、「ならば動けるだけの環境整備」をこちらでやってみようと思いました。
・・・と言いました。
相手が動けるだけの環境整備を行い、そこに汗を流してこそ、私たちは「これをして頂けませんか?」と要請する資格を持つ。
これは地方議員の特権でもあると思っておりまして、そう、時々、私はこのように言うのです。
「汗を流さずに結果だけ求めることは滑稽に見えるけれども、流した汗は報われるべきだ。」と。
逆に言えば「こちら(地方)が汗を流したならば流した汗の量と等価の成果は、要求する権利を私は持っている。その権利主張はしてもいい。」という考え方です。
私は、ここまで汗を流したことを報告しました。
自公の足並みを揃えた格好をつくることに全力を投じました、普通は無理なハードルです。
そして、拉致問題を取り上げる主要各党の、党を代表する方に面会し、共同声明への賛同者リストを提出し、受け取ってもらえたことを報告しました。
えっと各党の党を代表する方にアポイントをとることは、正直に言えば無理な話です。会うだけで無理です。けど、なんとかした。
そして各党の、政党名を付して(維新・国民からはすでに)サインを頂きました。
併せて、この動きに呼応する、地方議員1000個の議員バッジがここにあると伝えました。
汗は流しました、そこに支払われたコストのぶん、私はお願いをする権利を有すると考えています。
そしてお願いしました。
自由民主党本部より、本件に関しての通達の発出を求めました。
少しでも多くの地方議員よりご賛同を賜ることで、国政においても”動きやすい”状況を整えるために、です。
本部で扱っても問題ないレベルに育っていると自負しており、胸を張っていまはお願いできると私は考えています。
私がお願いするにあたって述べた内容の要旨を記します。
事務局長、今年じゃなければ駄目なんです。いまやらないといけない。
安倍さんが亡くなりました。口にこそ出さないが、救う会の幹部たちだってつらいと思う。皆、不安だってあると思う。
家族会だって同様ではないでしょうか、このまま風化してしまうのではないか、と。
そして拉致問題に関心をもち、いくばくかの汗を流したことがある現場、その現場の声ならば私にはわかる、痛いほど分かる。
・・・折れそうなんだ、心が。
みんな、誰もが、です。
国も忘れてしまうのではないかと、風化してしまうんじゃないか、
まさかとは思うが、不安だし苦しんだ。きついんだ、と。
今年、心がぽっきり折れてしまったら、もう来年に何をやっても駄目なんだ、
だから今やらないといけない。
毎年、さしたる成果があがらない、良いニュースも報告できない、
正直、私も末端とは言え関係者としてつらかった。(私は救う会福岡の副代表をしています。)
けどね、今年はそれじゃいけない。
絶対にいけないんです。
被害者の奪還ができればそれは一番いい。
けれども、外交となると国会議員の専決事項ですから、地方議員は言及もできない、直接の職権もない。
奪還を掲げ続けてはいくけれども、国外問題は相手あってのことです。
けどね、国内問題は、できる。広報啓発など、国内でやれることはある。
できないわけがない、私たちは政権与党です、いま国民から政権を預かっているのは、自由民主党です。
そして、ここは自由民主党の事務局長室です。
(※ ここで一瞬、長い一瞬の間がありました。)
(できないはずがない、ある意味ではここまでの段取りは整えたんです。)
(事務方に無理難題を押し付けることは忌むべきことですが、段取りがついたならば事務方にお願いする権利はある。)
(私は事務局長の目を見て言いました。)
「各党をまわってきました、サインも頂きました。」
「地方議員の声、この数で足りるでしょうか?」
一人一人が、国政に比較すれば小さな選挙でありますが、必死に戦ってきた議員たちです。
その数、1100議席。
その、提出時の写真です。
これは第六次提出、1100議席。
ちなみに、これは私の笑顔の写真です。良い形で話すことはできたと思いますから。
私は、無理を言いました。
12月10日までに出して欲しい。
これは無理難題なのです、特に納期が設定されているわけではありませんが、こういうのはだいたい一か月はかかる。
11月末に、二週間足らずで党本部の通達を出してくれというのは、本当は無理な要望です。
事務負荷的にも間に合うはずがない。
でもお願いした、目を見て、
アポを問ってここに来て、しっかりお願いした。
奈良の思い、大阪で超党派で名を連ねてくれた300議席、三重の覚悟。広島の動き。
言うだけ言う、やるだけ、やる。
でなければ、名を連ねたくれた同志たちに申し訳がたたない。
だから、さらに無理を言いました。
「できれば、この場で決めて頂けないだろうか」とまで言いました。
どうせなら言うだけ言ってみようという精神です。
そりゃ無理です、
連携をとらねばならぬ部門も多々あるでしょう。
事務局長とはいえ独断専行は許されません。
流石に回答は頂けませんでした。
この場で決めてくれは無理な話。
すごく前向きな場にはなりましたが、やる・やらないの回答はこの場では(断定的には)頂けておりません。
そこから30分ほど経過したでしょうか。
一時間は経過しておりません、電話が鳴りました。
党本部からでした。
「できるだけ対応したいと思う、やる方向で調整に入る」とのことでした。
流石に12月前半には間に合わないと思う。
私は党を代表する立場ではないから、何か確定的なことは言えませんけれども、
とりあえず良い形での連絡は受けました。
何が動きはあると思う、そう信じるのみ。
それをただの事務連絡と笑う人もいるかもしれません、
被害者奪還に直接の寄与をするわけでもないのでしょう、
けどね、広報啓発には確実にプラスになる。
輝く天守閣は美しい、誰しもがそう思うことでしょう。
けれども石垣がなければ天守が輝くこともできないわけで、地味に見えるかもしれないがぎっちりとスクラムを組んだ石垣を私は美しいと思う。
石垣には石垣の誇りだって美学だってあるんだ。
いまの私の動きを見て、華やかだと思う人もいるかもしれない。
そうか?本当にそうか?
これは事務方の戦いであり、まさに現場の戦い方。
直接の職権を持たぬがゆえの、地方議員という限られた職権での戦い。
組織として動き、群れとして戦う地方ならではの動き。
国が動きやすいよう、自らは二等兵だ、足軽だ、と。
海戦においては戦艦や重巡ではなく、駆逐艦だ、と。
世の中はね、地味なことを繰り返していかなきゃ進まないんだよ。
誰しも大きなことばかり言いたがる、自らの職権ではできないことを、他者に対して「べき」だと求める。
そりゃ気持ちいいだろうし、(自分には)できないことを言っているわけだから責任も負わない。
そうしちゃえばさ、免罪符のようにはなるよね。
楽にもなるさ、やった気分にもなれる。
私は、小さなこと、地味なことを言ってきたつもりです。
誰もやらなかった基礎的なことをやっているだけです。確かに超高速ではありますから、派手に見えるかもしれませんが、実はそうでもない。やっていることはオーソドックスなこと。
要件を伝え、アポイントをとり、賛同をお願いする。
要望先に直接お伺いして、会って、目を見て話して、お願いする。
それだけです。
通達が発出されようとも、ニュースにもなるまい。
けれどもね、現実は一歩だけ進む。
その繰り返しをもって、広報啓発に死力を尽くす。
ここが私の戦場です、そして地味なことを繰り返し続けることが、地方議員の本来の職責だと私は思っています。
※1 最後にさらっと書いておきますが、この話に嘘はございませんが、では本Blogが「現場の実態を正しく示しているか」と言えばノーです。
実際に事務局長に報告した内容には、さらに別件もある。ここで書いた以外のテーマも報告しているし、そしてブルーリボン関係でも「もっと別の、大きな報告」もありました。調整に奔走していたのは、主要各党だけではないのです。そのことは、いまはまだ書かない。
なので本当に報告した内容の5割ぐらいしかここには書いていません。現場はもうちょっと速い。
※2 自公の足並みを揃えて欲しいと本気で動いて、実際にまとまっちゃった地方議員の事例ってあるのかを聞いてみたら、恐らくないだろうとのことでした。併せて、さらに(当該政策に関連する)主要各党に挨拶に行って、党組織としての賛同を求めに行った例はあるのかもお伺いしたところ、こちらも恐らく前例はない、と。最後の問いとして、私のいましていることは何がしかのルールに抵触したり、または手続き上の瑕疵があったら教えて欲しいとお願いしました。私にも焦りがあり、かなり急いで調整を進めているため、ミスがあれば指導して欲しいと頼みました。現時点の動き(ネットに書いている以外にも色々やっています)は、丁寧な調整ですよとのことでした。ほっとしました。
※3 未決事項や公開日時を調整している個所については、本稿では全体的に削除しています。そのため、もしも上手く行ったならば、あとで「ああ、あのときか」と思うかもしれません。ちなみに、かなり地味な成果報告になるとは思います。
できないことを数えれば、いくらでもでてくる、地方議員の職権は大きくはない。
けれども、できることだって確実にあるわけで、それを上手く組み合わせれば
意外にやれることだってあるんだと思う。
国会議員だけでなく、地方議員だって我が国の政治家です。
小さな一歩を積み重ねるしかありませんが、私たちは歩み続けたい。
日本の政治家は、諦めない。
全国で1000議席の地方議員たちと心を同じくする方は、拡散をお願いします。
※ 恐らく表示される人数が極少数になると思うので、とりあえず「見えた」人はイイネをお願いします。一定数がないと、タイムラインにあがらないと思う。私のアカウントの場合は特に。
コメント (頂いたご意見は、他SNSに比較し最優先で目を通しております。)
#行橋「ゆくはし」市市議会議員小坪慎也市議 #拡散希望 #憲法改正反対!現行憲法凍結!大日本帝国憲法再生! #全拉致被害者即時一括帰国 #拉致被害者全員奪還 #朝鮮民主主義人民共和国 #家族会 #犯罪
小坪先生、おはようございます!神奈川県はまだ、暗いですwきっと、まだ、ご就寝中でございましょう・・・ゆっくりお休みしてくださいといいたいです
>国会議員だけでなく、地方議員だって我が国の政治家です。
>小さな一歩を積み重ねるしかありませんが、私たちは歩み続けたい。
>日本の政治家は、諦めない。
本当に!本当に!
日々の護国活動ありがとうございます!
地方議員って、ここまでやれるんだ!ということを日々のブログで紹介していただき、心からお礼を言いたい!
ぜひ、日本の若い人達、小坪先生の背中のあとについていってください。
小坪市議、難しいが、出来れば物凄く聴く【基礎工事】を実際にして下さいました。
小坪市議並びに同志の地方議員各位に、深く頭を垂れます。此処までの日々の努力に深くゞ感謝致します。
今回、取り分け『スカッとした。』のが巨大な権力である【対国会議員】での、give &takeです。
実績を見せつけて、『ほら!我々日本國地方議員の1000人を超える賛同者を集めましたよ!だから、此方の要求もキチンと答えを出して下さいね!』
この交渉スタイルは、かなり『乾いては来ましたが…』今だに『ウェット過ぎる嫌いの残る』我國政界に、爽やかな風が吹き抜けるのを感じます。
今迄の『小物(=地方議員)は、俺ら大物(=国会議員)の言う事を聴いて居れば良いんだ!』式のパワーハラスメントめいた【上意下達】の鬱陶しいやり方から、少しずつ開放的になりつつある。=今迄の様に『当選してしまえば、國民の民意は蔑ろにする!』ふざけた特権意識が、我々國民の覚醒により瓦解しつつある感じがしています。
私は、小坪市議と、出来れば【青山繁晴参議】の言う『我國に古代から有る民主制=西洋の利害関係の調整に過ぎないpolitics=政治、では無く【みんなの為の政(=マツリゴト)】を回復していきたいと思います。
歴代天皇や皇族は、次の様な言葉を残されております。
1,初代神武天皇=神倭伊波礼毘古尊…建国の際の詔【八紘一宇=一つ屋根のの家族】の様に生きていこう。
2,16代仁徳天皇=大鷦鷯尊…『民が富むるは、即ち朕が富むるなり。』民のかまどの逸話。民の困窮を御覧になった仁徳天皇が、約6年に亘り【無税】にして、民の力を回復せしめた善政。此れに対する國民の報恩が、【仁徳】の諡であり【世界最大の面積を誇る仁徳天皇陵=大山古墳】の造営に繋がったのでは無いか?日本書紀に書かれているそうです。
今の【守銭奴財務省主導の酷政】とは、正反対…
3,122代明治天皇=(祐宮)睦仁…万機公論に決すべし。五箇条の御誓文。
聖徳太子=厩戸之豊聡耳尊…和を以って尊しとなす。
即ち、我國古来の【政=マツリゴト】とは、利害関係の調整=駆け引きに非ず。だった筈なのです。それが【西洋的民主主義=politics】の概念によって、唯の利害関係の駆け引きに堕ちて仕舞った…
それを、少なくとも【民草=百姓の為の政】を、少しでも復活する事。
これの実現に共に努力出来れば、と思っております。
拙速は巧遅に勝るともいうだけにきっし~の所属する宏池会に対しては蝸牛みたく巧遅なものにしか取れないため何を太平楽しているんだ、というものしかありません。
そんな調子だから人民解放軍の軍拡に打つ手なしで悪夢と呼ばれた民主党政権に匹敵する地獄の政権だと辛辣なことをいうほかない限りであります。