昭和期の日本を震撼させた『ゾルゲ事件』は、リヒャルト・ゾルゲをリーダーとするソ連軍のスパイ組織「ゾルゲ諜報団」に、日本国内での諜報および謀略活動を許してしまった日本国家の一大事件だったが、この組織の中には、近衛内閣のブレーンとして日中戦争を推進した朝日新聞記者の【尾崎秀実】もいた。
他国の諜報機関に協力し、
共産主義者で朝日の記者。
果たしてコミンテルン、東欧のスパイ組織は活動を停止しているのか。
コミンテルンの過去の行いと、現在の「反日メディア」との相関についても事例を挙げて検証していく。
*************************************
日本人でありながら(?)共産主義に加担し、コミンテルン活動家に身を落とした新聞記者はその立場を政治利用し、取材と称した諜報活動と、記事の配信と称した煽動や教唆で日本国民を煽りちぎっている。
(※特記 日本人であったか、確証がもてぬため(?)をつけさせて頂いた。)
*************************************
左巻きの方が好きなものに模擬裁判がある。
たまには真似させて頂こう。
(判決を読むには、以下をクリックしてください。)
首魁:朝日新聞社、及び記者
罪状:取材に名を借りた諜報活動と、記事の配信と称する煽動および教唆
判決:世界中を引き回し謝罪の上、倒産および廃刊。
いま日本の反日マスコミが盛大に行っている偏向報道は、国家を貶めるべく、国民を煽動し教唆するアジテーションそのものではないのか!
本ブログにおいては「赤旗」という、世界同時革命を目指した共産主義者の日本における正統なる申し子、旧称:コミンテルン日本支部こと、日本共産党の資金源について触れてきた。
その理由はなぜか。
本稿においては共産主義者の思考パターンと歴史、過去に犯した罪、いまの日本に「現在に」どう影響しているか振り返りたいと思う。
恐らくその理由を把握して頂けると思う。
(と同時に危険性もわかって頂けるのではないか。)
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(OGP画像)
ソヴィエト崩壊は、1991年の年の瀬であった。
世界史ゆえ便宜上、西暦表記となることをご容赦頂きたい。
(通常、本ブログは元号表記)
冷戦に終止符がうたれ、世界は拡大と混乱の世に突入していく。
この時点まで「西側諸国」と「東側諸国」は、事実上の戦争状態にあった。
初戦からそうであったが、後半戦においても「共産主義による諜報活動」「コミンテルンのスパイ」の暗躍は凄まじいものがあった。
初戦においては、世界同時革命をなすため「資本主義国同士を共倒れさせる」ことを目的に、日米開戦を画策した。
ハルノートはハル氏の名で出されているが、日本が許容できないレベルにまで内容を悪辣に編纂したのは、ハリー・ホワイトという共産主義者のスパイである。これは歴史事実だ。
敵ながら天晴と言いたいところだが
世界が流した血の代償はあまりに大きい。
重視したいのは、「西暦1991年」が、果たして過去なのか、ということだ。
干支にして二回り、滅びた、影響は喪失したというのは容易い。
本国・本部部隊が壊滅し、独自に戦い続けるはずはない。
それは日本の常識であったり、西側諸国の常識に過ぎないのではないか。
旧東欧国におけるスパイとは、そのように甘い訓練であったのか。
給与を対価とした、「職業」としてのスパイと考えてしまったのではないか。
資本主義における職業という常識に囚われすぎてはいなかったか。
そこに甘さはなかったか?
西側諸国に誤解があったのではないか、と考える論拠を下記に記述しました。
少し長いので折りたたんでおります。
本編には大きく関係はしないのですが、読んでもいいよという方は以下をクリック願います。
むしろ正反対と言ってもいい。言葉とは「音(おん)」に意味があり、変遷を辿ることができる。
労働の「ろう」という響きは、遡れば法を指す「Low」であったり、slaveであったりする。縛るもの、嫌なもの、である。
響きに意味を求めれば「嫌だけど、仕方なくせねばならないもの」である。
ソルト(塩)という「必須のもの」を語源とした、サラリーを語源とする。
サラリーマンのサラリーである。
対して、「働く」とは、「はた」+「らく」であり
「傍(はた)」のため、周囲の者のため、自ら行う自発的行為である。
それを「楽(らく)」とし、喜んで行う行為なのだ。
「労働」と「働く」は、明確に意味が異なる。
大東亜戦争を振り返るに、米国は我が国の「働くの概念」を理解できていなかったように感じる。
我が国は「働く」の国であった、米国の常識とは異なったのだ。
そして資本主義の概念は、これを理解しえないように思えてならない。
問題はここだ。
果たして今の我が国の国民に、どれほどの「働く気概」が残っているか。
「労働」が浸食した範囲はどの程度か。
一人の政治家としていま一度、皆に問いたい。
<資本主義における常識の限界とは何か。>
労働という概念による盲点である。
「職業とは対価を軸としたものである。」、この常識は資本主義に蔓延しているだけの常識であり、世界の全てがそうではない。
資本主義陣営は、自らの常識に縛られているがゆえに、共産主義のスパイに言い様にされてきた経緯があるのではないか。
昭和期の日本を震撼させた『ゾルゲ事件』は、リヒャルト・ゾルゲをリーダーとするソ連軍のスパイ組織「ゾルゲ諜報団」に、日本国内での諜報および謀略活動を許してしまった日本国家の一大事件だったが、この組織の中には、近衛内閣のブレーンとして日中戦争を推進した朝日新聞記者の【尾崎秀実】もいた。
(資料1:以下をクリック)
近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。
共産主義者[1]、革命家としてリヒャルト・ゾルゲが主導するソビエト連邦の諜報組織「ゾルゲ諜報団」に参加し、スパイとして活動し、最終的にゾルゲ事件として1941年発覚し、首謀者の1人として裁判を経て死刑に処された。
(引用元:wikipedia 尾崎秀美)
尾崎ほつみは、朝日新聞記者という立場を政治利用し、共産主義のシンパとしてコミンテルン活動家に身を落とし、当時の日本国民に対して日中戦争推進を煽動する記事を書き続けた、その罪はあまりにも重い。 今の反日マスコミのアジテーション行為も、尾崎の姿となんら変わらないではないか。
尾崎やゾルゲらは1942年に国防保安法、軍機保護法、軍用資源秘密保護法、当時の治安維持法違反などにより起訴され死刑が確定した。
戦後GHQによりこのような法律が全て廃止とさせられた現在の日本では、特定機密を漏えいさせた側(公務員や自衛官等)には多少の懲役刑が処されるが、スパイ活動をした当の犯人側には一切のお咎めがなかったのだ。
コミンテルンテーゼには、「天皇を殺せ!」と書いてあり。。。
戦前日本において、国体の否定は、それがどれほどの衝撃と恐怖を与えたかは想像しえない。
当然、治安が悪化してしまう。
共産党がいることによって、治安が悪化するのだ。
そのため、治安を維持するために法律が制定される。
その名も治安維持法である。
もうなんとも安直な、そのものズバリの名前である。
この法律にどのようなイメージを持っていたか?
貴方の反応が「戦後教育がどれほど汚されたか」のひとつの答えだ。
取り締まられたことを弾圧と言っているが、果たしてそうか?
確かに後半は捜査もおかしかったようだが、なぜ立法されたかは仕方ない気がする。
いまの時代に置き換えると、「時の総理を暗殺したい!」と本気で思っているような連中だったり、アメリカにおいて「大統領を殺そう」とスローガンに掲げているようなものである。
もっと言えば、「ローマ法王を殺す会」をバチカンで立ち上げるようなものである。
当然、「どうにかしないと」と法律を作る。
それだけのことだと思うが。。。
無論、後記においては「恣意的な運用」がなされたことは忌むべき歴史である。
それは疑いないが、成立した背景については理解も示したい。
現代日本において、「共謀罪」と左派が攻撃する「テロを抑止するための法案」は、国民からの理解を得られている。
背景としては似たようなものではないだろうか。
その意味を考えるに、背筋がぞっとするはずだ。
単にネット上で「左翼がー」と言っている場合ではない。
現場方は、常に強い危機意識をもち、各種作戦の遂行に身を投じた「と思う。」
(「思う。」は一応つけておく。)
「反原発デモは煽動にあたり逮捕される」だとか「オスプレイ飛行経路を皆で話し合っただけで教唆となり逮捕される」等という反日マスコミ(特に朝日・毎日)のアジにはいい加減ウンザリさせられた。どこからそういう発想が湧いてくるのかわからないが、我が国の安全保障やインフラを議論の対象としていたことは事実である。
この点も強く覚えておいて頂きたい。
「自分たちの活動をテロ行為と自覚した上で」同法律に強烈な危機感を感じているのか。それならばすべての説明が付く。
同法律の成立により、その存在意義において非常に都合悪くなる反日マスコミは、特定秘密を悪い方へと恣意的に拡大解釈し、「煽動」と「教唆」により国民を陽動する目的で、異常なまでもの偏向報道を垂れ流したことは、事実である。
なぜ「都合が悪くなる。」のか。
どの行為に都合が悪くなるのか。
答えは書かないが、今日のテーマは「ゾルゲ事件と、コミンテルンのスパイ尾崎ほつみ(朝日新聞記者)」である、とだけ書いておく。
今でも大マスコミの一部にすでに崩壊したとはいえコミンテルンの色を強く残した共産主義の息がかかっていると考えた方が自然だ。
Description |
English: Richard Sorge
日本語: リヒャルト・ゾルゲ
|
Date |
English: Pre-war Showa era(1926-1945)
日本語: 昭和戦前期
|
Source |
English: Japanese book “Pictorial History of Modern Japan Vol.12” published by Sanseido.
日本語: 三省堂「画報日本近代の歴史12」より。
|
Author | Unknown |
ゾルゲは、祖国ソ連軍の工作員としてお国の為にそこまでやり遂げたのだ。
しかし、日本人でありながら(?)共産主義に加担し、コミンテルン活動家に身を落とした新聞記者はその立場を政治利用し、取材と称した諜報活動と、記事の配信と称した煽動や教唆で日本国民を煽りちぎっている。
現在の反日マスコミの行動も、当時の尾崎がした行為と全く変わらない。
恐ろしいまでの相関関係にあるではないか。
果たして、コミンテルンは、本当に影響力を失ったのか。
ソヴィエト崩壊は、西暦1991年。
干支で二回り。
この期間が長いか短いか、ということだ。
資本主義の常識では、計り知れない「忠実性」をゾルゲは持っていた。
この概念は、真の日本人であればこそ、むしろ理解できるのではないか。
共産主義者は決して平和主義者ではない。
「彼らの目的」のため、自国の軍備を増強させることと同じ意味で「他国において軍備に反対」するだけだ。
「平和」を冠しているからと言って、その国の平和のためではなかろうし(そりゃスパイですから。)実際、世界を見るに平和どころか戦火を巻き起こしているではないか。
文革はどうなのだ、ポルポトはどうなのだ。
共産主義者であり、コミンテルンの手先であった尾崎ほつみ(朝日新聞記者)こそが、
当時の日本国民に対して日中戦争推進を煽動する記事を書き続けた。
これは事実である。
コミンテルンのスパイとは、他国に潜入したのち。
その国において、「軍備を減少」させる世論喚起・政治活動を行った。
また、潜入した国家において「国力を減少」させるため、戦争を煽る。
実際、中国は疲弊し、国民党は崩壊、共産主義国家となった。
これも事実である。
以下は、少し書きにくいのだが、、、
彼らは、非常に愛国者である。
もとい、愛国者を装うことに長けている。
尾崎が、政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、支那事変から大東亜戦争開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えることができたのはなぜか。
愛国者として、国益を語ったからに他ならない。
そして各個の能力はずば抜けており、常人ならざる実力をもち、
中には非常に社交的な事例も散見され、
例えば私がそうであったとしても、
むしろ私みたいなタイプこそを疑うべきだ、と
そのように、私は解説せねばならない。
(当然そのようなことはないが、状況をしっかり恐れて欲しいためだ。)
陰謀論は慎むべきだし、ペティシズムに彩られては晴れた空まで曇ってしまう。
ただ、「正しく恐れる」ことは重要なことだとも考える。
私たちは、コミンテルンを舐めすぎてはいまいか。
これが、私が赤旗問題を取り上げる大きな理由の一つである。
日本共産党の資金源であるからだ。
彼らこそは、世界同時革命を目指した共産主義者の日本における正統なる申し子だからだ。
旧称:コミンテルン日本支部こと、日本共産党の資金源、「政党機関紙:しんぶん赤旗」を取り上げる理由である。
本稿においては共産主義者の思考パターンと歴史、過去に犯した罪、いまの日本に「現在に」どう影響しているか振り返った。
恐らくその理由を把握して頂けたのではないかと思う。
同時に危険性もわかって頂けるのではないか。
ご存じですか?ゾルゲ事件。
朝日の記者が、他国の諜報機関に協力した事例。
共産主義者の尾崎秀美という存在。
時代は巡り、繰り返す。
彼らは危険だと思った方は、
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市民の会(いわゆる野党会派):藤木巧一、二保茂則、鳥井田幸生、大池啓勝、工藤政宏、瓦川由美、西本国治
共産党会派:?永克子(共産)田中次子(共産)
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コミンテルンのスパイであった、共産主義者:尾崎秀美(朝日新聞記者) 昭和期の日本を震撼させた『ゾルゲ事件』は、リヒャルト・ゾルゲをリーダーとするソ連軍のスパイ組織「ゾルゲ諜報団」に、日本国内での諜報お
第7回コミンテルン大会で、スターリンはこう演説しています。
「ドイツと日本を暴走させよ。しかしその矛先を祖国ロシアに向けさせてはならない。
ドイツの矛先はフランスとイギリスへ、日本の矛先は蒋介石の中国に向けさせよ。
そして戦力を消耗したドイツと日本の前には米国を参戦させて立ちはだからせよ。」
当時の世界各国にいたスパイは、スターリンの演説通り動き、それを達成しました。
すごいものです。
アメリカも、ハルノートを書いたハリー・ホワイト(アメリカ共産党、戦後に死刑)
らのスパイがいて、スターリンの支持通り日本と戦争しました。(※ヴェノナ文書)
第7回コミンテルン大会で、スターリンはこうも言っています。
「平和とは、共産主義国を守ることである。」
平和という言葉は怖い言葉で、立ち位置が逆になると、意味も逆の意味になります。
普通は日本を守ることの意味ですが、敵国である日本をぶっ壊すことの意味なるので
す。 共産主義国は、日本から見れば、どこも敵国です。
日本共産党の言っている平和は、このスターリンの言った意味です。
このブログ、面白いので読んでみてください。
http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-280.html
随分前に何らかの研究者と思われる方が「傀儡」というペンネームでネットに書き込みされたのを保管していたものを、本質を突いていると思われるので引用させていただきます。
著作権をおかしておりましたら誠に申し訳ありません。
こういう洞察を引き継いで、今後研究される方が数多くあらわれることを本当に祈ってやみません。
(引用開始)
朝日新聞社の尾崎が、中共のスパイであり、ソ連のスパイでもあり、その情報をもとに近衛内閣のブレーンとなっていた。
尾崎は朝日新聞社でも、重要なポストにおり、戦後の論説主幹であった笠信太郎も尾崎の同志で、近衛内閣のブレーン。
ついでに、毎日新聞社の中にも、中共のスパイがいた。
ここまでは、どんな文献を調べようが間違いのない事実です。
関東軍が左翼化していき、日本の参謀本部は共産主義者が多数いた。
満州鉄道には、尾崎の部下が多数はいりこんでおり、接触する軍部を共産化する為の活動をしていた。
日中戦争を開始したのは、近衛文麿であり、軍部の圧力で行ったわけではなく、政府が主導権を握っていた。日中戦争の講和を拒否したのは、近衛文麿である。
これらを近衛文麿が決定した時に、尾崎は近衛のブレーン集団の中国部門の担当者であった。
この近衛文麿を常に支持していたのが、朝日新聞である。
近衛文麿の政治力を使って、朝日新聞は日中戦争を名目にして弱小新聞社をつぶし、言論統制を進めた。
これらも、事実です。
状況証拠は間違いなく、日中戦争が朝日新聞によって引き起こされた事を示しています。そればかりか、戦前のテロ事件に朝日新聞が関わっている可能性がかなり高い事も、わかります。
残念な事に、スパイゾルゲ事件、日共諜報団事件、日中戦争、大政翼賛会、2.26事件。これらをまとめて研究している研究者はおらず、これら全てに朝日新聞社が深く関わっている事に気づいた人は、ほとんどいません。
(尾崎の活動)
1934年 5月 ゾルゲの配下となる(再開した時であって本当はもっと前から)
同 9月 朝日新聞社 東亜問題調査会を設置。スタッフとなる。
1936年 2月 2.26事件
1937年 4月 近衛のブレーンとして、昭和研究会に参加
同 6月 近衛内閣発足 昭和研究会の支那部会の責任者となる
同 7月 7日盧溝橋事件発生 11日停戦協定調印(注#1)
支那部会の意見を取り入れ、近衛文磨、支那に六個師団を
送ると記者会見。
1938年 7月 朝日新聞社を退社。首相官邸にデスクを持ち近衛の名実ともに
側近となる(注#2)
同11月 ドイツの仲介により蒋介石、和平案を飲むも、近衛内閣は
これを拒否
1939年 1月 御前会議で蒋介石との和平決定に反対し、
「国民政府を対手とせず」近衛発言(注#3)
同 3月 国家総動員法
1940年 7月 第二次近衛内閣
10月 「大政翼賛会」発足(注#4)
注釈#1 盧溝橋事件は現場の不拡大方針により四日で停戦になっていた(これぐらい軍事衝突は、今の北朝鮮と韓国の国境に様に日常茶飯事であった)にも関わらず、近衛首相は出兵を強行し戦線を拡大した。また、この時、尾崎を通じて打ち合わせていた朝日の賛同を後押しとして、マスコミを味方につけ、政界と財界の関係者の反対を強硬にねじ伏せた事もわかっています。
ついで一か月たらずのうちに、北支事変に対する予算(それも膨大な金額)を決定します。事変拡大をしぶる軍部をこれによって説得しました。これらの一連の流れに軍部の圧力は、かけらもありません。軍部の意向に逆らって近衛文麿が行った行動です。
——朝日の記事
盧溝橋事件の停戦協定が結ばれた日の記事
「日支全面衝突の危機!」
次の日の記事
「中国側は北京における平和交渉を全面的に拒否するに至った」
大嘘な記事を発表して、戦争を煽っています。
——
注釈#2 近衛の名実ともの側近になっても尾崎は朝日新聞の記者として、日中戦争を煽り続けます。
朝日新聞、中央公論、改造 などのマスメディアで、尾崎は大量の論文を執筆。
国民党の事を「半植民地」、「ブルジョワ政権」、「血縁的政権」、「軍閥政権」等と罵り、講和の相手としてはふさわしくないと、煽り続け、以下の様な文章を書きました。
「一部に弱気らしい見解が生まれつつある。この程度の弱気も、また有害にして無意味なものとして斥けたい」
尾崎が直接書いただけでなく、中国問題の専門家である尾崎の意見は、他の記者達も無視できず同調する記事が、大量につくられ、国民は、戦争を継続すべきだという世論に大きく傾きます。
良識ある新聞の全てが、事実をねじ曲げた上に同じ意見を書いているのですから、国民が騙されるのも仕方がありません(現在でも同じ様な例はいくらでもあります)。
——–
注釈#3 実は近衛のこの声明の五日前に、御前会議でドイツの仲介による日中和平が決定されていたのです。陸軍参謀本部が、日中和平を御前会議に持ち込む事に成功していたのです。
ところが、わずか三日後に近衛は、閣議で御前会議の決定を覆し、五日語に内外に向けて、「国民政府を対手にせず」の声明を発表したのです。
この時も朝日新聞を大いに利用し、この声明を英断として報道させました。
マスメディアを利用し、国家を間違った方向へ誘導する名人が近衛であったのです。朝日と近衛は、こうして御前会議の決定をうやむやのうちに葬りさり、終わりの見えない戦いに日本を誘導していったのです。
——–
注釈#4 近衛はテロリスト達を私邸に匿っており、自らの私兵となし、大政翼賛会に反対する民政党本部と政友会本部を襲撃させました(証拠多数)。
前にも、獄中に入っている共産主義者達(2.26事件、5.15事件、日本共産党員)の解放をしようとした事もあり、近衛と尾崎(および朝日新聞)とテロリストと関係は、これからの研究課題です。
***
日本人の中には積極的に中国共産党に協力した人達がいます。
日共諜報団事件として知られており、多くの日本人スパイが捕まりました。その中には戦後、釈放されて人物がいますので、かなり詳細にどういう状況であったかがわかっています。
彼らの活躍を年表とともに書き出します。
1928年末 尾崎秀実 朝日新聞上海支局に赴任
同年五月 共産主義者の西里竜夫が上海の日本人新聞記者と東亜同文書院(院長:近衛文麿)の学生とで、「中国問題研究会」が組織。
1930年1月 ゾルゲが上海に上陸
同年の初め 東亜同文書院、社会科学研究会(尾崎研究会)の個人指導の教師に尾崎秀実がなる。
同10月 ゾルゲと尾崎が出会う。
同12月 東亜同文書院の共産主義者弾圧されるも、すぐに再建。
1931年 満州事変勃発
同8月 中共中央からの命令によって、尾崎研究会のメンバーによって(中西功が中心人物)対日諜報員訓練組織を形成
1932年 尾崎秀実、朝日新聞大阪本社に転勤するも、日本から尾崎研究会のメンバーに指示を与え続ける
1933年春 上海での共産主義組織壊滅
同年 腹心の部下である中西功を、尾崎の紹介で満鉄調査部に入社。
1934年 ゾルゲと尾崎が再開。中西功、満鉄本社に赴任。
以降、中西功は、満鉄調査部に尾崎研究会の同志を次々と入社させ、
同年10月 中国共産党 追いつめられ、長征開始
以降、中西功は、満鉄調査部に尾崎研究会の同志を次々と入社させ、日本軍兵士を共産主義者にするべく活動する。
尾崎秀実は、中国での共産主義活動も積極的に関わっており、朝日新聞社そのものも、意図的かどうかは別として深く関わっていました。
尾崎はソ連のスパイのみならず、中共のスパイでもあったのです。
中共のスパイなので日中戦争までの中国情勢の読みが正確であり、その事によって中国問題の専門家として、誰からも注目される存在になったのです。
(引用終わり)
※長文すみません。規定に反しておりましたら削除してください
見逃し易いのですが「満鉄」と言う単語が登場しています。
この「満鉄」は現在にも通じる、非常に重要なポイントですのでコメントさせて頂きます。
鉄道は人や物資を運搬するだけの物では無く、通信事業者でもあります。
鉄道を潤滑に運用し事故を未然に防ぐ為には通信回線が必要不可欠ですので、多くの鉄道会社は専用回線を所有しています。
[沿線電話]のキーワードで画像検索して頂ければ、どの様なものか垣間見る事が出来ます。
JRなどは北は北海道から南は九州鹿児島まで、この鉄道電話(沿線電話)で通信が可能です。
同様の通信回線は、他の鉄道会社の多くも所有しています。
扨て、赤化工作に限らずスパイ活動には、通信手段の確保が必須項目です。
当時は今と異なり、Wifiなどで自由に通信出来る訳ではありませんし、一般回線の普及率も非常に低いものでした。
無線だと当時はアナログ波しかありませんから誰でも傍受が可能ですし、暗号化した通信でも容易に発信源を特定される可能性が高い為、隠密行動には不向きでした。
そこでコミンテルンが目を付けたのが、閉塞された専用回線を使える鉄道でした。
しかも鉄道は電信だけでは無く、書簡や物も運べる優れものです。
その為、コミンテルンは鉄道会社に多くの共産主義者を潜入させ、また布教活動を行って来ました。
つまり通信、広報と言った面でも、鉄道は今でも赤化工作の拠点としてターゲットになる可能性があると言う事です。
内部に工作員が居れば、テロも起こしやすいですしね。
余談ですが、JR専用回線の運営会社の変遷は概ね以下の通りです。
日本国有鉄道
↓
日本テレコム株式会社(初代)
↓
鉄道通信株式会社(JR通信)
↓
日本テレコム株式会社(2代目)
↓
〔外資と提携したり、云々で組織改変が相次ぐ〕
↓
日本テレコム株式会社(3代目)
↓
ソフトバンクテレコム株式会社
でしゃばり過ぎてすみません。また長文になります、申し訳ありません。
大上段から申し訳ありませんが、日本人は歴史観を共産主義者に徹底的にコントロールされてきたため、下手をすると(世界では共産主義は多くの災いをもたらしましたが)、日本では、
「共産主義者により、戦後の自由や平和主義が保たれたり、労働者が保護され、また学問も緻密化するなど、良い影響をもたらしました」などと、とんでもない歴史認識を広げようとする連中が(特に学者などに)まだ居残っていると見ています。
とにかく戦後日本で、「共産主義者がどれほど醜いことをやり抜いて、日本人の心を荒廃させて社会を混乱させてきたか」というのを、それこそ「これでもか、これでもか」というくらいに、徹底的に実証的な記録や証言として日本人が残しておく必要があります。
私の世代では、80年代後半には、もう共産主義の理想は幻想として打ちくだかれていたので、共産主義者の生き残りの連中は、「いかに日本が残酷な国家で、日本人が残虐な民族であるか」というのを狂ったように国内や外国で宣伝することに生きがいをかけていました。
そして、中国にでかけては日本兵の残虐きわまりない証言をかき集め、東南アジアではいかに日本な非道なことをやったかというのを血まなこになって探して、そうしては朝日新聞やNHKやらで、競うように発表していました。
その頻度が、ただ事ではない頻度でした。
ほんとうに共産主義の夢がやぶれた連中は、うさを晴らすかのように、戦前や戦中の日本を罵倒し嘲笑し、日本人を洗脳していました。
この大変な副作用は、中国人や韓国人などの日本への驚くべき憎悪と復讐心をもたらしたことです。また欧米へも日本への攻撃を働きかけてました。
そうやって海外から日本への包囲網をつくり、日本を(日本人を)おとしめることに異様な執念をかけていました。
そして、この人間のクズのような連中は、「我々こそ日本の過去の過ちを真摯に反省する人間としての模範者である」と実に巧妙に装っていました。
この連中の動機と目的というのは、反日勢力を成長させて、日本を内外から攻撃させて社会を混乱させて、過去に革命を夢みた「日本国家の解体」を実現することでしたので、この連中のマインドコントロールに大衆も政治家も引っかかった日本は、(安易に謝罪と反省を中毒のように繰り返すことにより)、ますます共産主義者をつけあがらせることになりました。(日本の外交は猛烈に破壊されました)
なんど政治家が歴史的な謝罪や反省をしても、その不備をついて、さらに謝罪や反省を強要し、悲惨なことには「何か弁明すること自体を傲慢だ」という風潮をつくりかげました。
さすがに朝日新聞の慰安婦捏造報道で、捏造開始から20年かかって多くの日本人がさすがにこれはおかしいと気付きました。
ひとつの時代の変わりを示す出来事が数多くありましたが、日本の中学校の英語の教科書にまで捏造を書いていたので、さすがに多くの日本人が激怒して出版社に抗議して記述を変えさせたのが、思い出した例です。
三省堂のニュークラウンの英語の教科書に
「朝鮮は35年間日本の植民地であった。日本政府は朝鮮人に対して日本語のみを使用するように強制した。朝鮮語を使用できなくなるということは、本当に苦痛であった。朝鮮人が母国語を公に使用するようになるのは、第二次世界大戦後になってからであった」
それを多くの有志が抗議してやっとこさ、
「朝鮮は35年間日本の植民地であった。朝鮮人の生徒は「国語」として日本語を習わなければならなかった。後に、朝鮮語クラスは選択制になった。それは本当に苦痛であった。この制度は第二次世界大戦まで続いた。」
と(抗議の正当性が一部認められて)修正が加えられました。
しかし、これでも、「本当に苦痛であった」など民族的感情を一行で断言するのは大いに疑問があるし、そもそも植民地時代に教育普及させて識字率向上やハングル語や学問普及していることなどを一切伝えていません。
なにも朝鮮人に「日本の統治を感謝しろ」と言っているわけではなく、ただ客観的事実を書けといっているだけなのですが、それさえも通用せず、ひたすら日本を悪魔化して日本人を冷酷無比に描くことがまかり通っていたのです。
この30年を振り返ってきて、こうなった原因も、まちがいなく共産主義者が戦後にはびこったからです。
教育とメディアと学問という社会の中枢の3つに深く侵入してしまったので、その影響はすさまじく破壊的なものがありました。
でもインターネットの普及により、ようやく日本国民から共産主義者(またはその同調者)に反撃することが広まり、楽観的かもしれませんが、共産主義者はじょじょに追い詰められているように感じます。
小坪先生、新規投稿ありがとうございます
>ゾルゲ事件と尾崎秀実
ソ連のスパイ:ゾルゲ、ソ連とシナのスパイでもあった尾崎秀美・・・、名前だけはきいたことがあるという状況です。ですので、この場にて学習させていただきます。
しつこいですが、尾崎秀実について非常に気になる点を。
歴史認識とは次の3つで成り立っていると考えています。
1)史料批判や証言に基づく、単純な「事実検証」
2)上記で確定した事実または事象の「当時の時代での位置づけ(または解釈)」
3)現代での位置づけ(または解釈)
1)と2)についてはさすがに雄弁に語れませんが、3)については、とにかく尾崎秀実については異様でした。
80年代か90年代のあたりから、尾崎秀実を「現代からどう解釈するか」という言論が一部で盛り上がってました。
記憶が定かではないですが、特に朝日新聞の関係者などが尾崎を異様に美化していたような印象でした。
要するに「尾崎秀実は日中関係の悪化に心を痛めていた平和主義者である」というような論調だったと思います。
現代から見た解釈でも、意図的に印象操作を加えて捏造している可能性があるかもしれません。
何を言いたいかというと、戦後に尾崎秀実について書かれた著作や論文も、共産主義者によって、なんらかの歪曲が加えられているかもしれないので、それらも「共産主義者の思考回路を理解する」という意味では、同時に研究対象とすれば良いと感じました。
朝日新聞は今も変わらず真っ赤ですよ。
「黙ってトイレを詰まらせろ」なんてテロリストの言葉を
政治部次長がコラムに書くぐらいですから。
その名もずばり、 スパイ・ゾルゲ という篠田正浩監督の映画が2003年に公開されている。
封切時に見に行って、尾崎秀実という人物をその時はじめて知ったが、朝日新聞社の記者だったという事に驚いた覚えがある。
あとは、尺長すぎとか、取ってつけたような反戦メッセージが最後に数分あったりなんとなく冷めた記憶しかないが。
概要を知るにはいいと思うので、興味があれば見てみるのもいいとは思う。
但し制作に 朝日新聞社 が深く関わっている という事を付け加えておく。
こんにちは。
この事実は数年前に知りまして私のブログにも数回書かせていただいております。因みにリヒャルド・ゾルゲの墓は多摩霊園にございます(場所が遠い為本物は確認できませんが…)。それだけでなく近年神保町の古本屋でゾルゲの手紙も発見された様ですし、共産スパイが多数朝日新聞を隠れ蓑にしている事も明らかです。
結局は『全ては朝日新聞から始まってる』のですよね。
まさしく日本を破壊する元凶とも言えます
沖縄=
共産党を美化=新聞TVラジオ電波洗脳=中共と争うな米軍なくせオスプレイなくせ=尖閣に毎日来てる中国船4隻を報道せず=ヘイトスピーチいけません天皇陛下のゆかりの橋を沖縄からなくしたい
=巨額費用龍柱をたてた
もしかして、ですが、案外反日ビジネスを売り込みに行ったのは朝日新聞側なのでしょうか。
ソビエトという大スポンサーが倒産して、将来の収益が見込めなくなり、困ったコミンテルンが、新しい顧客を獲得するために、反日という集金ビジネスを中国と韓国に売り込みに行ったことが原因なのではないですか?
つまり、反日推進は、各国の自発的なものでなく、朝日がまさに自分たちの商売のために人為的に着け火したものであるということではないでしょうか?
私は政治に詳しくないので、あくまで推測ですが、反日を推進した江沢民の任期や韓国との慰安婦のゴタゴタのきっかけとなった河野談話もソビエト崩壊の時期と一致するのでは?
自分たちの商売のために、まだその気のなかった中国や韓国に、わざわざ日本を売り渡したのが今日の日本の苦労の原因ではないでしょうか。だとしたら、本当に罪深いし、早く倒産してほしいと思いますし、そこで仕事をしている末端の記者にレッテルを貼られてもしょうがないと思いますし、押し紙の件で苦しんでいるのも自業自得だと思います。
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暫く、小生のコメントには下記のフレーズを、継続的にTOPに書き込ませて頂きます。
皆様に於かれましても、下記のフレーズを拡散されては如何でしょうか。
何分、実績であり事実ですから、異存は無いでしょう。
・『テロを利用する共産党』
・『テロリストの味方である共産党』
・『テロに屈する共産党』
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共産主義を理解する為には、富、つまり資本についての基礎知識が必要です。
資本は多ければ多い程、力を発揮します。
そして、ある程度資本が集まればそれは担保と言う力を得て、新たな富を生み出す力を持つようになります。
資本主義では皆が集めた資本を活用し新たな富を築き、これを分配する事で成り立っています。
対し純粋な共産主義の核心部分は、資本そのものを分配するものですから、当然資本の力は痩せ衰えて枯渇一直線です。
この単純且つ明快な理屈を隠蔽して、妄想をバラ撒いているのが共産主義者です。
では共産主義は儲からないのかと言うと、実はそうではありません。
極一部の富の管理者は、資本主義社会に比べて遥かに楽に富を得る事が出来ます。
所が共産主義国家では表向き、この資本を運用するシステムを悪と位置付け放棄している為に国内での運用が実質的に不可能で、ロンダリングしたマネーを資本主義国家へ持出して運用しています。
同時に共産主義国家は自国内で富の生産が殆ど不可能なので、国家としての資本力を維持する為には、常に国民から搾取し続ける必要があります。
しかし、この様な実態を思想的な理由から公表する訳にも行かず、共産主義者はこの部分をひた隠しに隠し、詭弁を弄して自らを正当化します。
この単純な理屈が理解出来れば、共産主義とは弱者救済を目的とした思想では無く、一部の者が富を独占する事を目的とした手段である事が理解出来る筈です。
一部の者が富を独占する事を目的としている訳ですから、その手段は赤化でも自由化でも何だって良い訳です。
実例を挙げれば一部の者が富を独占する為に、ソ連は共産色を隠して「民族運動とイスラム圏建設」をスローガンにし、イスラム教徒の民族運動と宗教運動を混同させた上で共産運動へと発展させて行きました。
つまり、一部の者が富を独占する為には、手段なんかどうでも良い事が解りますね。
更に現在に目を向けると、イスラム教徒を弾圧しまくっている国があるのに、なぜだかISはその国に侵攻したりしていません。
若し本当にISの目的が「民族運動とイスラム圏建設」であるならば、最優先事項として中国共産党の討伐に乗り出している筈です。
この様な事例や理屈を調べてみると、共産主義者の多くは共産主義とは『一部の者が富を独占する為』の手段であり段階でしかない事を理解出来無い、情報弱者である事が御理解頂けると思います。
因みにスパイとしての適性として、大きなウェイトを占めるのが忠誠心です。
ですから、スパイの報酬は然程高額ではありません。
報酬額で釣られる者は、報酬次第で敵にも味方にもなるからです。
従って、ゾルゲの様なスパイは小坪先生が御指摘なさっている様に、計り知れない「忠実性」を持っていたのでしょう。
尤も、計り知れない「忠実性」を持つスパイは、報酬次第で敵にも味方にもなる捨駒を最大限利用しますが・・・。
現在の反日マスコミは、いったいどちらなのであろうか?
おそらく、後者でありましょう。
根拠としては、通化事件を招いた日本人共産主義者が、この事件ではいの一番に虐殺されています。
報酬額で釣られる者は信用など出来ませんし、目的達成後は単なる穀潰しです。
計り知れない「忠実性」を持つ者も中には存在しているのかも知れませんが、それは資金を遮断して見れば自ずから仕分けされる事でしょう。
ここ最近の押し紙問題も、スパイ仕分けに役に立ちそうですね。
(櫻盛居士様)
「共産主義とは弱者救済を目的とした思想では無く、一部の者が富を独占する事を目的とした手段である事が理解出来る筈です。」
マルクスとエンゲルスの「共産党宣言」がすべての原点です。
これは、ひと言でいえば、資本家などのブルジョアが、貧しい階級から富を収奪するので、「ブルジョアから財産をとりあげろ」、つまり「私有財産の否定」を唄っています。
では何者が、その富をとりあげて管理するのか?、それは「労働者階級だ」という風に共産党宣言では意図的にぼかされています。
実際には共産党がすべての富をとりあげて管理しました。
タイムマシンで、当時の「共産党宣言」に熱狂した世界中の連中に、「その後の歴史で、共産党が人民の富を吸い上げて独占的に国家を管理するようになったことで、何が起こったか?」というのを30分くらいの動画にして見せてやれば、一日くらいでその熱狂は、あっという間に雲散霧消するはずです。
実にくだらない歴史の喜劇です。
現代日本では、左翼が北朝鮮の世襲制を批判していますが、世襲制だって、普通の近代国家であれば、あっという間に独裁者は倒されます。
異様な共産主義独裁国家をつくりあげたことにより、頑強な独裁国家になったのであり、共産主義がすべての元凶です。
共産主義国家は収容所がつきものでした。「私有財産の否定」が根本原因です。
西洋でのキリスト教も、一見すると「私有財産の否定」を推奨しているように見えるなど、類似点があるので、共産主義(マルクス主義)は「負のキリスト教」と言われることがあります。
皮相的には似ていても、キリスト教の慈善精神の頂点は「私の物はあなたの物」というのに対して、共産主義者の真骨頂は「お前の物は俺の物」です。
同じ私有財産の否定でも、方向性が180度違います。
「実にくだらない歴史の喜劇です。」と言うのは、実に言い得て妙ですね。
実際問題、既に検証済で原因も結果も出ていますので。
キリスト教に触れている事も流石です。
「共産主義(マルクス主義)は「負のキリスト教」と言われることがあります。」とありますが、実際に暗黒面に堕ちたキリスト教徒もいますし。
戦前、戦中と植民地化にはキリスト教が関与していましたし、朝鮮半島での赤化工作の拠点はアメリカ系のキリスト教会が担っていましたし。
現在の日本国内のキリスト教会も、反日赤化活動を行っている所がありますね。
ウリスト教に至っては、ありゃ反日が娯楽になってますね。
一部は宣教師専用特殊慰安所として、娯楽施設化してますが・・・。
朝日の反日とスパイ行為は、未だに何も変わっていない
尾崎が戦線を広げさせて、日本軍の崩壊を誘ったと聞いた
共謀罪だけではなく、スパイ防止府も日本には絶対に必要国会議員からスパイかどうか
確かめる所から始めないといけない
かつての政権政党の党首が、敵国シナのスパイであるのだから問題が有りすぎ
始めて知りました びっくりです でも 日本人はなにも警戒もしないでしょう
最近 チャイナでまた日本人がスパイ容疑で逮捕されたとネットニュースで見ました
でも 普通にチャイナに旅行も投資も そ し て 開発援助もしているのでしょ
もー信じられません 日本は敗戦から立ち直っていないのですね とりあえず
スパイ防止法をつくるべきですね 今は無いのですよね これ 左翼が反対する
のですよね でも 日本人よ 何故 反対するのか考えるべき時が来たと思いますよ
小坪議員様
マスコミがひたすら隠そうとしてきたのは、
近衛文麿と陸軍の一部が
ゾルゲと共謀しコミンテルン32年テーゼを実行しようとした事です。
下記のサイトの
近衛文麿「共産主義政権」が主導した大東亜戦争の真実
に詳しく載っています。お時間がなければ、第2回・第3回だけでも・・・。
http://burke-conservatism.blog.so-net.ne.jp/2014-01-20-1
少しでもご興味があれば、「近衛文麿とルーズベルト 大東亜戦争の真実」PHP研究所(「大東亜戦争と開戦責任」弓立社として再刊)を。アマゾンで購入可能です。
治安維持法の制定や、特別高等警察(特高)の結成は、当時の日本が置かれていた国際情勢、国内の社会的政情からしても「やむを得ない」措置であったと考えられます。
当時、ソ連が本格的に世界共産化革命を、各国の共産党(コミンテルンインターナショナル)に対して、革命の理論的指導を行っていたことは事実で、当時としては、その脅威が明瞭に感じる事ができるほどに、赤化の運動が凄まじかったのだと思います。
それこそ、治安維持法等が無ければ、確実に「大日本帝国」は消滅、「ソビエト社会主義(人民)共和国連邦、日本自治区」となっていたでしょう。
それでも、日本は軍部、政界、帝大などの教育機関を中心に、相当な所まで「ソ連シンパ」、「アカシンパ」が浸透してしまいましたが、ギリギリのところで、アカによる国家転覆は防げたわけです。
尾崎秀美は、何とかスパイであると分かりましたが、恐らく判明していないだけで、他にも尾崎以上の働きをしていた、ソ連のスパイも相当数存在していたのではないかと思います。
スパイの事は、同じ仲間のスパイであっても、必要が無い限りは、自分の正体を教えたりする事はありません。機密中の機密の国家的任務を遂行する上で、余計な事(自分の正体が敵国にばれてしまう事)をしないのは当然だからです
その人物がスパイかどうかを知っているのは、当局の幹部クラス(もしくは指導者)しかいなかったのではないかと思います。
尾崎自身も知らない、ソ連のスパイが他にもいた可能性は十分あり得ると考えるべきです。
そして、それらの人物が、大正から昭和初期、戦後と我が国の「政治」に対して、どのような「工作」を行っていたのか、そこを解明する必要があると思います。