良いお年を。


今年も残すところ一時間となりました。
祖母の葬儀などもあり、来年は新年のご挨拶に伺えません。
(そもそも公選法の絡みで、広義では我々は新年の挨拶をblogで書くのは難しいようです。)

同じく初詣にも伺えませんので、ご了承ください。

今年も様々なことがありました。
一つは、猫をかぶっていたわけではありませんが、『新人らしく退くべきは退く』というスタンスを壊したところです。

もちろん私の性格を知る方は『退かないところは絶対に退かない』ということもご存知かと思います。

通したい物、ただ一点を通すため。
基本的には(退けるものは)先輩方を立てて、退く。
これを方針としとおりました。

しかし、会派(市議会における政党のようなもの)を脱退し、諸派となったこと。

また、私が背負う1300の信託、2つの校区。いままでのやり方と大きく変えた一年でもありました。
今後は、撃つべきは、撃つ。

今年のトピック。
2月、チャンネル桜に初出演。これは木原みのる先生と、です。(ビデオレター)

3月、訪台。
李登輝先生とお会いし、賞状を頂く。
非常に名誉なこと、嬉しく思います。

5月、三橋貴明さん、赤池まさあき(現在は参議院議員)を招き、地元で市政報告会。

6月、参議院議員選挙で忙殺。
他府県にも随行議員として走り回りました。市議の歳費・経費で、全国比例を支えるのは実質無理、と痛感しました。
ひとひらの盾に、いくばくかの力にはなれたろうか。

7月。
赤池まさあき、当選。

8月。
尊敬する大山県議と靖国参拝。
赤池先生を共に表敬。

9月。
会派、脱退。
ここらの絡みは、やがて少し書かせて頂きましょうか。

10月。
対馬。旅行ポイント関連のフィールドワーク。
真アベノミクス伝説と銘打った、個人政策資料の一環。うーん、協賛が増えてきたので、もう『個人』ではないかも。

11月。
チャンネル桜に、二度目の出演。
なんとスタジオ収録。
三輪さん、佐波さん、ありがとうございました。

12月。
産経新聞に大きな紙面を頂く。
A4では拡大コピー不可なサイズ。
12月議会における一般質問だ。新人には過分な対応、ご高配だと思う。
ありがたいことです。

まだまだ書きたいこと、細かい活動は多々あります。
写真等を見つつ、追記するかも。

個人的に嬉しいというか、肩の荷が降りたのは、赤池先生の当選だ。
昨年末には木原みのる先生が衆議院選挙を制して、国政復帰。國場先生の当選。
西村しんご先生、中山成彬先生も国政復帰なされた。

実は、一年半前。
私が市議選に出馬するにあたり、木原みのる先生と赤池まさあき先生は、行橋市まで来てくださっている。

木原先生は、熊本から車で。
赤池先生は、山梨から飛行機で。

赤池先生の国政復帰が本当に気がかりだった。市議ふぜいが案じることではないのだろう。
そんな力もない。

ゆえに下働きにすぎないが、西日本圏内で、車で行けるところは随行議員として走り回った。なんの役に立てたかはわからないが、嬉しいというより安心した。

選挙には当落があり、全てが希望の結果ではなかった。たいした力もないゆえ地団駄ふんだところで、無力さを知るばかり。

嬉しいことばかりではない政治の世界だからこそ、喜べるときに精一杯の笑顔を。

なんだかんだで飛躍の一年だったと思う。
日頃ちゃらちゃらした私だが、こうして列記してみると意外に活動してるな、なんて思った。
(ちょっと意外。)

さて。
来年は、国政への働きかけを強め、市民のため予算どりに挑戦したい。外交官のような、市議になる。

居合い速さ、
しなやかな靱さ、
日本刀の波紋のような、美しい政策論文。

来年。
少し、やり方を変える。
保守系ロビイスト出身の議員として、ちょっとだけ本気を出す。
まるで中二病のようなことを口走りつつ、ヘラヘラ笑いながら、あっさり実現しちゃう男になりたいなっ!

では皆様、本年もお疲れ様でした。
私とのお付き合い、ハラハラさせることも多々あったでしょう。
本当に疲れたと思います。

申し訳ありませんが、来年も疲れさせてしまうかも?
むしろ来年は『もっと速さをあげる』『本来の速さに戻す』ので、もっと疲れさせるかもしれません。

良いお年を。


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