民主主義を破壊する官公労


[執筆対象:官公労][病理:民主主義破壊]

 なぜ日教組のような官公労を禁止する必要があるのか。それは民主制に反する組織だからである。

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1 民主制とは民意により政治を行う政治制度

 かつて江戸時代以前においては、民衆は政治参加ができなかった。幕府及び藩の官僚のみにより政治は行われた。浪人、百姓、職人、商人などには政治参加ができなかった。全て役人の手により政治は行われた。
この政治制度では充分に民衆の意向は反映されない。そこで明治維新以後、民衆が選挙により代表者を選び、代表者が政治を行う制度が取り入れられた。民主制である。
民主制とは民衆が選挙により代表者を選び、代表者が政治を行う制度なのである。

 こう記すと「んなの、あたりめーだろが。ナニ中学生でも解る民主主義についての講釈をエラソーに垂れてんだよ。」という読者諸氏の声が聞こてきそうだ。ご容赦願いたい。なぜなら、本文は中学生でも解る当たり前の話が通用しない官僚組織に関する記述だからだ。

2 民主制を支持するのなら日教組は否定される

 この民主制という制度に逆らう官僚組織が、明治維新から百年以上たったこの平成の御代においてなお存在する。日教組や全教である。

 日教組を支持できるかどうかは、以下の見解により決まる。

(1)民主制を否定する前提にたった見解

 政治はお役人様の手により行われるべきだ。愚かな民衆は干渉するべきでない。民衆が代表者を選挙で選び、お役人様に命令する制度、すなわち民主制は間違っている。我々民衆は、お役人様のご指導ご鞭撻にしたがっていればよい。
日教組様は、平和の教えをといて下さる立派な組織だ。その日教組様に国旗国歌を民衆の代表者ごときが押し付けるなど、もってのほかだ。民衆に政治をまかせると、大東亜戦争を評価し始めるなど、ろくなこことはない。日教組様は、愚かな民衆の干渉に負けず、今後とも我々民衆に平和の教えを学校などご指導くだされば良い。

(2)民主制を肯定する前提にたった見解

 政治は民衆の手により行われるべきだ。役人に民衆の代表者からの命令への拒否など認められない。民衆が代表者を選挙で選び、役人に命令する制度、すなわち民主制は正しい。役人は、民衆の代表者によるご指導ご鞭撻にしたがっていればよい。
日教組は、民衆の代表者の命令に逆らう ろくでもない組織だ。民衆の代表者が国旗国歌を尊べと命令しているのに、これに逆らうなど民主主義に反する暴挙だ。役人に政治をまかせると、民意を逸脱した政治をはじめたり、収賄にふけったり、特にひどい連中ともなると我々民衆の祖先を毀損し始める場合があり、ろくなこことはない。日教組は解散させる必要がある。

 筆者は(2)を支持する。
役人は我々民衆に盲従していればいいのである。

余談:国旗国歌を尊重しない官僚は、我々国民にとって不要 [執筆対象:官公労][病理:民主主義破壊] 学校において、最近特に国旗国歌を尊び祖国を尊ぶ教育の重要性が訴えられている。むろん、この訴えは正しい。ただ、国旗国歌を尊ばせるべきは、まず日本国にいる官僚である。
地方自治体であっても国の助成金は支払われている。むろん、そのお金は日教組教師の給料にもなっている。
大量のお金を我々国民から受け取りながら、我々の国旗国歌を軽んじ、我々の国を毀損する官僚など百害あって一利無し。そういう我々納税者国民を馬鹿にする教師を、学校現場から除外する必要がある。
それには、教師が新しく官僚となった時に徹底した教員養成教育を施せば良い。受けたくない者には、別に教師になどなってもっらわなくとも良い。教師の成り手は多い。税金を払うに足る有能な人材はいくらでもいる。

その教員養成教育とは例えば、
@ 毎朝整列し、国旗掲揚し、国歌を歌わせる。
@ 地方自治体の教師志望者であるなら、毎朝自治体の旗も掲揚し、自治体の歌を歌わせる。
@ 毎朝10キロのランニング。卒業時に総走破距離がある程度以上に達しているなら合格。
@ 柔道空手など武道の鍛錬。卒業時において初段以上で合格。
@ 腹筋、腕立てなど。卒業時に、腹筋、腕立て、スクワット各50回、懸垂10回で合格。
@ 教育勅語の暗記、歴代天皇の暗誦。卒業時に全部言えて合格。
@ 毎日一時間の座禅。
@ 養成教育期間中、病欠は最大3日まで。それ以上休めば不合格。
@ 以上全課程を終えたら、最終日に富士登山。登頂で合格。

以上を半年行い、全課程を修了したら、
@ 最悪の暴力学校で、残り半年間研修。

以上は半分冗談だが、これに耐えられた人間のみが教師となるなら、日本は各段に理想社会となるだろう。これしきに耐えられない人間は、血税を受け取る価値はない。というか、上記はほとんど軍隊だが、実は自衛隊経験者には軍役終了後に簡単な教員養成課程を受けるだけで小中学校の教師になれるようにすると良いと考えている。

また、現在いる教師についても上記の鍛練に準じる愛国教育が必要だ。いやなら別の人生も良かろう。人は教師になることによってのみ幸せになれるわけではない。それでもどうしても教師を続けたいのであるなら、私塾の教師となれば良い。
いずれにせよ、我々国民は、我々国民を尊ばぬ官僚などいらない。我々国民が求める官僚は、有能な愛国者である。何も嫌々やってもらう必要はない。我が国には有能な人材がいくらでもいる。金は貰うが、言うことにゃ従わずおまけに我々の国旗国歌を舐めるようなふざけた根性の教師など、納税者として国民として決して認めることはできないのだ。

3 日教組は狂信的民主主義者

 筆者が主張する「日教組は民主制に反する組織」という言いぐさに、熱狂的日教組役人やその役人の三下はこう言うだろう。「日教組は民主主義の大切さを頻繁に主張してきた」と。
実はこの言いぐさは正しい。まさに、日教組は民主主義の重要性を頻繁に主張してきた。

 しかし、「主張すること」と「行うこと」は異なる。百万回「ミンシュシュギはタイセツデス」などと繰り返したところで、行っていることは完全に民主主義に反する行為であり全く無意味だ。「盗みは悪いことです」などと喚きながら泥棒を行っても、全然無罪にはならないのと同じだ。(サヨクは一般に「ナニを主張した」という言い草で、具体的な行為によって他人に与えた不利益を誤魔化そうとする傾向にある。)
民衆の代表者からの国旗国歌を尊べという命令に逆らう役人は、間違いなく民主制を根底から否定する役人だ。民意をもって政治を行う制度、民主制に反している。民主主義は民主制を肯定する主義主張なので、反民主主義者でもある。
この有り様を組合教師本人はどのようにとらえているだろうか。以下二つの可能性がある。

可能性1:自分たちが民主制を破壊している現状を冷静に認識している。組合教師は職務怠慢や思想活動を正当化するため確信犯的に民主制の形骸化にいそしんでいる。

可能性2:自分たちが民主制を破壊している現状を認識していない。組合教師はマジで自分たちを民主主義の擁護者であると信じている。

 筆者は可能性2:に該当する(つまり下級サヨク)と推定する。可能性1:に該当する冷静な組合教師も存在するだろうが、おおむね2:であろうと思う。実は2:の有り様は特に珍しくない。(1:も珍しくないが。)思想であれ宗教であれ、熱狂的な信者が最も教えに反する行為をするという例は多い。
仏陀もキリストも偶像崇拝を否定したという。ひたすら像など拝んでも仕方がないというわけだ。しかし、実際のキリスト教徒も仏教徒も、キリストの像や仏像を拝み偶像崇拝にふけっている。偶像崇拝にふけるという点において、キリスト教徒の牧師や仏教の僧侶が最もキリストや仏陀の教えに反するものと規定できる。逆に、そんなことにふけらない一般人のほうがはるかにキリストや仏陀の教えに近いとも言えよう。
つまり、牧師や僧侶は仏陀やキリストの教えに真っ向から反しながら、キリストや仏陀の偉大さを喧伝しているわけだ。熱狂的な信者が最も教えに反しているという場合の、最も顕著な例である。
ちなみに筆者は、キリスト教徒や仏教徒が、キリストの像や仏像を拝み偶像崇拝にふけることを悪いこととは考えない。むろんキリストや仏陀の教えとは異なるが、教えを単純に絶対視しても無意味だと考える。民衆の需要があるなら、あるがまま満たせば良い。

 日教組は民主主義の空念仏を唱えるのみの狂信的民主主義者の集団なのだ。民主主義の形骸化をもたらす輩だ。民主主義の大切さを頻繁に主張してきたのが日教組であり、民主主義を根底から瓦解させることをしてきたのも日教組なのだ。

4 戦前の一部軍人と現在の組合教師に共通している民意妨害体質 [執筆日:H12/3/31]

 組合教師が民衆の代表者に従わない現状を正当化する論法に以下のようなものがある。

 <我々教師は『科学的真理』を教えている。>→<『科学的真理』は政治には関わり無く絶対である。>→<よって我々教師が教える内容を政府が干渉してはならない。いかなる内容を教ようが教師の勝手である。>

 話にならない詭弁だ。例えばこういう主張をする大工と同じである。

 <我々大工は『建築学的真理』にもとずいた設計、建築を行っている。>→<『建築学的真理』は顧客の需要に関わり無く絶対である。>→<よって我々大工の仕事を顧客が干渉してはならない。いかなる間取り、部屋数、様式の建築にしようが大工の勝手である。>

 こんな馬鹿な大工に仕事を依頼する顧客がいるはずがない。しかし教育界に限ってこういう話にならない詭弁がおうおうに鳴り響く。

 民衆の代表者からの命令を無視する行為を正当化する官僚によるこういった詭弁。現在は組合教師の常套句だが、戦前は一部軍人がこの種の詭弁を得意としたという。以下のような。

 <憲法には『統帥権条項(天皇は陸海軍を統帥するという条文)』が存在する。>→<よって我々軍人の行為を政府が干渉してはならない。いかなる作戦行動をとろうが軍人の勝手である。>

 関東軍などがこの種の詭弁を得意としたといわれる。
組合教師の詭弁より、こちらの詭弁のほうがまだしも筋が通っている。『科学的真理』なるものは組合教師の間でしか通用しない思いこみの結果であり、なんら一般性はない。しかし『統帥権条項』は憲法という明瞭な国家規範の内容であり、官僚が憲法を守るのは一般性のある当然のことだからだ。

 現在の組合教師:『科学的真理』をたてに民衆の代表者からの命令を無視する行為を正当化。
戦前の一部軍人:『統帥権条項』をたてに民衆の代表者からの命令を無視する行為を正当化。

 民意を無視しその有り様を詭弁で正当化する官僚という点で、現在の組合教師と戦前の一部軍人は同じなのだ。

5 民意の実現を阻害する官公労を禁止するべき

 民主主義を擁護する観点からも、日教組は解散させる必要がある。教育権とか、いかなる詭弁を用いても民主主義を覆すことなどできない。また、してはならない。教育権なるものがあるとするならば、それは日教組など官僚にあるのでなく、民主制社会においては有権者にあるのだ。
もし、官公労が存在する余地があるとするなら、それは待遇面の改善を要求する官公労であろう。民衆はもっと税金を払って我々官僚の給料を増やせとか、もっと税金を払って職場環境を改善しろとかいう要求である。こういった要求が通る通らないは別にして、これは勤労者が出資者(納税者)に行う正当な要求である。
それに対して我々の代表者は「いや、君にそれだけの価値を見出さない。これだけのお金なら出そう。」など提示すれば良い。金額など条件が折り合わないなら、辞めて折り合う職場を探せば良いだけの話だ。
いずれにせよ、納税者(に選ばれた代表者)からの命令内容に逆らう権利など官僚にはない。官僚が民衆の代表者からの命令に従わずに、のほほんとしていられる状況。これは、まぎれもなく日本が民主国家として未完成ということなのだ。

 この章で主張していることをまとめると、

前提:
@ 民主制は民意にもとずいて政治を行う政治制度をいう。
@ また、民意にもとずいて政治を行おうという主張を民主主義という。
@ わが国では選挙をもって代表者を選ぶ方式により、民主制を実現している。
@ ところが、官僚の独自組織である日教組は民衆の代表者の命令に従わない。

結論:
@ よって、日教組は民主制に逆らい、民主主義に反する組織である。
@ 民主主義を前提とする政治体制を支持するのであるなら、日教組は否定される。

 ということである。

6 付録 サヨク教師の主張とそれへの回答

 サイクセンセイの常套句と、それへの著者による返事を列記する。

サヨク教師「文部省による国旗国歌を尊べとういう命令や教科書検定制度はコッカケンリョクのオシツケだあ。」

 「コッカケンリョクのオシツケ」などと表現すればワルイコトオオみたいな雰囲気がしますね。単にそういう雰囲気がするだけです。オオカミ少年朝日新聞じみた雰囲気プロパカンダに騙されてはいけませんね。
民主制とは民衆の代表者(つまり民主制における国家権力)が様々な政策をあなたがた官僚に押し付ける政治制度なのです。ワルイコトどころか、必要なことなんですよ。民主主義国家では。
逆に江戸時代などは、民衆が官僚に何一つ押し付けることのできない社会体制でした。現代日本は封建制社会ではありません。民主主義体制です。お役人様意識で思い上がってもらっては困ります。

サヨク教師「ボクにはリョーシンのジユウがあるんだあ。やりたくないことは、やらなくてもいいんだあ。」

 確かに。辞めてもらっていっこうに構いません。命じられた仕事を「良心に反する」とまで断じるのであるのなら、辞めていただく以外にありません。良心に反する仕事などやる必要はありません。辞めて良心に反しない仕事を探してください。どうしてもやりたくない仕事を無理矢理続けるのは体に良くないですよ。
やりたいことをやるのなら、それは仕事ではありません。やりたいことをやるのは道楽です。道楽は自分の時間に自分のお金で存分になさって下さい。自分がやりたいことをやるのが仕事なのでなく、顧客(教師なら父兄)や出資者(教師なら納税者)がやってもらいたがっていることをやることが仕事なのです。
「ボクは教師をやり続けて国民の皆様が支払った税金をたらふくいただきます。だけど国民(の代表者)からの命令に従うつもりはありませんよ。」などという発想は国民として納税者として認められません。我々国民はあなたがたを雇っているのです。金を払っている雇い主の言うことが聞けないのなら辞めてください。
辞めた瞬間にあなたはコッカケンリョクのオシツケから自由となります。そんなあなたは民間企業で働くといいですね。民間企業ではコッカケンリョクがあなたの仕事内容を押し付けることはありません。
やったあ、リョーシンのジユウが保証される道が見つかりました。良かったですね。これであなたはコッカケンリョクから自由になり、我々納税者国民は無能な官僚への税金支出を減らすことができます。四方万々歳です。あなたより有能な人材はいくらでもいます。早く辞めましょう。

サヨク教師「モンブショーはボクらのキョーイクケンを侵すなあ。」

 思い上がってはいけません。教育権なるものがあるとするなら、あなたがたでなく本来我々納税者国民にあるのです。我々納税者国民は国会議員を選び、国会議員は内閣総理大臣を選び、その総理大臣が文部大臣を選んでいるのです。あなたは単に国民から仕事を委託されているだけなのです。

サヨク教師「ヘーワの教えを子供たちに伝えるのは我々の権利であり義務だあ。」

 あなたがたの権利や義務はあなたがたを雇っている我々納税者国民が決めます。自分で勝手に決めないで下さい。

サヨク教師「日の丸君が代は、シンリャクのシンポルだあ。」

 我々国民は、あなたの意見なんか聞いてないのです。
政治的な意見があるのなら、投票と立候補という手段で反映させるようにしなさい。我々普通の国民と同様に。自分が持っている官僚権力を使って、役人が自分の考えをゴリ押すようなマネなど認められるワケがありませんよ。普通の民主国家で。

サヨク教師「もっと金よこせえ。」

 もっと仕事しろ。
とりあえず授業を成り立たせなさい。

 仕事中に政治的プロパで遊ぶ有り様や自分の無能や怠慢を、こういう言い訳で正当化する有り様。顧客や出資者(給料を払っている存在)の意向をここまでないがしろにする有り様。顧客や出資者(給料を払っている存在)の祖先を虐殺者強姦者と侮辱する有り様。顧客や出資者(給料を払っている存在)の旗や歌(国旗国歌)を舐めきった有り様。ここまで顧客や出資者(給料を払っている存在=納税者国民)を馬鹿にして給料がもらえる有り様。やりきれないほどに馬鹿げている。
こんな仕事ぶりがまかりとおるのは教師のみである。客に「おまえの祖先は虐殺者だハンセイするべきだ」と説教する飲み屋があったとする。こんな飲み屋に客が集まるはずがない。これと同様のことを行っている学校になぜ子供たちが集まるのかと言うと、国家権力が無理矢理集めているというだけの話だ。なんら組合支配学校そのものや洗脳教師に魅力を感じてのことではない。つまり普通の会社で言う営業の部分を丸ごと国家権力が行っているわけだ(それだけにコッカケンリョクのオーボーとか騒ぐ組合教師は、極楽トンボと言う以外にないのだが)。教師自身は何一つ顧客を意識した営業努力をする必要が無い。だから、顧客を無視し侮辱した仕事ぶりとなる。

 こういう組合教師の仕事ぶりは普通の仕事に従事する多くの国民からすると、やれやれいい気なもんだという以外にない。逆に言うとこんな遊びで給料がもらえるのであるなら、志望者が多いのは当然と言うものだ。筆者とてやりたい位だ。

7 民主制度を真っ向から否定し我々国民に宣戦布告をした北海道教職員組合 [執筆日:H12/10/25]

 民主制度を真っ向から否定し我々国民に宣戦布告をした狂った教員組織の実態が明らかになった。北海道教職員組合である。
この教職員組合の主張の要点は以下だ。(北海道教職員組合本部住友書記長が産経新聞の取材に答えたもの)

@ 学習指導要領には法的拘束力はなく、教育課程編成上の資料にすぎない。
@ 教育課程の最終的な編成権は、教職員にある。

 ここまで明瞭に民衆に対して挑戦したサヨク組合教師を見るのは始めてだ。
要するに↓こういうことだ。

@ 民衆の代表者の指導要領は教職官僚への拘束力はない。民衆の代表者による指導要領を、教員官僚は資料程度に扱えばよい。
@ 教員官僚の業務内容に関する最終的な決定権は、民衆の代表者にはない。教職員官僚にある。民衆の代表者には教職員官僚に命令する権限はない。

 自分を江戸時代のお役人様と間違えているのではないか。民主制社会の常識世界からワープしまくりだ。

 従来のサヨク教職員組合は、民衆の代表者からの命令を実質的に反故にし続けながらも、表面的には職務命令に従うべきだという建前論に立ってきた。
この教職員組合は、我々国民から教育に関する政治的権力を盗む行為を完全に肯定している。

 これは我々国民に対する反逆である。我々国民は、このサヨク教職員組合からの反逆を受けて立つべきだ。
これは、民衆の代表者に従わない行為を肯定する役人(つまり我々民衆の政治権力を盗んでいる役人、盗む行為をぬけぬけと肯定する役人)と、我々民衆との戦いである。そして、民衆の代表者を無視しながら教員の間でハナシアイがあるのでミンシュテキと称する本末転倒なミンシュシュギと、民衆が代表者を選び代表者が政治を行うという真の民主主義との戦いである。
戦い、勝利し彼らを政治権力の場(学校教育現場)から駆逐し、まともな民主制社会を確立しなければならない。

余談:教科書はとりあえず国定のみに限定するべき [執筆対象:官公労][病理:民主主義破壊] 今の教科書は完全に狂っている。特に社会科教科書がひどい。支那政府などからのお達しを鵜呑みにした日本軍冤罪捏造文が大量に記述されている。

[1] なぜ教科書がこれほどひどくなったのか

おおむね以下二つの原因が考えられる。

1: 教科書選定が実質的に日教組教師により行われているため

まず一つには、教科書選定が実質的に日教組教師により行われているからだ。表面的には教育委員会などが選定する建前になっている。ところが、どういう教科書を選定するべきかを問う奇妙なアンケートが学校教師に行われ、実質的にその結果により教科書が決定される場合が多い。
教科書会社にしてみれば、当然のことながら是非とも教科書を売りたい。そこで、センセー好みの教科書を競って記述する結果となる。アンケートで是非とも選ばれねばならない。教科書会社は発注権をもつ顧客(教師)の需要をかんがみ、日本軍冤罪捏造記述に力を注いでいるのだ。

2: 文部省が外国政府の傀儡となっているため

今、教科書に最もせっせと日本軍冤罪捏造記述を書かせている存在の一つが文部省である。むろん、この責任は文部大臣にあり、文部大臣を選んだ内閣総理大臣にある。
結局自民党を始めとする日本の政治家に蔓延する外国政府への土下座体質が大本の原因なのだ。とにかく、外国政府様のお達しがあったというだけの理由から、アタフタうろたえるのはやめてもらいたい。外国政府が難癖つけるのは外交戦略として当然なのである。そんなものをイチイチ真に受けて、ヘコヘコ教科書記述を変更するなどするから、外国政府はますます図に乗るのだ。

朝日新聞「たたたたいへんじゃああ、支那政府様が教科書記述にお怒りじゃああああ。恐ろしや恐ろしや。」
宮沢喜一「あわわわわ、どーしよどーしよ。」
土井たか子「ぬぬぬぬう、神聖なる支那政府様のお達しを疑うなど、もってのほかじゃあああ。我々呪われた侵略国民の分際でええええ。」
河野ようへい「ままままずは貢ぎ物を差し出し土下座いたしますので、ここはひとまず平にいい、平にいいいい。」

こういった冷戦時代のレベルで思考停止した政治家はもういらないので早めに引退してもらいたいものだ。と言いたいところだが、実は政治家が外国政府に媚びねばならない事態にする問題点が我が国にあるため、こういった政治家の醜態にも酌量の余地がある。その問題点とは、結局日本に軍事力が無いことだ。
国際社会において、軍事力及び国民の国防意識が今なお強力な外交カードとなる。日本にはそれらがまるでない。国家間の利権問題は、最終的にはゼニカネだけではどうにもならいのだ。
とはいえ日本も軍事力がゼロではないし、狂暴なヤクザ(アメリカ)のバックもいるし、金も恵んでやっているのだからもう少し毅然とした外交を行ってもらいたいものだ。

話が少しそれたが、日教組教師による下からの昇竜拳、外国政府傀儡文部省による上からのヘッドプレス、この二つからのコンボ攻撃をもろに食らって現在の教科書がピヨピヨになったのだ。

[2] このありさまを正す方法

こういったひどい有り様が起きる根本的な原因は、政治機構の不備にある。官僚が民衆の代表者の命令を反故にしながら、のほほんと仕事を続けられる今の政治機構そのものに問題があるのだ。民主国家として不完全なのだ。
とはいうものの、根本的な政治機構の修正となると憲法レベルからの補正や、職務命令違反教師の放逐などが必要であり、すぐには為し得ない。もっと即時的にこの問題を解決するアイデアはないか。教科書会社がセンセーに気に入るような教科書を競って記述する有り様でなく、国民が気に入るような教科書を競って記述する有り様になるアイデアが。

筆者には教科書問題を正す即時的かつ決定的な対処はうかばない。あえて言えばとりあえず教科書を国定化する以外にない。日本政府もサヨッキーだが、日教組みたいな筋金入りど根性サヨクよりはマシだからである。
日本軍冤罪捏造教科書の問題については、昨今多くの人々が取り組みだしている。その点に期待したいものだ。

余談:国民の盾となって働く官僚もいる [執筆日:H12/2/5] サリン毒ガス散布事件などにより多くの人々を殺したオウム真理教。その教団へ機動隊員が突入する所をテレビで見た。
突入にあたって機動隊員が感じた恐怖はただごとではなかったに違いない。なにしろ相手はサリンを散布した実績のある完全にアタマのイった連中である。いきなりサリン攻撃を仕掛けてくる可能性は十分すぎるほどある。突入前日は恐怖のあまりまともに眠れなかったのではないか。ガス中毒死した累々たる死体の一つとなる自分を思い浮かべて。

「ボクチン恐いことヤリタクナーイ」などと言って誰一人オウムに立ち向かわないのであるなら、オウムも松本チズオも野放しとなり延々と殺戮を繰り返すだろう。やりたくなくとも誰かがやらねばならないのだ。
そして機動隊員にオウム関係者逮捕の命令が下った。我が国の治安を守る機動隊員は、死地となるやも知れぬ場所に恐怖を乗り越え向かった。これによりオウムによる殺戮はとりあえず抑止されオウム関係者を裁くことができた。

我々は時折命を懸けてとか軽々しく口走る。命を懸けた行為とはまさしくこういう行為のことだ。まかり間違えば死ぬのだ。

こういった命を懸けた仕事を高く評価したり感謝したりするマスコミは筆者の知る限り皆無である。単に「機動隊、オウム施設に突入」などと状況を記すのみだ。それどころか中にはオウム逮捕をニガニガしく思っているヤツもいるのではないか。オウムへの破防法適用に反対しオウム温存を補佐した朝日新聞あたりに。
こういった機動隊員の働きを評価できない戦後のマスコミをはじめとする日本国民というのは、他人のおかれた状況や心情を推察できない豚を思わせる。自分の命など自分の損得以外何一つ眼中になく、自分自身にその状況がおよばないと解らない豚だ。豚は機動隊員の恐怖を乗り越えた働きに「国のために命を懸けるなんてバカみたい。恐かったらヤめたらあ。」と首をすくめ揶揄するだろう。機動隊員が取り戻した平和を満面に享受しながら。

我が国には命を懸けてテロリストと戦う機動隊員ような官僚もいる。あるいは日教組教師が学校での思想ごっこに遊び疲れて眠る深夜の寒空の中、交番で我が国の治安を守るため立番する警察官もいる。レーダーに目を凝らし国の守りにはげむ自衛官もいる。
つまり我が国には国民の盾となって働く立派な官僚がいるのだ。
支那政府の手先となって国民に刃を向ける狂った官僚(日教組、全教、文部省の一部、外務省の一部)がいる一方で。

日教組に関するページ

参考ページ:小林よしのり & SAPIO 部屋にある国旗・国歌特集
広島県立世羅高校校長を連日何時間も吊し上げ、ついに自殺に追い込んだ広島県高校教職員組合(広高教組)などについて記してある。部落解放同盟広島県連など無関係な外部の団体を学校運営に介入させたり、更には韓国への謝罪修学旅行を行うなど、広高教組に支配された広島県立世羅高校の恐るべき実態の数々。

参考ページ:韓国に「謝罪修学旅行」 広島・世羅高校

 世羅高校が行った、韓国への謝罪修学旅行を報じる産経新聞のWeb記事。

参考ページ:九九九のホームページ

 日教組問題を取り扱ったページ。
「O君のお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが仕事です。しかも憲法違反の集団です。みんな、大きくなってもO君のお父さんのようにならないようにしましょう。先生たちは自衛隊や安保をなくすために闘っているのです」などと臆面もなく授業でホザく、たわけた人権侵害鬼畜教師の報告など。

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