クリスマスに学ぶ、これからの保守。旗日はなぜ廃れるのか?


今日は、正直、ゆっくりさせて頂きました。
そのため昨日に引き続きライトな記事とさせてください。

「クリスマス」という外来イベントがこれほどに流行している。
対して、保守のイベント(祝日や国旗掲揚)は廃れていく。

「この野郎!」と、悔しがるのは自由だが
(私も悔しがっているうちの一人だが)
クリスマスが市民権を得てきた過程を学ぶことで、私たち保守も学ぶことはできないだろうか。

こうしてテーマを書いてみると、少し真面目なエントリになりそうだが、
今日は軽妙に筆を走らせてみたいと思う。
(気軽にキーボードを叩く、が正しいのかな?)

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あまりふざけすぎるとキリスト教徒から怒られそうなので、
ほどほどにしたいとは思うが、、、
日本文化に置き換えたり、現代社会に置き換えてみたりしたいと思う。
結構、ヘンテコな構図にあることに気付いた。

 

<まず、クリスマスって何だ?>
イエスキリストが生まれた日らしい。
私は死んだ日だと思っていた。

これは誕生日と法事ぐらいの違いがある。
逆に言えば、その程度の違いしかない。
どちらも現代日本においても「家族の行事」には違いない。

 

<違いはない?>
とは言え、天長節と崩御された日を「違いがない」等と言われたら私は怒る。
絶対に許せない。
家族の誕生日と法事の日を混同されても、同じく怒るだろう。

ただ、怒るのは(日本国内、日本人同士であったり)家族の場合である。
よその方からすれば、同じである。

例えば会社からすれば。
我が家の法事であろうと、誕生日であろうと。
「ちょっと家族の用事がありまして」に違いはない。

読み進めんで頂ければ、共感して頂けると思うが。
この件について怒る資格はどうもなさそうだ。
本来の意味で考えると、クリスマスなど日本人はどうでもいい、というのが結論になる。

 

<イエスキリストという存在とは、何だろう。>
イエスさんは救世主らしいが、私は宗教はよくわからんので、正直、救世主が何かはわからない。
真の意味で敬虔なクリスチャンからすれば、恐らくその存在は(我々における)天皇陛下に近いように思う。

 

<クリスマスは天長節>
よって、イエスさんの誕生日には違いないので、
日本人(保守)に置き換えた場合、クリスマスとは天長節である。
いや一番、近いのはそれだろう。

不思議なのは。
これがなぜか、海外で行われているのだ。

 

<クリスチャンが天長節を祝った場合>
キリスト教徒が、天長節を祝った場合、それは何か不思議な気がする。
悪いことではないし、ありがたい話なのだが、置き換えてみると大層ヘンテコなことになっている。

イメージして欲しい。
お洒落なニューヨーカーたちが、デパートで【奉祝】と書いた板を買い漁る。
CNNにて「とぅでぃ、TENCHOUSETU!!!OH!」とか言っている感じである。

白人カップルを想定してみよう。
恋人たちが、天長節デートを行い、ディナーの予約をする。
菊の花と菊花紋章を前に、「KI-MI-GA-YAHHHH!」とか歌って愛を語らうのだ。

海外のおまいらの場合、ネットユーザーたちの動向を考えてみる。
素晴らしいデザインスキルを無駄に投下し「天長節、中止のお知らせ」が毎年作成される。
そしてリア充、爆発しろ!と叫ぶのだ。

家族の場合を考えてみたい。
良い子にしてたら、陛下が玩具を持ってきてくれるのよ?と。
親が子供に諭すのである。
陛下に行ってもらうと、ちょっと構図が崩れるか。。。

じゃ、こうだ。
「いい子にしてたら、ヤタガラスが玩具を持ってきてくれるのよ。」

子供は不安そうな顔で言うのだ。
「ちゃんとヤタガラス、迷子にならずに来てくれるかなぁ」と。

もうちょっと年をとって生意気盛りになった頃。
「本当は八咫烏って、親が買ってきてるんだよ!」と叫ぶ、空気を読めない子が出てくるのだ。

そして
「いるもん!八咫烏はいるもん!」
「私、見たもん!ちゃんと足が三本あったもん!」
って泣き出す子が出てくるのだ。

不毛なる、八咫烏、実在論争を繰り返す子供を横目に。
オモチャメーカーは・・・。
「ここで一年の売上を絶対に立てるのだ!!」
「我が社の荒廃、この一戦にあり!!!」である。

スポンサーについているアニメにおいては、
ここぞとばかりに新キャラ、新メカが登場。
工場も生産拡大で、掻き入れ時である。
経済波及効果もバカにならない。

九州ウォーカー(本州の方はわかるのかな)などの場合。
いわゆる外戸本みたいな、地域版の雑誌である。
「天長節にお勧めの夜景デート特集」とか組むのである。

デパートでは、
「今年の天長節は、肉じゃがでお祝い!」
「日本本国、直輸入!高野豆腐!」とかポップが躍る。

コンビニでバイトしている人なんかは
「あー、今年の天長節、ケーキのノルマがきっついわー」とか言ってるのである。

疲れたサラリーマンたちは
「あぁ、今年の天長節も仕事だったな」とか、
駅のホームで舞う雪を見て「ホワイト天長節か」などと、しみじみとつぶやくのだ。
そしてそれが、なんとも言えぬ風情をもって、しみじみと疲れた大人の共感を呼ぶ。

これが外国人が、天長節を(日本のクリスマスと同様の)祝った場合のイメージ図である。

 

<保守の皆様、クリスチャンの皆様、ごめんなさい。>
一応、謝ってはおく。
双方から怒られそうだが、これは事実である。

相当に無理なことが、この現代日本で行われている。
軽口のように書いてみたが、事実である。

 

<我が国の国民性>
無理なものは、流行らぬものだ。
・・・と考えるのは早計だろう。
実際、我が国おける、クリスマスなるイベントは相当に変だ。
これを笑うだけでもいいのだが、ここから何か考えてみたい。

 

<我が国の国民性>
恐らく、アメリカにおいて天長節が市民権を得ることはない。
ただ、我が国においては、可能であった。
すでに実現済みである。

これは、国民性に準拠した部分も多いのではないか。
日本人は、八百万の神を頂き、
すべての存在を許容する。

すべてを大事にし、すべてにおいて寛容だ。
そして、見ようによっては、だいたいどうでもいいとも言える。

こんなことを書くと怒られそうだが、
ワーワー言えれば、そこに理由など不要なのだ。

「火事と喧嘩は江戸の華」
これもまた、我が国の国民性なのだろう。
ちょっと書いてる私もビックリしてきたが、
(ライトに書こうとしているのだが)
これはこれで本質をついているのかもしれない。

 

<風物詩レベルにまで、流行が定着するまで。>
クリスマスが、我が国に定着する過程。
ここも、思うがままに書いてみる。

大きな部分は以下。
①メディアが動くこと。
②そのためには、スポンサーが動かねばならない。
③この場合は、玩具メーカーとケーキ屋など。
(だいたい玩具もらえる日っていつ決まったんだ?)

ここで、甘党の胃袋と、子供への擦りこみが完了する。
物がもらえるため、「クリスマスっていいもんだ」と。
また、胃袋で抑えるとは、想像以上に大きなインパクトを持つ。

次が大事だ。
④女性を抑える。

ここで言う女性とは、若い女性だ。
若い女性から市民権を得られると、男は弱い。
まぁ若いころはヤリタイ盛りで(政治家が言っていいもんかは知らんが)
女が「こうなの!」っていうと、強面の番長もイチコロである。
残念ながら事実だ。

よって。
成人女性も、何か物をもらえる日にしてしまう。
これは流行る。
物(プレゼント)ではなくとも、ご飯を奢ってもらえたり、豪華なデートに連れてってもらえるのだ。
ようは、付加価値をつける。

⑤若い世代を抑える。
女性も男性も含め、若い世代へのイメージ戦略も重要だ。
この日は、お洒落であり「アンテナの高い者」は、祝うものだと擦りこむ。

⑥延々と繰り返す。
これはネット保守の悪い癖だ、熱しやすいが冷めやすい。
つまり、飽きやすい。
対してメディアは、懲りずに何年だってやる。
先ほど書いた、①②③を逆から読んでみれば構図がよくわかる。

①メディアが動くこと。
②そのためには、スポンサーが動かねばならない。
③この場合は、玩具メーカーとケーキ屋など。

理由があるから、継続される。
企業が儲けたい。(否定的に書いているわけではない。)
スポンサーとして動く。
結果、メディアはその動きに同調、隷属する。
よって、メディアは諦めず、懲りずに延々とやる。

クリスマスという外来文化が、極めて歪んだ形で
我が国に風物詩レベルで定着するまでには。
このような流れがあったように思うのだ。

 

<構図をまとめる。鍵は「欲」だ。>
多段構成的に、各階層における「欲」がそこに介在することを論じた。
メーカーは仕事が欲しい、メディアはスポンサーからお金が欲しい。
若い男はもてたい、若い女はチヤホヤされたい。

そして一般国民においては「火事と喧嘩は江戸の華」として。
騒げる日を歓迎する。
かつ「みんなやってることですから」と許容する。

 

<天長節で玩具を配ればいいのか?>
市民権を取り戻す手法。
ひとつには、天長節において。。。
子供に玩具を渡す。
国旗を建てておくと、八咫烏が玩具を持ってきてれる、と。
そして成人女性がチヤホヤされることにして・・・
と、これ以上、書くと怒られそうなのでやめよう。

もうおわかりかと思うが、
保守の掲げる「日本人らしさ」の対極に位置する手法で市民権を得ている。
それは我欲であり、各階層別の欲とは個人主義によるものだ。
よって、同じ手法をとることは難しい。

 

<保守は何を学ぶべきか>
精神論では何も進まぬ、ということを知るべき、かなぁ。
「悪い、悪い!」と悪しざまに述べること、このことの意味も考えて頂きたい。
無論、「ダメ!」と意思表示すること、これも必要な場合もある。

ただ、「悪い!」の一言では、何も変わらぬのだ。
そこからどうするというステージ、
ストラテジーの構築となると、本当に壮大なものになるため、それを組めとは言わない。

保守が学ぶべき点。
それは理由を考えることではないだろうか。
「なぜ流行ったのか」と。

今年のクリスマスも、
天長節で掲げられた日の丸よりも
クリスマスツリーのほうが多かったのだろう。

悔しいと思うし、理解できぬ状況だ。
だが、ここに分析と考察する目を養っていきたいのだ。
そこには誰かの働きかけがあり、誰かのビジネスがある。
金も動くし、人も動く。
その大きな動きを読み解く努力。
読み取ろうとする「意思」だ。

大事なのは、陰謀論や悪役がいるわけではないということ。
もちろん、そういう存在が暗躍した事例もあるだろう。
ただ、反日団体のみが何かをなしたわけでもないし、
物事とは、想像以上に自然でシンプルな構造だったりする。
逆に複雑に絡みあう事態だってあるけれど。

 

 

最後に大事なことをひとつ。
必死に洗車してましたが、終わりませんでした。

ポリッシャーかけて、ガラスコートしてるんですが、
(すでに洗車というより軽板金のレベルかもしれん。)
第一段階のコンパウンドまでで、仕上げの磨きまで入れていません。

恐らく読者の皆様にはどうでもいいことだと思うのですが、私のモチベーション的には非常に大きなことであります。

風が吹けば桶屋が儲かると申しますが、
世の中とは、一見、無関係とも思えることが世界を動かしているのです。
ガッチガチの政治評論に戻るにあたっては、洗車が譲れない。

余談に思うかも知れませんが、そうではありません。
世の中は、どうでもよさそうなことがキーになっていること、ここに希望を持って頂きたいのです。

先ほど、クリスマスが風物詩レベルに定着するまでの構図を説きました。
私にとって洗車が大事なように、ひとつひとつの事象とは。
皆様ひとりひとり、日本に住む国民それぞれが流行を維持しているのです。
それは日々、息づく生活、その中にある。

クリスマスをやめろ!とは言いませんが、あの大きなイベントにしても、
国民が許容しているゆえ、だ。

旗日に、町を埋め尽くす日の丸。
その日を目指すにあたっては、それぞれが「悪い!」と断じるだけで終わらねば。
いつか来るのではないかな等と思うのです。

 

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クリスマスに学ぶ、これからの保守。旗日はなぜ廃れるのか? への24件のフィードバック

  1. soramame のコメント:

    そのとおり。そこで提案があります。

    「乱数選択」で記事を表示してみましょう。
    古い記事も表示されサヨク叩きになります。

    「乱数選択」でググって、一度お考え下さい。

  2. JL のコメント:

    (「小坪さん、ネタがないなら今日くらいお休みすればいいのに・・・。」と心の中でそっとじ。)

    クリスマスやらバレンタインデーやらホワイトデーが流行ったのはただ単に「色っぽい行事」だからなのではないでしょうか?それが証拠に「ハロウィーン」はそれほど
    流行っていない気がします。ちなみにハロウィーンはアメリカのみの風習のようで知り合いのイギリス人は全く知りませんでした。

    私の小さい頃は祝日はどこの家でも祝日は日の丸を掲げていました。いつからか「右翼」と言われる人たちの象徴と考えられるようになってから人と違ったことを嫌う日本人が避けていったと思われます。なので、日の丸が普通と浸透すればまた日の丸を掲げるようになるんじゃないかな、というのが私の希望的観測です。住宅事情もあるかもしれませんので、アパートとかにかっこいい日の丸商品の開発も効果的かもしれませんね。

    小坪さんの洗車が滞りなく終わるのをお祈りしています(笑)

  3. さとる のコメント:

    これからの保守はマーケティングも大事ですね

  4. 七子 のコメント:

    元々、クリスマスの習慣は占領軍のGHQ が日本人に広めたのが始まりなんですってね。本来、それまでは八百万全てに神が宿るという精神性の日本人には一神教が馴染む筈もなく宗教としての信者が日本ではそれ程増えなかったのも、そのせいなんでしょうね。お陰様のお陰も見えないものに助けられている、それがご先祖だったり、拠り所となる地元神社にお祀りされてる氏神様だったりする。日本ではクリスマスは集まって騒ぐ、プレゼントする貰う機会としてコマーシャリズムが相まって広まっただけでGHQ の意図したクリスチャン国にはならなかったです。敗戦後の日本で国民の苦難と共に歩まれた先帝陛下のお姿は余りに有り難く、クリスチャン国に変えようとしたアメリカの試みも思うほど効果が上がらなかったのだと思います。何れにしろ、教会で敬虔な祈りを捧げる信者も、プレゼントを心待ちにする子供たちにも、宗教観のない人達にとっても特別な日にはなりました。キリストが生まれた日となってますが、何世紀だったかにグレゴリオ歴に変わってるけど?とは思いますが、でも祝う日はあるべきですから。クリスマスシーズンになると可愛らしいオーナメントや、いつもと違う買い物が出来てワクワクしますし。

  5. Masa のコメント:

    >保守が学ぶべき点。
    >それは理由を考えることではないだろうか
    120%同意します。次世代の党・タブーブタのCMに対する反応が題材になるかと思います。
    個人的には以下4パターンだったように感じました。
    1.何だこれは!保守らしくないふざけたCMだ!今まで次世代の党を応援してきたがこれは許せん!ただちにヤメろ!!
    2.ちょwwwぶっとんでて面白いwwwww
    3.それはちょっとひどいんじゃ・・・・・・引くわ・・・
    4.ナルホド。保守層には名前が浸透したから、ようやく一般人への訴求を始めたって事かな・・・。

    まとめサイトやTwitter上のコメントを見ていて、(4)の解釈をしている人は少なかったと思いました。

    今回の衆院選で痛感しましたが、「よく考えた上で自民党や次世代の党に願いを込めて入れた一票」も、「消費税増税は許せんから、何となく×産党に入れたったwww という一票」も、集計上は同じ一票であるということ。そして、真剣に考えたり、自ら進んで情報収集したりする層は、絶対数で圧倒的に負けるという事。

    個人的に、日本の教育は自分で考える力を奪っている気がしますね。先生や大人の言う事を聞くのがいい子。勉強は教えられた通りのパターンが正解的な。

    ちなみに自分は、小学校1年の算数のテストで、2-5という問題に-3と回答したら、教師から×を付けられ、文句を言っても点数を直してくれなかった時にある意味悟りました(笑)

    小学生には解けない問題だから、「×」とか「とけない」と書けば○になる。授業でそう教えた。との事でしたが、納得が行かなかったので、その後のテストでも教師の言う事を無視して、堂々とマイナス付きの解答で出し、堂々と×を貰ってやりました。

    あの時、「せんせーが言うからそうなんだろうなー」と納得していたら、今頃はテレビ新聞の情報を鵜呑みにする、良く言えば従順・悪く言えば奴隷体質の人間に育っていたに違いない!と思っていますw

    日教組の左巻き教師達にいいように思考力を奪われ、日本国民愚民化政策は大成功しつつあるように思えます。そのような状況下では、単純に正論のみ訴えてもダメ。如何にして大多数の人間に訴求するかを考える+目的を理解して保守同士で分裂しないよう、保守の人間がさらに進化すべし!

    という事ではないかなと、自分なりに解釈しました。長文失礼いたしました。

  6. 名ナシ のコメント:

    23日にちゃんと出しましたよ。
    で、我が家の周りは出してる家はまずありません。
    「おっ」と思ったら交番だったぐらいです。
    新設された消防署に国旗掲揚のポ-ルが無いなんて話が
    出てきたぐらいですから。(市長は民主党鈴木康友です)
    でも、見てくれている人はちゃんと見てくれるんです。
    お向かいさんから「ちゃんと旗日に出してて偉いわね」
    と言われたことがありますから。
    まずは元旦からやってみましょう!ホムセンに無かったら
    通販でも買えますから。

  7. 櫻盛居士 のコメント:


    > 必死に洗車してましたが、終わりませんでした。

    コノ正月を控えた時期に、洗車を中断するのは堪えますね。
    コンパウンド仕上げで止めると、直ぐに油膜が定着して雨天時の視認性が・・・。
    段取り八分、ポリッシャー等の仕事道具は揃えておられましたでしょうか。
    せめて、グラスポリッシュ仕上げまでは進めておきたかった所だろうと思います。

    扨て、お釈迦さんの花祭も忘れてあげないで下さい・・・。

  8. でぃの のコメント:

    おはようございます。

    クリスマスはイエス・キリストの誕生日ではありませんよ。もともと太陽神をまつる日があって、それを土着の宗教とフュージョン!するために考えだされた祭りです。
    イエス・キリストは全人類の罪の贖罪のために生まれたと考えられていますので、あながち日本人がそれを祝うこと、「クリスチャンで無い人がクリスマスを祝う」こともあながち間違った行為とも言えません。八百万を神とする日本人なら、西洋の「神さん」でも神さんは神さんだから、祝おうぜという、懐の大きいところと考えられなくもありません。それに、日本はユダヤ教(旧約聖書)にある契約の箱を神輿としてフュージョン!させたり、過ぎ越しの祭を鳥居に取り入れて!みたり、神道ではヤハウェを天之御中主大神として考えている節があったりしますので、日本の文化とユダヤの文化は影響を受けている節があり、日本はいろいろとうまく西洋やら東洋やらの考え方を上手く取り入れて、自分たちのものにしてしまうという、悪く言えば八方美人、良く言えば和をもって尊しとなすところのあらわれなんじゃないかと思いますね。

  9. mayflower のコメント:

    自分の頭で考える、ということは非常に大切です。情報を何でも鵜呑みにすべきでないことは、小坪さんのブログの読者の方々はよくご存じだと思います。
    クリスマスはキリストの誕生日ではない、と繰り返させていただきます。
    キリストではなく、「太陽の誕生日」として祝われていたのです。つまり太陽がだんだん弱くなる、そして復活していく。冬至です。北欧に起源がある冬至の祭りが、ローマで浮かれ騒ぎやプレゼントを特色として祝われていました。
    ご指摘のように、今では商業主義が利用し広めています。キリストは忘れられていますが、元の形に戻っただけです。もともと関係ないのですから。
    神道は多神教と言われますが、違います。「八百万」というのは、800万の神がいるということではなく、800万つまり非常に多くの軍勢を指揮する力あるひとりの神、と言う意味です。神には名前があります。日本では「イワ」というのが神道の神の名前だそうです。
    「君が代」の中に「イワ オト ナリテ」とありますね。「神の言葉が成就した」という意味になるということです。
    新渡戸稲造も書いていますが、「武士道」の精神はキリスト教の精神と共通点が多いのです。国としてやって来たことを見ると、自称キリスト教国より、日本の方がよほどキリスト教的と思われませんか。「自分にしてほしいことを他人にもしなさい。」という黄金律を、一番やってきたように思えます。
    弥生時代に古代イスラエルの一部族が、滅亡から逃れて日本にやってきて、モーセの律法をも持ち込み、それが神道になったという説には信憑性があると思います。掛け声や囃子言葉、神社のつくり、地名など、証拠はたくさんあります。

  10. 日本を大切に のコメント:

    戦後は天長節って
    単にプラスアルファーの休日くらいな感覚に
    なってしまった。
    われわれ世代の小学校時代は
    天長節もちゃんと学校へ行って、天長節
    としての儀式を行い、校長先生が勅語(天皇のお言葉)
    を読んだりした。
    その日は単に勉強がなくて式だけの日と
    言う印象ではあった。
    馬鹿な自分は勉強がなかったことが楽しかった。
    戦後いろいろ左翼の影響もあり、
    日本全体なんとなく皇室とか国歌国旗への
    関心が薄れてきた。
    そんな中、やはり自分の子供の頃の
    教育は間違っていなかったと思う。

  11. Augusta のコメント:

    なぜわが国でキリストの生誕が祝福されるのか??

    と考え、色々調べたこともあります。そもそも論を述べると長くなります。
    ので、とある女性の一言を借りますと、

    「だって楽しいじゃない!」

    ・・・という事です。

    天皇陛下に関わることは、ふざけたり、笑ったりしてはいけない雰囲気がありますね。それがいい事だとは思いません。誕生日は楽しく祝うものですから。

  12. tug のコメント:

    恐らくですけど、昔の人は天長節をめでたいと思って楽しんでたような気がします。根はそう簡単に変わらないはずですから。

    日本人の問題点は、よくも悪くも空気に流されやすいのは勿論ですが、思考より倫理を上に持ってくることなんだと思います。
    リアリズムが求められる現状分析や戦略を考える面でこの姿勢は百害あって一利なしです。
    思考にタブーを持つことは可能性の否定です。
    それは思考の幅を狭める一方で、思考停止の領域を増やすことに他なりません。
    倫理や常識は社会を円滑にするものですが、視点を変えると、思考停止の一形態なのは紛れもない事実なのです。

    少々話は変わりますが、弱者は強者に対して倫理を武器にすることも出来ます。
    差別を盾にして相手をコントロールしようとする特定の人達の行動がそうです。
    それはどうかと思うでしょうが、戦略として弱者が強者に対向するには正しい戦略です。
    ですので、こういった人達に対向するにはまず価値観を明確にして、最低限、譲れない部分とそうではない部分を分けるのが保守の多くの方には必要な作業なんだと思います。

  13. サキハラレイ のコメント:

    私は救世主、普通の市議、神格化の板挟みに悩むツイコメ。

    何コレww激マズww読むんじゃなかったww

    リア充セクロス中毒者から見れば幽霊より怖い話ww

  14. ごろう のコメント:

    たとえば「日本人は道徳的で優秀であったからキリスト教が爆発的に普及しなかった」と書いたって「自民族中心主義」とはならないでしょう。江戸時代の医者で知識人である本居宣長なども鋭く洞察していました。(本居宣長は日本の文化の独自性を考察した人でどこの国でもいる有能な知識人のひとりです)
    日本はことさらに自尊心を煽らなくてもそこそこ誇れる文化をもっています。
    千年も前に世界最初の長編小説を描いた女流文学ブームが出現したし、その前の、
    時期に兵士や農民の歌が皇室や聖職者の歌とともに万葉集に収録されている。
    女性識字率が相当な高さだったらしく、中世の日本女性に近い識字率を誇っていたのは、東欧のユダヤ人女性くらいだったとか。欧州なんか基本的に、上流階級でも女性は読み書きできないのは当たり前で、読み書きできるのは聖職者だけという状態だった。 源氏物語なんかのレベルを基準にすれば、日本が西欧近代に追いついたのではなく、西欧が日本のレベルに到達したという方が正しいのかも。

    ただし外国人が分析したように日本人の弱点も直すように努力したほうがよいと思われます。
    「あるロシア人外交官の日本人分析 」より
    ・外国の批判に非常に傷つけられやすい国民性。悪口には極端にネガティブで、賞賛には 極端に弱い。外国の風評に過敏に反応し、動揺しやすい。他の国は、外からの評価にこれほどナイーブな反応せず、日本の際立った特徴となっている。
    ・客観的に自分の国を見れない。諸外国を一つの「外」に見立て、また常に一国対一国で見る。だから多国間の中の自国という認識ができず、各国にとって日本自身の対応がいかなる効果をもつかの、多国的な状況分析ができない。自意識過剰な面から来るのだろう。
    ・戦争中は非常に攻撃的で強硬だったのに、戦後はお人好しなまでに従順でおとなしくなるなど、外国に対して感情的な態度をとる。駆け引きが貧弱。
    ・第二次大戦の特殊要素は無視しても、自国の連続性という意識が希薄で、変わり身が早い。
    ・世渡りに交渉を必要としない国民性なので、外交交渉は後手に回り、交渉下手さが目立つ。

  15. コメコパン のコメント:

    こんにちは。
    国旗掲揚ですが、クリスマスツリーとか鯉のぼりくらい、たくさんのバリエーションがあったら面白いのに。と思います。
    置物式でスノードームの中に国旗(玄関に飾ります)とか、
    ワンタッチ式とか、マンションでも邪魔にならない磁石式とか、大きさも掲揚システムも様々あれば、そして、スーパーの玩具売場などで気軽に購入できるようになったら普及するのかも?と思います。
    ・・・ただ、旗の棒がせり出すのが、通行上危ないかなぁ・・と思いますけど。

    民主党?でしたっけ?・・・連休を増やすために祝日を「〇月の第2土曜日」とかに変えたのは。・・・それもいけませんね。祝日の持つ意味が薄れるからです。
    やっぱり9/15は敬老の日だし、10/10は体育の日だし、1/15は成人の日です。
    元の日にちに戻してほしいです。
    無理に連休増やさなくてもいいのでは?と思います。(サービス業など土日祝勤務ですし)

    次世代の党のことについては、大方の人が政治の話題、国の話題などを避けて通ってるのに、高度な話をしすぎた感もあります。
    もっとそういう話が気軽にできたらいいのに。と思います。
    やっぱり、学校で教えないし、TVやマスコミで報道されないからでしょうね。
    国民自体が「権利」しか主張しませんし、「権利に付随する義務と責任」がないがしろにされています。
    「政治は遠い世界の話」「プロに任せてるし」と、自分の実生活と政治を切り離して考えている人のなんと多い事!・・・「甘え過ぎ!!」ってツッコミたいです。

    やっぱり、家庭と学校できっちり教えていかなければならないし、日本書紀(最近はどこの図書館でも倉庫入りが多いですよ!)を取り上げる必要がありそうです。
    まずは、公務員採用試験に出しますか(笑)。公務員自体がお花畑多いですから・・・。

  16. わさび のコメント:

    >家族の場合を考えてみたい。
    >良い子にしてたら、陛下が玩具を持ってきてくれるのよ?と。
    >親が子供に諭すのである。
    >陛下に行ってもらうと、ちょっと構図が崩れるか。。。

    そこは「良い子にしていたら、勅使が玩具を持ってきてくれるのよ?」
    で、お願い致します。
    勅使は天皇陛下の使いです。

  17. 七子 のコメント:

    そうですね。ローマ帝国の信教はミトラ教、太陽神を崇めていましたから冬至を境に日が長くなる、太陽が再び生まれる日として祝っていたのがキリスト教に移行する時にイエスの生誕祭として取り入れられたということだと思います。

  18. のぶ のコメント:

    ちっこい旗でも100均で取り扱ってくれたらなあとよく思います。
    アメリカやらイギリスの旗は扱ってたりするのになんで日本国旗がないんだろう。

  19. ケーキ屋 のコメント:

    1、2年前だったかに「博士の独り言」の島津さんがブログで「例えば竹島の日に竹島をテーマにした菓子などを売るなどしてはどうだろうか」と書かれていて(記憶が薄いので確かそういう内容だったかと)わたくしも何か日本独自の事をしたいなと思い始めました。

    例えば既に在る竹島饅頭を洋菓子版にして竹島の日に売るとか考えはしましたが、普通にやれば売れ残って赤字になるのが目に見えているので実行出来ていませんでした。

    良い手掛かりをありがとうございます。

    流行りといえば、日本人?講師の林先生の「今でしょ!」は電通が広めた見たいですが、ネットを使えば広告を出す予算の無いウチでも何か出来るかと考えてみます。

    • Augusta のコメント:

      そうですね。
      やるなら、複数のケーキ屋、菓子屋さんを巻き込む必要があります。ネットの宣伝&販売は、低コストで、ニッチ市場に強い事です。

  20. 福岡県民 のコメント:

    衆院選で次世代票が共産党に加算された件を青山さんの水曜アンカーで取り上げていました。

    青山さんいわく「組織的な動きの可能性が高いと思う」ということです。
    こちらのブログでも火消し工作員みたいな人が湧いていたからやはり何かありそうですね。

  21. 鈴木敦哉 のコメント:

    毎年古びれたおやじギャグで
    「苦しみます」としか言えません(T_T)

  22. MIN のコメント:

    東京五輪が近づくにつれ、国内の競技選手を応援する機運が高まる事と思います。国際スポーツイベントなどと絡め、国旗を応援者が振る機会が増えていくのは自然な流れだと思います。

    サッカーやフィギュアスケートでは国旗をかざす行為が常識となりました。数々の不正発覚から、多くのファンが気づき目覚めています。他のスポーツでも同様です。新素材を開発するスポーツ企業には応援が、在日スポンサーには批判が集中するでしょう。

    共産系組合の影響で国際競技会でも国旗を意図的に配布しない自治体が増えています(例:仙台)。保守系団体で国旗を作成、あるいはスポーツ企業にオリンピック需要を期待し広告宣伝を働きかけ、自治体で国際スポーツイベントが行われる時に配布を行う、また、代表ユニフォームを着て、日の丸を掲げて走る行為を流行らせるなど、子育て世代にアピールするにはいい機会だと思います。2、30代はまだまだ覚醒するどころか、アレルギーを起こしている状態です。徐々に若者に人気のある分野から広げていくのはどうでしょうか。

  23. ピンバック: サザン、反日ソングをNHKにて。椎名林檎「NIPPON」との比較。 | 小坪しんやのHP~行橋市議会議員

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