現実主義者であろうとすることと、悲観論者になることは違う。”ネットとリアルの乖離”の中で。


 

 

これは自らへの戒めでもあり、反省の思いをもって本稿を記す。
最近、暗かった。伝える情報に希望は乏しく、光を示しきれていない。
座右の銘は「闇を語り、光を示す。」だった。
意味は、厳しい現実を丁寧にご説明し、その上で一筋の希望として政策を立案して提案するというもの。

悲観論者とは「あれもできない、これもできない」と、できない理由ばかりを並べ立て、結果論としては”何もしない人”という、私個人としては批判的な意味で述べています。
これに対して現実主義者というのは、少なくとも私は肯定的に用いています。現実主義者の対極には、スローガン的なものだけを掲げ(言うは言うけれども)何もしない、または結果的にはなんの成果も出せない状況を指します。実現不可能なことばかりを掲げ、勇ましく恰好よく言うのは、仮にそれが本人の自由であったとしても、(特に政治家の場合は)批判されても仕方ないと考えています。
それが希望に満ち溢れていたならば、特に。やれもしないものを、あたかも実現可能な政策のように吹聴するのは、害悪の側面も強い。

その意味では、私は徹底的に現実主義者であろうと覚悟しておりました。
話す内容や掲げるものは、自然と小さなものになる。決して目立つものではなく、いぶし銀のような存在を目指しました。これはスローガン的な声ばかりが横行する中で、私なりのアンチテーゼみたいなものです。ネット上では受け入れられにくいものだろうし、それも含めて「合算すれば、全体を良い方向に向かわせる」と信じているからです。

ときに風紀委員や学級委員長みたいな、やや口うるさい言動もあったと思います。
それを不愉快に思った人もいるでしょう、その点については申し訳ないとも思いますが、ネット全体としては必須のものだと覚悟しました。

リアルで起きていることが、ネット上では凄まじいバイアスがかかってしまっている場合もあります。ネットとリアルの乖離を問題視して、しばらくになります。この部分を指摘するかは、私にも躊躇いはありました。言えば敵も作る。だが、誰かがやらねばならない。だからこそ「(ネット上で)徹底した現実主義」を持ちこむことは、言論空間全体の自浄作用となり、ネットという言論空間のプラットフォームを良い方向に向かわせると信じています。それが、結果として私個人にとってはマイナスであっても、それで良いではないかと思ったんです。

 

さて、本稿で私が、私の何を反省しているか、です。
現実主義者であろうとするあまり、結果として悲観主義に陥っていたように思ったからです。
正直に言えば、暗い。そして希望がない。抱える大型政策が増加し、やや過負荷がかかっていた部分は否定しません。それは言い訳だとも思っておらず、実際の業務量は膨大です。

しかし、あれもできない、これもできないと言う者を、私はもともとは好きではないわけです。
なのに言ってしまっていた。これは反省すべき点でしょう。

ではなぜかという話になります。
それは、現実が実際に酷いから、です。現実主義者であろうとすれば、正確に現実を分析し、構造改正のちに解法を見出していくわけです。いつもと同じフローを踏んでいた。安倍ロスとは言いませんが、国外の緊迫した情勢も踏まえて鑑みるに「あのラインも動けないだろう」「くそ、こっちも駄目か」「生きてるルートは、通れるルートは、残りはどこだ?」と自問自答する日々。

保守系が政策を、現実において推進するにあたり、身動き多極めて取りにくくなっている。
結果、現実主義者であろうとするばかり、自己分析においても私は悲観主義に走っていたように感じた。

やれる範囲は大きくはない。しかし、通せるルートはゼロではないんだ。
どんなに不利な状況であっても投げ出すわけにはいくまい。限られた戦力の中で、それでも勝利を模索するんだ。

いま一度、自らに言い聞かせたい。
現実主義者であろうとすることと、悲観論に走ることはまったく意味が違う。
違うんだ、違うんだ、と。

前を向いて、一歩を踏み出す勇気を持ちたい。

 

 

 

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6 Responses to 現実主義者であろうとすることと、悲観論者になることは違う。”ネットとリアルの乖離”の中で。

  1. ミカンの実 より:

    小坪議員、夜明け前が1番暗い。
    どうかどうか突破口がすぐに見つかります様に!

  2. 波那 より:

    先生の悲観の前景に何が見えているのかとは違うかも知れないですけれど、私の悲観は国葬が済めば岸田氏が勇退してくれるか、自民党議員がクーデターを起こして欲しいけどしないだろうな〜と言う悲観です。留学生をドッサリ入れて、留学生に金を出してやって、まだ中国人を増やそうとしてるし、官僚の天下り先のFラン大学の存続にだけは懸命だし。

    🔻林外相の「国益」はどこ?
    皇紀2682年(令和4年)9月1日
    http://endokentaro.shinhoshu.com/japan/post9118/

    (途中から)
     さて、明らかに中共は、かつて以上にわが国を見下し始めたように思います。その始まりは、岸田文雄政権の誕生以降です。

     その主たる原因は、林芳正(リン・ファンヂャン)外相の存在以外にありません。

     わが国の排他的経済水域(EEZ)内に弾道弾を撃ち込み、しかもわが国のEEZを「認めない」とまで発言した態度は、わが国への宣戦布告五秒前といえます。これと同じ真似を、韓国政府がわが国にしているのです。

     林外相のいう「国益」とは、間違いなく私たち国民の利益とは違うものを指しています。すなわち中共人民の利益でもなく、あくまで中共・共産党の利益にほかなりません。つづく

  3. 波那 より:

    それに、これは本当のことですか?帰化させるって選挙権を持たせると言う事だと勿論分かっていてやってるんですよね。中国人が益々押し寄せて来ますよね。忽ちの内に日本は乗っ取られると言うことでしょう?ウィグルのこと心配してる場合ではない日本にされようとしています。本当なのか探って頂けないでしょうか?

    🔻中国からの移民急増!12ヶ月で帰化完了!
    https://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12754041539.html

    最近、中国からの帰化申請が急増していると聞いて、我が耳を疑いました。

     その理由は、”ゼロコロナ政策”を続ける中国政府に対し、自由な生活を求めて”中国脱出”への関心が急速に高まっているためだと言います。

     以下、週刊現代(2022年7月16日号)より引用します。

    「乗っ取ってやるからな!」中国人に占拠される「日本の団地」そのヤバい末路
    (2022年7月18日)
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97337

  4. ミカンの実 より:

    もう間に合わないのでしょうかね?
    私は自分で基準を持っております。懲戒請求の裁判で完全に負けたら、日本国は本当にお終いだと判断し、それなりの自分を守る行動に準備をシフトします。
    まぁ、もう既にそうなりつつあるので、早めに準備をしていますが。
    小坪議員、幸いなことに私自身は間に合いそうですが、私以外の家族、子供や夫は間に合わないかもしれません。目下努力中です。親戚達は当然間に合いません。こちらもかなり頑張りましたが、私の力不足です。その時に助けを求められても私にはどうすることもできません。

    1. ミカンの実 より:

      とにかく、若い人ほど大丈夫な様に行動をしていってほしいです。子供達は特に大人が守らないといけません。良い状態になるまであと少し時間がかかりそうですが、希望は大いにあります。一時的に大変な感じになり混乱もあると思いますが、その後を楽しみに日々を大切に過ごします。
      岸田首相は、本当に大変だと思いますが頑張っていただきたい。これから自民党が本当の意味で一つになり、日本国民の方にきちんと向いて行動できるかどうかにかかってますね。中国との貿易やお付き合いも大事ですが、なめられる様ではいけません。油断ならない大国です。アメリカもロシアも同じく油断できない大国で、朝鮮半島も忘れてはいけませんし。日本人から税金をとるだけではダメです。教育の費用などもっとできることがあるのではないですか?
      外国人の大金持ちの子息や子女を日本国に留学させるとかできませんか?
      そうすれば補助金などこちらが出す必要はありません。むしろ10倍以上のお金を支払っていただければよいかと。

  5. 大保守(おおほのかみ) より:

    こういったところに対することで云えば手をつないで歩くような迷惑行為同然としかいいようのない近視眼的で痛いリア充も湧いて出ていることに幻滅する限りでありますがこんなお花畑同然の存在こそ他者のことなど頭になく目先の周辺しかみえないようなもので鬱陶しく思えて仕方ありません。

    暇話休題気味な内容となりましたけどそんな調子で問題意識もない此奴等みたいにはなりたくないものもあるとしてかつての日本のこころみたいな建設的な主張をするような政党や議員も乏しいと思えるものはありますし維新に関しては個人的に好みでないこともあるので及第点程度であることや休眠心より分離した国民民主に関しても党首はあか抜けたところはあるとはいえ個人的には詰めの甘さもあるように見受けられます。

    自分としてもリアリストである一方もののたとえとして様々な作品を引き合いにして辛辣な表現とならざるを得ないこともありそこを理解して貰えない状況にあるため失望する日々ですらあるとしてwebというやつも結局はリアルの延長であるものと変わらないことは事実ですし騙りやBOTその他による工作はあれど結局はそれを利用している相手あってのものだというところもあるといえそうです。

    で、僕自身前向きさがないなどと詰られることもあるにしろ問題意識あってこそ思うことだってありますしそれを考えすぎているのだから頭のねじを緩めるくらいでいいじゃないか、などと論われるにしろこれだけ自らの考えも持たず思考停止も甚だしい世間において問題提起や問題解決のためにどういったソリューションを用意していいものかという次第ですけどね…

    何も考えず過ごせばそれが楽だとはいってもそんな保身に走るチキンな態度で平伏したところで幸福に何てなれませんので…

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