何かを選ぶこと。何かを捨てること。


 

 

それは、何かを捨てること。

選択肢は無限大にあった。
時を経るに従い、可能性の幅は小さくなっていく。

何かを選ぶ、
それはつまり、他の未来を選ばないという選択をした、ということ。
一つ決めれば、その日その時にできたはずの何かを諦めることになる。

お昼をカレーにするか、ラーメンにするかを迷う。
ラーメンを選べばカレーは食べれない。
いやどっちも食べるという選択肢もあるけれど、現実的ではない。もしくは太るという未来を受け入れることになる。

また、ラーメン屋かカレー屋かの二択で、昼休みの時間が限られているとすれば、片方しか選べない。

私は、時には天才的と称されることは、ある。
自分で思っているわけではないし、特に優れた人材とも思ってない、そこは本心から。
議員の中では(事務速度含め)高速な部類という自覚はあるが、理系の技術職というカテゴリーで見れば、とりたてて凄まじいわけでもない。
 
政界にとっては稀少な種族というだけで、人材としては一般的なんだと思ってる。
だが、その「技術職として一般的」なレベルに達するにあたり、私がどれほどのものを諦めたか。

友達と遊ぶ時間、普通の生活を送る未来。
そもそもテレビは二十歳ぐらいから見てない。
(持ってなかった。理由はガソリン代に溶けたというだけで、メディアアンチだからでもない。)

芸能人の名前は分からない。
話題になっていても、苦笑いしながら相づちを打つだけ。
そういう色々を越えて、私は在る。

私は、いま在る。
それは、私が望んだと望まざるとに関わらず、私が選んだ未来なんだ。

確かに(特定カテゴリーにおける普通という意味での)凄い人材にはなったのだろう。
そのために私は何を諦めてきたのか。何を捨ててきたのか。

まあ、それは医者であれパイロットであれ、どの職種も同じなのだけれども。
様々な選択の積み重ねの上に、いまの私が在る。

そして今ある力を何に使うのか、それを私は選ばねばならない。
何かを選ぶことは、何かを捨てること。

この当たり前の現実を前に、私はきっとワクワクしてるんだ。

 

 

 

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カテゴリー: 国政報告 パーマリンク

11 Responses to 何かを選ぶこと。何かを捨てること。

  1. 琵琶鯉 のコメント:

    中国の李克強首相が辞任しました。
    習近平は北京から逃げ出しております。
    明日、北京は封鎖されます。
    日本の売国奴たちが、入館にたいしてネパールからのチャーター便の特段の事情の者を入国許可を出しています。彼らは中国人です。成田周辺、関西空港周辺では、コロナ観戦者が増えています。九州も危険です。国は、観戦者を招き入れています。自治体は自らを守って下さい。
    ttps://youtu.be/BiVB54Prnhg

    • 宮崎マンゴー のコメント:

      *琵琶鯉様
      日々の情報、警告ありがとうございます。
      売国奴達のお食事会(会合)の背景には、倒閣の狼煙とでも伺われるかの様な…安倍総理の不眠不休なる厳しき現状を案じております。
      再びの九州への警鐘なる御発信、ウィルス(細菌)だけではなく、高校や大学までも最早
      大量に送り込まれて、国歌斉唱も日本の国歌は無い学校もございます。すれ違うもの達も異質極まりない…そして自治体がその役割を成し得ていない地が多いかと。我々が危惧しております様に、小坪議員様、優秀なる秘書様も存分に感じられておられましょう。
      余命三年時事日記様へも、凄まじい九州、我が現状をお伝え致しております。余命先生を中心のチームによる某リスト送信成果を期待し願っております。
      我々が出来る事は、ネットにて、島国日本でおおよそ計り知れない闇の動きやそれに伴う様々な被害、犠牲が出ているという真実の訴えの発信なのでありましょうが…たぶんに、行動を起こしておられたり、案件に携わっておられる方々には危険や妨害が忍び寄ってもございましょう。九州はあらゆる意味で最前線に立つ事となり、既に途方もない状況でございます。陸、海、空の自衛隊の皆様への防衛を期待致すと同時に、我々民間人でも何らかのアクションを起こさねばならない時だと切に存じます。彼等の食糧は、日本人(衣食住、土地、財産、命)だということを忘れてはならないと、彼等は群れなるもの。祈

    • 草莽の団塊です! のコメント:

      琵琶鯉様、情報ありがとうございます

      李克強首相が辞任し、習近平は北京から逃げ出した・・・、やばいですね!
      北京での感染爆発・・もっとこわいのは、中国の富裕層がまたもや、特段の事情と称して、大量に日本に流入してきそうなことが恐怖です。いまの法務省、厚生省のざる状態の入国管理では、どんどんはいってきそうです。日本でまた、感染爆発がおこり、しかも、大量の感染中国人の治療に日本の税金がつぎこまれる。かつ、感染者の国籍が公開されない!!いつかれ、こんなおかしな国になってしまったのか、、、

      もう、しばらく、バスにも電車にもどこにもいきたくない高齢の爺であります!

    • ぎん のコメント:

      K国の連絡事務所爆破も、Cが裏で糸を引いているような気が…?

  2. kidokazu2 のコメント:

    #政治家#拡散希望#押し紙問題#集近閉#尖閣諸島侵略抗議#憲法改正反対!現行憲法凍結!大日本帝国憲法再生!#六四天安門#武漢肺炎#拉致被害者全員竹島北方領土奪還#関西生コン

  3. BLACK のコメント:

    「この当たり前の現実を前に、私はきっとワクワクしてるんだ。」
    この言葉が当ブログの〆の言葉であること。
    これが小坪氏なのだなぁ
    これが小坪氏の生き方
    これが小坪氏の強さ
    これが小坪氏に私が惹かれる理由なのだろうなぁ
    そう感じ入りました。

    これは小坪氏の為にも、小坪氏の地元の為にも言うべきではないかも知れませんが
    産廃の件に、怒りながら、案じながら
    「このことで小坪氏は、何を棄てなければならないのだろうか、何を諦めることになるのだろうか」
    と案じてもいました。

    ですが、そのようなことは、小坪氏はずっと続けて来られたこと
    ずっと分って、いつも認識して、生きてこられたこと
    小坪氏の認識とお覚悟とお心に、妙に安堵して、私もワクワクします。

    以上 文責 BLACK

  4. 神無月 のコメント:

    なぜ、軍は尊敬されるのか【護る者の覚悟】のエントリーでの戦闘シーンは大戦中のものでした。

    大戦中の兵隊の多くは徴兵され、夢や希望や才能と決別して家族や愛する人を守るために戦われました。

    現在の兵隊は自ら志願し合格して入隊された方々です。その道を選べた方々です。
    自らの道を選べることは幸運なことです。

    それが、己の我欲を満たす為の道ではなく、人々が安寧に暮らせる道を選ぶので有れば、なおさらに思います。

    捨てるのではなく、手放すものと思います。
    手放すことで、それ以上の何かが訪れるものです。

    手放せない人は自重に押し潰されるものです。
    .

  5. 日和見菌 のコメント:

    駆逐艦の皮を被った、スーパー !!!

  6. 草莽の団塊です! のコメント:

    小坪先生、新規投稿!おつかれさまです

    >そして今ある力を何に使うのか、それを私は選ばねばならない。
    >何かを選ぶことは、何かを捨てること。
    >この当たり前の現実を前に、私はきっとワクワクしてるんだ。

    小坪先生の選択を信頼してついていきますよ!でも、盲目信者にはなりません。
    もし、おかしいとおもったら、その時は、コメントするつもりです。

    閑話休題・・・・

    Twitterで、ネトウヨ四天王、いや、八天王、いやいや、十天王かもですが!
    見事に当選された小坪先生!おめです!綾瀬市議の笠間先生、おめです!中野区議の吉田康一朗先生、おめです!

    神戸市議の岡田ゆうじ先生、おめです!
    神戸市議の上畠のりひろ先生、おめです!
    広島市議のむくぎ太一先生、おめです!
    那覇市議のおおやまん先生(大山先生w)、おめです!

    そして、個人的には、愛知県あま市の森こうじ先生もネトウヨ〇天王に強力に推薦したいです!

  7. 柏城"大保守"耕介 のコメント:

    僕自身もTVは殆ど観ないのですが芸能の話題でマウンティングされるようなことも
    あるためそこに対して幻滅するものもある一方世間知らずで無知な仕事しないおっさん
    にはなりたくないとは思うものはあります。

    特に仕事に関してはできない・使えないと見なされたら斬り捨てられることは当たり
    前の時代であるだけに仕事に限らず何でもできる潰しの利く存在になりたいという
    ものもありますがやはり無理は利かないものなのでしょうか…

  8. 甲州保守 のコメント:

    28歳を目前に控え、後戻りできない岐路のラッシュに打ちのめされてます
    何を得るかは何を失うかに比例する、という言葉がありますが……

    何も選ばないということは、ひとつを選んだことになります
    何かを捨てるということは、手にする空きを作るのに等しい
    積み上げてきた人には、強いられず、主体的に決める自由があります
    そうでない人は流され、吹かれて、ツケを払い続けることになる
    とはいえ、他者を通して得たかもしれない別の未来を目にすると懊悩しますよね

    人は自由を渇望しながらも、改めて手にすると怖じけづく生き物
    ただのパフォーマーなら決断を引き延ばすか、ビビって逃げることでしょう
    ワクワクできる、それはつまり自由を乗りこなす自負があるということ
    実力を磨き、土台を堅固にしてきた証拠ですね
    そういう人は、周りで何があっても裏崩れを怖れる必要がないので

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