私の見立てとは異なり、衆院選は戦後史に残るほどの大勝利となった。”引き締め”の一環だったゆえ、一笑に付す読者もいるかもしれないが、素直に認めておきたい。さて、勝利要因は何かと言えば、「勝つ前から勝った勝ったのまた勝った」はよくないと指摘し、もちろん私だけではないが「厳しいぞ」「不利な条件もあるぞ」と最後の最後まで引き締めたことに尽きる。
当ブログ、ならびに同志youtuberである闇のクマさんで紹介した”ネット保守が注目すべき選挙区、重点選挙区”で取り上げた候補は全員が当選した。一重に読者、視聴者の支持あってのものである。まずもって感謝します。特に強く動いた陣営からは、選対または候補本人から「手ごたえを感じた」と直接連絡を頂いた。
選挙の特殊性としては、報道不在。
これは”オールドメディア”とネット側で呼称している、テレビ・新聞のみに留まらない。週刊誌を含むwebメディアも不発だった。また、ジャーナリストを自称する者らも不在であり、いわゆる「取材」「編集」という作業を経ない情報が強く有権者に訴求した。今回の主役は、総裁のアカウントや党のアカウントを含む、各候補のアカウントの発信が爆発的なものがあった。政治家と有権者がダイレクトに結びつき、間に入り込んで収益を得るタイプの職種は壊滅した。選挙結果に一切の影響を及ぼしていない。オールドメディアだけではなく、webメディアも力を失いつつある。
勝利要因は複数ある。
その中でプラットフォーム事業者については述べておいたほうがいいかもしれない。
勝って兜の緒を締めよ、だ。厳しめのことを書いておきたい。
実は、単に政策が認められたわけでもない。そのことはネット保守の我々こそが強く自覚し自制する必要がある。
バズった、まわった、ゆえに国民から理解を得られた。それはそうなのだが、約20年近くもネットで政治を見てきた者としては『カラクリもあるなぁ』との違和感も覚えた。参政党が主張する、動画広告には一定の整合性もあるのだとは感じる。そのうえで、別に悪いことでもなく、今後の常道となっていくのだろうから解説する。
政争は、始まる。
序盤での対応を誤れば、非常に手痛いダメージともなるだろう。それは「高市派vs反高市派」ではない。高市支持者同士の高市比べが始まるということだ。意外に思うかもだが安倍政権でも生じたことで、特に長期政権になる可能性を議員側が認識すれば、例えば「安倍派四天王」みたいなものに任じられたくもなるものさ。権力の象徴ゆえにね。
この点、そもそも総理に距離がある陣営はあっさりしている。何かが回ってくることは基本的にはなく、調整弁程度に起用されるのが関の山であり、だいたいじっとしているか、たまに愚痴を吐く程度。怖いのは高市派同志の抗争だろう。揉める理由はポスト不足。大臣の上限には数がある。やがて維新にも一つ渡さねばならない。かといって、まだ三カ月程度しか大臣をしていない閣僚を交代させれば、もはや更迭のような扱いで、これも不和を呼ぶ。増やそうにも法律で上限が定められている、改正も必要か。
派閥は、できる。
カテゴリの名称は変わるだろうけども、作らぬわけにもいかない。人数が多すぎる。
通常の企業でも同様だが、部門なりチーム分けなりをせねば議論のフィールドさえ作れない。高市総理も派閥を持つべきだ、なんとなく皆様もそう思うかもしれない。しかし、最初に作ることは報道対策を鑑みれば憚られる。
四編ぐらいの記事テーマを一つにまとめた。各テーマごとに少しずつニュアンスが異なるため読みにくいかもしれない。
(すぐ書きたくて、けど自制もあり。メモ程度にスマホでまとめていたものを合体させたため。)
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見誤ったのか、状況が変わったのか
どちらもある。
特に後半の3日、4日の伸びは凄まじかった。
各候補の努力、後援会の奮闘はもちろんのこと、ネット上のダメ押しが底上げした形だ。
最初から見えていた形かと言えば、それは違う。
誤算、
良い方向での。
しかも大幅な誤算。
同じ状況でもう一度同じことを!と言われても無理だろうし、この結果にはならない。
とはいえ実は「やばい!」と投稿した2月1日時点の【自民優勢報道に疑問】公明党の基礎票(地方選)を軸とした自民小選挙区の当落判定。参政党出馬の影響の全選挙区資料において、ある程度の手ごたえはあった。データや数字にも跳ね返ってはきていたのだけど、私も信じなかったし、信じるべきではないと言い聞かせた。SNSを含む実数は、検証方法が手探りという状態であり正確には把握できないという表現が妥当だと思う。
重点選挙区として名前を挙げる際には相当な葛藤もあった、何十人も羅列するわけにもいかない。ならば党本部のHPを見れば!となる。精査するなら10候補が限界。交友関係も含めて検討したことは否定しないが、実績ベース、そして選挙区情勢を述べていくとこの形になった。厳選した。闇のクマさんのYoutubeや私のblogのみならず、二次拡散は相当にされており、「なぜ〇〇は入っていない?など、多方面から悲痛なご要望」も出た。その声も充分にわかるため、非常に悩み抜いての判断だったことは述べておきたい。
選挙戦の最終日の前日深夜、【拡散】自民、僅差接戦の重点選挙区・注目選挙区。「優勢報道はマイナス!」のころには、本音で言えば「行ける」という確信はあった。陣営の幹部もそのように判断はしていたが、誰も口にはしなかった。かつて一年三カ月前に優勢報道下で3日でひっくり返った。橋本龍太郎総理の際も大きく外して下野した過去がある。
嘘をついたのか?と言われると困るのだけど、
「絶対に緩めない」という方針と理解して頂ければと思う。
党本部がとか、候補者が、選対がではなくて、それぞれの持ち場で全員が同じ判断をしていたと思う。
見誤ったのか、状況が変わったのか。
やはり、どちらもある。
「見誤っている可能性」を戒めながら、全員が最後までダッシュした格好で、それも含めて状況が変わっていったように感じた。
勝利要因は何かと言えば、「勝つ前から勝った勝ったのまた勝った」はよくないと指摘し、もちろん私だけではないが「厳しいぞ」「不利な条件もあるぞ」と最後の最後まで引き締めたことに尽きる。
勝つ前に、勝ったなんて口がさけても言えない。
二度目はない。
選挙の特殊性としては、報道不在、プラットフォーム事業者からダイレクト
読者は嫌いな人が大半だろうから、気にもしないとは思う。メディアは選挙において力を喪失している。
これは”オールドメディア”とネット側で呼称している、テレビ・新聞のみに留まらない。週刊誌を含むwebメディアも不発だった。また、ジャーナリストを自称する者らも不在であり、いわゆる「取材」「編集」という作業を経ない情報が強く有権者に訴求した。
今回の主役は、総裁のアカウントや党のアカウントを含む、各候補のアカウントの発信が爆発的なものがあった。政治家と有権者がダイレクトに結びつき、間に入り込んで収益を得るタイプの職種は壊滅した。選挙結果に一切の影響を及ぼしていない。オールドメディアだけではなく、webメディアも力を失いつつある。
ダイレクト、という言葉が適切かはわからないが、いまは仮使用させてください。
かつて新聞は、各家家にあり、飲食店などに懸架された。
しかし、店で見ないところも増えており、情報源としてのシェアを喪失しつつある。これは押し紙問題を取り扱ってきた当ブログの読者は体感するところだろうけれど、のちの時代として、まとめサイトなどにアクセスが流入し、もしくは週刊誌のwebメディアなどに集約されていったことは体感されていると思う。
が、今回は、実はさらに新しい潮流があった。
ネットからネットゆえ、意識しないと分からない部分。
情報源は同じくスマホなのだろうけども、媒体から編集された記事ではなく、あくまでダイレクトであった点。
オールドメディア、ネットメディアを問わず、単に報道不在であったこと。
プラットフォーム事業者を介して、政治家から有権者にダイレクトな情報が届いた。
このあたりは、参政党の神谷宗平代表が苦言も述べていたけれど、一面において近い実態があったようにも思う。ただ何かを策謀してそうなったというよりは、別に非合法なものでもないし、広告費として払われたものだと理解する。例えば政見放送の動画撮影なども、聴くところによると相当に高額で何百万円もするらしい。確かにプロ機材と、そして専従の撮影スタッフとなれば、業者からはそういう請求になるのだろうし、政治家側は唯々諾々と飲まざるを得まい。
例えばYoutubeだけれども、地域ごとの広告は出せる仕様で、確証選挙区単位でも出稿する。これは各党の候補ともに同じだろう。ヤバい!という覚悟の自民党が多かった可能性が、参政党より指摘されることは、まぁ、そうかもなぁとは思うという意味で。広告枠もヤフオクのようなもので、金額の多寡で決まる模様。それで同額では抑えられなかった旨の主張が述べられていた。
その記事において、高市総理の動画が一億三千万回という点が触れられており、広告によるものではないか?と指摘されていた。そんなことは私には分からないけれども、論拠としてイイネ数と再生数を述べていたけれども、この点は議論する余地がある。
というのは、アルゴリズムの問題だ。
結果として、高市総理を取り上げたショート動画や各候補の動画は伸びて行く。
一つの動画を再生すると、類似の動画があがってくるわけで、選挙中ゆえ各陣営が作りまくった結果、SNS上がジャックされるに近い状況となり、ネットメディアも含めて情報源が「ダイレクトなものに完全移行」したように私には見えた。
良い面、悪い面があり、これだけで一本を書くべきだけども、選挙総括の記事が遅れてしまったのでご了承願いたい。
勝者陣営は自らに厳しくあるべきと考えるので、自らに厳しく述べるけれど、悪い面から言う。機会平等の指摘は妥当だと思う。特定の政党が、お金で露出をあげることが可能なのか、証紙ビラや選挙看板を枚数で規定していることとの整合性。
反論はある。選挙前から更新を続け、必死にチャンネル登録者を増やした候補はどうなるのか、と。
また自らのファンに呼びかけるインフルエンサーまで規制するとなれば、選挙に対する言論活動の自由を制約しろというのか、という反論だ。
次に、良い面を。
誰にも編集されず、候補者や政党の声が直接届く。
最大のメリットだろう。捏造しようとトリミングしようと、そういう報道をメディアがしても、完全に編集権をフル無視して、単に数で「届く」のは、民主主義としては正しい。弊害があるにせよ、選挙としては良い面があることを結論付けたい。
そのうえで、政策であったり、自民党の総裁の人となりやひたむきさが評価されての圧勝であることを、敢えて強く宣言する。
兜の緒を締めよ
その中でプラットフォーム事業者については述べておいたほうがいいかもしれない。
勝って兜の緒を締めよ、だ。厳しめのことを書いておきたい。
先ほどの言葉と少し違うニュアンスのことも書く。
単に政策が認められたわけでもないという部分は自戒しておきたい。そのことはネット保守の我々こそが強く自覚し自制する必要がある。
バズった、まわった、ゆえに国民から理解を得られた。それはそうなのだが、約20年近くもネットで政治を見てきた者としては『カラクリもあるなぁ』との違和感も覚えた。参政党が主張する、動画広告には一定の整合性もあるのだとは感じる。そのうえで、別に悪いことでもなく、今後の常道となっていくのだろうから解説する。
なかなかに危険なもので、各党が絶賛、広告費を膨大にぶち込み続け、プラットフォーム事業者をガンガン回した世界があったとしよう。なかばディストピアである。
いま文字を読んでいる貴方がいる、そう、保守には支持者がいる、
人がいる、貴方も私もいる、それは事実だ。
そのうえで、全く異なる勢力の、例えば真っ赤な勢力がプラットフォーム事業者をジャックしたことも考えておく必要がある。
今回は、危機感からたまたま近い形になっただけで、例えば中国やロシアの大金が広告費として投入されたらどうだろう。
さも、(かつての立憲民主党などの勢力が)有利な広告合戦を仕掛けたならばどうだろう、という話。
支持する「人」がいて、初めてこの動きは出たのだけれども、
ゆえに貴方もいる、私もいると述べたのだけども、プラットフォーム事業者を大型買収しての情報戦がなされた場合の備えは検討しておくべきではなかろうか。
怖いことでね、かつての新聞紙の部数のシェア以上に、各世帯に端末がある。
いま私の文字を見ている端末も含め。圧倒的なまでの情報端末のシェアなのだ。
それをアルゴリズムで表示できるという、聞けば当たり前の現実を私たちは少し重く受け止めたほうがいいのかもしれない。圧勝に、大勝に酔うことは簡単なのだけど、単にそれだけではならぬと思う。
怖いことなのだ、テレビよりも。
動画サイトにしても、クリックのひと手間がある。通信費もあるし、端末費用もある。
テレビに対する所有権よりも、より身体に近いところにあるのだから。脳みそにダイレクトに響いており、没入感が高い。
それのみを勝利要因とはしたくはないが、勝ったときの分析こそ厳しくすべきだと思うのでこれを述べておきたい。
高市派vs反高市ではなく、高市派(A)vs高市派(B)の政争
政争は、始まる。
序盤での対応を誤れば、非常に手痛いダメージともなるだろう。それは「高市派vs反高市派」ではない。
高市支持者同士の高市比べが始まるということだ。意外に思うかもだが安倍政権でも生じたことで、特に長期政権になる可能性を議員側が認識すれば、例えば「安倍派四天王」みたいなものに任じられたくもなるものさ。権力の象徴ゆえにね。
反高市派の反乱というものは想定しずらい。
みんな感謝してる、総理に頭はあがらないだろう。
本気でクーデターなど考えた場合には、それこそ政治の世界は数の原理ゆえ、数で(総理のご判断によらず)圧殺されるだろう、政治生命が、
ネットで反高市派!と言われる、そもそも総理に距離がある陣営。
あっさりしている。何かが回ってくることは基本的にはなく、調整弁程度に起用されるのが関の山だからだ。本人たちも政治のプロゆえ、わかってること。だいたいじっとしているか、たまに愚痴を吐く程度。
怖いのは高市派同志の抗争だと言われてる。
私もそう思う。誰が言っているのかと言えば、現場レベルでは誰もが言っている。
考えれば簡単に理解できる。
揉める理由はポスト不足。大臣の上限には数がある。やがて維新にも一つ渡さねばならない。かといって、まだ三カ月程度しか大臣をしていない閣僚を交代させれば、もはや更迭のような扱いで、これも不和を呼ぶ。増やそうにも法律で上限が定められている、改正も必要か。
ここも本来なら別稿で一つ書いたほうがいいのだろうけれども。
まとめ記事となってしまい申し訳ない。
週末には出すけれども、日曜日から行橋市長選があり、衆院選の当選報告とともに掛け持ちしていて手がまわらなかった。最近は、寡黙な感じ。どうしようかなと思いながら、読者のコメントをのんびり見ている、自分を客観視する意味でも。また政界を俯瞰する意味でも。
実際にお名前を出すと差しさわりがあるだろうが、揉めなさそうなところ、議論の余地がないところで論じたい。
(つまり本当には起きないことを書く。)
世耕さんはどうするのか、また大臣も歴任した西村先生は?
東京を圧勝した下村先生は、萩生田先生は続投は当然として差がついてはいないか。
本人が言わずとも、周囲や支持者の声というのは自然と出てくる。期待も含め。
橋本がく先生も大臣候補になるだろうし、中山やすひで先生もおられる。
大阪は、今回は相当にしんどいことになっているわけで、一定の手当てを求める声だって出てくるだろう。前回、不意に議席を失って一回お休みになった先生も多数いる。
それで前述の通りなのだけど、ポストが足りない。
大臣の数は法で定められており、改正して増やすよりない。
しかもいまの大臣は、任期が三カ月前で、いま変えるというのは更迭に等しい。
となると、党の役職となるのだけども、副がいて、副がいて、副がいて、副がいて、副がいて、代行と代行みたいな。
そんなの、支持者がブチ切れるというね。
その点、明確な反高市派は、むしろ良い。
静かに、指をくわえて黙っているだけだから。
「ま、しゃーねーわ」「勝たせてくれてありがと」だから。
愚痴程度には何か言うかもしれないが、党組織の運営に致命的な打撃を与えるリスクはない。
ほぼない、ではなく、ない。
そんな動きをすれば、首級が欲しい先生たちだらけなのだから、速攻で打ち首だ。
むしろ気にしているのはこのあたり。綺麗な表現ではないのだろうけど、首級という表現は伝わりやすいかもしれない。
政争が起きるのは、「高市派(A)vs高市派(B)」だ。
CもDも、Eもある。
怒られそうだが、高市さんの後のことを考える先生たちだって出てくる。
それは五年後とか十年後のことなのだけど、そして敵でもなんでもなくて、高市総理に徹底的に尽くして、がんばった結果の評価として未来を狙う先生たち。
高市総理を応援する国会議員だらけなのだから、そこで群れができるのは人の世界では当たり前のこと。
安倍派における四天王を目指すように、高市四天王を目指す勝負が始まっている。
言うなれば高市比べ。
じゃ、どうするか。
「あいつ、高市じゃありませーん!」とか「謀反の疑いがあります!」などの方法で、成果をあげるしかない。
その点、反高市派は便利だ。あいつがこんなこと言ってました!と叩けば良い。
そういう首級を求めあっているというのが、いま私が憂いているところ。まぁ地方選や、各小選挙区の選対の人事でも同じことは多々ある。組織維持の観点から、もっとも注意すべき点。
各常任委員会の委員長ポストは戻る。
だが、それでは配るものが足りない。
禍根を残さないことは大切で、そして難しい。
配るものが足りないと、さらに難しい。
新設の特務大臣などでは納得を(周囲や支持者から得られない)クラスの先生が多々いる。
政策で、実行力で評価すべきとの声はあるだろう。
私もそう思う、けど一般論からすると無理だ。委員長ポストも、あまり意味はなかろう。
花形とされた、国対委員長のポストも形骸化するのではないか。
かつては野党からの厳しい要求に対し、決然と交渉する場であったのだけど、野党は滅びたに等しい。解散を求める数もない、不信任決議がだせないのだから。自民党側の決定を伝えるだけの場になるだろうし、国対委員長同士の、政党間の協議は形だけのものになっていくように思う。言われれば納得だと思う。
各委員会もシャンシャン会議が増えるだろうし、そうなると委員長のしきりというものも大きな価値を見出せなくなる。書いていて、少し皮肉めいて見える人が多いかもしれないが、勝ちすぎた憂慮という部分を述べるなら、この書き方しかない。
ある意味で、衆議院は滅びた。ほとんどすべて閣法になると思う。
野党がいないゆえ、クッション機関として、野党と調整するという与党議員は役目がない。
そんな中で政治実績を出せとか、まぁ、目立て!ではないけれども、如実な政治成果をあげることは極めて難しい。
一人の政治家として言わせてもらうけど、この盤面で、与党議員として突出して成果を挙げろというのは無理ゲーに近い。
となると、どうなるか。
政局、である。政争を仕掛ける。ゆえに首級が欲しい。
謀反人が欲しい、クーデターを未然に防ぎたい。そういうギラギラした目で、「誰かいないか」と探し回っている中で、反高市派など存在しない。
もしも見つけたならば、「こいつです!」とファクト付きで突き出せたなら、首級が欲しかった先生からは物凄い感謝されると思う。いまの自民党から出て行きたい人などいない。だからクーデターを起こすような人もいない。けれども、仮想敵であっても謀反人に「いて欲しい」とすら願ってしまうのが実態だと思う。敢えて”思う”と語尾は丸めておくけれど、
つぎの参院選の全国比例は、保守系候補も当選確率があがるだろうし、いままで以上に強いフレーズを使ってくるアカウントに増えている。
反高市派探しと、その攻撃。
それは高市派(A)、高市派(B)の戦いに発展する危険がある。
高市派同士の政争が勃発した場合、高市比べが行き過ぎた場合は、本当にゴチャゴチャなことになってしまう。政権が一番悩ましいところではないか。
そういう警鐘は鳴らしていきたい。
たぶん三年後ぐらいまで、これが続くと思う。段々と内部が殺伐としてくるから、秘密警察めいた動きには気を付けて欲しい。(逆に、むしろ評価されないから。その相互理解が必要ではなかろうか。)
派閥は、できる。
カテゴリの名称は変わるだろうけども、作らぬわけにもいかない。人数が多すぎる。
通常の企業でも同様だが、部門なりチーム分けなりをせねば議論のフィールドさえ作れない。高市総理も派閥を持つべきだ、なんとなく皆様もそう思うかもしれない。しかし、最初に作ることは報道対策を鑑みれば憚られる。
岩屋先生から口火を切った。
歓迎する先生は多い。ちなみに入りたいからではない。
欲しいのは、高市派である。
高市派に入って、高市派で重用されたい。
だが、高市派をいきなりつくると報道で叩かれる、総理もうんとは言うまい。
その点、距離のある人から作ってくれたら、なんと助かるだろうという歓迎の声。
、、、なのだが、早速の高市比べの生贄にあってる感じ。ほとんどの先生は合流しないだろうけれど、この規模の組織体となると、衆院選の勝ち方を見ると心から必要だと思う。
名称が変わるにせよ、なぜ派閥が必要か、である。
人数が多いから、どうしようもない、なのだ。
300人超の議員が、一斉に、一堂に会して何かできるかと言えば無理。
会社組織でも同じだと思うし、物理的に議論が成立しない。ゆえに、勝った結果として派閥というか、政策グループは「実務上、いる」のだ。
で、ね。
みんな高市派に入りたい。
そして総理のため貢献し、必死に働きたい。
なんなら褒められて、名が売れて、十年後の総理候補にノミネートされたい。
となると、高市派は一個じゃ足りないってことになる。
これが先ほど述べていた部分なのだけども、それがどの派閥になるかは分からないし、もしかしたら全派閥の総理という感じかも。麻生派の所属という感じで、囲い込んだら囲い込んで難しい問題も生じるだろうし。
清和研も復活するかもしれないし、かと言っていきなりやれば政権に傷をつけるリスクもある。
では高市派を新設するのかと言えば、そうかもしれないし。
もしくは政策ごとに細かいチームを作る形かもしれないが、いずれにせよグループは作らないと議論が、物理的にできない。それを各政治家が虎視眈々と狙っている日々なのだと思う。この動きは、すでに開票日の夜からあっているし、18日から始まるのではなく、18日の開会日にはすでに終わっていると思う。
どの先生がとは言わないが、岩屋先生の報道が出て「よっしゃ」と言った人もいる。
動きがとりやすくなるからだ。
読んでて、ちょっと疲れた人もいるかもしれない。
私も書いていて疲れてきた。
これは四稿分ぐらいのテーマが盛りだくさんなのと。
そしていま私が見ている現実そのもの。若干、うっとしてるもの、私も。
解散は、当面ない。
良い事なのか、悪い事なのかは論じない。
私は良い事だというスタンス。
毎年、しんどい選挙があった。
私は石破総理については批判的だったけれども内心は抑えた、党の総裁だからだ。
岸田総理については是々非々で、是が多いかもしれない。
ある意味での箱推し勢なのだけど、警鐘だって鳴らしてきた。
それで、毎年の選挙が、本当はメンタル的には疲れ切っていた。
一年三カ月前、文句だって言いたかった。岸田総理の解散のとき、本当に心から戦えていたろうかって、安倍さんのことを思い出しながら感じてた。
勝って嬉しい。
大勝利だ。
バンザイ!って言いたい。
言う。
けどね、若干はドロドロしながら解散はない、と。
用心深くなった、年をとったからなのかもしれない。
自制もしてる、意識して自制してる。
小泉解散で大勝利して、爆発的に議席があった。
どうなったか覚えているだろうか、私は体に刻み込まれてる。
政争が続き、総理は自民党で決める方式となり、救国の英雄として期待された麻生解散で吹き飛んだ。
私は、その麻生解散が、政治の初出撃だった。
勝てばね、いつか負ける。
大勝利の次は、敗北が来るかもしれない。
そういう覚悟をもって政治家として行きたいし、勝利に浮かれて横暴になる振る舞いを抑止したい。
あのときみたいな思いはもうたくさんだから、だ。
少し書きすぎなぐらいには、政争のこと、
そして選挙戦とプラットフォーム事業者について書いた、たぶん書きすぎた。
で、なぜ書いておくかと言えば、書いておかねば腐敗するからだ。
それは反高市派による腐敗ではない。最も数が多いところから腐敗は始まるし、油断や慢心は生じて行く。
歴史は繰り返したくないからね、
せっかく勝ったのだから。
あとは改憲、ね。
やって欲しい。
ブレーキがないことは怖いこと、
総理が思っていて「やれない」ことは、もうない。
国民みんなが分かってる。
けど、(本当は、これちょっとねぇ。。。)というときは、反〇〇派とかに頑張ってもらったり、野党に潰してもらった格好にするという方法があるのだけど、使えない。だから、ダイレクトに総理に刺さってしまう。「なんでやらないんだ」と。バブルのように膨らんだ期待は、時に為政者を潰す。それは避けたい。
嫌われても現実を説いていきたい。
それが政権を守ることにつながるからね。つまんないかもしれない現実を、グロテスクとな現実を、私は述べる。
(スカッとした保守保守した話がね、本当は書きたい。書きたいんだ。)
日本には、もう余裕がないという状況で。
私たちは勝った。
みんなのおかげだ、私ももちろん戦った、色んな人が戦った。
総理総裁の奮闘は当然のこととして、涙を飲んだ候補も少なからずいる、全員が戦った。
危機だった、のだと思う。
考えたくもないが、台湾周辺も含めて「怖い未来」も選択肢には入る。それを防ぎたいという祈りの総和が、今回の結果だと思いたい。
大切にしないといけないよ、今回の結果を。
歴史を巻き戻しても、同じ戦いは恐らくできない。
「みんな仲良く」は無理なのだけど、それは分かってはいるけれど
こういうときだからこそ亀裂には気を付けて。
プロレスだってヒールがいないと成立しない、敵がいない仮面ライダーなんて、バッタ人間が差別されて子供に石を投げられる特撮になるだろう。
野党がいない、そうなると敵を党内に作る。
いなくとも、捏造してでも作る。もしくは、そう見えてくる。
壊れてしまうからね、組織が。
総理の乗っている船が壊れてしまう、ゆえに本当に立場のある先生がどういう発信をしているか、党幹部の役職についてる先生がどう言っているかに耳を澄ませて。
その理由を考えて欲しいから、脳みそに補助線を入れるため、言いにくいことも書きました。
勝利の美酒に酔いしれる、ポエムを書いてもよかったんだけどね。
私の読者は、私にそれを期待しないだろう。数の足りないヒールの側に、なんなら回ってもいいかとすら思っていたぐらいだと、そういう悲壮感も聞けばわかると思うから。
勝った。そして大きな組織は運営が難しい。
改憲までまっしぐらで行って欲しい方は、拡散をお願いします。
個人献金のお願い~全力で活動、気持ちよく使い切りました。もうすぐ資金ショートします。
一歩、前に出る勇気。
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