【お詫び】貝塚市長選・田中がく候補、勝利ならず。これほどの候補でも、維新に届かず。


 

 

まずお詫びから申し上げさせてください。候補からも事務所において、力不足を詫びる言葉があったとのこと。当Blogの読者も相当なご尽力を賜ってくださっており、また個人的な人間関係でもご無理を言いました。ご迷惑をおかけしてしまったこと、私からもお詫び申し上げます。

大阪では維新の激風が吹く、という。もはや暴風だ。私も体感してきました。
維新の候補は、政策らしい政策も言わず(ビラにも書かず)、演説会も行わず、インターネットの維新の公式サイトには顔写真すらありませんでした。

今回の、田中がく候補は、市長候補としては凄まじい人材であり、私個人としては(私も一般市ですが)”一般市の市長候補にはもったいない”レベルの弾でした。これ以上ないぐらいの弾で望み、その田中候補が全力を尽くして戦って勝利することができなかったのです。
ゆえに、これ以上、何かを述べることはできません。

結果は、11,100票 対 15,002票。
これを完敗と言う方もいるのでしょうが、府外の政治家という立場から言わせて頂くならば、大健闘だと考えています。選挙は勝たねばなりません、それは私自身も選挙人である以上は述べておきたいと思います。ただ、その課程に、まったくの価値がないかと言えばそうは思いません。結果が全てだとは理解しております、しかし、それだけではない。

大阪自民という一つ上の盤面で考えれば、後につながる戦いであったと考えています。

 

 

 

(応援候補)
田中じゅん行橋市長選(福岡県)
告示 2月20日 投開票 2月27日

(当選)古謝(コザ)景春南城市長選(沖縄県)

(当選)渡具知(とぐち)武豊名護市長選(沖縄県)

(敗退)田中がく貝塚市長選(大阪府)

 

 

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(OGP画像)

 

 

 

 

田中がく選対、大阪自民の奮闘

評価したい点は、何点かあります。
至らなかったかもしれない点もあるのでしょうが、この場では書きません。
(※ 汗を流した者たちこそが言える話であり、ほんの数日のお手伝いに過ぎない私が言っていい範囲はございます。)

 

①政策発信
これは個人のスキルに依存する部分ですが、いつも維新に負けてきた部分です。web発信というだけではなく、分かりやすい政策、紙も含めた総合デザイン。望む結果が得られなかったゆえに、ここで名前を出すのは失礼なのかもしれませんが、ここは野村ともあき(前)堺市議の個人スキルが大きい。イラレ・フォトショを使いこなし、政策にも明るい。DTP能力が格段に高く、有権者に”分かりやすい”発信ができたと考えています。

私自身はデザイン能力が高いとは言えませんが、早い段階からDTPの重要性を説いてきた一人として(対維新という観点からも)「もう少し、あと少し」と思っていた部分です。ここは相当な前進がありましたし、今後の地方選でも重視して頂きたいと考えています。
民間企業のチラシやポップも相当な進化を果たしており、特に維新が強い分野でした。

 

②府連の組織体制
いくばくかの速さが体感できました。堺市の市長選は、「あと一週間あれば、二週間あれば」は今でも言われます。実際、後半の盛り上がりは凄まじく、嘘ではないと私も思います。

今回、最終的には府連の動きは良かったと考えています。私は府連所属の市議ではないので、内情について公式に発信する立場にはありませんが、目に見えて「臨戦態勢」の組み方は、以前よりも速かったと感じています。それが組織としてのものなのか、または田中がくという個人のコネクション、今まで果たしてきた実績に依存するものかは分かりません。

ただし、一般市の選挙であるにも関わらず、府内の全域から広範囲な支援があったことは事実であり、これは成果として触れても良いと考えています。

この結集の速度を少しだけ、時計の針を進める効果があったのであれば、私が行った市政報告会の意味はあったと思います。

 

③みんなで戦う。
ここに尽きると思います。
政党とは、地方組織も含めて、仲間であり同志です。
個々人レベルでは好き嫌いもあるのでしょうが、同じ釜の飯を食った同志です。一丸となって戦えたのだと、またそのように聞いております。

これは、田中がく市議として府連に果たしてきた実績であり、そしてそれを思う地方議員たちの義理人情ゆえであったと感じています。

がくちゃんのおかげで、「みんなで戦う」ことができました。
結果にはつながりませんでした、それは事実です、けれども、ちゃんとみんなで戦ったという事実は、一人一人にとって確かな価値あるものだと思います。

立派な戦いであった、と私は考えています。

 

 

 

府連全体の、今後の課題
不足する点は書かないとは言いましたが、少しだけ言います。ただ、田中選対のことというよりも、今後の府連に関して思うことを書かせてください。

①②③は、前項と揃えています。

 

①弾は揃っても、砲がない。
今回はwebチラシも含めてレベルは高かったです。やっと弾が来た、という思い。
これは単にアクセスだけではなく、紙媒体でも同様でしたので、ネットだけが全てとは考えておりません。ただ、一斉の”情報投射”は、大切です。

大阪自民側には、強大なインフルエンサーがおりません。ネットのみならず、吉村知事・松井市長の発信力は強大であり、「良い弾(web政策フライヤー)」があっても、それを一斉投射できるだけの発信力を持ちませんでした。

本来は、府連単位でネット部隊とは言いませんが、顔役みたいなもの、御意見番みたいな人は自民側にも欲しいな、と思いました。これは貝塚と言う局地戦のみならず、先の全敗した衆院選、続く参院選でも武器になるわけで、府連のTwitterやFBを強化するでもいいし、議員をインフルエンサー化するでも良いし、何がしかの戦力強化は必要だと思いました。
私は府外の人間なので、やることはやりますけれども、読者が大阪に特化しているわけではなく、「大阪の保守派に情報投射するための」または「大阪での自民党支持者は、ここを読んでおけば大丈夫」的な、そういう存在を、最初から(今後の為にも)準備しておいたほうがいいと考えていました。

今回は、弾は生産できましたが、大砲がなかったな、と感じています。

一朝一夕で、選挙の前だけで揃うものではありません。
ゆえに、それが貝塚市長選であろうと堺市長選であろうと大阪市長選であろうと、府議選であろうと衆院選であろうと参院選であろうと、「常に稼働できるインフルエンサー」の組織化は重要だと考えています。

 

②総力戦を戦うにあたっての組織力
今回、府連所属議員は、かなり組織的に戦ったと伺っています。

今後の、大阪府連としての課題は、これは「どのタイミングから夏休みの宿題を始めるか」に近い問題です。最終的に総力戦を展開できたにせよ、どこから体制を構築し始めたかは重要であり、今後も「より早い支援体制の構築」は(ここは努力しても努力しても、それ以上を目指すべきですが)必須でありましょう。

 

③地方議員と国会議員の距離感
少し厳しい言い方にはなりますが、地方議員という立場でいうなれば、「大阪の地方議員と国会議員の距離感」には課題が多いと思っています。他県の事例を、無理に大阪に持ち込むことはしませんが、堺市長選や都構想の戦いにおいて、(トラック諸島に戦艦を温存したごとく)国会議員・支部長は全面には立ちませんでした。

地方議員が必死に最前線を戦っている際に、指揮官が後方に下がるように見えては、現場のモチベーションは低下します。どこでのモチベーションかと言えば、衆議院議員選挙や参議院議員選挙で、です。それが全てとは言いませんが、事実、衆院選の小選挙区は全敗しました。

『怖いな』と思ったのは、そのことを本気で残念がる地方議員は多くはおらず、手を抜いていたわけではないのでしょうが、もはや大阪の自民および自民系地方議員は、国会議員のために一方的に汗を流すことを拒絶しており、ストレートに言えば”形以上の労力は払う気がない”という空気がありました。

※ これは今後も続くと思いますので、双方のために言わせて頂きます。責任は支部長側にあると(地方議員である私の立場からは)言わせて頂きたいのですけれど、形以上の、目に見えるだけの支援をしていかない限り、一部では寸断された信頼関係は回復しないと思います。地方議員も選挙経験があるわけで、本気で支援に入った場合と、ちょっとマイクを握る程度の支援は、目に見えて分かってしまう。また、様々な国会議員が支援をしてきますが、その濃淡をまざまざと見せつけられるのはよろしくないと思いました。

(余談になりますが、私の同僚議員たちの中で凄まじく評判が良かったのは、自見はなこ(全国比例)事務所の秘書であり、本年が改選というのもあるのでしょうが、張り付きで秘書を派遣しておりました。凄まじく腰も低く、複数の地方議員が次は恩返しをすると言っていました。出陣式にも来ておりましたが、かつて田中学市議が自見さんに何か良いことをしたことがあり、その恩返しだった模様。

ここで自見事務所の名前を出すのはどうかと思いましたが、地方議員側からの評価としては厳然たる事実としてございますので、公開しておきたいと思います。実際、事務所に出勤(というのでしょうが?)した日数でも、費やした時間でも、爆発的な差があったと伺っています。)

私自身も、自見はなこ先生に(大切な同志であるがくちゃんの選挙ですから)借りができてしまったな、と感じるほどの働きでした。
(私自身は自見庄三郎先生の中選挙区であり、お父様にも大変にお世話になりました。国籍法の改正のとき、です。)

 

 

 

これから
いまは多くを語ることはできないし、そのタイミングでもないでしょう。

戦った、そして負けた。
一般市として考えれば、これ以上はない候補です。

 

粗を探せばいくらでもあります、いずれの選挙でも言われますが、頭が高い等。
それはそれで事実として受け止めますが、人間、誰しも100点ではありませんから、私は市長選の候補として見れば、「田中がく以上の弾はそうそういない」「しかも一般市で考えれば、希有な例」と今でも考えています。

その候補が全力を出し尽くし、同志地方議員たちも必死に戦いました。
やれる限りを尽くして結果が残せなかったのですから、コメントのしようもありません。

私は貝塚市民ではありませんが、今後の市政運営にいくばくかの不安はございます。今までは自民系に近い市長であり、がくちゃんもおりましたから、国とのパイプも堅牢でありました。前市長とともに、自民系の議員の代表格を同時に失いましたので、政治的な状況はミッドウェーで正規空母を全て喪失したに等しいからです。

 

大阪南部には、数名の自民系市長もおりました。
これは、田中がくという「個人」が支えてきた側面もあるのです。大阪南部の守護神を失い、今後の地方選も厳しくなっていってしまう。

対維新の防衛部隊の中隊長みたいな存在でしたから、今後、例えば都構想みたいな動きがあったとき、現場レベルでの指揮には乱れも出てくると思う。

 

本当ならば、これほど厳しい状況下において、難しい選挙に投入するような人材ではなかった。
まるで、大戦末期において、エースパイロットを特攻隊で使うようなもので、私は行って欲しくなかった、本当は怖かった。ある意味では、こういう結果の覚悟はしていたけれど。

それは、田中候補の強い意思でありましたから、誰も止められなかったのだと思いますし、その気持ちも分かります。だから多くは言いませんでした。勝てると言われた府議補選(貝塚選挙区)で、ダブルスコアで敗北したこと、それもあると思う。君だけを苦しめることはしない、というか、その責任というか、あの結果も受けて「だから、府連を支えてきた俺が出る」という覚悟、がくちゃんにはそれもあったのだと思うのです。

完全な推論ですけれども。

 

大阪には多数の有力地方議員がおります。
今回の衆院選で大敗を喫しました、全敗です。全て同じ支部長で戦うわけもなく、公明に明け渡した4議席を除き、15人の支部長(衆院候補)がいるわけですが、「新しい風を」という声は出てくるわけで、一部は差し替えるというのが通常の流れになるかと思います。

難しい調整といいますか、難航する場だってあるでしょう。その時に、地方議員側に(忌憚なく物を言う)田中学がいない。これは双方(地方側・国政側)にとっても損失であろう、と。そのように考えています。

全力を賭して、勝てなかった。
11,100票 対 15,002票。
私は、これを大差だとか完敗とは、(内部の者ではないがゆえに)言いたくはない。
公明の動きなどは分かりませんが、大阪の場合は対維新の際には動きは鈍化するでしょうから、これは他県であれば(つまり公明の支援を盤石に受けることができていれば)、勝てるだけの選挙をしたという数字です。

他党の投票状況は私は分かりませんが、それが半々なのか維新なのか、実は自民に来ていたのかもわかりませんけれど、仮に向こうに行っていたとすれば2000がひっくり返れば勝敗は逆転していますし、半々だったとしても(他県同様の状況ならば)数字はさらに迫っていました。

首長選挙は「勝ちそうだから乗る」みたいな部分もあり、動き始めた場合には怒涛を打って雪崩れ込むもの。維新側の動きは(あまり候補も前に出ず、政策という政策の訴えも感じられなかったため)手応えもない戦いでした。何か歯車の噛みあい方が違えば、私は動いた数字だと、これが大阪ではなければ、維新の絶大な支援下ではない選挙であったならばと、それを府外の議員として感じるところです。

何が言いたいかと言えば、田中がく候補も、それを支えた後援会も、ちゃんと勝てるだけの選挙をやった。
誰に恥じる選挙をやったわけではないんだ、と。全力をもって戦ったことに、誇りをもって欲しいんだ、と。それを言いたい。

 

 

「府連についての今後で、思うこと」に記すべきかもしれませんが、あちらは①②③を対にして書いたので、こちらで。あくまで私的な見解ですが、「維新より右に出る」ことは、戦略レベルで検討されてもいいのかもしれません。
かつて野党自民がとった手法と同様ですが、本来の自民支持層までもが取りこまれている現実はあり、”分かりやすい自民党”と言いますか、例えば改憲であったり等の、徹底した保守色を出すことも検討されても良いように思います。

もはや野党である烙印はぬぐいえず、もしくは事実であり、”いわゆる与党的な責任”に縛られた、自由を封殺された立場ではない。言い換えれば冒険が許されており、または冒険が求められているとも言える。それが保守回帰なのか、手段が何になるかは私は言及しませんけれども、『維新より、明確に右に出る』ことは選択肢としては分かりやすくていいのでは?と感じます。
(それが確実な必勝の道だとは決して言えませんけれども。)

 

 

 

この度は、絶大なるご支援を賜ったにも関わらず、

 

結果を残すことができず、皆様にはご迷惑をおかけしました。

 

私の信じた候補であり、厳しい戦いになるとは覚悟しておりましたが

 

結果につなげることができず、ご迷惑をおかしてしまい申し訳ありませんでした。

 

Blog読者も事務所に来訪してくれる等、本当に暖かいご支援を頂きました。

 

政治家として、結果が全てであることは述べておきますけれども、

 

その過程である選挙戦は、誇りある素晴らしいものであったと感じております。

 

支えてくださった全ての皆様に感謝いたします。

 

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9 Responses to 【お詫び】貝塚市長選・田中がく候補、勝利ならず。これほどの候補でも、維新に届かず。

  1. 波那 のコメント:

    大阪の人って何なの?と言っても、田中がくさんに投票された方も居られますから一緒くたには出来ないですが、大阪人のノリは同じ関西人でも昔から良く分からないです。私は紳助の番組に出てる時から橋下徹が大ッ嫌いで、まさか当選したりしないと思ってましたから、あの時ほんとにビックリ🙄しました。とは言っても東京もそうですけどね。レンポとか山本太郎とか、世田谷区長の保坂とかア然〜としてしまいます。選挙は結局まだテレビかも知れませんね。電波オークション早くしとけば良かったのに。言うだけなら誰でも出来る。まあマスゴミに温かい目で見られている岸田政権では無理かも。

    参院選でも維新は票を伸ばすかも知れないですね。岸田の間は自民には入れないと言ってる人、ネットでよく見かけますから。私も、どうしようかな〜。まさか維新には入れないですが、くつざわさんが参院選に出られるらしいので🤔。くつざわさん、いいですよ、頼りになります。

  2. 波那 のコメント:

    中華人民共和国駐福岡総領事館
    @ChnConsulateFuk
    このほど、反中分裂組織「世界ウイグル会議」の日本にいるいわゆる代表は、熊本県において中国新疆ウイグル自治区のジェノサイドという「世紀の大嘘」を言い散らし、人々を騙そうとしている。“世紀の嘘”をついた者はその恥辱を歴史に刻み込まれるだろう。
    午後2:22 · 2022年1月30日

    これが総領事館の公式ツィッター?…ww

    焦ると大朝鮮化した小物感が拭えない…みたいですよ。鼻ホジホジ

  3. ロード のコメント:

    ふるさと納税で、田中市長誕生を応援しましたが残念です。
    維新の圧倒的な強さに絶望的な気持ちになると同時に、また都構想を持ち出されないかと恐れています。
    いただいた泉州タオルで涙を拭きます・・・。

    しかしこの状況で打って出た、田中がく氏の勇気に敬服いたします。
    敗戦から学べることの方が多いと思いますし、小坪市議の分析から今回の戦いは改善されたし、勝機もあったように思います。

    4議席も獲得した公明党さんは、義理を果たしているのでしょうか?
    参議院議員のみなさま、衆議院は全艦撃沈でした。
    自見はなこ議員の支援は賞賛に値すると思います。

  4. ミカンの実 のコメント:

    大変お疲れだと思います。一生懸命に戦ってくださってありがとうございます。

  5. 大阪市民A のコメント:

    https://www.asahi.com/articles/ASQ1Z7VB4Q1XPPTB00H.html

    申し訳ないけど立憲も推薦していたというのはなんかね・・・
    自民支持層がこれを見て冷めた部分もあるのでは?

    しかし市長に当選した維新の候補が元官僚ってのもなんだろう?
    橋下とか散々公務員を叩いて正義ぶってきたのに
    そこにぶら下がって転職しようって思える
    元役人の感覚がよく理解できないです

  6. じいさん のコメント:

    立件凶惨は論外だけど、自民もバカ公家ルーピー2号在務の狆がトップとなり、安倍ちゃん、ガースーから大きく劣化して、腐敗の極み(^^♪
    流石、保守(利権、金権)本流「恥垢会」、在務官僚産廃処理場♡
    思い余って、逃げ先としては、ポピュリズム維新しか無いんでしょうね~(泣。

    「過ちては改むるに憚ること勿れ」

    議員が何でバカ公家を支持されたのか、さ~っぱり理解の外ですが…
    まさか、売国奴河野をブロックするためとは、仰らないでしょうね?
    小石河3バカ連合はとっくに馬鹿脚を顕し、いまや、汚沢の跡を継ぐしか無い様に見えます。
    また、在務がのさばる30年の氷河期に耐えなくてはならないのでしょうか…

  7. じいさん のコメント:

    総理大臣はどうやったらリコールできますか?
    学校の社会の勉強で、リコールについて習いました。総理大臣はリコールできないでしょうか。
    リコールしてやめた総理大臣は、仕事がなくなったらかわいそうなので、ぎりぎりまで引き伸ばして忙しいおもいをさせている、佐渡金山世界文化遺産承認のお手伝いをさせたら良いと思います。軍艦島の時と同じように、日本人には判らないように得意の英語で、チョンの理解を得るお手伝いをさせたらよいと思います。そうしたら、眉シナチョンという信念も達成することが出来て、林(リン・コクセキフメイ)にも褒められて一石三鳥と思います。
    それから、次の総理大臣には自分の持病が再発するほど日本の将来を思って、特定野盗やマスゴミゃ近畿在務局など特亜の工作員の攻撃に耐えている人になってもらいます。総理大臣をお弟子さんに任せて、幹事長になるのもいいかもしれません。自民党の政治家も、ノーパンシャブシャブ税収弾性値官僚出身の方は辞めてもらいます。政治家の仕事は、30年以上も財政を好転できない能無しバカ矢野在務僭越官僚に顎で使われるとか、眉シナマンセーウイグルなんか知ったこっちゃない公明の口先三寸に頼り切り選挙のたびにフラフラすることとか、選挙が終わると整形ハニトラ、見返り付きシナ銭寅で我が世の春をウハウハすることではないと思います。また、ノーパン在務の代弁者となって「増税!」「増税!」と叫んで、贅沢なごはんを食べ、毎晩ビーチで未成年お姉さんお悩み相談を受けることではないと思います。
    リコールされた元政治家は、1,000年後かにまた立候補するチャンスを与えればいいと思います。政治家は日本国民の「代表」であって、べつに特亜及び在務の丁稚ではないのだから、当然だと思います。

    自己紹介が後回しになりましたが、私は小学4年生の団塊です。
    自民党は、何時、内閣不信任案を出すのか、とても知りたいです。

    出典:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1159955771

  8. 名無し のコメント:

    維新側に投票した人達て、維新が「被害者の言論を弾圧する」(ヘイトクライム被害者弾圧条例)酷え事を今現在進行形でしてる事を知らんのだろうか…。
    私は鬼畜外道ですって自己紹介してる様な物なんだが。

  9. 凡その人 のコメント:

    大阪自民のイメージは、「親韓」「反日」「自民党の残りカス」という感じで最悪。これじゃ勝てない。吉村人気がどうとかじゃなく、基本的な部分をはっきりさせないと、いつまで経っても駄目だろう。

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