行橋市長選に対する考え方。現職候補、新人候補に対してのスタンス

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現在、行橋市は市長選(および市議補選)の最中であり、両候補に対する私のスタンスを示します。
結論的に言えば”積極的に応援する理由が双方に対して不存在”です。民主主義とは、より適切な候補を選ぶという妥協を積み重ねる方式なのだとしても、「①応援する」もしくは「②敵対する」以外に、「③動かない」という選択肢が稀に存在します。議決においても賛否を示す以外に、”審査に値せず”と討論で明言して退席したことがある。その討論に相当するものが本blogと言ってもいい。

行橋市長選は前回、前々回と当落が100票差で決してきた経緯があり、非常に大きな盛り上がりを見せる。本来なら、私もどちらかの陣営で政策発信を行いたいところであった。
判断に至った背景には、地域住民にとって”死活問題”であった産廃問題がある。新人候補の支援者に、推進側の企業群が存在し、市民においても周知されている点。
かつ、懸案事項になることは新人市長候補の陣営幹部(市議ら)にも伝達していたこと。何がしかの対処も検討されていたものの、衆院選などの最中においてなんらの手当てもなされなかったこと等。それが結果論であるにせよ。

事態を複雑にするのが産まれた地でもあり、私の卒業した小学校と新人候補は同じである点。幼少期の生活圏も同様で、そのため支持者も多く『結果的には一本化』されるのではないかと私も考えてはいた。だが、そうはならなかった。地域住民の思惑が割れかけた状態で衆院選を迎えたため、二つの市長候補の陣営にご協力を頂いた経緯がある。

また、新人候補は市職労(いわゆる公務員の労働組合)が推薦し、特に序盤においてその色が非常に強かったため”立憲民主党に近い”という認識がもたれていた。また候補者自身も元職員である。海や川は、県事業の側面が強くあり、自民県議らとの兼ね合いからも安易に動くことは憚られた。ここで前述の、「手当て」の話に立ち返るのだが、傷つけた人たちに対して(謝罪ではなくとも)「あのときは済まなかった、見捨てられた気持ちにさせてしまったのではなかろうか」とか、代表して私に対して何かメッセージを発するなどが計画されていたのだけれど、それを期待している人もいたのだが、実施されないままに今日に至るということである。

では、現職が素晴らしい!とか、消極的ながらも応援しているのか?と言えばNOである。
私は前市長の与党であり、ゆえに口汚く前市長を攻撃した元市議という属性から、安易に組むことはできない。そのことはご本人が市長になられてから、弊事務所を訪れて振り返りという形で一定の雪解けは見せたのだけれども、積極的な応援理由は存在しない。そもそも論になるが、今川PAの事業凍結を含め、また共産党の支援に対する追及も含め、(見た目は丁寧なれども)現市長に最もダメージを通してきたのも私である。泥仕合のような攻撃ではなく、政策的に(いわゆるホワイトカラーに)強く訴求するアクションをとってきた。

誤解というよりも、ストレスに近いものを感じたのはこの部分だ。
「現職市長に対峙する立場」ゆえ、新人候補陣営に与すると、”勝手に頭数に数えようとする”ものに苛立ちを覚えた。私は手駒でもなければ、武器でも道具でもない。願望を押し付け、さも私を使役できるような振る舞いを見せた者がいる。その点には怒りを覚える。
安易に”現職市長派”と色付けされることは、私は最も嫌う。これは新人候補陣営にも伝達している。場合によっては、中立が”敵対”に変化する可能性もあるという意味での伝達だ。

両陣営の出陣式に、私は参加していない。
どのように振る舞うべきか。衆院選後において片方の陣営に自民党の支部推薦が降りた、これを受け11区支部長でもある武田良太先生と相談したところ、当日において行橋市にいないという選択を私は決断している。より強く証をたてる意味で。

このような背景ゆえ、両陣営について明るい話題にはならない。
本稿は記すか記さないかも含めて悩んだのだけれど、言及しないのも変だし、また後援会幹部および支持者より「どうする?」とか「どっちの陣営に行けば、、、」という個別連絡が多数続くため当職の見解として記す。

 

 

 

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現職市長に対して

議会人としては、敵でも味方でもない、とは述べておく。
色濃く反映されているのが下記の、予算に対する賛成討論だ。

現市長が、市長選に当選したのち、(私を含む前市長派の市議が)過半数を占めていた。
理由もなく当初予算を否決しようという動きになり、私は、前市長の与党議員団の属性も持ちつつ、予算否決には与せず「賛成」した。

予算に対して起立したことは、”裏切り”などとも罵られ、仲の良かった市議らからもある意味での攻撃を受けた。ひるまず、また退くこともなかった。
また当時においては実際に当初予算は、まるごと否決された。いわゆる単純否決が起きてしまい、全国ニュースにもなった。

 

 

動画でも述べているけれども、私と現職市長が会って話すだけでも市内ではプチニュースとなった。
理由はそれほどまでに仲が険悪だったからである。もともと現市長は市議であった。同期当選である。
私と現市長を仲良し!と思っている市民はまずいない。年齢差も一個違い、前市長の政権下では与野党に分かれて激しく舌戦を繰り広げてきた。席も、ずっと隣だった。

思うところは、ある。
私が爆破予告を受けた際、テロに屈するかのような決議が名指しで出された際に彼は起立をしている。
敵認定はしても構わないのだろうが、市長選の最中に問うことはしない。だが、一定の解決までは訴訟も含めて膨大な時間を要したことは事実だ。現市長が市長に当選後、さらに3年程度を経て、弊事務所に来所され、数時間程度の議論をして一定の納得はした。時間の経過と、双方の立場の変化という意味で。考えや判断について、様々に改まったということは理解している。

また、現市長は、彼が市議時代に、(私の慕った)前市長を口汚く罵ってきた経緯はある。
当時においても許せないという思いはあったし、それが仮に与野党という立場ゆえだとしても容認する理由は私にはなかった。このことも現市長が市長に当選後、任期の折り返しに入るぐらいまではしこりとして残っていたわけです。

 

もはや口も利かないぐらいの関係であったのだけど、私は、当初予算に対して賛成の討論を行った。
何もいわずに”否決に周るだろう”と思われていたため、議会の内外には衝撃が走った。自分でいうのもなんだが、議会手続きや政策討論においては(与野党問わずに)議会内でレベルが高いとは認識されており、市議会の両陣営にも複雑な空気があったことを記憶している。

それほどまでに仲が劣悪なのに、無茶苦茶な手間をかけて討論の準備を行い、賛成に回るというのは周囲の理解が追い付かなかったのだ。
討論で述べたように、予算には国県からの補助が多額に含まれており、特にハード系の継続事業については前市長が要望したものが多数含まれていたこと。何より、それら行政サービスは、市民に還元されるべきものであり、単純否決はできないという苦悩ゆえの判断であった。

 

私は、現市長に対して、予算についての否決は、ほぼない。
恐らくゼロではないかと思う。もしかしたら何か一議案程度は予算の否決はあったかもしれないが、否決する際には明確に討論で議事録に刻んできている。

ほぼすべての予算について、賛成にまわった。
ただし与党に入ることはしていない。

議案のうち、予算案については基本的に賛成。
議案のなかでも条例案については(事前に調整や、もしくは修正の機会がない場合は)かなりの比率で否決している。人事に関する議案については、応談というスタンスを示してきた。明確にスタンスが違う。

 

質問においては、政策的には最もダメージを与えてきたのは私だという自負もある。
いま市長選で盛んに議論されている、今川PAの件。あの質問も私だった。いま市長選で舌戦が繰り返されている、基本的な政策ロジックはかなりの分野が踏襲(もしくは無断転用?)されている実情もある。議事録のかなりの部分は、私の討論なり質問が使われている気はする。

共産党との蜜月を議会で糾弾し、全市民に対して議会便りで示したのも私だった。
(ただ、今回は共産党市議は新人候補の出陣式に参加しているようなので意味が分からない。)

 

市民生活の安定のため、予算には起立してきた。
かと言って市長の与党ではない。行橋市の場合は、なんというか、手下とかそういう見方をする方が多いけれども、私は少なくとも現市長の手下ではない。

 

 

 

新人候補の応援に、入るのか?と言えば難しくなってしまった。

私は、今回の市長選において現職市長と戦うことになるはずだった。
そのように発言していた。しかし、状況が変わった。

何を発言していたのかと言えば、今市長選に出馬を模索していた、かつて同じ会派であった後輩市議に対し、
現在は議長をしているのだけれど、「仮に、現議長が出馬するならば、私は正面から応援する」と本人に伝達。
また私の後援会にも同じように伝えていた。組織的な支援を計画していた。
なんなら現市長にも直接伝えていた。

 

が、現議長の出馬はなくなった。
現市長を倒すためという一点で、候補者調整がかかった結果、現議長は出馬することなく新人候補側の応援に入っている。

私も、同じ動きをとっていくのかなぁと思ってはいたのだけども、事態は異なる形で推移していく。

 

産廃問題、である。
地域住民を恐怖のどん底に叩き落した、例の件。
当該事業者は土地を手放すまで至ったのだが、そののちの開発をめぐっていまだに火種がくすぶっている。

新人市長候補の陣営に、本件産廃類似施設(我々で言うところの”企業版ゴミ屋敷”としての資材置き場)は、単に当該産廃業者だけではなくて、着工や土地取得に関与した企業らがいる。それらの企業がガッツリと応援に入っており、そのことも含めて市民には周知の事実なのである。

冒頭で述べたように、新人市長候補は、私と地元を同じくする。
地域の後援会に推薦の可否をなげたところ、難航した。
だが、どこかで新人市長陣営に一本化されるのではなかろうかと私も安易に考えていたのだけれど、この解決はなかった。議員として後援会の一人一人に働きかけ、取りまとめることも検討はした。会ってみてわかったのだが、想像以上の心理的な抵抗があり、(表現として不適切なのだとは思うが)舌を噛み切ってやる!ぐらいの露骨な嫌悪感を示している。こういうのは、無理に取りまとめるべきものではない。

嫌なもんは、嫌なのだ、と。

 

それで現議長にも状況はそのままお伝えし、新人候補本人か、陣営なのかはわからないけれども、
何がしかの手当てを試みたらどうかという話になってはいた。
お詫びする形がいいのか、心に寄り添えていなかったと振り返る形がいいのか等。

人数としては少数で、基本的には新人候補を応援する側の比率が多いものの、
小さなコミュニティで強行採決をとった場合、のちの生活環境に重篤な悪影響がある。

ゆえに”手当て”が計画されたのです。

 

さらに、事態が複雑化した。
現議長が出馬の検討を断念したころだったから10月とか11月だったと思うのだけれども、12月には「現職、新人候補の双方に、地元が推薦を出す」事態となる。これはどちらもできないという意味にも見えるし、どっち陣営の方もいるともとれる。私も判断に迷う。

手当ては計画されていたが、そのまま1月に。
そして衆院選に突入。私は、誰がどっち陣営かは(取りまとめのために)把握はしているのだけれど、敢えて市民が名乗り出て矢面に出ることはしないし(また、させるべきではない)、調整を試みていたところ、解散総選挙。

 

両陣営の支持者がいる中で、「この衆院選は、市長選には無関係ですので」と、
またその際に「どちらの陣営に与することも、自民党は考えていないと、武田先生からは伺っている」と伝えて、どちらにも応援を求めた経緯があった。そして市長選の両陣営、どちらも快く協力してくれている。

 

結果、どうなったのかと言えば、「手当て」は計画倒れに終わり、実施されていない。
わざとではなかろうけれど、衆院選に忙殺され、複雑な政治情勢の中において忘れ去られてしまった格好だ。

当然、お叱りはあった。
新人市長候補で地元が一本化されるかと思いきや、そうはならなかったという話。

 

最初から即応で入ることも選択肢としてはあったのだろうが、動きが遅れた理由が市職労。
私は、職労推薦候補ではない。

一般的に、市職労は立憲系の候補と目される傾向があり、当初において職労を前面に立てた報道が横行したことから触れにくかった。いずれにせよ、産廃問題に関する新人市長候補側の手当てが未実施になっていることは理由としては述べておく。

また、衆院選において、地域住民が(市長選では)割れている状況を承知しつつ、どちらにも援護を求めたことも事実だ。
地域住民の数が少なくとも、結果として、自民党支部長は晴れて当選することができた。

 

 

 

自民党の支部推薦

衆院選の最中において、新人市長候補陣営は、別のトラブルもあった。

これは私の地元の話だけには留まらない。
市議はAグループ、Bグループに分かれているわけだけど、(衆院選で)新人市長候補の陣営の市議ばかりが登壇したのでは、結果として色が着くとお叱りを受けた。そのため、私が責任者の会場では私以外の行橋市議は参加しないこととし、それを伝えて動員をお願いしている。

結構、難しい調整をしたのだけれど、市議団は双方ともに応じた。
なんなら現職市長派の市議に来て頂いても構わないと伝えたところ、それには及ばないとして双方が参加を断念。

私は、地域の協力もあって100名近い動員を成功させるのだけれども、ちょっと難しい事態に。
新人市長候補の本人が来たのである。
来てもいいのだが、だったら昨夜までの市議同士の調整はなんだったのだ、となる。現職市長派の市民は怒る、怒りの矛先は私。なぜ、、、とは思った。

確かに、ある意味での会場責任者が私だったわけだけど、これは衆院選における、新人市長候補側の市議たちにクレームとして伝達した。話が違うだろ、と。衆院選の阻害要因にもなる。
で、私は、現職市長陣営の市議たちに、お詫びすることになった。そのあたりを凄く安易に考えているのだなぁとは辟易としている。

 

正直、かなり殺伐とした瞬間はあった。
市議団A、市議団Bの双方が微妙な力関係で動いていた。AにもBにも衆院選は応援して頂いている。
自民党より推薦を頂いて市議になっている議員のうち、もっとも期数が多いのが私だった。
AにもBにも、伏してお願いする衆院選だった。

どなたが来られても関係はないが、来たら来たで登壇させないのはなぜだ!等の声も出る。
普通に会場にいたというわけではなく、開始の30分前には来て、私たちが動員した人たちにうやうやしく挨拶を続けていた、やり過ぎだと言う声が出るほどには。こういうフリーライドを私は嫌う。私が嫌うというか、私の支援者はそういうのは”無理”という人は一定数いる。礼儀作法も何もない、非礼な人物だなとは私も思ったし、実際にそう言われている。

現市長を応援する市民からは、私は嘘つきのように罵られた。
きっと、それを悪いことだとも思ってはいまい。まぁ政治はそういうものだから、それはそれでいいのだけれども、私が求めたのは「島という小さなコミュニティ」が内部でいがみあわぬよう。ただ、地域住民同士の和のみを求めたのです。その場では我慢した、大人なので。
が、今日は一応は書いておきます。酷いとは思ったので。

 

で、単に中立でいこうかな、と。
市議団A、Bともに「動かない」「動けない」ことを明言して衆院選を活動していたし、このAB双方に要請できるという立場こそ私の強みだとも思っていたから、本当に丁寧に振る舞ってきた。

 

衆院選が終わって、3日ほど経過したころだったろうか。
自民党行橋支部の推薦が、新人市長候補の側に降りた。

はて、困った。

 

 

 

武田良太先生と相談→「・・・どっか、行っとけ。」の提案

私が嘘をついたと罵られるぶんにはいいのだ、そういう思いをもっていた。
武田先生との話は複数回におよび、その提案を頂いた際には20分以上かかっている。

自民党が、嘘をついたとか、
あまつさえ武田良太先生が嘘をついたと言われるのは心外だった。絶対、嫌だった。

もちろん、私と武田良太は一体ではない。
が、衆院選での”勝利”を報告してまわっている最中である、投票日から僅かに3日。

 

私もモゴモゴと話した。
そりゃ言いにくい。”あんたのために、やったんだ”みたいなニュアンスでは言いたくない。
変なプライドがある。ようは、人のせいにしたくない。実際にはそうっちゃそうなのかもしれないが、口が割けてもそうは言いたくはないのだ。

だから、「私は、地域住民に嘘をついたことになってしまう」みたいな。
ちょっと遠回りな言い方しかしない。対外的に見ても、たかが市議風情が政党単位で翻意したとしても政治的な問題に、本当はならないんだ。

瞬間的に返ってきた答えは、「よし、外に出て行ってたらどうか」との提案だった。
そして、私は自分で、そのように決断したんです。

 

この(私の)変なプライドは説明が難しい。
武田のためだったと言えば楽だ。本人と話しているのだから「あんたのためにやったこと」ぐらい言ってもいいんだろうけど、言いたくない。私も政治家としての小さな誇りがあるから。

すっごい、モゴモゴしてしまう。
その部分については、雷を落とされた。
「はっきり言え!」「なーにが、言いたいんだ!」と。決して問い詰められたわけでもないんだが。

状況は武田先生ご自身がわかっているし、何度か進捗についても報告している。
私が動員して一緒にマイクを握り、候補として登壇しているのだから誰より分かっている。
たぶん、暗に(俺のせいなんだろ!そう言いたいんだろ!)
(言ってもいいんだぞ、むしろなぜ言わない、そっちのほうが楽だろ!おまえは!)みたいな怒り方だったんだと思う。なーぜ、楽をしない、みたいな。

私としては(甘えたくない)(話をつけたのは私だ)(実際にうまくまとめた)(責任者は私だ、貴方ではない)ぐらいに思っている。双方がツンデレみたいなところもあるのだろうし、(まさか、俺をかばってるのか)みたいな怒り方もあったのかもしれない。20分近く、あーだこーだと少し激しく議論してしまった。

武田先生には伝えた、市長候補の支部推薦において、私は決定する側にいなかったこと。
預かり知らぬところで決まった格好であり、そのことも支援者からは疑問があがっている等も一応は伝えた。

けれどそこは本質ではなくて、
(俺のせいにしていいんだぞ!)と暗に思っているだろうに、私は絶対に口にしたくなくて平行線という。

 

相談したのです。
私は、自由民主党の支部推薦の議員であることを踏まえ、
そして支部の推薦が、片側の候補に降りてしまったこと。
そのうえで、どのように振る舞うべきか、どう調整すべきか、です。

まずは衆院選の報告から周る、直近の選挙の後始末をする必要を感じている、
丁寧に説明を続けたいと言いました。

返ってきた答え。
いろいろ私がしていることも鑑み、何か出張予定があるのであれば「出とけ」と。
これは救済処置とも言える提案だった。

そのことは地域住民や地元区長、私の後援会の幹部にも同様に説明してまわり、
かつ行橋市の支部長にも、代議士から頂いた提案も踏まえ、自分の方針について説明させて頂きました。

 

全部を終えて、改めて武田先生に報告。
「よし、がんばってこい」と。
むっちゃご機嫌というか、背中を押してくれる感じというか。

そして武田先生からは、別のことも言われました。
自民党の、行橋市の支部の推薦はなされているが、11区支部の推薦は降りてない、と。
そんなことは私も知っていたのだけど、敢えて言ってくれたのは本音を言えば嬉しかった。
11区支部とは田川や苅田、豊前なども含む小選挙区全体を示し、11区支部長は武田良太先生。

ある意味では私は逆らう格好になっちゃたんじゃないかと思ってる私に対し、武田先生から”11区支部としての推薦ではない”と、敢えて言ってくれたのは優しさなんだと思う。

”俺が出とけって言ったんだ”って言え!と言われそうだけど、確かに背中は押してもらって感謝はしているけれど、そうは言いたくないかなぁ。自分で決めたんだって言いたい。

なので、私は出陣式の日、行橋市にはいなかった。
普通から考えれば”ない”判断なのだろうけど、どっちにも不参加という形である。

 

※ 衆院選において私が幹部として応援した各県の議員らと、今後の要望活動の布石であったり、市政発展のため極めて重要な日程のため出張しました。新幹線の進捗などにも深く関わるものになります。

 

 

 

究極的に言えば、どちらに対しても積極的な応援理由がない

妥協の産物が政治であり、それが投票行為なのだとは分かっている。
が、応援となると話は少し違ってくる。

「この人は素晴らしいですよ」という、他者への”お勧め”は、重い。
投票日には、私はどちらかの候補に票を投じることにはなる。
だが、どちらに入れようと思うとは言わないし、少なくとも現時点では予定していない。
投票箱の前で最終的にはどっちかを選ぶにせよ、積極的に人に勧める理由がないことだってある。

実は最近、近隣の市町でも同様のことが起きた。
よく知らない候補の応援はしないようにしてる、特に最近は。
政策であるとか、人となりであるとか。
もしくは政策協定を締結しているのであれば、私も全力でやる。

応援には濃淡はあるし、そもそも触らないこともある。
勧めた結果、その候補がどうにもならん人材だったでは洒落にもならない。

 

だから、積極的な応援理由がないときには、こういうのも選択肢になっていくと思う。

今回は、かねてより苦しんでいました。
前・田中市長に対する敬意や恩義。前回の市長選、のちの議会運営。思うところがないわけがない。
自分の自治体の行政トップを決める選挙なのだから、動かないという選択以外がしたかった。

けれど出馬予定の候補者は変わるし、検討されていた地元への”手当て”は実施されないし、衆院選で難しい立場に陥るなど、どうにもならない事情があって、
最後は、自民党の支部推薦に苦しむわけだけど、小選挙区の支部長が救ってくれた形に。

 

いま、市長選は一定程度は盛り上がってるようだ。
ここまで長く書いたうえであれなんですが、どちらも政策的なものというのがあまり見えてこない。

現市長は、あらゆる事業を停止していく恰好だったのだけど、それなら批判もした。何もしないのか、と。だが、任期の後半になって方針は変わったように見える。また当選直後は共産党市議とも蜜月で、なんと予算に共産党が起立したこともあった。私は議会で共産党との距離感を追求した日もあった。が、ここも任期後半は変化が見られ、共産党市議は現市長を強く攻撃しはじめた。うーん、と思う。

また新人候補の出陣式に、共産党市議が出陣式に駆け付けたと聞いており、その理由は不明。私は行ってないから見てないんだけど、市民からは「共産党は現市長を応援してたのでは??なんでですか?」と聞かれたり。けどmそんなことを私に言われても分からない。

現市長は、反武田であり対立する維新候補にべったりだったと噂された。これも調べてみると違う情報も出てくる。衆院選後、相手陣営の選対幹部に「実際にどうだったんですか」と問うたら、(現市長は)たぶん事務所にはほとんど来てないというか、そもそも見てないと言われた。あれ?反武田で相手陣営に行ってたって聞いたんですけどって言ったら、「いや、そんな応援は受けてないんだけども」ってケロって言われて、あれってなったり。

 

こうなってくると、何が本当で何が嘘なのか。
地元市議なのに、よくわかんないんですよね。
それぞれが別のことを言っていたりするし、いま書いているblogにしても問い合わせが何個も来るからまとめたという意味が強いわけですが、なぜ地元が(市長選において)二つの陣営に推薦を出したかとかは知らなかった市民も多いと思う。私が出陣式にどちらにも行かなかったことや、その理由も、こうやって書かないとわからないし。

 

この市長選をどう見るか。
好き嫌いという話に集約はしたくないのだけど、ポピュリズムですらなく、地域対抗の運動会みたいな分析のほうがよいのかもしれない。争点という争点が、政策上は私もわからない。
政策リーフレットや選挙公報はあるのだけど、読めば読むほど分からない。どちらも、何がしたいのだろう、と。当然いろいろ書いているのだけれど、市の今後の未来というかビジョンは、私には分からなかった。それこそ一般事務について質問を行い、答弁を踏まえて判断するよりないような。

現市長は年が若い(私とも同世代)というのもある。実は行橋市議会は年齢層がかなり若くなっており、現市長や私と同年代の者が4~5人ほどいる。現議長は私よりもさらに若い。同世代における出世争いの、一つの噴出という見られ方を市民からされて、そう見る人もいるのかとは思った。

出馬を目指していた現議長(今回、不出馬)については政策は明確だったり人間関係もあるのだけど。
出馬している現市長についても、新人候補についても、そこまでの人間関係は私にはないんです。
だから分からない。分からないことを論じるのは危険だし、慎みたい。

 

そういう意味では、今回の市長選において「行橋市をどうして行きたいのか」という方針は、私には実は感じられなくて。何が争点なのだろうって、本音で言えば思ってる。

現市長は、私が慕った前市長に対し、(市議時代に)ひどく攻撃的な議会対応をとっていた。
恨みみたいなものは持ちたくないが、当時の与党として思うところはある。が、それ以上のものが市長選で論点として示されているのかと言えば、私には読み取れなかった。
どっちにも入っていないから見えないと言われたら否定する術はありませんが、客観的に見たとき、本当にわからないというのは繰り返し言わせて頂きます。

支部の推薦が前述の通りであることは述べた通り。
かつ、出陣式に参加しなかった理由は、支部長も含めて承知のこと。

 

これも問合せに対する回答になりますが、
同日には、市議選の補欠選挙もある。
非常に残念なことに病で命を失った議員がいたため。

市議補選についても2名が出馬しているが、どちらも面識がない。
市長選の陣営において、それぞれ応援している方がいるそうだが、どっちがどっちか自信がないため書くことは控えたい。

市議補選について、「どっちに入れたらいいですか」「小坪後援会は、どちらを応援していますか」と支援者から連絡をもらう。うちの後援会は、政策やイデオロギーで固まっているため、少数かもしれないが足並みはそろっている。

補選については、本当に情報がないので分からないと答えています。
「私に挨拶がなかった!」みたいな意味で書いているわけではなく、本当に面識がないから分からないんです、恥ずかしいけども正直に書いておきます。どちらも、市政発展のため心を込めて出馬していると信じています。

 

 

 

ネット選挙

先般の衆院選で、あらかたの手の内は知っている人は知っていると思います。
両陣営の幹部、ならびに10区の一部も、です。

一万人級のインフルエンサーを複数、だいたい300名ほどを束ねています。
中には大物のyoutuberなどもいます。
ある意味でのネット後援会と化しており、衆院の小選挙区換算で、アクセスの90%近くを単独で出力します。それは事実です。

 

地元は、どうぞ人間関係を重視してください。
私は政党単位の推薦、特に序盤では職労の部分で立ち遅れるなど、私も組織内で苦労はしました。大切なのは地元の、地域住民同士の和です。

で、ネット上で何が号令をくだすのかとか。
外部のインフルエンサーたちに「いくぞ!」というのかと言えば、言いません。
一般市の市長選でも猛威は振るうだろうし、政令市だと別格に強いという自負はあります。

ネット選挙は、空中戦と称されます。
陸軍や海軍のみであったところ、あらたに航空戦力が台頭してきたに等しい。

 

今後のことも含め、なのですが。
「ああしろ」「こうしろ」と命じようとか、私を気軽に使役しようという人がたまにいるのですが、上司ぐらいは自分で決めます。市議会の中には、それはおりません。行橋市内にはおりません。交渉権もありません。(武田先生は田川です。)

また、私に議決権がある機関決定以外は、これらの力を使うことはないし、やるときは”積極的な応援理由”が必要です。候補者本人との面談や、政策協定を必須としています。

無理強いをした場合には、もしくは不快だと思った場合には攻撃に転じる可能性は提示しておきます。今回は、そのような振る舞いはいたしません。ですが、頭に来たことは正直ございました。

 

自分のことは自分で決めます。
ごちゃごちゃ言わないで欲しいと言っているだけです。

別に、市内で揉めたいとも思ってはいないし。
ただ、介入されたら話は別です。自分のルールで生きています。

”応援するに足る”と思ったら、勝手に全力で応援します。
そうじゃないときに外堀を埋めようとしたら抵抗します。
そして、私の抵抗は想像以上に激しいことになるだろうと、自分でも自覚しています。だからそっとしておいて欲しいのです。

 

 

 

どうなる、行橋市長選

接戦、です。毎回そうなんです。

 

前々回2018年の市長選では、当選した田中候補10,462票、藤木候補10,371票で「91票」差。

前回2022年の行橋市長選も、当選した工藤候補11,052票、松本候補10,908票で「144票」差。

 

極めて拮抗することが継続しており、まったく読めません。

 

さきほど、選挙公報を見てもよく分からなかったと述べましたが、ネット上で論点整理をされた方がおります。こちらのほうがいくらか分かりやすかったので、よかったら参考にされてください。公報は、各家庭にあると思います。

 

 

 

分かりやすい選挙がいい。
もちろん、争点ばかりを作りあげてポピュリズムに走ってもらっても困るのですが、こうやって論点を整理しても、市議としては「うーん、どっちだ」と本音としては思うんです。

もっと、10年後や20年後の、この行橋市を”こうしたい!”みたいな。
そういうのが私には感じられなくて。選挙公報を見て、「いや、俺にはわかるぞ」という人がいたらそれはそれでいいんですが。

どっち陣営が何を掲げているのか、わかんなかった。
何を争点に、何を決めるのか。

今後の将来に対し、私たちは何の投票をするのだろう、って。
未来への選択肢の、将来パッケージだと思うんですが、それが見えない。

 

前述の部分と重複になるのですが、例えば上下水道であったり公共施設については現市長は(少なくとも四年前の市長選や議会では)否定的だった。が、任期後半においては方針が変わったようにも見える。で、選挙公報ではこうなってるわけだけど、果たして文字面だけ見て「そうね」って言っていいものか。

また、私が慕った前・田中市長の政策を、新人候補(元副市長)は継承するのか等。
というのは、前副市長は、田中市長に任期途中に罷免されているわけで、四年前の市長選でありますが、現職・田中市長が選挙に出ているのに(罷免された)副市長が出馬して、双方があえなく落選というのが前回の結果なわけで。その意味では田中市長と対立した陣営とも言えるわけで。これは、継承されたと言えるのか。

で、対立していたはずの現市長(当時の市議)は、前・田中市長の政策に、任期後半では寄せてきていたりだとか。そのあたりの距離感とか本音が、選挙公報を見てもまったくわからんとですね、言いたいのです。

あと、ちょいちょい県予算とか国に関係する部分を両陣営が書いているわけですが、本当にそんな話がついているのか?というのはかなり疑問もあって。そのあたりは私も知っているというか、むしろ現場の最前線だと思うし(実際、発言力も場合によっては市長より強い時すらあり)学校の改修とか防災系とかは、かなりの部分が県事業です。そんな人間関係、どっちもないと思う。

県側のトップクラスと、市長選の最中にも話す機会があったのです。名前は出しませんが、長はついているけど副はついておりません。今度、直接会う予定もいれています。けど、そんな話は特にないです。これはネット選挙関係で、県側が重視しているという話です。
(本日も、県連の三役の事務所秘書が、弊事務所に数時間ほど訪問してくれていました。)

選挙で、色んなことが語られておりますけれど、もしかしたら”これから”という話なのかもしれない。
が、当時の市議であった現市長は、県職員から来た副市長をかなり(議場で)攻撃してて、税金の無駄とまで言い切ってみたり。もしくは県行政と非常にスムーズに行っていた、前・田中市長に罷免されたため、元副市長を警戒する県の行政職もいたりだとか。

そんなに円滑に行く空気ではなさそうなんだけども。そういうのも含めて自分なりに精査したのですが、そのうえで分からない、と。

市民には「ああなるらしい」とか「こうなるらしい」と、噂レベルでいろんな話が横行してて。「そうなんだ」と私も期待して、わーいと思ったら影も形も補足できない、とか。

どっちの市長が誕生しても、別に邪魔をするつもりはないし、もしもお求めになるのであれば、条件を付したうえで協力も私はしたいと思っています、市民の利益になるならば。条件というのは、意思決定の場に私を置いておくかどうかぐらい。普通に対外的には意味のあることですと、普通に言っておきたい。
(便利使いされるつもりもない。)

この記事は、2月14日、市長選の告示前から書いていました。
アップするかすまいか、スマホでちょこちょこ加筆しながら。おかげで重複箇所もたくさんあるし読みにくい記事になってしまった。出したところでとも思うのだけど、一応、スタンスは示しておきたい。

というか、どっちも応援しないと言った以上は、候補者名を書きにくいわけです。
公人であった前・田中市長だけは名前をいれましたが、「現市長」とか「新人候補」とか仮称ばかりで書いてたら自分でも意味がわからなくなった。やっぱ名前で書いたほうがよかったかなぁ。

最終日を迎える前日の深夜に公開だけしておきます。
スタンスだけ示しておきたかった、記録として。

 

 

 

どっちの陣営をしててもいい、みんな仲良く。

これは一般論として。
私の投票行為も言わないし、方針も定めていない。発表予定もない。

党員さんは、支部推薦を重視されるだろうし、私も記事中では触れました。

 

そのうえで市民全体に、一人の市議としてメッセージ。
こんなことでいがみ合っても仕方ないから、禍根を残さないように。
それだけ。

かつて議会では、私にとっては爆破予告が大きな転機でありましたが、
例えば当初予算の否決など、色んな事がありました。
正直に言えば政策上の論議というより、政局的な動きであったと感じています。

好き嫌いとか、ポピュリズムですらない、端的に言えば喧嘩みたいなものだと思ってます。
しかも後先をまったく考えずに撃ちまくって、そしてぐちゃぐちゃになったなぁと、私個人は思っています。特に県行政との関係性は、市民が思う以上に壊滅したと言ってもいい。
(一つ一つの事象、振り返れば浅はかな政争だったと思う事例もある。)

その流れに、私なりに逆らってみて、一石は投じてみた次第です。
市議選において”市政健全化”を掲げたのも同じ理由だし、実際に議会でもそのように振る舞ってきました。

 

そういった背景を踏まえ、市民に、有権者に言いたいのは。
こんなことでいがみ合いとか禍根を残すべきじゃない、と。
私が、生まれ育った小さなコミュニティの中で、今回、重視したのは”割れてくれるな”だけでした。それだけのトラブルが、かつてありましたから。
結果、当市の政治的なポジションは相当に低下したのです。テロに屈した決議も含め。

忘れて欲しくはないのは、やった側が忘れようともやられた側は忘れないということ。
だから、次から気を付けてくださいね、程度の話です。
どっちかの陣営に入って、ボロカスに書いてもよかったのだけどね。どうもそういう気分にはならなかったんだよ。

かといって建設的に精査しようにも、私の判断基準における、政策上の争点が見出すことができなかった。

 

エールとも意味合いは少し違うのだけど、選挙を必死に支えている方は頑張って。
それぞれの思いを精一杯、マイクでお伝えください。紙では伝わらなかったと述べた部分が、有権者に示されることを期待します。

 

何回かに分けて書いたスマホのメモの連続ゆえ、伝わりにくい個所が多々あることを重ねてお詫びします。
そのリライトが、私の苦悩なのだと伝わったなら嬉しいなぁ。

書いたら書いたで言われるんだろうし、言わないなら言わないで、これまた言われるのだろうけど。
まぁ何か言われたら言われたで、あんまり酷ければそれも晒そうとは思う。

私はそういう距離感で市長選を見ています。

 

 

 

どうなるんだろう、

毎回、接戦だけども。

組織団体だけ見れば圧勝のはずだが、年齢差というのも加味すべきなのだろう。

入ってないから手ごたえが分からない。

勉強になったのは、客観視すると市民からは政治って縁遠いんだなって知れたこと。

市議として不安に思うのは、政治的な外交関係が、かなり建て直しが必要という点。

ネットが台頭してきたことで、そのあたりは今後は各自治体議会でも知っていく必要があるのではなかろうか。

それぞれの街では、その地のルールもあるわけですが、私はその世界で生きてはおりますけれど

外の世界では関係なかったり、場合によっては立場を弁えてくださいという場面もある。そのあたり、みんな学ばないといけないよねとは思ってます。

 

 

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