今日は、祈りの日。
ひとつしかない命を、「日本の未来」のために投げ打ってくれた先人たちに、
(彼らが守った)未来そのものである、私たちが祈りを捧げる日。
そして、不甲斐なき現代日本に対し恥じると共に
次なる一歩につなげるための口惜しさを噛み締める日。
令和も3年目を迎えた。
思えば、昭和、平成と三つの時代を生きることになるのだと気づく。
毎年願うことがある。「来年には、【敗戦国として押し付けられた憲法】ではなく、「我が国の憲法」で参拝できる日」でありたいと。
いまを生きる私たちだからこそ、今しかできないことを頑張るとお誓い申し上げました。一つしかない命を、国家のために捧げてくださった先人たちがおります。国粋主義的な観点から論じる意図ではなく、当時の「国家の未来」とは何であったかを考えて頂きたい。それは、いまを生きる私たちを含むことは疑いありません。
私たちのために捧げてくださった英霊の皆様に、安らかにお眠りくださいと、感謝を込めてお誓い申し上げす。
▼我が国を取り巻く情勢。
いま我が国は、CHINA・北朝鮮など緊迫した東アジア情勢に対処すべき時期にある。
戦後70年以上、国防という国家の一大事をないがしろにし、「見て見ぬふり」をしてきたツケだ。誰しもが、平和も安全も”誰かが与えてくれる”と根拠なく盲信し、政治家も国民も当事者意識を著しく欠く。
今日、この日、英霊に謝りたい。
すでに北朝鮮のミサイルは、我が国の迎撃能力を超えた。
近接迎撃装備であるPAC3は、最大射高が30km。戦闘機やノドン級を想定しており、さらに高速の、ムスダン級以上に対しては効果は発揮できない。
BMDの要たる、イージス艦から発射されるSM3も約800~1000kmが最大射高。これに対し、北朝鮮のミサイルは3000kmクラスとなっており、弾道頂点には届かない。さらに難しい問題として、SM3は、高度70km以下の目標に対しては迎撃が困難であり、低高度を高速で飛行するディプレスト軌道の場合は(付近にPAC3があればだが)PAC3のみでの迎撃となる。
イージスアショアも、どうなるのやら。
これは高空を飛行するB29に対し、我が国の高射砲が届かなかった、要撃戦闘機があがれなかった状況に酷似していると言えよう。我が国の地方都市は、かつて空襲を受けた際と同様、すでに丸裸に近い状況だ。にも関わらず、イージスアショアの配備にまで反対活動。自衛すら許されぬということか?
70年を越えてなお、この状況。
英霊たちに申し訳ない。
情けない、思い。
怒り、叫んでしまいたい思い。
PAC3の配備状況と、防護できているエリア(地図で図示化)
SM3の性能限界と、北朝鮮のミサイルの性能
(※ 特にディプレスト軌道については覚えておいてください。)
PAC3の配備に反対する勢力もいる。”思想信条は自由”ゆえ反対することは自由だが、「何を考えているかわからない」と論評する自由も、同じくある。
以下、ポツダム宣言の邦訳(及び現代語訳)と、
先人たちの姿を動画でいくつか。
▼ポツダム宣言・邦訳
ポツダム宣言の邦訳は、恐らく保守陣営もほとんど知らないんじゃないだろうか。
教科書には掲載されていないかと思います。
現代語訳も探してきたが、読んで頂けるとわかると思う。
非常に高圧的な内容であり、「いろいろな問題」が発生するためだ。
理由は、読めばわかると思います。
流石にこれは、ね。
▼豆知識
8月15日は、「終戦の日」と呼ばれますが、厳密に言えばこれは間違い。
人によっては「いわゆる終戦の日」などとも表現します。
私の場合ですと、混乱を生じてもあれですので「終戦の日」で書きますね。
日本軍が「停戦した日」がこの日で、本当の終戦はサンフランシスコ講和条約でしょう。
まぁ、そう言いますと沖縄の本土復帰の話はどうなるんだ等の話もでてくるのですけど、便宜的に「終戦の日」と言わせて頂きます。
少なくとも「終戦記念日」は使わないし、「敗戦の日」とも呼びたくありませんけれど。
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(OGP画像)
受諾して「戦争が終わって万歳」という気分になるような代物ではない。
日米関係にも様々な支障をきたす。
CHQの指導でもあったのでしょうか、これを知る日本人は少ない。
ポツダム宣言(現代語訳)
二 合衆国、英帝国および中華民国の巨大な陸、海、空軍は西方から自国の陸軍および空軍による数倍の増強を受け日本国に対して最終的な打撃を加える態勢を整えた。右軍事力は日本国が抵抗を終止するまで同国に対して戦争を遂行する一切の連合国の決意によって支持され、かつ、鼓舞されているものである。
三 覚悟を決めた世界の自由な人民に対抗するドイツ国の無益かつ無意義な抵抗の結果は、日本国国民に対する先例を極めて明白に示している。現在、日本国に対して結集しつつある力は、抵抗するナチスに対し適用された場合において全ドイツ国人民の土地、産業および、生活様式を必然的に荒廃に帰せしめたのに比べ、計り知れないほどにさらに強大なものになるぞ。我らの決意に支持される我らの軍事力の最高度の使用は、日本国軍隊の不可避かつ完全な壊滅を意味すべく、また、同様必然的に日本国本土の完全な破滅を意味する。
四 無分別な打算によって日本帝国を滅亡の淵に陥れたわがままな軍国主義的な助言者によって日本国が引き続き統制されるべきか、あるいは理性の道を日本国が進むべきかを日本国が決定すべき時期が到来した。
五 我らの条件を左に述べる
我らは右の条件を絶対に離脱しない。これに変わる条件は存在せず、我らは遅延を認めない。
六 我らは無責任な軍国主義が世界より駆逐されるまでは平和、安全、および、正義の新秩序が生じ得ないことを主張する。従って、日本国国民を欺瞞して世界征服の暴挙に出る過ちを犯させた者の権力と勢力は永久に除去する。
七 右のような新秩序が建設され、かつ、日本国の戦争遂行能力が破壊されたことの確証が得られるまでは連合国の指定する日本国領内の諸地域は我らの指示する基本的な目的の達成を確保するために占領されるべきだ。
八 カイロ宣言の条項は履行されるべきで、また、日本国の主権は本州、北海道、九州および四国と我らの決定した島嶼に限定されるべきだ。
九 日本国の軍隊は完全に武装を解除された後、各自の家庭に復帰し平和的かつ生産的な生活を営む機会をえさせるべきだ。
十 我らは日本人を民族として奴隷化しようとしたり、または、国民として滅亡させようとする意図を有するわけではないが、我らの捕虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。日本国政府は日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去すべきだ。言論、宗教、思想の自由、ならびに基本的人権の尊重は確立されなければならない。
十一 日本国はその経済を維持し、かつ公正な損害賠償の取り立てを可能にするように産業を維持することを許される。ただし、日本国に戦争のための再軍備をさせるような産業はこの限りではない。右の目的のための原料の入手、(原料の支配は含まない)を許可される。日本国は将来世界の貿易関係への参加を許される。
十二 前期の諸目的が達成され、かつ、日本国国民の自由に表明された意思に従って平和的な傾向を有し、かつ、責任ある政府が樹立された場合には、連合国の占領軍はただちに日本国より撤収する。
十三 我らは日本国政府がただちに日本国軍隊の無条件降伏を宣言し、かつ、右行動における同政府の誠意によって適正かつ十分な保障を提供することを同国政府に対し要求する。右以外の日本国の選択は、迅速かつ完全なる壊滅があるだけだ。
ポツダム宣言の全文が教科書に掲載されていない理由が悲しすぎる
以下が外務省による邦訳である。
きっと戦勝国にとっては、「後世の日本人に伝える」には、
【恥ずかしい内容】だったのでしょうね。
そして【都合の悪いもの】だったのでしょう。
ネットでは「隠された真実」の発掘に躍起であるが、
名前だけは有名なポツダム宣言についての言及は、実は少ない。
責めたり、批判したり、という意味ではない。
無論、バカにしている意図もない。
知らぬ方がそれだけいるという現実が、
「戦争に負けること」なのだと、それを伝えたい。
では。
知らななくていいのか。
そうではない。
私はそう思う。
なぜならば、私たちのために、命を捧げてくださった方がいるのだから。
目を背けることは、許されない。
いまを生きる日本人としての責務だと思う。
全て見ると凄い時間になるため、気になったものを選んでください。
タイトルの横に、再生時間を付記しております。
改行して動画の解説を少し。
29万再生。短めなので、せめてこれだけは。
「回天記念館を訪れたことがきっかけで作成した動画です。」という説明文。
かなり映像処理能力に優れた個人が作成したものと思われます。
回天記念館を訪問した気持ちになれる、実際の回天基地周辺の風景を撮影したもの。
遺書、手紙、当時のやり取りなどが記載。
長さを感じさせない動画。12万再生。
映像は当時の実写(動画)が多数。
やり取りがテキストで挿入されている、もしこれが自分の家族であったら、と想像して見て欲しい。
250万再生。
ザ・コクピットで桜花を描いたもの。
フルバージョンがあった。24分の動画だが、アニメゆえに往時を想像することができるだろう。23万再生。
いかがでしょうか。
あれほどの血が流れたのに
それが集結した際の宣言文、
我が国が受諾した文章を、外務省の邦訳だってあるのに
それを教えない。
おかしいと思わないのですか?
だから、終戦を語ることに、これほどの言葉を要す。
前提を冗長になど書きたくはない。
だけど、これを書かないと、何を言っているのか意味がわからないんだ。
何が伝えたいのか、それすら伝えられないのだ。
おかしいと思わないのですか?
都合が悪いから、教えない。
教科書から消していく。
例えば通州事件だってそうだ。
終戦という、この8月15日にあって
このブログを読んだ方の中にも
「ポツダム宣言を読んだことがない」
という人が多いのだろうけれども
「知らなかった。」「見たことがなかった。」ことに
疑問を感じて欲しい。
だが、今日の日付が変わるまでは、罵倒や罵声は控えたい。
70年以上前の今日、ボロボロの身体を、やっと休めた方々がいる。
叫ぶ日じゃない。
静かに過ごしたい日なんだ。
怒りを胸に秘め、誓いを新たに。
一歩前に出る勇気、先人に恥じぬよう。
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コメント (頂いたご意見は、他SNSに比較し最優先で目を通しております。)
全くその通りです。
今日は感謝と祈りしかありません。
今日の日を批判や洗脳に使おうとすることに抵抗を感じます。
日本が戦後長くここまで平和だったのは
多くの先人の方々のおかけです。
日本の為に、故郷に為に、家族の為に、尽くしてくださった方々
戦後必死に生きて来てくださった方々
多くの方々の人生とお心の上に今の日本があります。
感謝しかありません。
以上 文責 BLACK
本日は、靖国で会おうと遠く戦地で散華された日本兵、靖国神社に居られる先人方を偲ぶ日です。この日本は私達が守りますと気持ち新たに奮起を誓って。
🔻第二次世界大戦の日本軍のトリビュート映像を見た外国人の反応。
http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51912294.html
2016/02/04 08:00
In remembrance of the alliance between Japan and Germany. May it never break.
日本とドイツの同盟を記念して。それが決して壊れないように。
This video is dedicated to the Japanese solidiers of World War Ⅱ
このビデオを、第二次世界大戦の日本の兵士に捧げます。
🔻動画URL
https://www.youtube.com/watch?v=uc3BoUM1hJs
(9分ほどの動画ですが、戦地に赴かれ、戦塵に散られた先人方のリアルな記録フィルムです。戦艦や海戦、行軍する日本軍、飛び立って行く特攻隊の姿も出ています。)
🔸この記録フィルムの最後に日本軍へのトリビュート(賛辞)が付け加えられていました。
Asked about the soul of Japan,
I would say
That it is
Like wild cherry blossoms
Glowing in the rising sun.
日本の魂について問われれたなら
私は言うだろう
それは、上る太陽の輝きの中の野生の桜の花のようであったと。
……………
世界の人達は当時の日本、そして日本軍についてどう思っているのか?
🔸以下海外の反応
・これぞ日本のサムライ魂!
・私は日本の素晴らしき英雄達に敬意を表するよ!
・彼らはサムライの子供達だもんな。
・日本の戦艦大和はWW2において間違いなく最強の戦艦だった!
・日本バンザイ!日本に栄光あれ! ドイツより。
・この戦争でもし日本が立ち上がっていなければ、世界は今でも白人が牛耳ったままだっただろうね。
・↑それが真実だよな、日本とドイツがいなければそうなってた。
・↑いや、そこにドイツは入らないよ。
私はドイツのことは好きだしリスペクトもしてる。
しかしこの戦争で白人に対して真の勝負を挑んだのは日本人だけだった。
勿論この時日本とドイツは同盟関係にあったけど、でも日本とドイツの意見は対立する部分も多々あった。
もし枢軸が勝利してたらその後に日本とドイツの戦争が起こってたはずだよ。
・日本軍のトリビュート動画だと!?
日本があの戦争で中国人やフィリピン人など、大勢の人達の命を奪ったことを分かってるのか?
そんな日本を称賛するなどありえないだろ!
・↑それは別に日本に限ったことじゃないよ。
ドイツ、アメリカ、イギリスなど全ての国にだって同じことが言える。
・野蛮だった日本兵をトリビュートするなど理解できないよ!
・↑全ての日本人が野蛮だった訳ではないだろ?
多くの日本人は国や家族、天皇陛下の為に戦ってたんだよ。そんな彼らの勇敢さを全て否定することは出来ないよ。
・これは非常に素晴らしい動画だったよ。
はっきり行って中国や連合国がやった戦争犯罪についても、そろそろしっかりと調査し言及するべき頃合なのでは?
この戦争ではイギリスだってドイツのドレスデンを無差別爆撃してるし、オランダだってインドネシアで無実の人達を虐殺してるし、ロシアとアメリカだって民間人を多数殺したり、捕虜に拷問をしたり、それはそれは相当なことをやってる。中国だって南京で虐殺や強姦事件を多数起こしてるし、当時日本軍人として戦ってた韓国人だって捕虜に酷いことをしたりしてる。
彼らは自分達の残虐行為を隠し、正当化するために歴史を作り、被害者のフリをいつまでもしてるんだよ。
・私は戦争は嫌いだけど、戦争で命をかけて戦った全ての人達のことを尊敬してるよ。
日本はなぜ勝てる見込みが低いのにアメリカやヨーロッパと戦ったのか?
それは当時のアジアは欧米に搾取され、明らかに差別されていたからだよ。
実は日本は、1919年に人種差別撤廃案というのを世界に対して出してる、しかしイギリスやオーストラリアの厳しい反発で拒絶されてしまった。
だから日本は大東亜共栄圏を提唱したんだよ、でもその後日本は欧米各国からオイルや資源の供給をストップされてしまった・・・。
そして日本は最終的には戦争に突き進み巨大な犠牲を払って敗北してしまった。
でも日本の戦争目的の一つは達成されたとも言える。
もし日本が戦争をしなければ、アジアは未だに差別され植民地支配されたままのはずだ。
・もしこの戦争で日本が勝利してたら、全てのアジアの国は一致団結してたはずだよ。
・正直日本はちょっと遅れて帝国主義に突き進んだだけなんだよな。
確かに日本は目的を達成するために犯罪行為なども犯したかもしれない、でもそれを言うなら、ローマ帝国だって、大英帝国だって、アメリカだって、ロシアだって皆同じだよ。
日本がやったことはこれらの国が過去にやったことと全く同じだ。
過去は過去だよ、我々はあの戦争で犠牲になった人達のことを決して忘れてはいけないんだ。
・武士道精神、カミカゼ、日本カッコ良過ぎるでしょ!
・日本人はとても勇敢だったよ、だってあの戦争では最後の最後まで戦い抜いたんだからね!
・私は自分の家族、そして愛する国の為に戦った人々は全て尊敬に値するよ。
・私は日本軍にありがとうと言いたいよ。
あなた達のおかげでインドネシアはオランダの植民地支配から脱することが出来たんだからね。
「東京裁判は誤りだった」
マッカーサーは日本の戦争は侵略ではなく、自衛戦争であったと何故、後に認めることになったのか。
🔻〈ウェーク島でのマッカーサー発言〉
https://nenpyo.at-ninja.jp/1941-50/1950_makkasa_uekuto.html
第二次世界大戦後に米ソの冷戦が朝鮮半島で熱い戦争になった。
朝鮮は日本の敗戦後、ソ連が支援する共産党独裁国家北朝鮮と、アメリカが支援する韓国に分断されていた。
1950(昭和25)年1月、アメリカのアチソン国務長官は、ワシントンでの講演において「アメリカの西太平洋における防衛線は、アリューシャン列島から日本列島、沖縄に至る線である」との発言をした。これは韓国はアメリカの防衛圏内ではないという意味になる。
これを聞いたスターリンは金日成に韓国を侵略するよう指示した。
そして6月25日、北朝鮮は38度線を越えて韓国に侵入した。共産軍の侵攻を放置すれば朝鮮半島を奪われ日本も危うくなると考えたアメリカ(16カ国からなる国連軍)は韓国に出兵、朝鮮戦争となった。
ソ連と支那(前年に支那共産党が支配して中華人民共和国となっていた)の援助を得て、北朝鮮軍は圧倒的な勢いでアメリカ軍(国連軍)を半島南端の釜山にまで追い詰めた。
しかし、アメリカは反撃に出て、朝鮮半島の付け根の鴨緑江まで共産軍を追い返した。しかし、共産軍勢力は満州(大東亜戦争後に支那共産党が占領した地域)にあり、毛沢東は100万といわれる大軍を送り込み、ソ連も限りない援助を満州経由で行った。
これはたまらないというので、アメリカ軍司令官(米極東軍、国連軍の最高司令官兼務していた)のマッカーサーは、北朝鮮軍の背後にいる支那共産党軍がいる満州への原爆投下と、東シナ海に面する港の封鎖を大統領のトルーマンに要求した。
アメリカ国務省は戦争の拡大、支那やソ連を相手に第三次世界大戦への進展を恐れ、強硬な主張を行い続けるマッカーサーを解任した。結局、共産軍が反撃に出て元の38度線で休戦となった。
ウェーク島でのマッカーサー発言
1950年に勃発した朝鮮戦争で、一時はほとんど朝鮮半島から追い落とされる寸前にまで追い詰められた国連軍は、仁川に逆上陸して攻勢に転じ、満州の国境近くまで進んだ。
ダグラス・マッカーサーにとっては一番気分のいいちょうどその時期(1950年10月15日)、に、ウェーキー島でハリー・トルーマンとマッカーサーの会談が行われた。
そこでマッカーサーは興味深い発言をした。
会談に同席したハリマンが朝鮮戦争の戦争犯罪人について聞くと、マッカーサーは以下のように述べた。
「戦争犯罪人などに手を出してはいけない。うまくいくものではない。ニュルンベルク裁判や東京裁判は、戦争の抑止力にはならなかった」
つまり、マッカーサーは「東京裁判は誤りだった」との告白を行ったのだ。
マッカーサーは当初、「真珠湾に対する”騙し討ち”だけを裁く裁判を望んでいたのだが、ドイツでニュルンベルグ裁判がはじまってしまったので、日本に対してもやむなく同様の裁判を行わなければならなくなった」と語っていた。
朝鮮戦争を戦ってみると、がぜん、日本側の言い分が基本的に正しかったことが、マッカーサーには痛いほどわかった。
東京裁判における日本側の主張の一番重要な部分は、共産主義の脅威である。満州を守らなければ満州が共産化する。それから支那も赤化する。支那事変であろうが、満州事変であろうが、その背後にはコミンテルンが働いていたと東條英機は主張した。
日本の「A級戦犯」を処刑して二年後、まさにそのとおりになった。支那全土は満州も含めて共産主義になってしまったのである。その時はじめて、アメリカは事態の重大さに気づいた。それで東京裁判宣言の舌の根も乾かないうちに、日本との講和条約を結ぶべく動くことになる。
翌年、マッカーサーは日本の戦争が侵略ではなく、自衛戦争であったことを認める。
解任されたマッカーサーは米議会上院軍事外交合同委員会で重大な証言を行なうことになる。
マッカーサー「自衛戦争」証言
昭和26(1951)年5月、アメリカ上院の軍事外交合同委員会で、ダグラス・マッカーサーは以下の2つの重大な発言を行なった。
1.日本の戦争は自衛戦争であった
2.アメリカが過去100年に太平洋で犯した最大の政治的過ちは、共産主義者が支那において勢力を増大して行くのを黙過してしまったことである
1.「日本の戦争は自衛戦争であった」
原文と和訳は以下の通り
“There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack great many other things, all of which was in the Asiatic basin.
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore in going to war was karagely dictated by security.”
和訳:
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてだったのことだったのです」
マッカーサーは実際に朝鮮戦争を戦って、ロシア(ソ連)、共産主義の脅威(明治維新以来ずっと日本が恐れていたもの)をやっと悟った。マッカーサーは日本が戦争をせざるを得なかった理由をやっと理解できたのである。
しかし、呆れたことにこれほど重大な証言を報じた日本の大新聞は当時も今も皆無である。NHK、民放などのテレビ局も完璧に無視している。
何を恐れているのだろうか。報道するとまずいことになると考えていることだけは事実だろう。アメリカに対する気兼ねか、それとも支那に対する気兼ねか?
東條英機は宣誓供述書で「断じて日本は侵略戦争をしたのではない。自衛戦争をしたのである」「国家自衛のために起つという事がただ一つ残された途であった」と語ったが、
それはこのマッカーサーの米議会証言録と重なるもので、最終的に東條とマッカーサーは同じ見解を披露したことになる。
2.「アメリカが過去100年に太平洋で犯した最大の政治的過ちは、 共産主義者が支那において勢力を増大して行くのを黙過してしまったことである」
アメリカは日本の勢力を支那大陸、満州、朝鮮から駆逐したことで自分たちの目標を達成したかに見える。
しかしその結果アメリカは過去半世紀にこの地域で日本が直面し、対処してきた問題と責任を日本に代わって引き受けなくてはならなくなっただけだ、と述べたアメリカ外交官ジョージ・ケナンと同じ後悔を述べたわけである。
フィリピンで日本に完敗したダグラス・マッカーサーは、日本に恨みを持ち、復讐心に燃えていた。
後に日本が原爆を落とされて負けて、マッカーサーがやってきたとき、彼はその恨みを晴らすべく、「日本は悪いものだ」と信じきって東京裁判をやらせ、自分たちの意向を反映させた日本国憲法をつくらせて日本を骨抜きにした。
ところが朝鮮戦争が起こって事態は一変する。そのとき彼は初めて東京裁判で弁護側が言ったことがすべて本当だったのだと気づく。そして満州にも支那に対しても、日本がやったようにやらなければならないという結論に達する。
しかし当時の大統領・トルーマンは、ソ連と戦争になることを恐れて、マッカーサーを解任してアメリカに戻した。その後、アメリカはマッカーサーが予言したように朝鮮半島で負け始め、なんとか38度線まで押し返したところで戦争は終結する。
そしてアメリカに帰国したマッカーサーは上院の軍事外交合同委員会という最も公式の場で、日本が間違っていたのではなく、自分たちが間違っていたことを語ったのである。
マッカーサーは前年に東京裁判が誤りだったと発言している。
この朝鮮戦争でマッカーサーは明治以降の日本の戦争が祖国防衛戦争(自衛戦争)であったことを悟った。北から強大な勢力が朝鮮半島に下りてきたとき、日本を守ろうと思えば朝鮮半島を守らなければならない。
朝鮮半島から敵の勢力を完全に追い払おうと思えば満州に出て行かざるを得ない。こう気づいたマッカーサーは、日本にとって朝鮮半島がいかに重要な土地かがわかったのである。
この戦争での韓国軍は41万もの戦死者を出した。負傷者と行方不明者は42万、非戦闘員の死者が24万人、北朝鮮に連行された者が8万である。
北朝鮮軍と支那(中華人民共和国)軍側は独裁国家のため詳細は不明だが、100万人くらいの戦死者と、それとほぼ同数の戦傷者があったと推定されている。
民間人の死亡者、行方不明者は南北あわせて200万人以上にのぼったといわれる。
この戦争によってアメリカは大東亜戦争での日本の立場が理解できた。こうして、それまでなかなか進まなかった講和条約の交渉が一気に進行、サンフランシスコ講和条約締結となった。
朝鮮戦争がサンフランシスコ講和条約の引き金となったことは明々白々な事実である。
朝鮮戦争のことを多くの人は神風が吹いたと言うが、それは特需があって日本の景気がよくなったからである。
しかし、これは上っ面の話であって、重要な点は、アメリカの対日政策が根本的に変わって、二年前に東京裁判で裁いたことなど忘れ、日本はいい国であると認識されたということである。
だから、すぐに独立させ、賠償金もとらなかった。サンフランシスコ講和条約は、アメリカのご都合主義によるまったく急な話だった。
「日本の非軍事化」を究極目的に掲げていた占領軍(アメリカ軍)は、その路線を変更して日本の再軍備を求めてきた。すると、日本の共産党や社会党の者たちは親米から反米に変わっていった。
我が祖父よ、安らかにお眠りください。孫である私は、おかげさまで元気に楽しく暮らせております。毎日感謝しておりますがそれでも足りません。
人生で、苦しい事つらい事があった時は、いつもあなたの苦労と尽くしてくださった人生に想いを馳せ「戦死した祖父の事と比べたらどうという事ない」と勇気を得て突き進んできました。
その結果はいつも私が思っていた以上の驚くほどの良い事が立て続けに起こり、私にはもったいないほどの良き夫に恵まれ、子も得て、私よりも人格も頭脳も性格もとても良い人物ばかりと友人知人になることができ、こちらのブログにも縁を得ることができました。自分の人生はいつも大きな幸であふれています。
貴方は私と正反対で、とても穏やかでユーモアに溢れて周りからも人気のある人でしたね。
当時としては、大学も出ていて英語と中国語ができていたことから、一応兵役には出なくても良いという事だったようですが、最期の最後に沖縄戦へ行くようにとのことで赤紙が来ました。
まだ34歳、家族はまだ20代の若い妻と、まだ顔も覚えることも出来ていない幼い赤子と、妻のお腹の中に産まれていない胎児がいましたね。結局、赤ちゃんの生まれたことも分からず、家族と再び会うことはできなかった。戦死から数ヶ月後には終戦したのになぁ。惜しかったなぁ。
生きている祖父に会いたかったな。
さて、話変わりますが、若い日本人男性の皆様、デートの場所に靖国神社や護国神社おすすめですよ。日本の近代史現代詩をYoutubeなどで知識を仕込んで、事前に参拝も兼ねてデートの下見をしましょうね。特に桜の季節は最高です。秋の紅葉も素敵ですよ。
政治と近代史と現代史をさりげなく語れる男子ってね、かっこいいのですよ。
理屈じゃないです。本当にかっこいいのですよ!オバサンのこういうお節介は聞いてお手間違いないのですよ。
ただし人物と出来事と年代だけを覚えても仕方ないので、小坪議員のブログをざっくりとでも良いので読むべし❗️
訂正1 近代史現代詩→近代史現代史
訂正2 小坪議員のブログをざっくりとでも良いので読むべし❗️→小坪議員のブログとコメント欄をざっくりとでも良いので読むべし❗️
産経新聞にお願いしておきました。
今朝の産経抄の歴史観は少しおかしいのではないでしょうか?アレ?今日は朝日の記者さんに原稿依頼したのかな?と思いました。
全体としては良いのですがアジアに対する認識がGHQの自虐史観に基づく認識だと思います。日本はアジアに決して迷惑をかけてはいません。日本が戦ったのはマレー・インドの英国軍、フィリピンの米国軍、インドネシアのオランダ軍等アジアを植民地にしていた西洋の国々と戦ったわけで日本軍は現地の人達から大歓迎を受けています。
多くの兵士が戦後も居残り、軍を教育して独立のため共に戦っています。特にインドネシアでは日本が終戦した後、英国・オランダ軍が再度占領にやってきて何年も戦争が継続しました。インドネシアは独立後しばらくは暦として西暦ではなく皇紀(現在2681年)を使用していました。独立記念日の行進では沢山の老婆が我々日本人の歌えない日本の歌を歌って行進している動画があります。
大東亜戦争(日本の内閣で命名)はアメリカ内の日本人の財産凍結がスタートです。真珠湾攻撃など永野修身&山本五十六とアメリカとのデキレースとも言われています。瀬島龍三もソ連のスパイだったとの文書が多く発見されているとのことです。
ヨーロッパ戦線がドイツ敗退でソ連軍が極東に集結されましたが関東軍がその実態を知りえないはずはなかったとの事です。欧州から何度もソ連が日本参戦の準備をしているとの情報が伝えられながら軍部のどこかで握りつぶされているのです。
話がそれましたが大東亜戦争で日本が頑張ったおかげでアジア・アフリカから大半の植民地が無くなりました。(大戦後、中国が周囲4ケ国を占領している。ウイグル、モンゴル、チベット他)
国際連盟加入国、大戦前は63ケ国、現国連は196ケ国。500年間続いた大航海・植民地時代が20世紀で終了したのです。
いわゆる戦犯は日本独立後、社会党が中心となり国民4000万人の署名の元、国会全員決議で冤罪を晴らし各国の了解も取り付けました。この頃は社会党も共産党も日本人としての矜持を持っていたのですね。今ABC級戦犯は一人もいません。
特にソ連オトポール駅で凍え死にそうなユダヤ人2万人を救った樋口喜一郎少将と松岡洋右満鉄総裁そして日本政府経由でのドイツからのユダ人引き渡し要請に対して樋口の行動を人道的観点からの行動であり不問に帰した東条英機関東軍参謀長。
断頭台に立つことが最もふさわしいのは人類史上最大のジェノサイド、戦時法違反である広島・長崎への原爆投下及び東京他大空襲を命じたトルーマン米大統領です。“安らかに眠って下さい。過ちは二度と繰り返しませんから”この主語のない碑文はパール判事からおかしいのではと指摘も受けています。
日本が取った行動の99%は歴史が正しいこととして評価してくれるでしょう。戦争に遠征した兵士が生きておられる間にマスコミは国民に知らせるべきです。よろしくお願いいたします。
以上
“安らかに眠って下さい。過ちは二度と繰り返しませんから”
この碑文を読んで、その想いは十人十色なのでしょう。
何が過ちなのか。
自虐史観の人が読めば、「日本は悪い事をした、二度と」
コミンテルンの陰謀を知る人は「見抜けなかった愚かさは、二度と」
降伏がもう少し早かったならばと想う人も受け止めは違うのでしょう。
個人的には、過ちは世界に対してだと思っています。
世界の過ちが起こした大量殺人に対して、世界になり代わり誓う言葉かと。
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日本国を始め万国全地域の天命が完うされますように
地球を司る神々様 八百萬の大神たち樣
誠に ありがとうございます
小坪市議、こんにちは。久々にコメントを致します。
大雨が心配ですが、大丈夫でしょうか?
早速ですが時間が無いので用件に移ります。
「にほんブログ村(政治ブログ)」から、此方の記事「【教科書に載ってないポツダム宣言・邦訳】終戦の日は、祈りを捧げる日。先人たちに感謝を。」のリンクをクリックしても、『見つかりません
リクエストされたページが存在しません。検索で見つかるかもしれません。』と云う頁に出てしまうのですが、リンク(URL)が繋がっていないのではありませんか?
もしそうでしたら、お時間やお手数をお掛けしてしまいますし、お忙しい最中に出過ぎた意見なのかもしれませんが、きちんとリンクを繋げた方が閲覧数が増えるか維持されると思いますので、どうかご対応をして頂きます様、申し上げます。
取り急ぎ用件を申し上げました。失礼致します。
僭越ですが…。今見ていらっしゃるのと同じ記事を2回投稿なさったので、片一方を削除されたのです。
支那サマの犬HK、今年は、Nスペ開戦秘史と称して只今放送中。
長崎や福岡、広島の豪雨災害、大丈夫でしたか?普段、滅多に災害を受けない滋賀県南部でも今回の豪雨には、流石に恐怖を感じました。
ところで、この線状降雨帯の多大な被害に対して菅総理は何かメッセージを私たち国民に送られましたでしょうか?コロナに関する事は見ましたが、豪雨災害については何も発信されて無い様に思います。これってどうなんでしょうか?
「【海外の反応】パンドラの憂鬱」の 2016/08/06 23:00 の記事に
米国「俺達が教わった歴史は嘘だった」 原爆投下の真実にアメリカ人から様々な声
という記事があります。
内容が興味深いので、ここに抜粋を紹介します。
https://washokutou12daime.blog.fc2.com/blog-entry-822.html
https://washokutou12daime.blog.fc2.com/
[色:0000FF]「日本は、ポツダム宣言を受諾して降伏した」
と広く流布されている。[/色]
[色:FF0000][太字]しかし、トルーマンが持ち出して来た停戦条件は、
「ポツダム宣言の受諾」だけではなかったはずだ[/太字][/色]
[太字]と言う話。[/太字]
https://washokutou12daime.blog.fc2.com/blog-entry-2416.html
きょう、泉南市議の添田詩織さん(しおりん)が大阪護国神社にゆかれ、英霊感謝祭に出席されたんですね。フォトとともに彼女のツイッターに載せられていました。
私がお参りにいったのは、もう何年前になるのかな。
【軍政】
今日、考えていたことは、之。
厳密?には今、広義では有事下だといわれてるけど、
現憲法下で、しかも緊急事態法だったか有事法だったかが無いなかで国家・国民を、
まさに有事に即うごかせるの? 国内外に[国難]を抱えたままで。
軍政を布くタイミング。誰が。
憲法改正やスパイ防止法などは、それからでよい。
【軍政】、みなさんは考えた事あるでしょうか。
歴史はダイナミックでもあると思う私。
日にちがかわりましたが・・・
毎年、護国神社にて静かに手を合わせてきました。
ですが去年と今年は行ってません、感染対策の自衛で居住地主催の場へ行きました。
毎年、思う事があります。
「お国のために」「天皇陛下万歳」と、陸海空の兵隊さん(私達の祖父曾祖父)が出兵され戦地で亡くなりました。
特攻隊は戦後の平和安寧も願って散っていったと、私個人は思っています。
いつぞやから、例の国から非難される靖国神社。
実は彼方の旅行者も靖国神社へ来ている現実(参拝はしないだろうが)
もうそろそろ、皇室は千鳥ヶ淵だけでなく、全国戦没者慰霊の場の御言葉だけでなく、靖国神社へ参拝されて欲しいのです。
実現されたら、今までよりきっと報道が騒がしくなるでしょうし、例の国からの非難も物凄い事になるでしょう。
しかし、靖国神社に祀られている英霊は天皇陛下を待っていると思います。
皆さん、私のこの言葉は不敬でしょうか?
もう既にA級戦犯の方々の名誉回復はなされていると記憶してますが、記憶違いでしょうか?
静かに手を、祈りを・・・
以上です
8/16 文責 維新は裸の王様
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共産党は2016年9月13日からの警告を無視し続けましたね。
ならば、下記は決定事項と承諾したものと見做します。
・『テロを利用する共産党』
・『テロリストの味方である共産党』
・『テロに屈する共産党』
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人間、知らない、分からないと言う事は、恐怖を感じたり忌避したがるものです。
原因の分からなかった時代の日本住血吸虫症然り、細菌の概念の無かった頃の伝染病然りです。
只原因が分からないと言うだけで、それが差別に繋がったり、妙竹林なカルト信仰に走ったりしがちです。
最近では概ね基礎科学の概念が浸透して居る為、嘗ては妙竹林なカルトで占められて居たものが、とんでも科学に置き換わったりしてます。
これは文化に於いても同様な事が言え、嘗て知る事が出来無かった白人基準では、有色人種の文化は恐怖であったり、忌避すべきものでした。
所が力のバランスで相手が弱いと分かると、蔑みの対象と変わって行きます。
結果的に数百年もの間、白人は有色人種の国家を次々と植民地支配して行きました。
打って変わって、世界中の誰もが情報を得られる環境が整って来た事もあり、手軽に知る、理解すると言った事が可能と成りました。
その結果、外国人による我が国の評価は「日本だけ未来を行ってる」と言ったものに置き換わって来ました。
僅か30年程昔迄、実際に「生魚を食べるなんて、不衛生で野蛮だ」なんて言ってる欧米人が多々居ました。
所が現在では「日本に来たなら、本場の寿司や刺身は食べなくては」と、見事な掌返しです。
あの欧米人が、自虐的に自国を批評したりすらし始めました。
因みに、現在の外国人の日本に関する感想は、江戸時代や明治、大正期に我が国に訪れた、イザベラ・バードに代表される欧米の探検家や外交官、商人が我が国に関して述べたものと共通事項が非常に多いのも重要なポイントでしょう。
更には現在の欧米人が明治、大正期の我が国の静止画や動画を見ても、同じ様な事を述べてますから、我が国の文化や民族性が戦後に急変質してしまったのでは無いと言う事が分かります。
それも仕方の無い事で携帯電話が普及する迄は、メタル線電話網の整備が足枷となって、2000年初頭迄電話と言うもの自体を使った事の無い人が、世界規模では人口の約70%程を占めて居る状況でした。
これが携帯電話網とインターネットが連携した事により、情報を得られる人が格段に増え、その得た情報を口コミで伝えるのですから、半ば鼠算式に我が国の情報が拡散して居る訳です。
更に嘗ては、オタク文化と括りで特異な扱いを受けて来たアニメ等の娯楽コンテンツが、一般に浸透し能動的に日本コンテンツに世界中からアクセスして来てるのです。
元々は欧米人からすれば、東洋など一部の興味のある人しか能動的にアクセスするものではありませんでした。
従って、諜報活動として情報を得ようとするのが主流で、仕事での情報収集と解析ですから関心する程に良く調べ上げては居ますが、業務上で必要な部分を抽出したダイジェスト版であり、その根底にある深い所迄を網羅したものではありませんでした。
結果的に、「日本は他の有色人種の国よりは進んで居るが、有色人種は有色人種である」と言った概念を払拭し切れるものでもありませんでした。
こんな状況が極々近年まで続いて居たのです。
ポツダム宣言は人種差別が社会の趨勢にある時代の白人によるもので、当然肌で我が国を感じる事の出来る日本人の感覚とは乖離したものです。
これを覆すには、今迄通り絶え間ない努力で我が国の信頼を高め、世界のリセットが掛かるイベントに乗り遅れない様に備えておく必要があります。
この屈辱的なポツダム宣言を、如何にして未来に活かすかが問われて居ると認識した方が良いでしょう。
貴重な情報をありがとうありがとう御座います。
当日は豪雨のためライフワークですらままならずみたままつりに関しては
何とか駆けつけた次第でありますがアナログ人間も多数いるようなところで
インフォデミックも蔓延っている現状をどう打破していけばというものしか
ありません。
反ヘイトやポリコレその他による事実をねじ曲げる行為は何としてでも
抑え込む事に他ならないところですが精神注入棒のようなものか何かで
性根叩き直すようなことでもならんものなのでしょうかねぇ…